九十七頁目 フランチェスカという娘 それと商談
「メルトナ商会ですか。はい、知ってますよ」
大当たりだった。
エルティセル商会にやって来て開口一番トリィに訊いてみたが、やはり知っていた。
「実はついさっき、そこの元副商会長さんと出会ってな。詳細を聞きたいんだ」
「副商会長……となると、フランチェスカ・メルトナさんですね。……あ、でも、他所の商会の事ですから、あまり知ってる事はありませんよ?」
「まあ、なんだっていいさ。知ってる事を教えてくれ」
「わかりました。ではまず、メルトナ商会について話しましょうか。ええとですね――」
曰く、メルトナ商会はロガ王国でもそれなりに有名な商会だったらしい。
拠点にしていたのは王都で、他国の工芸品やら、回復薬などの冒険必需品やら、日用品やらと、まあ、他の商会でも普通に取り扱ってるものを扱っていたらしい。
ある時、メルトナ商会は商会の拡大を考えた。
まあ、早い話が支部の設立である。
メルトナ商会は新支部の設立にあたり、港町ナルビクの海産物に目をつけた。干物にして輸送すれば王都でも売れると考えたんだろう。
さて、支部を設立するにあたっては、やはり支部長が必要。
そこで、当時メルトナ商会の商会長だったハシム・メルトナは、自らの娘であり右腕でもあったフランチェスカをナルビク支部長に据え、下見から準備から何もかもを万全に整えた後、フランチェスカをナルビクへと送り出した。
王都を出てナルビクへと向かうメルトナの商隊は、始めの方こそ順調な旅路だった。
だが、世の中そう甘くはなかったようで、魔物の襲撃と盗賊による襲撃が重なったのだそうだ。
護衛を連れていたのは当然だが、魔物の襲撃で商隊の護衛達は半壊、馬もいくらか喰われ、ナルビクに持っていくはずだった荷物も半分以上は捨てる事になってしまったという。
それだけで済めば御の字だったのだが、今度は盗賊までがやって来た。
魔物との戦いで疲弊した護衛では、盗賊達を退ける事は出来ず商隊は壊滅。
その後フランチェスカは行方知れずとなり、愛娘を失ったと思ったハシムは失意のままに商会を回し、しかし失意のままでは経営が立ち行かずメルトナ商会は破産。いくらかの借金を背負い、メルトナ商会の名は消えた。
それから何ヶ月かが経過した頃、メルトナ商会のフランチェスカは奴隷になっていた、という話が市井に流れたが、その頃には、心を病んだハシムは既に亡くなっていたらしい。
「……割と詳しく知ってるな」
「まあ、商人としてはライバルでもありましたからね。情報は大切ですから。……でも、二年前の事ですから、今はもう知らない人はあんまりいないと思いますよ」
「二年前? なら、当時フランチェスカは十六歳だよな」
「はい。……あ、どうしてそんなに若いフランチェスカさんが副商会長だったかって話ですか?」
「そうそう。トリィだってそんな大層な肩書きないのにな」
「余計なお世話です。それに、我が家はお祖父ちゃんがまだ現役ですから。……とと、メルトナ商会でしたね」
「ああ。フランチェスカは、そんなに有能な人間だったのか?」
スキルを見た限りでは、確かに副商会長という立場もおかしくはないものに思えてくる……が、しかし、年齢的にそれはどうなんだろう。
この世界では一般的に、十五歳になれば成人だと認められる世界だ。
だが、それやスキルを鑑みても、副商会長として相応しい人間は他にいたんじゃないだろうか。
「まあ、疑問はわかります。私も、当時メルトナ商会の副商会長に関しては、どうしてこんな若い子なんだろうって思いましたから」
「だよな。……で、結局なんでなんだ?」
「うーん……その辺りは完全に身内の話なので、外には話が出てないんですよね。ただ、ハシム・メルトナは元々夫婦で商会経営をしてましたから、奥さんが何らかの理由でいなくなって、そこにフランチェスカさんが入った形じゃないでしょうかね?」
なるほど。確かにそう考えれば納得出来るな。
例えば、その奥さんとやらが急死した場合。後進がまだ育っていないとなれば、スキルだけを見て、まだ若いフランチェスカを副商会長の座に据えるのも不思議じゃない……か。
「そういえば、そのフランチェスカさん、どうしたんですか?」
「ん? ああ、オレの屋敷に保護した」
「む……また若い女の子を囲ってますね、セツカさん」
「そう言うなよ、トリィ。それに、あの子はオレの計画に必要な子だからな」
「計画、ですか?」
「ああ。多分、トリィにはまた世話になるかも知れないな」
「むむ……なんだかお金の匂いがしますね?」
「……トリィ。普通の女の子は『金の匂い』とか言わないと思うぞ」
「し、仕方ないじゃないですか! そういう家に生まれたんですから!」
げに恐ろしきは商人の血か。
まあ、とにかく、まだしばらくトリィの世話にはなりそうだ。エルティセル商会の後ろ楯があると考えれば、頼もしいもんだけど。
「でも、セツカさんに頼りにしてもらえるのは嬉しいですよ」
「そうか? まあ、あんまり迷惑かけないようにするよ。……早速なんだけどさ」
「ふふっ。はい、なんでしょうか?」
「いや、魔物の解体をね? 頼みたいなぁ、と」
「ふふふっ。どうしたんですか、いきなり。口調おかしいですよ」
「舌の根も乾かないうちにだから、ちょっとな」
「いいんですよ。……そういえば、ギルドには卸さないんですか?」
「ギルドなぁ……。いや、なんか行きづらくてさ」
ダンジョン踏破でSランクに昇格したのもあるが、なんというか、妙な行きづらさを感じるんだよな。
近付くだけで妙な空気感じるし……。
気のせい、なのかな?
「ふふふ。あ、でも、わかりますよ。冒険者の人達って横の繋がりが結構強いですし、同じ冒険者が大きな事をすると一ヶ月くらいはそれをネタにお酒飲んでますからね」
「だよな。まあ、近いうちに行かないと、インベントリの中の諸々を捌けないからな」
「……うーん。それを考えると、契約を打ち切ったのは痛いですね」
「でも、こっちに払う金がなくなっても困るだろ? ある程度は手元に残さないとならないとはいえ、結構な量あるからな」
「そうなんですよねぇ……。それに、セツカさんが持ってくるのは全部質が良いので、色を付けないとですから」
「いやまあ、別に色は付けなくてもいいんだけどな?」
「ダメです! あんなに質の良いものを扱わせていただいてるのに、それは出来ません!」
ひどく真剣な顔をして、真っ直ぐにこちらを見つめながら訴えてくるトリィ。
まあ、それはそれで嬉しいんだけど、エルティセルの経営を逼迫させたいわけじゃないから、なかなか難しいところだよなぁ。
「……あ、じゃあ、こうしよう。エルティセルで扱ってるけど在庫が足りてないものを言ってくれたら、オレが手元から出す。無い場合はダンジョンに潜ってくる。それでどうだ?」
「ええと……いいんですか? 確かにそれは、私達にとっては嬉しいお話ですけど……」
「オレは手元の魔物を捌きたい。エルティセル商会は足りない分を仕入れられる。これ以上はないだろう?」
いわゆる『win-winの関係』というヤツだ。
我ながらこれは名案なのでは……?
「……あっ、さてはセツカさん、何か良い事でもありましたね?」
「良い事? ……まあ、無かったとは言わないが」
「やっぱり! だからそんな提案をしてきたんですね!」
「……うん?」
「え? 違いました?」
「いや、まあ、違うな、うん」
「良い事があったから今日はパーッと、とか、そういうお話ではないんですか……?」
ボーナスが入ったお父さんじゃあるまいし。
まあ、そんなお父さんは現代の社会には少ないだろうけど。
この世界は、働いた分だけ稼げるから、文明の発達に関してはともかく、日本よりは生きやすいな。年金がどうとか消費税が云々とか、国の借金がどうこうとか言う必要がないし。
そう考えると、こっちの世界に骨を埋めるのもアリかも知れない。……いや、母さんが一人になるから帰るけどな。
「まあ、提案に関しては問題ありません。むしろ願ったり叶ったりです」
「そりゃ良かった。じゃあ、とりあえず足りないものを纏めておいてくれ。また後日来るよ」
「わかりました! ……あ、そういえば、フランチェスカさん、どうするんですか?」
「んー……まあ、色々交渉してみるかな。悪いようにはしないさ」
「もしセツカさんのところでダメだったら、我がエルティセル商会は受け入れる準備があります、と言っておいてくださいね!」
「ははは。わかった、言っておくよ」
「よろしくお願いしますね!」
瞳をキラキラと輝かせるトリィに苦笑で返しつつ、反転してエルティセル商会を後にする。
さて……商人の娘との交渉は骨が折れそうだけど、向こうは立場が弱いからな。せいぜい利用させてもらうとしよう。
まあ……昔と立場は変わらない、かな?
「……引き受けてくれるかな……?」




