九十八頁目 打診は重要な手続きですね?
エルティセル商会を後にして屋敷に戻ると、フランチェスカが食事をしているところだった。
メニューはそれほど凝ったものではない。
普通の白パンと、ホオズキ家の屋敷では最早お馴染みとなった、玉ねぎと厚切りベーコンの入ったコンソメスープ。
一見質素に見えるかも知れないが、まともな食事の魁と思えば不思議もない。
「あっ、あなたは……!」
「ああ、いい。そのまま食べてろ」
こちらに気付いて立ち上がりかけたフランチェスカを制止して、食事を続けるように言う。
「お帰りなさい、セツカさん」
「ああ、マリス。侍女衆から話は聞いているか?」
「一応、セツカさんの客人という事で聞いていますけど……どういうご関係なんでしょう?」
「拾ったんだ。それだけ」
「……あの、もう少し説明を」
「まあ、ロゼみたいなもんだ」
そう言うと、マリスはすぐに考えが至ったようで『ああ……』と呟くように言った。
以前、マリスに聞かれてオレとユキヤ達のそれぞれの出会いを話した甲斐があったな。
「しかし、それなら彼女は奴隷……ではないのですよね」
「そうだな。不安か?」
「いえ。この二週間と少しで、セツカさんの事も少しはわかってきましたから」
「それは何より。……さて。フラン、食事を続けたまま聞いてくれ」
「……何ですか?」
「うん。いや、実はな、近々商会を設立したいと考えている」
「商会……ですか」
「お前の事は一通り聞いたよ、フランチェスカ・メルトナ。メルトナ商会長の娘にして、同商会の元副商会長。それがお前。……そうだな?」
「……はい」
フランチェスカは食事の手を止め、沈痛な面持ちで俯いた。きっと自分が奴隷に落ちた時の事なんかの過去を思い出しているんだろう。
「まあ、そんな事はどうでもいい。過去に何があろうと、お前は今を生きる人間だ。今、そしてこれからの話をしよう」
「これから、ですか……?」
「そうだ。さしあたり、お前には新たに立ち上げる商会の副商会長を任せたい」
「え……!?」
「いや、我ながら本当に運が良い。ダンジョン踏破でレベルもかなり上がってやれる事も増えたしな。ちょうどそろそろ商会を立ち上げて、不労所得を懐に、と考えていた頃だったんだ」
「え、あの……」
「とはいえ、オレにもやらなきゃならない事があるし、恒常的に商会の舵がとれるわけじゃない。それを思えばこそ、まったく良い拾い物だった」
「あの、えっと、セツカ……さん?」
「フラン。この話、是非受けて欲しい」
「えっと……嬉しいと言えば嬉しいんですけど……その……頭が混乱してて……」
「……まあ、そうだよな。いきなり過ぎたな。悪かった。とりあえず食事は続けててくれ。マリス、オレにも適当に頼む」
「わかりました。同じもので構いませんか?」
「ああ。新しく用意するのも面倒だろ?」
「……まあ、そうですね」
「くっくっく……。普段の生活なんて適当で良いんだよ、適当で」
「私としては、もう少し貴族らしくしていただきたいのですけれど」
「シグナート伯爵の前では貴族やってるはずだけどな……?」
現代日本には生憎と身分の違いなんてものはないから、本当に出来ているのかは謎だが。
……まあ、でも、天皇と国民という区分なら、あるいは貴族社会っぽいのかな。
「それ、私が見た事ない姿じゃないですか」
珍しくむくれながらマリスが言う。
そう言われればそうか。マリスはシグナート伯爵が用意してくれた人材ってだけで、直接顔を合わせたのは屋敷でだもんな。
「……あの」
「ん?」
フランチェスカが再び食事の手を止めて、恐る恐るといった様子でこちらを見ている。
……はて? 一体どうしたんだ?
「セツカさ……様は、貴族様だったのですか?」
「おう。……ああ、言ってなかったか。セツカ・ホオズキ名誉男爵……じゃないな。今日シグナート伯爵に話聞いて、伯爵になるんだった。まあ、よろしく」
「伯爵……!?」
「そうなんだよ。別に貴族らしい事なんて何にもしてないんだけどな」
「ほんと、そうですよね。……はい、お昼です」
「ありがとう、マリス」
テーブルの上に置かれたパンとスープに早速取りかかる。
まずは渇いた喉を潤すためにスープを一口。
「ああ……美味いな」
「ありがとうございます、刹華様」
呟くように言ったはずの言葉に返事をくれたのは、ここしばらくはメインでキッチンに立ってくれている紅葉だ。
鬼人族という種族は、この異世界にあって、オレが想像していた以上の技術を持っていて、更に教えれば渇いたスポンジのように何でもかんでも吸収していくので、今や現代日本に生きる人々と遜色ない知識を得るに至っている。
こんな異世界人に誰がした! ……オレか。
「元々料理は上手かったが……更に腕を上げたんじゃないか?」
「それも刹華様の知識あっての事。我々が自ら蓄えたものなど、基礎の基礎に過ぎません」
「いや、その基礎の基礎こそが大切なんだと思うんだけどな……?」
「しかし、知識なくして知恵は生まれず、知恵なくして行動はあり得ません。それを思えばこそ、やはり刹華様の功績なのです」
「……有能な臣下を持てて何よりだよ」
そう苦笑気味に言うと、紅葉が口元を綻ばせる。
紅葉たち鬼人族侍女衆も、最初はアンドロイドもかくやといった感じで徹頭徹尾無表情だったが、日が経つにつれて感情を顔に出すようになってきた。
侍女衆は誰も彼もが美しかったり可憐だったりするので、そうした仕草にいちいちドキドキしてしまうのは仕方ない事だと思いたい。
「……ああ、そうだ。フラン。さっきの話だが、好きなだけ考えてくれて構わない。もちろん、引き受けるも断るも自由だ。……まあ、フランほどの人材を手放したくはないんだが」
「私なんて、そんな……」
「そうそう、それからな。オレのところにいるのが嫌だったら、エルティセル商会が受け入れてくれる……という話をさっきしてきた」
「エルティセル商会……! あの、大商会ですか!?」
「うん。だから、どっちを頼ってもいい。エルティセルに行っても、まあ、悪いようにはされないさ」
「……わかりました。では、一晩だけ時間をください。一晩で、必ず答えを出してみます」
「まあ、あんまり急がなくてもいいんだけどな。とはいえ、本人の意思は尊重されるべきだ。マリス、空き部屋はあったっけ?」
「最近はロゼさん達が専らセツカさんの部屋で寝ていますから、実質、四部屋ほど空いてますね」
「……そうだったな。紅葉、すぐに案内できるか?」
「少々ベッドを整えさせていただければ、後は問題もなく」
「じゃあ、一部屋頼んだ」
「承知致しました」
そう言った次の瞬間には、もう既に、そこに紅葉の姿はない。相変わらず魔力の残滓もスキルの気配もない超常的な瞬間移動だが、もう驚くまいよ。
「あの、今、消え……!?」
あー、そうだった。耐性のない子が一人いるんだった。
「まあ、消えたというかな……」
「私達の事は『そういうものだ』と認識していただければ。……お部屋の用意が整いました。いつでもご案内出来ます」
そして、しれっと戻ってきて会話に混ざっている紅葉。最早言葉もない。
というか、魔力もスキルも使わずにどうやって移動しているのか、オレにも教えて欲しい。
前にやり方を訊いた時は『刹華様にはもう可能な事かと』なんて言われたが、どうやってるのか本当にわからん。
「……ん、美味かった」
「お粗末様です」
「あ、私も、美味しかったです!」
「はい。では、食器等は私にお任せください」
「じゃ、昼飯も済んだし、ちょっと部屋に籠るわ。何かあれば遠慮なく来ていいから」
「畏まりました」
「わかりました」
「マリスはフランの案内を頼む。紅葉、部屋はどこにしたんだ?」
「以前、ロゼ様のお部屋だった部屋です」
「なるほど。じゃあマリス、そこに頼む」
「はい。では、行きましょうか」
「えっと……はい」
マリスに連れられてリビングから出ていくフランチェスカ。
昔、母さんの拾い子話を聞いた時は『何やってんだこいつ』なんて思ったもんだけど、やっぱり血は争えないんだなぁ……。
「刹華様。あの少女には、拾うだけの価値があったのですか? 大抵の事は私達侍女衆やユキヤ様方で充分かと思いますが……」
「まあ、世話の事や戦闘面ならそうだろうな」
「……では?」
「商売の事に関しては、あの子以上の逸材はなかなかいないだろう。オレの計画のためには、なくてはならない存在さ」
「なるほど。人間、見た目ではわからないものですね」
「……………」
その筆頭が何を言っているんだ? と思ったが、口にはしない。
ともあれ、のんびり一晩待つ事にしよう。
商会で売り出すための商品も作らなきゃならないし、やる事だけはあるから、気付いたら一晩経ってるだろうな。
……さて、知識チートの始まりかな。
読んでくださっている皆様のお蔭で
拙作も100ページを超える事と相成りました。
『鬼と刀と見聞録』は飽くまで仮タイトルなので、もしかしたら変更するかも知れませんが、ともあれ100の大台に乗りました。
それもこれも、読んでくださっている皆様のお蔭でモチベーションを失わずにいられているのが全てです。
……ぶっちゃけ最初の方とかめちゃくちゃ書き直したいんですが、それすると後ろも手を入れないとならなくなるので、とりあえずしません!
まあ、多分、どっかでリファイン版みたいなの書くと思うので、その時も宜しくお願いします。
特に設定を練る事もなく、プロットも無しで、思いつくままに見切り発車で始まった本作ではありますが(女になった相棒(以下略)もそう)、変わらぬご愛顧をいただければ恐悦至極に存じます。
師走に入って、もう半月が過ぎようとしていますが、身体に気を付けて、無事に年末年始が迎えられるように、皆様の安全と健康を祈っております。
もちろんオレも気を付けますけどね。




