九十九頁目 商品開発は難しく
屋敷の自室にて、早速オレは頭を抱える事となった。
フランチェスカという掘り出し物にも似た拾い物をした事で、『親父の苗字を借りて商会を立ち上げる』という、人生のささやかな計画は成されようとしている。
ただ、問題はここからだ。
商売をしようと思ったら、市場調査や商品開発はもちろん、客になる人間のニーズを把握しなければならない。
市井に住まう人々は果たして何を望んでいるのか。また、それはどれくらいのスパンで手元に来るのが望ましいのか。
差し当たり、自家製のポーションを売りに出せば当面の利益は得られるだろう。
しかし、それは諸刃の剣にも似ている。
ポーションなんて、商会で扱わない事の方が珍しいし、なんならギルドだって多少は取り扱いがある。
それに、ポーションを売るとなれば客層は冒険者か傭兵あたりが中心になってしまう。
相手はいつ命を落としてもおかしくない職業の人間。ふとした事で客を失うくらいなら、最初から安定した利潤を求めるべきだろう。
「……いや、いっそ軍に売り付けるか?」
軍。国軍でも領軍でもいい。
効果の高いポーションが手元にあるとなれば安心出来るだろうし、効果が証明されたなら大量に買い付けてくれるだろう。
相手は貴族か国かだ。利益が出ないはずがない。
「……いや、待てよ?」
ただ、ネックはある。
今のところ、このロガ王国は平和そのもので、軍が出動する必要がまったく無いって事だ。
定期的な購入と消費が確約されているならともかく、そんなバカな事は出来ない。
「こういう時は……需要の調査からだな」
部屋に籠ると言った舌の根は半分くらいは乾いたが、早速部屋を出て、まずはマリスを探す。
一階に降りてリビングを覗けば、早速マリスを発見した。
「あら、セツカさん? どうしました?」
「いや、ちょっと話がしたくてな」
「私にですか?」
「ああ。時間、大丈夫か?」
屋敷の事もあるだろうと思っての問いだったが、意外と暇らしく、笑顔で『大丈夫ですよ』と言われた。
……ふむ。じゃあ、遠慮なく。
「マリスは、ローザロッサは長いんだよな?」
「はい。生まれ故郷ですからね」
「ああ……そりゃそうか。……うん。じゃあ、ローザロッサで暮らす中で、こういう道具があればいいな、とか、そういうのを考えた事は?」
「あります!」
「お、そうか。例えば?」
「やっぱり、お風呂用品でしょうか。あの石鹸とか、結構お高くて……」
マリスがしょんぼりとした表情になる。
まあ、王都のシグニール商会でもワンセットで中銀貨十五枚とお高い買い物だった。
普通の家庭では、やはりちょっとした贅沢の部類になるのだろう。
「マリスはお風呂好きなのか?」
「もちろんです! ……と言いたいのは山々なのですけど、このお屋敷に来てその概念が崩れ去ったと言いますか……」
「……ああ」
屋敷の風呂は王都で行った大衆浴場的なのではなく、日本で最もポピュラーな様式に改装したオリジナルの風呂だ。
浴槽があり、シャワーがあり、なんならカランだって付いている。上下水道も完備で、水を出すのもお湯を出すのも魔導具で自由自在。
それを見れば、そして体験すれば『今までのはなんだったんだ?』となるのは当たり前だろう。
さて。
何はともあれ、これで大体のヴィジョンは見えてきた。
狙う客層は婦女子や主婦。扱うのは風呂用品だ。
幸い、シャンプーやコンディショナーは以前日本で自作した事がある。……まあ、成果はぼちぼちだったが。
「そういえば、大衆浴場ってそんなに利用されるもんなのか?」
「まあ、それなりにですね。農家の方なんかは、農業は汗をかきますから、よく利用されているみたいです」
「なるほど……それなら、やれそうだな」
「……何をですか?」
「いやはや、助かったよ、マリス」
「えっ、あの、何がですか?」
「じゃ、今度こそ籠るから!」
しゅびっ、とマリスに手を振り、自室に舞い戻って早速準備を始める。
必要なのは消石灰を始めとする素材諸々。
香油だったり酢だったりは全部手元にあるし、石灰の作成なんて魔法が使えるこの世界では造作もない事だ。
そもそも、技術レベル的には石鹸が作れるような水準に到達しているのだから、シャンプーやコンディショナーなんかは開発まで時間の問題という感じがあるんだよな。
そう考えると、誰に何を遠慮する事もなく、文明社会に向けて歩みを進められるというものだ。
「まあ、石鹸で頭を洗うのに抵抗があるわけじゃないけど、やっぱり一度知ってしまうと、なかなか離れ難いよなぁ……」
しかも、そんなものを普及させようというのだから、さながらオレは人間を堕落させる悪魔といったところか。
なんとも業の深い事である。
「……とはいえ、文明の発展は望まれるべき事だし、気にしてても仕方ないか」
戦争によって文明の発展が起きないだけ、褒められるべき事だと思いたい。
それはさておき、まずはシャンプーから。
と言いたいが、石鹸の作成から取り掛かる。
「久しぶりに作るけど大丈夫かな……?」
石鹸作りはもとより、シャンプーやコンディショナーを自作してから、もう随分と経っている。
石鹸作りの時の攪拌が面倒であれ以来作ってないから、作り方の記憶なんて怪しいどころじゃなくほとんど消えかかってるし。
何より、この世界は地球ほどには文明は発達していないし、そういった研究がなされているようにも思えないから、狙ったものが出来るかどうかも怪しい。
「……まあ、なんとかなるか。魔法だってあるし、大抵の事はパス出来るさ」
とりあえずそう自分を奮い立たせて、早速作成に移る。
完成した暁には、まずはマリスに試してもらうとしようかな。悪くて人柱だが……まあ、オレだって文明人の端くれだ。そう悪い事にはなるまい。
ちょっとフラグっぽい……いや、やめやめ。そういう事を考えるからフラグになるんだ。
世の中はどうせなるようにしかならないんだから、人事を尽くして天命を待てば良いんだ。
「うん。そう考えたら気が楽だな。まあ、マリスには申し訳ないが、文明人になるための尊い犠牲になってもらおう」
何かを得る為には同等の対価が必要だ、って昔に何かで言ってたしな。
なんとかなるさ。




