見聞録外伝ノ三 ユキヤ=キサラギ
私は、昔から『妙な奴』として認識されていたのだろう。
同じ種族の中でも好みや行動原理が全く異なるのだから、それも致し方のない事だとは思っているのだが……やはり、幾許かの寂しさは感じる。
そんな私が、敬愛すべきあの方と出会ったのは、果たして偶然か必然か。
知る由もない事ではあるが、しかし、神々の悪戯とも言うべき運命を感じずにいられないのは事実だ。
私はユキヤ=キサラギ。ダークエルフだ。
同族の仲間達の間では『エルフかハイエルフとの取り替え子なのではないか』などと話されていた事もあったが、私自身は間違いなくダークエルフのつもりだ。
とはいえ、そんな話をされる原因に心当たりがないわけではない。
ダークエルフと言えば、狩りを生業にし、肉と野菜を喰らう種族。だと言うのに、私は、魚や果物を好んだ。これはエルフやハイエルフの特徴だ。
しかし、そんな私でも、ダークエルフとして狩りをしながらラストーラの森に生き、二百五十年の歳月を過ごした。
充実していたかどうかと問われれば、それなりにしていたと答えよう。ただ、他のダークエルフに比べると、幾許か、私の心は満たされてはいなかったように思う。
そうした日常を、二百五十年経ってなお送っていたある日、ふと、旅に出ようと考えた。
別段、珍しい事というわけではない。
ダークエルフは他のエルフ種に比べて奔放な種族であるし、何より、外に出て『仕えるべき主』を探す事をするダークエルフがほとんどだ。
この二百五十年でそうしたダークエルフはいくらも見てきたし、私自身がそうする事に疑問も抱かなければ、同族に止められる事もなかった。
ただ、旅の目的が
『今までに食べた事のない美食を探すため』
というのは、話さずにおいて正解だったと思う。
そして、それと決めたら行動は早かった。
いつも狩りに使っている道具を一式と、それとは別に、旅装として短刀を二本腰に差す。
それから、数日分の食糧を携帯して、私は同族とラストーラの森に別れを告げた。
もう二度と戻る事はないだろう、と考えながら。
とはいえ。
ラストーラの森は広大だ。だから、旅を始めて数日はラストーラの森でいつものように狩りをしながら過ごした。
この時はまだ手持ちの食糧に手は出していなかったから、余裕があった。
森の恵み。……つまり、森に棲む獣や木々に成る果物、それに野草の事だが、この頃はまだそれがあった。
ただ、今にして思えば。
二百五十年も生きていながら、どうして私はあれほどに迂闊だったのか。
思い出す度に自分をそうして責めてしまうのは、旅の始まりが、自分の慣れ親しんだ土地だったからこそなのだろう。
数日でラストーラの森を抜けた私は、先に外に出たダークエルフが里帰りした際に聞いていた、『王都』という場所を目指そうと思い立った。
私が住むこの国は、ロガ王国。
という事は、その王都となれば、叡智や技術、あらゆるものの『最高』が集う場所だろうというのは、容易に想像出来た。
ただでさえ『都』と名の付く場所なのだし、間違いではなかっただろう。
そうして、話に聞いた王都の方角に針路をとり、私は歩き始めた。
ただ、何度でも言わなければならないのは、私は所詮森生まれ森育ちの世間知らずで、特に、この旅を始めた当初は迂闊であったという事だ。
しかし、そうは言っても、この旅がなければ私は世間知らずのままで終わっていただろうし、敬愛すべきあの方に出会う事も無かったのは間違いない。
それを思えば、あの頃の迂闊だった私には、感謝をこそしなければならないのかも知れない。
正直、複雑ではあるが。
結論から言って、私は王都には辿り着けなかった。
それはそうだろう。
これは後から聞いた話ではあるが、ラストーラの森から王都まで行くには、私が持ち出した食糧ではまるで足りなかったのだ。
ラストーラの森を抜けて王都に向かって歩く事数日。私はこの辺りで、自分の世間知らずを恨んでいた。
何せ、食糧は底を突きかけているというのに、それらしい街は一向に見えてこないのだ。
正直に言って、軽く絶望すらしていた。
時間は……果たしてどれほど経っていただろうか。何度も夜を迎え、何度も朝を迎えた。
そうして、何度目かの朝を迎えた時、とりあえず街道に出ようと何歩か森から出たところで、極限状態だった私は意識を手放した。
それから、どれだけの時間が経ったのか。
気付けば、私は何故か肉を食べていた。ラストーラの森のダークエルフの里でも食べた事のない、とても……とても美味しい肉を。
肉なんてあまり好きではなかったのに、何故か美味しいと感じ、何故かもっと欲しくなって……そこで、ようやく気付いた。
目の前にある焚き火。そこで焼かれている何かの肉。そして、それを挟むようにして、銀髪のヒト族の男と紅の髪の鱗族……見た目の特徴から、恐らく竜人種の女の子がいた。
何はともあれ、まずは食べかけのこの肉を全部食べてしまおう。それから……きっと私を助けてくれたのだろう彼らに、まずは感謝と自己紹介を。
「……ふぅ。ありがとうございます、旅のお方。私はラストーラの森に棲むダークエルフのユキヤ=キサラギと申します」
そうして感謝の言葉を告げ、自己紹介をすると、彼らも言葉を返してくれた。
ダークエルフのように綺麗な銀髪ながらヒト族の男はホオズキ、予想の当たった竜人種の女の子はロゼという名前らしい。
「……しかしあんた、なんだってこんなとこでぶっ倒れてたんだ?」
ホオズキ殿がそう問うてくる。
二百五十年も生きていながらなんとも情けなく恥ずかしい話ではあったが、恩人に事情を説明しないのも違うと思い、とりあえず事情を話した。
自分は他のダークエルフと違うこと。
それ故に、人一倍、外の世界に興味があり、旅を始めたこと。
しかし自分の考えの甘さから食糧が底を突き、いよいよ行き倒れてしまったこと。
それから私は、ホオズキ殿に願い出てみた。
「良ければ、このユキヤをお側に置いてはいただけないでしょうか」
もちろん、ホオズキ殿は困惑していた。
それはそうだろう。
行き倒れていたのを助けただけで仕えさせて欲しいと願う者など、普通誰でも困るだろう。
それに、初対面でもある。
だが私も、何も考えなく、そのように言ったわけではない。
私達ダークエルフは、連綿と続くシャドウストーカーの一族。斥候や暗殺はお手の物だ。
だから、今日のこの事の恩返しの為に。
それに何より、私は見つけてしまったのだ。
ダークエルフの長い一生を懸けて心から仕えるべき主君を。
……今にして思えば。
この頃から、私はあの方に惚れ込んでいたのだろう。
綺麗な銀髪、緋い瞳、整った顔立ち、立ち居振舞い……そして何より、その人柄にこそ。
私はユキヤ=キサラギ。ダークエルフ。
敬愛すべきあの方……セツカ・ホオズキ様の刃となり盾となり、一生を懸けてお仕えする事を決めた従者。
あの方に出会ってから一ヶ月と少しではあるが、私の心……魂は、あの方と共にある。
今までも、そしてこれからも。
きっとあの方が私よりも先に死んでしまうのだとしても、私は身命を賭して仕えると誓う。
そして願わくば……いや、これは高望みというものだろう。
今はまだ、私はあの方の『影』で良い。
それだけで、私は満たされている。
だが、いつか……いつの日にか。
この胸の内に仕舞い込んだ私の想いを伝える事が叶えば、と。
そう願っている。
……なんて、従者としては過ぎた事だけど。




