九十三頁目 生まれと特徴と
幸せな時間はあっという間に過ぎる。
なんて話をよく聞くが、実際その通りだと思う。というのも。
「……もう、終わりか」
「……そう、ですね」
「そうだねえ」
クロッセルによって供された料理の数々に舌鼓を打っていると、それは唐突に訪れた。
あるいは必然であるとも言えるのだが、それが来てしまうと、やっぱり寂しく感じてしまうものである。
すなわち、完食。
今はフルコースのデザートを食べ終え、コフィエと呼ばれる温かい飲み物で人心地ついている最中である。
「まあ……なんだ。話に違わぬ美味さというか」
「そうですね。でも、こう、もっと食べたい感じありますよね。いえ、お腹いっぱいなんですけど」
「それより、あたしみたいなのが食べても良かったのかね。娼婦が食べるには、どうにも行き過ぎた贅沢に感じられるよ」
「まあ、いいんじゃないか? 美味いものを喰う権利は誰にでもあるさ」
「――その通りでございます」
その言葉と共に現れたのは、やはりというか、クロッセルだった。
彼はある程度まで近付いてくると、コック帽を脱いでまずは一礼をした。
「私の料理は口に合いましたでしょうか?」
「クロッセル殿。質問に質問で返すようで申し訳ないのだが、あなたは、およそ毎日出しているだろう自分の料理に自信は?」
「自信、ですか……?」
「そう。自分は美味い料理を作れる、それを誰かに食べてもらう事が出来る。そういう自信だ」
「も、もちろんあります。店を構える以上、自信がなければ――」
「それなら良いんだ。それが総てだ。客の好みや体調で、感じられる味は変わるものだが……料理人が自信を持って供する料理が、美味でないはずがないだろう」
「……! ありがとうございます……!」
「今少しこの席を使うが、まあ、あまり気を遣わないでくれ。オレは、所詮は名誉貴族に過ぎないんだからな」
「ふふ。では、ごゆっくり」
クロッセルは幸せそうに微笑むと、再び一礼して去っていく。
それからしばらくコフィエを飲みながら二人との歓談に花を咲かせ、飲み物が無くなった段で、じゃあ出ようか、という事になった。
しかして、《聖母のゆりかご亭》は噂に違わぬ店だったのは間違いない。ただ、我が家では自炊を基本とするので、残念ながら再び来るような機会はそう無いだろう。
それでなくともオレの旅は続くのだから、そういう意味でもやはり残念だと言える。旅っていうか、旅行みたいなもんだけど。
「うん……有意義な時間だったな」
「あはは……。すみません、セツカさん。奢ってもらって」
「気にする事ないさ。エルティセルには色々と世話になってるから、ちょっとしたお返しだよ」
「本当なら、卸してもらった魔物の分、私達が恩返しをするべきなんですけどね」
困ったように笑いながらトリィが言う。
そういうもんだろうか?
魔物を卸したとは言っても、牙や角、皮や骨なんかの素材しか渡してないし、肉は全部オレの手元だ。
その肉だって、売ればかなりの金になると思うから、むしろ損をしてるんじゃないのか?
「いえ、そうでもないですよ。セツカさんが卸してくれた素材は、どれも質が良かったですから、正直、概算以上の儲けになりました!」
「そうか? まあ、それなら良いんだが……」
「……あんた、エルティセルに恩を売れるなんて、何したのさ?」
「いや……魔物の買い取りを頼んだだけなんだが」
「ねえ、エルティセルの。この人が持ち込んだ魔物ってのは、そんなに良いものばっかりだったのかい?」
「トーリット、もしくはトリィで構いませんよ。持ち込まれた魔物は、弱いのから強いのまで様々だったんですけど、状態が良かったんです。なので、その分私達の利益が膨らんでるんですよね」
「……へえ」
「それに、この一ヶ月でその素材も大体買っていただけましたから」
「ん、そうなのか?」
「はい。特にエンシェントヒュドラの皮や牙は、西のベルンヴェイグの方が全部買って行ってくださったんですよ!」
「ベルンヴェイグ軍司国か」
あの国は、司法と軍事に重きを置いた国だったな。
それがエンシェントヒュドラの皮や牙を買い付けたという事は……やはり軍備の増強か? 今は別段、どこかの国がどこかの国と戦争をしてるなんて話は聞かないが、抑止力にでもするつもりなのか……?
ベルンヴェイグ軍司国。
旅が順調に進めば……まあ、五年以内くらいにはその土地を踏む事が出来るだろうか。
この大陸はスロス帝国を中心に東西南北に大国が存在する。東のロガ、西のベルンヴェイグ、南のグランデザル、北のシルバリア。
スロス帝国は最後に回すつもりだから……その時の季節で北に行くか南に行くか考えよう。
個人的には、またシルヴェールさんに会いたいとも思うのだが、冬に北国に行く愚行は犯すまい。夏場の南国も嫌だ。
「エンシェントヒュドラの皮や牙ってのは、ベルンヴェイグでも重宝されるもんなのか?」
「もちろんです! ドラゴンなどの素材よりは安価で、なおかつ皮は防具に、牙は武器になりますから、軍事に重きを置くベルンヴェイグとしては、まさに良い買い物だったんじゃないでしょうか」
「なるほどなぁ……。そういえば、二人はロガの生まれなのか?」
「はい! 生まれも育ちもロガのロガっ子です!」
「あたしはグランデザルの生まれだね。七歳くらいまで向こうにいたよ」
「グランデザル公国か。砂漠の国だって聞いたが」
「そうだね。右を向いても左を向いても、広大な砂漠が広がるばっかりだよ。おまけに日差しは熱いし、グランデザルにいる頃はこんなに白くなかったよ」
ヒルダが着ているドレスのスリットから脚を見せながら言う。
……いや、脚じゃなくても腕が見えてるんだからそれで良かっただろ? 誘ってんのか?
「誘っちゃいないよ」
「……何も言ってないけど?」
「女は視線に敏感なのさ。……特に、自分に向くやらしい視線にはね」
悪戯っぽく笑みを浮かべてヒルダがオレを見つめる。
はいはい、そうですよ。ちょっとエロい事考えましたよ。すみませんね、節操なしで。
「そういえば、あんたはどこの生まれなんだい? あたしも詳しくはないけど、その銀髪はシルバリアに多いって聞くねえ」
「そうですね、確かにシルバリアは銀髪の方が大半みたいです。……でも、セツカさんはシルバリア人の特徴とは当てはまらないですよ」
「そうなのかい?」
「はい。というのも、シルバリアの人は銀髪もそうなんですが銀色の眼や、透き通るみたいに白い肌なんかも特徴なんです。それを考えると、髪こそはシルバリアですけど、肌はロガやベルンヴェイグなので、違うと思いますよ」
やっぱり国によって特徴とかあるんだな。
まあ……確かに、思い返してみればシルヴェールさんは銀髪銀眼に白い肌だったな。ベルンヴェイグのレイグナー氏はロガ人に近い見た目をしていたとも思う。
スロスのラング氏は……どうだったかな? 髪の薄い頭が特徴的だったのは覚えがあるが、どうにもそれ以外は思い出せない。
「じゃあ、セツカはどこの人間なんだろうね? 少なくともグランデザルじゃないよ。あそこは色の黒い人間ばっかりだしね。髪も赤毛が多いし」
「そうですねぇ。セツカさん、出身はどちらで?」
「この大陸じゃないかな。海の向こうから来たんだよ。ざっくり言えば」
「へえ、あんた渡来の人間だったのかい?」
「オレの故郷は『極東の島国』なんて呼ばれてたな。だからまあ、この大陸のどの国の人間とも違うぞ」
実際は世界を隔てた別の世界から来たんだが、まあ、わざわざ出す情報じゃないな。
『――――ッ!』
「ん……?」
「……どうしました、セツカさん?」
「どうしたんだい?」
「いや、今、なんか……」
声が聞こえたような気がした。
いや、街中だから声はそこら中から聞こえてくるんだが、そういう人間の営みの声じゃなく、どこか悲痛な感じの叫び声だったような。
「……どこだ?」
首を少し伸ばして辺りをキョロキョロと見渡してみるが、なまじ人が多いせいで、肉眼ではちょっと難しい。
『―――――!』
「……まただ」
「どうしたんだい、セツカ?」
「いや、なんか声が聞こえるっていうか……」
「声、ですか? 声ならそこら中から――」
「まあ、そうなんだけど……気のせいかな?」
耳を澄まして注意してみるが、それからはそんな声は聞こえず、気のせいだったと思う事にして屋敷へと歩き出す。
スキルを使えば良かったんじゃないか。
そんな風に思い至ったのは、その日の夜、晩ご飯を食べ終えて、食休みをしている最中であった。




