九十二頁目 はじめての異世界外食
「……ふぅん。なるほどなぁ」
これがこの街一番の店か、と、不躾ではあるが店の内装に色々と眼を向けながら思う。
この場に母さんがいたなら、『くふふ。まるで初めて外食に連れていった時のようじゃな、坊や?』などとからかわれるに違いない。
しかしながら、こちらの世界での『高級店』なんて実際初めてなので、初外食の子供よろしく落ち着きなく視線をうろうろさせるのは仕方のない事だ。きっとそうだ。
とはいえ、何か珍しいというわけではない。
建物自体は石と木の造りで、基本的な内装はそれに準拠している。床は……石畳と言えばいいんだろうか。
テーブルや椅子は、流石に地球のと同レベルの加工なんてのは望むべくもないのだが、円形の天板に足を組み繋げてあるようで、見た目は少し頼りない印象を受けるが、その実かなり頑丈だ。
それに、テーブルにはクロスがかけてあって、なるほど高級店らしいと思える。
「……くっくっく」
そろそろ大人しくしておくべきかと座り直し、ふと同行者であるトリィとヒルダに眼を向けてみると、この二人もオレと同じように忙しく眼を動かしていた。
なんだオレだけじゃなかったのか、と安心すると同時に、その様子が微笑ましくてつい笑いが漏れる。
……そう睨みなさんな、お二方。美人が台無しだぞ?
「……仕方ないじゃないですか。家は大商会でも、近年成り上がったばっかりなんですもん」
拗ねたようにトリィが言う。
ふむ? エルティセル商会は、そんなに歴史が浅いのか?
「少なくとも、五年前まではあんな大きな商会じゃなかったね」
「はい。それに、私はあまり淑やかな仕草は似合わないですから、貴族の方に呼ばれたりする時は、大抵、父と姉が行くんですよ。なので、こういう場所は馴染みがないんですよね」
「……まあ、人は見た目じゃわからないしな」
「……どういう意味ですか、それ」
「いや、まあ、深い意味はないよ。ない。うん」
じっとりと半目でねめつけてくるトリィの視線に居たたまれなさを感じながら、言い訳にもならなそうな言い訳を口にする。
「でも、それを言ったらセツカさんだってそうじゃないですか? とてもじゃないですけど、貴族には見えませんよ」
「そりゃあ、貴族になる予定なんてなかったからな。着てるもんだって、貴族なんか意識してないし、そんなもんだろ」
「その口振りからして、誰かに貴族に仕立てあげられたのかい?」
「や、そんな物騒な話じゃないさ。ほら、コルティア子爵っているだろ? 隣の領地の」
「……ああ、女だてらに貴族をやってるってお人だね。それが?」
「オルトーラを救った英雄として、あの御仁に叙爵されたんだよ。だからまあ、厳密にはオレはコルティア子爵配下って事だな」
実はあの当時、リーゼリアには『頼むから褒賞を受け取ってくれ! コルティア家の名前に傷を付けない為にも!』と泣きつかれた背景があったのだが……まあ、彼女の名誉の為にも、誰にも言うまい。
かの『冷笑のレア』にも後生だからと後を押されたのも、黙っておくしかないな。
……あの人は、あれから出会いはあったのだろうか。彼女が四十を迎えるまでに嫁に行ける事を祈っておこう。
最悪の場合はオレが娶ろう。
本当の本当に最終手段だが。
「……ん、来たか」
気配を感じて視線を向けてみれば、先頃クロッセルと一緒にやってきたウェイターが、給仕用のワゴンを押しながらやってきた。
ワゴンには三枚の皿があり、その皿の上には、遠目には少しわかりにくいが野菜をメインにした料理が載っているようだった。
「お待たせ致しました。こちら、前菜となります」
ウェイターはその料理をオレ達三人の前にサーブする。
前菜という事なら、恐らくこれから一品ずつ料理がサーブされてくるのだろう。言ってみればフルコースだ。
西洋料理におけるフルコースの基本構成は、前菜、スープ、魚料理、ロースト以外の肉料理、ソルベ、ローストの肉料理、生野菜、甘味、果物、コーヒー。
このうち、前菜やソルベ、コーヒーなんかは除外されたりもするが……まあ、それは考えなくてもいいだろう。
ただ、この世界では甘味らしい甘味はないだろうし、コーヒーなど望むべくもない。魚料理は辛うじて出せそうな気がするが期待薄。
となれば、今ある前菜を含めた五種、ないしは六種の料理がサーブされると見ていいだろう。
期待させてもらおう。
「……では、いただこう」
ナイフとフォークを手に、まずは一口。
「……美味い」
口から漏れ出した言葉。それ以外に、あえて言葉を尽くす必要はないだろう。
ただただ『美味い』。それこそ、かつて王城で食べた晩餐にも匹敵するかのような美味さだ。
前菜だからかあまり存在感があるわけではないが、どうにも後を引く。気付いた頃には既に皿の上から料理は消えていて、胃は次の料理を求めていた。
「こいつはまた……とんでもない御仁がいたもんだな」
オレの料理の腕なんぞは、別にどこかの料亭で修行していたとか、三ツ星レストランで厨房を任されていたとかじゃなく、単に母親のリクエストを叶える程度のものなので比べるべくもないのだが、それにしたってあのクロッセルという御仁の料理の腕は大したものだ。
伊達に修行のために旅をしていない。
まったく羨ましい。オレも、実家が道場でさえなければ、色々見識を広めるために世界旅行にでも行っていただろうに。
「……ふむ」
エルティセル商会では、調理器具の販売なんかはしているんだろうか。
無いなら無いで、自分で作って実家のキッチンを再現するから構わないんだが。
「……? どうしたんですか、セツカさん?」
「いや……なんというか、魂に火が点いたとでも言えばいいのか……」
「……はい?」
不思議そうな顔でオレを見つめるトリィ。
自慢ではないが、実家のキッチンには本当に多種多様な調理器具があった。
メッツァルーナやパエジェーラなんかもあったし、他にも、一見すると『これ何に使うの?』みたいなものもあった。
もちろん、基本的なところで包丁にも拘ったし、鍋やフライパンだって用途に合わせて様々に用意した。
個人的に、衣食住の中でとりわけ大切だと思うのは食だ。
だからこそ、この異世界の地であっても食事には拘りたい。その為に実家のキッチンを再現したいと願うのは不自然ではない。
それに、屋敷というか旅の同行者には食べ盛り育ち盛りの子供が多いのだ。なまじ奴隷なんて身分なだけに、そりゃあ美味いものをたらふく喰わせてやりたいと思う。
だからまあ、別にクロッセルに対抗心が芽生えたとかではない。
ただ美味い料理を食べたい、食べさせたいというだけであって……決して。決して! クロッセルの料理の腕に対抗心を燃やしているわけではないのだ。
……本当だぞ?
「まあ……今はいいか」
なんのかんのと考えてはみても、今はまだ昼食時。まずは出される料理を味わって、完食する事からだ。
……あとでトリィに、エルティセルで調理器具の扱いがないか訊いておこう。




