八十九頁目 祝いの日の終わり
夕飯の準備を終えてからしばらくして、まずはユキヤが帰宅した。ダンジョンでの鍛練は順調に終わったらしく、幾分爽やかな表情をしていた。
次いで帰ってきたのはロゼ。何故か両手に硬貨の入った大きな袋を携えて帰ってきたのだが、どうやら腕相撲の賭けで勝って得た金らしい。
この金はロゼが稼いだ金なので、ロゼに管理させる事にした。奴隷と言ったって自分で得た金なんだから好きに使わせるべきだろう。
オレは、お年玉を『お母さんが預かっておくね』と言いつつ自分の為に使うような人間ではないので、まあ当然だ。
そして最後に、ルキナとライカのローザロッサ食べ歩き組の帰宅。……なのだが。
一体何がどうしてそうなったのか、二人は、両手いっぱいに肉やら野菜やらを抱えて帰ってきた。
聞けば、食べ歩きをしていた影響で屋台を始めとして肉屋や青果店なんかに客が殺到して、店側から感謝の印として持たされたのだそう。
そして、これはユキヤから聞いて知ったのだが、ロゼを始めとした奴隷組一同はローザロッサでは割と有名人になっているらしく、『彼女らの行く屋台や店はアタリだ』と専らの噂だそうで、その影響でもあるのではないかとのこと。
まあ……ローザロッサに良い影響を与えてるんなら、良い事だよな。亜人やハーフエルフへの迫害がちょっとでも軽くなれば幸いだしな。
「じゃあ、夕飯にしようか」
ロゼのお金はロゼの部屋に、ルキナ達の貰ってきた食材は食糧庫に置いてから、早速夕飯にする。
アナはと言えば、ルキナ達が帰った段で目を覚ましていて、しかし未だに眠気から抜けられていないのか、眠そうに目を擦りながらテーブルについていた。
「ご主人、今日の夜ごはんはなんなんだ?」
「昼間は油っぽいのを喰ったから、今夜はさっぱりしたもんだな」
「……ライは、野菜は嫌いだぞ」
さっぱりしたもの、という事で、普段からオレが『生野菜は口がさっぱりするだろ』と言って喰わせているのを思い出したのか、しょぼくれた顔になるライカ。
……今度、ライカでも喜んで喰いそうな野菜のレシピでも考えてみるか。
ちなみに、ライカと同じ肉至上主義のロゼは、眉根をこれでもかと寄せながらも黙って野菜を食べている。
そんな顔しなくても、と思わないではないが、オレだって未だにナスが苦手……というか全く食べられないので文句は言えない。食感がダメなんだよなぁ……。
「安心しろ。さっぱりとは言っても肉だから」
「……本当か?」
「そんな切なそうな顔すんなよ。まあ、見た方が早いし、出すか」
百聞は一見に、という事で早速インベントリからカルパッチョやパン、飲み物類を出してそれぞれ配膳してやる。
すると、それが確かに肉であると認めるや否や、途端に目をキラキラと輝かせて今にも口の端から垂れそうなよだれを必死で飲み込むライカが爆誕した。
本当に肉が好きだな、こいつ。今のところ見た事はないけど、肉料理のフードファイトなんかあったら間違いなく優勝しそうだ。
「ご主人、食べてもいいか!?」
期待に満ち溢れたキラキラの瞳でこちらを見つめてくるライカに、やれやれと心の中で苦笑して溜め息を吐きつつ、待たせるのも酷なので『みんな食べてくれ』と促す。
「味見なんかしてないから不味かったら――」
「美味しいぞ、ご主人!」
「……そうかい。そりゃ何よりだよ」
ともすれば大型犬か何かにも見えそうなライカの言葉を受けて、今度こそ顔に苦笑を浮かべてしまう。
他の面々はどうかなとライカから視線を外して眺めてみると、ユキヤは口元に微笑を浮かべ、ロゼはしっかりと味わうように両目を閉じて、アナは僅かに頬を紅潮させ、ルキナとマリスは満面の笑みで食事を進めていた。
こっちの世界じゃ初めてだったが、どうやら上手く出来たらしい。
人間、家や着るものがボロくてもご飯が美味かったら割と生きられるもんだしな。やっぱり美味いメシは偉大だ。
「……お、美味いな」
みんなの反応を一頻り眺めてから、自分でもカルパッチョを一切れ口に運んでみれば、かつて作ったカルパッチョと遜色無い……どころか、肉が良いのか、普通の牛肉とは格段に違う旨味が口の中で爆発した。
まあ、作る奴が作ればもっと美味いんだろうが、オレが得意なのは中華と和なのでこれ以上の美味さは見込めないだろう。
ただまあ、オレみたいなイタリアン素人でも、このブレイクバッファローの肉みたいな良い食材を使えば、何はともあれそれなりのものは出来るわけで。
誰に振る舞うわけでなし、そもそもこの世界の料理レベルからすれば、十二分に美味だ。
「……ところで主。そちらの女性は一体?」
「……あ、そうか。彼女は、闘技大会でオレとシグナート伯爵がした賭けの景品みたいなもんだ」
そういえば紹介するのを忘れてたな。
賭けの景品って言うと、些か失礼な気がするが……まあ、間違いはないし、いいか。他に適当な言葉も思い付かないしな。
「景品……まあ、間違ってはいませんが……。私はマリス。ホオズキさんがシグナート伯爵に『屋敷の使用人を取り纏める人材が欲しい』と仰った結果、私が選ばれたのです」
「と言うのも、オレが最初にシグナート伯爵に会いに行った時に、闘技大会でオレが十傑衆を全て下せたら欲しいものをくれる、なんて話になってな」
「なるほど。それで、この屋敷を買った主は、先を見据えて使用人を取り纏める人材を要求した、というわけですね」
納得したという表情で頷きながら言うユキヤ。
これが以心伝心というヤツか……。
「まあ、そういう事だ。……そういえばマリス。今まで暮らしてた場所から、私物を運んで来なくてもいいのか?」
「あっ、そうでした。今日はほんの挨拶のつもりだったので、何も持たずに来てしまったんです」
「そうか……。しかしなぁ、夜になってから家に帰すってのは違うよな……」
「気にしないでください。この街は慣れたものですから」
「そういうわけにはいかないだろ。慣れてるったって女は女。夜中の女の一人歩きなんて、何が起きるかわかったもんじゃない」
まあ、こういう思考は、地球での女性にまつわる様々な事件が基盤になっているんだろうけど、この異世界では違うとは言い切れないしな。
それに、ユキヤ達みたいに一人でも切り抜けられる力があるならともかく、マリスにそんな力が備わっているとは到底思えない。
「ホオズキさん、父みたいな事を言わないでください。私だって今はもう一人暮らしですから、適当にあしらうくらいは出来ますから」
「……まあ、それなら構わないんだが」
しかし、相手は成人した女性。
シエスタみたいな未成年ならともかく、会ったばかりの成人女性の生活にあれこれと文句を付けるべきじゃないよな。
まあ、ローザロッサには慣れてるって話だし、慣れてないオレがわざわざ口出しするのも違うだろう。
見知った女性の一人歩きなんて心配以外の何物でもないが……本人が大丈夫なら大丈夫だろ。
「じゃあ、まあ、あんまり手の込んだもんじゃなくて悪いが、存分に食べてくれ」
「ありがとうございます。美味しいですよ」
「そりゃ良かったよ」
ユキヤ達は大抵『美味しい』としか言わないから若干不安が残っていたが、マリスまでが同じ評価をするなら、カルパッチョはこの世界の人の舌にも合うって事だよな。
実家で培った料理スキルが腐らなくて良かった。
メシが終わって少し休んだら、今日はヒルダのとこに行くかな。約束もしたし。
一ヶ月分……溜まってるしな。




