九頁目 襲撃と覚醒
《革自慢ゴルダ》。
この店では、あらゆる革製品を取り扱っていた。革靴、革鎧、革財布などなど。およそ革を加工して作れるものはなんでもあるといった感じだ。
《仕立て屋ロゼリア》を出て右に真っ直ぐ行った先の交差路。その一角に構えられたこの店の評判はかなり良いらしく、店の中はかなりの人の数だ。
「いらっしゃいませ! 何をお求めですか?」
《仕立て屋ロゼリア》の時とは違い、今度は二十代前半の、オレとそう変わらない歳くらいの青年が応対をしてくれた。
「靴が欲しくてな。《仕立て屋ロゼリア》で服を買った時、靴を買うにはどこがいいかって聞いたら、ここをオススメされたんだ」
「そうでしたか! 《仕立て屋ロゼリア》の方には我々もお世話になっているんですよ。では、早速こちらの方へ」
そうして案内されたのは、椅子。そう、椅子。椅子がぽつんと置いてあるだけだ。
「これは?」
「こちらは、まあ、椅子です。見ての通りですね。何故こんなところにあるのかと言うとですね、靴を買う際、やはりサイズは測らなければならないわけです」
「……まあ、確かに。合わない靴履いたって仕方ないしな」
「そこで、この椅子ですよ。我々従業員がお客様の足のサイズを測って、適したものをお持ちするんです。その間、お客様を疲れさせないように、この椅子に座ってお待ちいただく。と、そういうわけです」
「なるほど。きちんと客の事を考えてあるわけだな」
「はい。我々のような物売りには、あんまりにもあんまりなお客様はあれですが、基本的にはお客様は神様ですから」
「それを振りかざすような客が現れない事を祈るよ」
「ありがとうございます。それで、お客様はどういった靴をお探しですか?」
「そうだな……。軽くて丈夫で足が痛くなりにくくて、いざって時に武器になるような靴がいいな」
正直、無茶苦茶を言っているとは思う。ただ、ロゼリアの言っていた事を信じるなら、『軽くて丈夫で足も痛くなりにくい』のは、この店では最低限の条件だ。故に注文は『いざって時に武器になるような靴』。もっと簡単に言えばサバットで戦っても問題ないような靴。
「お客様は冒険者の方でしたか。では、足のサイズを測りますので、靴を脱いでいただけますか?」
「あ、ああ……」
特に動揺した様子もない青年の姿に、逆にこちらが驚いた。
「……おや? お客様の靴、見た事がないタイプのものですね。それにこれは、まだ履けるのでは?」
「……もう随分昔に、故郷で母に買ってもらったものでずっと履き続けてたんだが、故郷から遠く離れたこの地で履き潰すのはどうなんだと思ってな。新しいのにしようかと」
「なるほど、思い入れのある品なのですね。サイズの計測の方終わりましたので、早速靴を持って来ますね」
「ああ、よろしく頼む」
しばらくして青年が持ってきたのは、ラバー底のブーツだった。
「これは……」
「こちらは新製品なんです。とある樹木から採れる樹液を加工したものを底にして、より歩きやすく、そしてより丈夫にと開発されたものになります。ただ、既存の製品の信頼度が高いせいか、実はあまり売れてないんです」
「そうなのか。オレの故郷ではこういう靴底の靴こそが『靴』ってものだったから、馴染み深くて良いんだがな」
「おや、そうだったんですか?」
「ああ。懐かしささえ感じる」
「それはそれは。早速試着なさってみては? 何か違和感等ありましたら、遠慮なくお願いします」
促されて早速履いてみる。……が、どうにも窮屈な履き心地だ。
「少し窮屈だな。もう少し幅の広いのはあるか?」
「もちろんです。今持って参りますね」
青年はそう言って、同じような靴を持ってきた。同じラバー底で、傍目にはさっきのと何も変わらないように見える。
「……これだ」
履き心地は抜群に良かった。窮屈さも無く、軽く、丈夫そうで、サバットも問題なさそうだ。
「ご満足いただけましたか?」
「もちろんだ。これは……いくらなんだ?」
「中銀貨三枚。……なのですが、せっかくの新製品を思い入れのある靴の代わりに履いていただくのですから、中銀貨二枚と小銀貨六枚にしておきましょう」
「……いいのか、一介の従業員が売値を変えて」
「大丈夫ですよ。お金はもちろん大切ですが、我々商人にとって本当に大切なのはお客様を満足させる事。満足させられれば信用が得られる。信用とは、どれだけ仕入れようと思っても、絶対に仕入れられないものです。小銀貨四枚と引き換えと言うと悪く聞こえますが、こちらの利益と引き換えに満足が買えるなら安いものです」
「……なるほど。あんた、名前は?」
「私はゴルダ。この店の店主をしております」
「道理で。いやはや、商人とはまったく畏れ入る。あんたの靴、買おう」
「お買い上げありがとうございます。今後、また王都で靴を買う予定がありましたら、是非、我が《革自慢ゴルダ》をよろしくお願いします」
にっこり笑って恭しく一礼をするゴルダ。
そんな彼に靴の代金を渡して、今まで履いてきた靴をインベントリに仕舞い、ついでに《仕立て屋ロゼリア》で買った上下とローブを装備しておく。
◆
――キャアアアアァァァ!
白昼の王都に、そんな、劈くような悲鳴が響き渡ったのは、《革自慢ゴルダ》で買い物を終えて王都の門にもう少しで到着するといった時だった。
悲鳴が聞こえた方向はまさにその門の方からで、見れば、全長五メートルはあろうかという狼の化け物のような生物が三匹……いや、三頭、門の中に入ってきていた。
門近くの家屋や街道にいた人々はこちらに向かって走ってきている。
「――チッ。オラッ、こんなやべぇタイミングで転んでんじゃねえ! ぶっ殺すぞ! さっさとしやがれ!」
この非常事態で、この非常事態だからこそなのか、そんな声が聞こえてきた。見れば、柄の悪そうなチンピラ然とした男が、地面に座り込んでいる女の子に怒鳴りつけている。
よく見ると女の子の首には首輪が付いていて、そこから延びた鎖を男が握っている。つまりあれは、奴隷とその主人という関係なわけだ。
だが、恐らく主人である男が化け物狼の襲来に焦った行動をとったらしく、女の子が転倒。それに腹を立てて、怒鳴っているみたいだ。
「……すみません、マスター。どうやら足を捻ってしまったようです」
「だからどうした! テメェは奴隷だろうが! 奴隷なら主人の命令には服従するもんだろ! 亜人の分際で、テメェの身を案じてもらえるとでも思ってんのか!」
淡々とした女の子の態度に、男はますますヒートアップする。もはや、逃げ惑う周りの人々も、襲来した化け物狼の事も、見えていないようだ。
と、化け物狼の一頭が、その男に気付いたのか猛スピードで走ってきている。男は気付かない。
「……チッ。穏やかな旅立ちだと思ったのに、まさかのハプニングだ」
ぼやいてから、走って二人組と化け物狼の間に身を滑り込ませるように立ち、構えをとる。
鬼灯流総合武術無手ノ項ノ一、瞬応ノ型。
両足を肩幅に開き、右足を半歩下げ、両手は下ろしたままにしておく。瞬応ノ型は、いわばカウンター技。相手の攻撃を避け、必殺の一撃を見舞う型だ。
「……来い、犬畜生」
母さんとの、殺し合いとも言うべき仕合形式の鍛練によって身に付いてしまった殺気を、全身に纏って化け物狼と対峙する。
――グルルルルルルァァァ!!
吼える化け物がオレを噛み砕こうと口をあけて迫り来る。それを三歩後ろに下がって回避し、目の前にある化け物狼の鼻に、左手で作った拳を押し当てる。
瞬間。ズドン、という重たい衝撃が、化け物狼の全身を貫いた。
鬼灯流総合武術無手ノ項ノ攻形、擊衝。
中国武術の発勁をベースに、どんな体勢でも必ず同じダメージを与えられるようにした無手ノ項の攻めの技。
欠点は、これを鍛練の組み手で使うと、もれなく相手がリバースする事。以前それで道場が嘔吐物まみれになった。
――グルル……ル……ァ……
どさっ、と見た目の大きさからは考えられないような緩慢な動作で、化け物狼が地面に伏した。目は白目を剥き、口からは長い舌がだらしなく垂れている。
良かった。どうやらこんな大きな身体の生き物でも鬼灯流は効くらしい。オレを鍛えてくれてありがとう、母さん。
化け物狼を一頭倒したせいか、他の二頭は遠巻きにこちらを見るだけで何もしてこない。
今のうちに後ろの二人には避難してもらおう、と後ろを振り返って、一瞬言葉を失った。
「あいつ、どこ行った……?」
いたのは奴隷の女の子一人だけ。チンピラ然とした男は、いつの間にか姿を消していた。
単純に考えるなら、あの男は負傷した奴隷を捨てて、どこかへ逃げたという事だろう。
「……おい、お前。お前の主人はどうした」
「わかりません。鎖を手放してどこかへ行ってしまいました」
「行かなくて良かったのか?」
「足を負傷していて動けませんので」
「……奴隷の主人が何の命令もなく奴隷を放置して消えた場合、奴隷はどうなる?」
「わかりません。ですが、死ぬのではないかと思います」
飽くまで淡々とした態度を崩さない女の子。その声音や態度からは、死んでも構わないとさえ思っているように感じられる。
「……そうか」
呟くように言った瞬間、二頭の化け物狼が動いた。一頭は壁役にでもなるつもりなのか、先行して走っている。
――ガルオオオァァ!!
肉薄した化け物狼から繰り出されたのは、爪による攻撃。どうやら先ほどの戦いを見て学習したらしい。学習能力の備わった獣なんて、これほど恐ろしいものはない。
爪による攻撃を右に左にと回避していると、あとから来た一頭が頭の上を飛び越えて反転し、オレではなく無防備な女の子を狙っている。
「――クソッ! ふざけんじゃねぇぞ、犬風情が!」
ふと身体の底から沸き上がるものを感じた瞬間、化け物狼がピタリと動きを止めた。先ほどまで己が捕食者であったはずの化け物狼は、何かにひどく怯えるような表情をして、動きを止めたままでいる。
「あなた……それは、なんですか……?」
それは震えた声。感情の起伏など無いかに思われた女の子の、明らかに怯えと恐れを孕んだ声音。彼女の金色の双眸は、怯えの色に染まり、オレを見つめていた。




