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八頁目 異世界初の買い物


「小金貨三百枚、か……」


 冒険者ギルド、商人ギルドそれぞれで登録を済ませた後の街道で、一人呟く。

 細分化された金銀銅の貨幣を分かりやすく日本円に換算するなら、小金貨一枚あたりは約一万円といったところだろう。つまり、国からの支援として約三百万円を受け取った事になる。

 この計算が正しければ、百万円は中金貨一枚、大金貨一枚は一千万円の価値を有するはずだ。


「多分、普通の支払いの事を考えての小金貨なんだろうが……」


 王都の店は小銀貨以下で売り出しているものがほとんどだ。他の場所ではどうか知らないが、非常に買い物がしづらい。


「まあ、いいか。大きな買い物をすれば済む話だ。……それより」


 ギルドでの登録が手早く終わったのは意外だった。やった事と言えば、昨日グロリアが使っていた拡大鏡の魔導具でステータスの確認と、ランクの説明、登録証の発行くらいだった。

 ランクの説明はちょっと長かったが、要するに。冒険者ギルドでのランクは倒した魔物の強さやこなした依頼の数で変わる。商人ギルドでのランクは、商いをして得た純利益の多さで変わる。

 ちなみにランクは、冒険者ならS、A、B、C、D、E、Fランクの七段階。商人なら、上からミスリル、プラチナ、ゴールド、シルバー、ブロンズ、アイアン、ブランクの七段階。駆け出しなら、Fランク、ブランクランクといったところだ。


「……さて。とりあえず服が欲しいな。今まで王城にいたから気にしなかったが、さすがに向こうの世界の服のままは悪目立ちするしな」


 そもそも鍛練の途中で召喚されたから、上は黒色の無地の長袖Tシャツ、下は黒のジャージ、足元は普段使いのスニーカーだ。中世ヨーロッパみたいな街中で過ごすには、如何せん不釣り合いだ。


 とりあえず仕立て屋を探すために、視界の右下にあるマップに意識を向ける。MMORPGみたいなメニューバーや『原初の刀ザナドゥ』に気を取られていたが、この視界のインターフェースには、左上にHPやMPの表示をしているゲージ、右側にはいつものメニューバー、その下にマップ、マップの左隣にメッセージログの流れるウインドウがある。何故こんなものが視界に映っているのかはわからないが、馴染みのあるインターフェースなのは素直に助かる。


「仕立て屋は……これか」


 マップ上に記された様々なアイコンの中に、《仕立て屋ロゼリア》と書かれた文字とロングコートのようなアイコンを見つけた。

 距離は今いる場所からそう遠くない。


「……行くか。服っていくらくらいするんだろうな……」


 金額の心配をしつつ、《仕立て屋ロゼリア》に向かう。



  ◆



 《仕立て屋ロゼリア》は、街の洋服屋というよりはブティックめいた佇まいだった。高級そうな生地や、それを使って仕立ててあるのであろう服の数々が並んでいる。

 正直、男が一人で立ち入るにはかなり勇気がいる店だ。


「いらっしゃいませ! どういった服をお探しですか?」


 店の敷地に一歩踏み入ったところで、ポニーテールの十代半ばくらいの女の子が声をかけてきた。言葉からして店員なんだろう。ゆっくり見て回るつもりが、こうなっては仕方ない。


「今着ているものと同じ色で袖や股下は長いものが良いな。激しい運動をしても問題のない、かつ動きやすい服があればそれを。ついでに同色の外套もあれば。フード付きの……マントというよりはローブ。それが望ましい」

「ふむふむ。黒の動きやすい長上下に、同じく黒のフード付きのローブですね! 少々お待ち下さい!」


 女の子は元気にそう言うと、店の奥へと消えていった。客の対応は太陽みたいだが、存在そのものは嵐みたいな子だな……。

 しばらくして女の子が帰ってくると、まずは、と言うように黒の上下を持ってきている。

 街の人々が着ているものとは少々デザインが異なるようだが、目立つこともなく過ごせそうだ。


「お待たせしました! 黒だとこちら一着だけになってしまうんですが、問題ありませんか?」

「一着だけ?」

「はい。お客様のように身長が高い方は珍しくはないんですが、そういった方の大半は筋肉が凄い事になっているので、ブカブカにならず、かといって身体に張り付くほどピッチリしてもないものだと、これだけになります!」

「……そうか」


 確かに、街中で見かける高身長の男は、誰も彼もが冒険者らしく、鍛え上げられた筋肉の主張が激しい人しかいなかったように思う。


「で・す・が! この上下なんですが、最高級の素材を掛け合わせて作ってありまして! 伸縮性は抜群、肌触りも滑らかで、お客様の要望にピッタリの一品と自負しています!」

「なるほど。少し触らせてもらっても?」

「どうぞどうぞ!」


 そう言って差し出されたシャツを触ってみると、今着ているのと遜色無い肌触りだった。日本の洋服屋で売られていてもおかしくない。生地を上下左右に引っ張ってみても伸びたままにならず、きちんと元に戻る。綿とポリエステルのハイブリッドのTシャツそのものだ。

 下……ズボンもシャツと同じのようだ。ポケットも左右についており、カテゴリとしてはワイドパンツに相当するだろう。


「……ふむ」

「いかがですか?」

「悪くない。ローブも見せてもらえるか?」

「畏まりました! それでは、また少々お待ち下さい!」


 女の子はまた店の奥へ消え、今度は上下の代わりにローブを手に帰って来た。


「フード付きのローブという事で、黒色はまたこれ一点だけになってしまいます。ですが、これもまた素材が良いのです!」

「素材が?」

「はい! ロガ王国の辺境の森深くに棲むというエンシェントスパイダーの糸を使って縫製しております!」

「エンシェントスパイダーの糸……? それはどういったものなんだ?」

「? お客様、エンシェントスパイダーをご存じありませんか?」

「実は遠方から旅をしてきて、ロガ王国の事には詳しくないんだ」

「そうでしたか! そういう事なら、知らないのも無理ない事かもですねー」


 嘘は言っていない。世界の隔たりではあるが、遠方は遠方だ。旅はしてないが。


「エンシェントスパイダーはクロススパイダーが成長に成長を重ねて、進化した魔物だと言われています。吐き出す糸はミスリル製の剣でも断ち切るのに苦労するほど強靭で、また伸縮性にも優れ、炎を浴びても燃えず、水も弾き、この世界に存在するあらゆる糸より優れていると言われています」

「ほぉ……」

「その糸で作られたこちらのローブですが、冒険者ギルドの力を借りて、大抵の実験を済ませてあります」

「実験?」

「はい。防刃や耐熱などの耐久性に関する実験だけでなく、機能面での実験もしてあります」

「ふむ……。しかし、それが本当なのだとして、何故そんな逸品が王都の仕立て屋に? しかも、この店の具合からして、各所に支店を構えているというわけでもないだろう?」

「はい。残念ながら《仕立て屋ロゼリア》は、ここ王都にしかありません。ですから、お客様の仰る事もわかります」

「では何故?」

「先ほど、私はこのローブを一点だけしかないと言ったと思います」


 確かにこの女の子は一点だけと言ったが、その前に『黒色は』と言ったはずだ。そういう前置きがあるという事は、いくつかのカラーバリエーションがあるという事ではないのだろうか。


「――確かに『黒色は』と言いましたが、他の色があるわけではないんです。言ってみれば、商業戦略の一部でして」

「なら、正真正銘の一点物か。……それなら、尚更わからないな。何故そんなものがここに?」

「……元々はギルドからの依頼だったんです。この《仕立て屋ロゼリア》は、自慢ではありませんが王都一の仕立て屋と自負しています。いつだったか、ギルドの方がやってきて、技術を与えるから試験的に作って欲しいと言われたんですよ。そうして、ギルドの方と共同で出来上がったのがこのローブです」

「ギルドというと、どっちの?」

「両方です。糸は冒険者ギルドから、技術は商人ギルドからです」

「……君が縫製を?」

「いえ、縫製自体は両親が。……ただ、素材が素材だけに借金が出来てしまいまして」

「どういう事だ?」


 女の子曰く、ギルドの素材買い取りシステムは、その素材を欲する貴族や商会の買い付けによって成り立っているという。

 今回このローブに使ったエンシェントスパイダーの糸は、冒険者ギルドに持ち込まれたものを誰にも買わせず、技術の向上を名目に利用。

 それによって本来出るはずだった利益の分が借金に成り変わってしまい、その一部が《仕立て屋ロゼリア》にも回ってきてしまっているという事だった。


「……ちなみに、あの上下とそのローブを合わせて買うならいくらになるんだ?」

「……そうですね。合わせて購入という事であれば、大銀貨で五百枚になります」


 日本円に換算して、大体二万五千円ってところか。……少し安過ぎるのでは?


「それだけか?」

「はい? 結構良いお値段していると思いますけど……」

「……まあ、いいか。借金ってのは、いくらあるんだ?」

「その……こういうの、あんまりお客様に言うべきじゃないと思うんですけど――」


 今さらそれを言うのか。もうかなり手遅れだぞ、女の子よ。


「小金貨二十五枚です……」


 小金貨二十五枚。つまり約二十五万円。

 しかし、これは赤字になったうちの一部だという。だとすると、シャツとズボンはともかく、ローブだけでも小金貨十枚くらい取ってもバチは当たらないと思うのだが……。


「あの、お客様? 勧めておいてあれなんですけど、別にご購入なさらなくてもいいんですよ?」

「……いや、買う。だが、合わせて大銀貨五百枚は見合った金額ではないだろう」

「ですよね……」

「だから……。このカウンター、使ってもいいか?」


 店の一角にあるカウンター。そこはどうやら、釣り計算をした時に出るお釣りを渡す時用に、中銀貨から小銅貨までの貨幣がストックしてある場所らしかった。


「えっと、何をするんですか?」

「買うんだ、服を」

「……で、ですが、大銀貨五百枚ですよ?」

「だから、見合った金額じゃないと言っただろう。今からこのカウンターに金を出すから、それで買わせて欲しい」

「は、はあ……」


 インベントリウインドウから、『300』と表示された小金貨のうち五十枚をエドガー氏から貰った袋に移し、それをジャージのポケットから取り出すようにしてカウンターに置く。

 手に入れたものがインベントリにアイテムとして並ぶから、こういう時は楽で良いな。


「……まあ、こんなものだろう。中を改めてもらえるか?」

「わ、わかりました」


 女の子がカウンターの袋を手に取り、中を確認して驚愕の表情を浮かべた。


「えっ、こ、こんなに!? ……小金貨五十枚!?」

「それが妥当なところだろう」

「えっ、あの、いや、でも、こんなに受け取れませんよ!」

「受け取ってもらわないと困るんだが」

「無理です! 私、大銀貨五百枚って言ったじゃないですか!」

「だから見合った金額じゃないと言ったろう。エンシェントスパイダーの糸の希少性は理解した。だからその金額なんだ」

「そんな……でも……!」

「まあ聞いてくれ。その五十枚のうち半分は借金の返済用だ。残りの二十五枚の内訳は、ローブと上下の購入代金として十枚、《仕立て屋ロゼリア》の縫製技術に十枚、君の接客に五枚だ」

「えっ……?」

「オレは田舎の平民の生まれだが、優れた技術には相応の対価が支払われるべきだと思ってる。鍛冶、縫製、加工……他にも様々あるだろう。そういった技術を廃れさせないための、いわば投資だな」

「投資……」

「それに、君はオレが貴族でないにも関わらず、良い物を出してきてくれた。貴族だろうと平民だろうと客は客。格差を感じさせない接客は、貴重な財産だ。ありがとう」

「いえ、その……」


 照れているのか、頬を紅潮させてもじもじする女の子。実に可愛らしい。


「そういえば、名前を聞いても?」

「は、はい! 《仕立て屋ロゼリア》の一人娘、ロゼリアと言います!」

「良い名だ。ご両親も良い人なんだろうな」

「はいっ!」

「……さて。とは言え、だ。多分君の言う通り、オレは払い過ぎなんだろう」

「まあ、はい……そうですね。さすがに小金貨五十枚は、いただき過ぎになってしまいます」

「だろうな。だから、お釣りが欲しい。小銅貨から上にいって中銀貨まで、それぞれ三百枚でどうだろうか」

「……良いんですか? それだけのお釣りを渡しても、まだいただき過ぎなんですけど……」

「そうか……。なら、五百枚でどうだろうか」

「それでも、ですね……。何か、中銀貨まででなければならない理由でもあるんですか?」

「……実は、手持ちが小金貨しかなくてな。そのままだと支払いに苦労するから、もっと小さいのが欲しいんだ」


 内緒話をするように小声でロゼリアに告げると、しばらく目をぱちぱちと瞬いたあと、クスッと笑って『ちょっと待っててくださいね』と言い、店の奥に消えていった。

 それから、十五分は経っただろうか。店の奥から、ロゼリアと、その後ろに四十手前くらいの男性と、それより幾らか年若い女性を引き連れて帰って来た。それぞれ、手には、エドガー氏に貰った袋より一回り大きい、膨らんだ袋を持っている。


「お父さん、お母さん。この人よ!」

「初めまして、旅の方。私はこの《仕立て屋ロゼリア》の店主をしています。ガロンと申します。こちらは妻のロザリーです」


 男性が自己紹介をし、隣の女性を紹介してくれた後、揃って頭を下げた。


「お初にお目にかかる、ご主人。オレはホオズキと言う。宜しく頼む」


 礼を失する事のないように、こちらも名乗りと一礼を済ませておく。


「この度は私どもの店でのお買い物、ありがとうございます。聞けば、大銀貨五百枚のところ、小金貨五十枚もお支払いいただいたとか……」

「その小金貨五十枚が貴方がたのもとに行きたいと訴えてきてうるさかったのでね。こちらの手元から切り離させてもらっただけだ」

「ははは。なかなか気持ちの良い言い回しをする方だ」

「事実を言ったまでだ。差し支えなければ貰ってやってくれ」

「ええ、わかりました。しかし、私どもの方でも、貴方の手元に行きたいと訴えて止まない連中がいましてな。小銅貨から中銀貨まで各五百枚が言ってくるものですから、うるさくてかないません」

「それはそれは。随分と好かれてしまったものだな」

「本当に。なので、差し支えなければ貰ってやってもらえませんか」

「もちろん、いただこう。そんなに求められたのでは断れないからな」

「では、こちらを」


 そう言って差し出される五つの袋。一つずつポケットに入れるふりをして、インベントリにぶち込んでいく。


「ロゼリア、あれを」

「はーいっ」


 ガロン氏に言われて店の奥に行ったロゼリアは、あの上下とローブを持って帰って来た。


「ホオズキさん。この度はお買い上げありがとうございました」

「いや、こちらこそ良い買い物をさせてもらった。礼を言う」

「もしもまた王都で服を求めるなら、是非《仕立て屋ロゼリア》をよろしくお願い致します」


 微笑んで頭を下げるロザリーさん。


「ああ。その時は是非。……ああ、そうだ。この辺りで靴を買うのにオススメの店はあるだろうか。今履いているのは、もうだいぶガタが来ていて、買い換えたいんだ」

「それなら、ここを出て右にしばらく行くと、革製品を扱う店があるので、そこですね」

「店の名前は?」

「《革自慢ゴルダ》です。私も妻もオススメの店です」

「もちろん私もオススメします! ゴルダさんのところの靴は軽くて丈夫で足も痛くなりにくい靴なんですよ!」

「……家族でオススメされたら行かないわけにはいかないな。ありがとう、寄ってみるよ」

「はい!」

「本当に良い買い物だった。では失礼する」

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」


 ガロン氏がそう言うと、三人全員で礼をされた。その礼に手を振って応え、《仕立て屋ロゼリア》を後にする。

 小金貨以外の貨幣が手に入って本当に良かった。



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