七頁目 旅立ちの日
エリーナ王女との歓談からしばらく。
昨夜と同じ面子での朝食を終えて、オレはアルグスタ王に頼んで、書庫へと足を運ばせてもらっていた。後にも先にも情報は必要だ。
「――というわけですので、奥の仕切りがしてある場所から奥には行かないように願います」
「了解した。とはいえ、国の機密に関わる事なんて、頭に入れながら旅をしても無駄だろうが」
「ははは。確かに、そうですね」
「まあともかく、仕切りの向こうは立ち入り禁止と」
「はい。宜しくお願いします。何かあればお声掛けください」
書庫の警備を担当している騎士とそんな話をする。彼の手を煩わせるのはこちらとしても本意ではないし、そもそも国家機密になぞ興味はないのだ。国の機密を記した書物が大量にあるなんて言われたら、仕切りの向こうに行く気なんか失せるというものである。
「……さて。とりあえず興味を引かれたものから読んでいくか」
書庫の中を歩き、興味を引かれた背表紙を片端から読んでいく。魔法の入門書、魔物図鑑、世界の歴史、世界の種族図鑑などなど。
特に興味が湧いたのは魔法の入門書。
曰く、魔力は誰でも持っている力であり、しかしそれを発現させる方法に辿り着いた者だけが魔法を使えるようになる。
曰く、魔法が扱える程ではないが、魔力をコントロール出来るようになると、武器や防具に魔力を流して攻撃力や防御力を上げる事が出来る。
曰く、魔法とは即ち想像の力。頭の中で発現する魔法のイメージを固めて、詠唱によって紡がれた言葉を媒体に魔法は発現する。
曰く、職業によっては、どれだけ修行しようと魔法が使えない事がある。術師系の職業では魔法の発現はしやすいが、武闘家や傭兵などの近接戦がメインの職業では魔法の発現はしにくい。その代わり、魔力の扱いはどの系統の職業でも変わりがない。
「……つまり、召喚された人間でも、やり方次第で魔法を使えるようになるわけか」
そして、亜人や獣人は基本的に魔法は扱えない。スキル次第では魔法のようなものを使う事があるが、似て非なるものであるとのこと。ただし、魔力の扱いに関してはヒトよりも長けているらしい。
「文明的な生活をするようになると魔力の扱いが疎かになるって事か……?」
亜人や獣人の街も無いではないのだが、ヒトよりも自然と調和する形での生活形態をとっているのだとグロリアが言っていた。
「まあ、魔法は別に使えなくてもいいか。というより、多分オレはスキル取得するだけで魔法が使えるようになるんだろうな。職業スキルにそういうのがあったし、きっとそうだろう」
次に目を引いたのは世界の歴史。
この異世界に関する歴史が書かれた本だった。
特に気になったのは、亜人や獣人が何故奴隷として扱われるようになったのかという事。昔々は実は逆の立場で、亜人や獣人がヒトを迫害していたのだそう。しかしある時、ヒトは魔法に目覚め、その力で亜人や獣人に逆襲し、覇権を握り続けてきたのだそうな。
そうした事情から、亜人や獣人を憎む心が受け継がれ、今のような奴隷制度が出来上がったという事らしい。ヒトの奴隷もいないわけではないが、基本的にはヒトの奴隷というのは犯罪を犯した人間の事で、別に迫害されているからというわけではないらしい。
「嘆かわしい事だが……いずれ是正される事を祈ろう。労働力なんかを募る場合には楽かも知れないが、あまり気分の良いものではないしな」
日本という、比較的平和な国に生まれたから、他国の奴隷制度なりがどういったものかはわからないが、綺麗事にせよヒトがヒトを迫害し、使うような制度は気持ちの良いものではない。
「あとは……特に目ぼしい本はないな。世界の種族図鑑にハイエルフの記述があったのは収穫だったが」
ハイエルフとは。エルフに近い種族だが本質は全く違い、通常のエルフの寿命が千五百歳ほどに比べてハイエルフはその三倍以上の寿命を持つ。
その長大な寿命故に神話の時代から生きているのだと信じられており、扱う魔法も通常の魔法とは違って『古代魔法』という分類の魔法である。
しかし、これらの事は後世の学者や研究者がそうではないかと推測を立てただけであり、実際にハイエルフとの邂逅を果たした者はおらず、ハイエルフの生態はまったくの謎である。
「……そろそろ行くか。アルグスタ王にも挨拶しないとな」
書庫を出て警備担当の騎士に挨拶をした後、アルグスタ王がいるであろう謁見の間に向かう。
「これはホオズキ様。いかがされましたかな?」
アルグスタ王の側近エドガーが、驚いた表情で言う。玉座のアルグスタ王も、一体どうした事かと驚きを隠せない様子だ。
「アルグスタ王。オレは王都を出ようと思う」
「……それは、いつの事ですか。ホオズキ様」
「今日、今、これからだ。急な話で申し訳ないが、オレがこの世界に喚ばれた事と合わせて考えれば、そう急いだ話でもないだろう」
「確かに、そうですな」
「ホオズキ様。そのお話は国王や私以外には……?」
「早朝、メイド長を連れて散歩に出ていたエリーナ王女と話をする機会があってな。その折にエリーナ王女には話してある。それ以外には知っている人間はいない」
「なるほど。……王都を出るとの事ですが、どこへ向かうかは決めてらっしゃるのですか?」
「いや、特にないな」
地図もなければ金もない、地理に明るいわけでもない。決めるどころか、そもそも決める材料がないのだ。行き当たりばったりの旅になる。
「……エドガー。あれを」
「もちろんです、我が王」
短いやり取り。
エドガーがつかつかとこちらに来たと思えば、畳まれた紙と、妙に膨らんだ、コンビニの一番小さいレジ袋くらいの大きさの袋を渡された。袋が随分と重たいんだが、何が入ってるんだ?
そう思っていると、その疑問に答えるようにアルグスタ王が口を開いた。
「ホオズキ様。それは旅立つ貴方への、ロガ王国からの、心許りの贈り物です。畳まれた紙は地図です。国一番の測量士に描かせましたから、寸分違わぬ地図になっているでしょう。袋は、まあ、予想は出来るでしょうが、金です。小金貨にして三百枚、用意しました」
「……良いのか、こんなに」
「我々が貴方に強いている事に比べれば安いものです。……いや、人の命は金には替えられない。安いものどころか、国をあげて貴方を支援してもまだ足りない」
「……そうか?」
「ホオズキ様の世界やホオズキ様自身には、本来関わりの無い事ですから」
アルグスタ王の言葉を補完するようにエドガーが言う。魔王討伐なんて旅の中での一つのイベント程度にしか考えていなかったが、どうやらこの世界では相当な重大イベントらしい。
「こんな支援を受けた身で悪いが、あまり期待はしないでくれ。オレは別に由緒ある血筋の生まれとかではないし、この世界の基準で言えば紛れもなく平民だ。今回の事も、せいぜい『貴重な体験をした』くらいにしか考えてない」
「それは……」
「魔王の存在も、正直信じ難い。見た事のある人間を連れてきて欲しいくらいだ」
「うぅむ……」
「だが、もしも本当に魔王が存在するのなら。本当にこの世界を脅かす存在なのだとしたら。オレは迷う事なく討つだろう。この世界を見て回りたいからな」
「……いや、それで構いません。元々、我々は貴方にお願いする立場だ。無理強いはしません」
「それは助かる。……アルグスタ王。支援、ありがたく頂戴する」
「ええ」
少し晴れやかな顔でアルグスタ王が頷く。エドガーも『その心意気に感謝を』とでも言うような表情で瞑目している。
「それで、ホオズキ様。具体的には、これからどうするつもりですかな?」
「とりあえずは冒険者ギルドに。登録だけはしておきたい」
「ふむ。商人ギルドには行かれないのですかな」
「生憎と商売には明るくないものでね。あまり利点がないかな、と」
「いえいえ、利点ならありますとも」
「――僭越ながら、その先は私、エドガーから話させていただきます。冒険者ギルドと商人ギルドですが、登録するだけでも意味はあります」
「そう、なのか?」
エドガー曰く。冒険者ギルドなら、登録者は倒した魔物を持ち込んだり、あるいは魔物から剥ぎ取った素材を買い取ってもらう事が出来る。倒した魔物次第では冒険者ランクに影響し、早めのランクアップも望めるとか。
商人ギルドなら、ダンジョンで回収した宝石類や武具、装飾品等の買い取りをしてもらえる。また、欲しいものがあった場合に、それを取り扱っている商人、ないしは商会を紹介してくれる。
両ギルドとも、登録しておくだけでもそういった恩恵が得られるらしい。ついでに、そういったサポートはギルドの支部がある場所なら、どこでも受けられるのだそう。ただし、国境を越えて別の国に入ると、そこでのギルド登録は新規で行う必要があるとの事だった。
「……なるほど。商売はしなくても利点はあるのか」
「はい。ホオズキ様は両ギルドのギルドマスターと交流がある……というわけではないですが、顔は知っていますし、ある程度融通は利かせてもらえるかと」
「そういう事なら、まあ登録しておいてもいいか。登録する事で何か制限がつくわけではないんだろう?」
「もちろんです。ただ、高ランクになるとギルド側から何か依頼をされるかも知れません」
「それは、どちらも同じなのか?」
「いえ。商人ギルドは、どちらかと言えばその国での商売を取り纏める意味合いが強いので、大抵は冒険者ギルドからになると思われます。ただ、商人ギルドからもまったく無いとは言い切れないので、ご留意ください」
「ありがとう。……では、アルグスタ王。オレはそろそろ行こうと思う。カーミラ王妃やカルス王子に宜しくお伝えいただきたい。そして、直接挨拶出来ず申し訳ないと」
「しっかりと伝えておきます。エリーナにはよろしいですかな?」
「エリーナ王女には、早朝ではありましたが挨拶をしておきましたので」
「そうでしたか。……旅の途中、またこの王都に是非」
「もちろん。エリーナ王女とも約束しましたから。必ずまた、ここに来ます。アルグスタ王、エドガーさん。どうか健勝で」
「ホオズキ様も、道半ばで倒れませぬよう」
「ありがとうございます、ホオズキ様。貴方の旅に幸多からん事を」
二者二様の返事を受けてから一礼をして、謁見の間を後にする。
謁見の間の次は、グロリアの研究室へ。
研究室の中に入ると、グロリアは机に向かって作業をしていた。
「……行くのね」
こちらを振り返る事なく、グロリアは呟くように言った。
「ああ。あんたには……まあ、短い時間だったが世話になった。ありがとう」
「礼なんか要らないわよ。アタシは、あのヘタレ国王の命令でアンタに付き合ってただけなんだから」
「……そうか。それでも、変にへりくだったりしないあんたは、オレには貴重な人間だ。ある意味、あんたに一番救われた気がするよ」
「そ。ま、頑張んなさい。アンタの旅が無事に終わる事を祈っててあげるわ」
「そういうのは魔導師の領分じゃないんじゃないか?」
「アタシだって神に祈る時はあるわよ」
「そうか。まあ、せいぜい頑張るさ」
「ええ。……また来なさいね」
「……もちろんだ」
オレの返事を聞くや、『さっさと行きなさい』とばかりに手をひらひらと振るグロリア。
挨拶は済んだし、もう行くとしよう。エリーナ王女にも挨拶しておくべきだろうが……まあ、朝にしたからいいだろう。
少し寂しげに見えるグロリアの背中を数秒見つめてから、グロリアの研究室を出る。
さあ、冒険の始まりだ。




