六頁目 早朝のお茶会
メイドに連れられて着いた場所は、映画でしか見た事がないような広間だった。真ん中には十メートルはあろうかという長テーブルがあり、敷かれたテーブルクロスの上には、美味しそうな料理が並んでいる。椅子の数も二十人は座れるかといったところだ。
そのテーブルの上座には国王が座し、国王に近い椅子から、国王と同年代くらいの女性、十代半ばくらいの女の子、小学三か四年生くらいの男の子、グロリアと並んでいる。
「おお、ホオズキ様。さあ、座って。夕食といたしましょう」
相変わらず腰の低いアルグスタ王が椅子に座るよう促してくる。
アルグスタ王の正面。この入り口からすぐの席が、今夜のオレの席のようだ。
「ありがとうございます、アルグスタ王。しかし、オレのような部外者が相伴に与って良かったのでしょうか」
「もちろんです。ホオズキ様の事は私の妻や子にも紹介しておきたいですからな」
ちらりとアルグスタ王の視線がグロリア以外の三人に流れる。やはり彼女達はアルグスタ王の身内……王妃や王女、王子様らしい。
「そういう事なら、ありがたく」
メイドが引いておいてくれた椅子に腰掛ける。王城で使われている椅子だけあって、座り心地はなかなかのものだ。
「では、食事を取り分けている間に軽く紹介しましょう。まずは、我が妻、カーミラです」
「カーミラ・レグネ・グロス・ロガと言います。どうぞカーミラとお呼びください、勇者様」
アルグスタ王と同年代くらいの女性――カーミラ王妃――が笑顔で軽く会釈をする。アルグスタ王と同じ綺麗な金髪で、瞳はエメラルドグリーン、綺麗な顔立ちをしていて誰もが美人だと言うだろう。
「ホオズキと申します。貴女のような美しい女性を妻に持てるとは、アルグスタ王が羨ましい。私の事は是非ホオズキとお呼びください」
「まあ……! 美しいだなんて……照れてしまいますわ、ホオズキ様」
「本心を言ったまでです、カーミラ王妃」
「ホオズキ様。妻を口説くのは勘弁していただきたい。貴方のような若い男に口説かれたら、さすがに私も参ってしまう」
アルグスタ王が苦笑を浮かべながら言う。
こちらとしては別に口説いているつもりはなかったんだが……。
「これは失礼。アルグスタ王が羨ましかったもので、つい」
「ははは。そう言われると悪い気はしませんな。カーミラの隣が我が娘エリーナです」
「エリーナ・フィエラ・ロガと申します。どうぞエリーナと」
「よろしくお願いします、エリーナ王女」
「さらにその隣が息子のカルスです」
「カルス・ロスタ・ロガです! よろしくお願いします!」
初対面だから緊張しているのか、若干強張った声音で自己紹介をしてくれる王子。少しでも自分を大きく見せたいのか背筋をピンッと伸ばしており、それが微笑ましくて、つい笑みが零れる。
「ふふ。ええ、よろしくお願いします、カルス王子」
「ははは。ホオズキ様を前にして緊張しておるようです」
「私も王子くらいの年の頃はそうでした。初対面の相手には、やはり緊張してしまって。それでも、自分を大きく見て欲しくて精一杯背伸びをして……。王にもそのような頃があったのでは?」
「おや、ホオズキ様に私の過去は話さなかったはずですが……その話をどこで?」
そう言ったあとでお茶目に笑うアルグスタ王。つられてカーミラ王妃、エリーナ王女、カルス王子も笑いだし、グロリアは『やれやれ、この若造が』とでも言うように苦笑を浮かべてアルグスタ王を見ている。
「ははは。さてさて、いつまでも笑ってばかりいられませんな。せっかくの料理が冷めてしまっては料理長に叱られてしまう」
「本当に、料理長には頭が上がりませんからね。食べるといたしましょう、あなた」
「ああ。ホオズキ様も、どうぞ遠慮なく」
「はい。頂きます」
目の前の皿に盛られた料理をナイフとフォークを使って一口。
「……美味い」
自然と、そんな言葉が口から零れた。
日中、街を見て回った限りでは、この世界の料理は作り方は単純で、味も単調なものというイメージがあったのだが、しかしこれは美味い。どういう食材を使って、どういう調理法で料理したのかはわからないが、少なくとも、料理長と呼ばれる人物は料理を究めんとする人間で、一切の妥協を許さない人物である事はわかる。
「どうですかな、ホオズキ様。料理長の作った料理は」
「美味しいです、アルグスタ王。食というものがどういうものであるか、理解している人間の作る料理です」
「それはそれは。料理長も喜ぶでしょう」
したり顔で言うアルグスタ王。料理長と呼ばれる人物はアルグスタ王にとっても近しい人であるらしく、まるで自分の事のように喜んでいる。
広い部屋での食事ではあるが、母さんと二人きりでの食卓とはまた違った愉しさが、そこにはあった。
◆
愉しい食事をした翌日の朝。
まだ動く人の気配のない城内で、一人目が覚めたオレは、城門前の広場に向かって歩いていた。
もしこの世界が元の世界と同じように二十四時間で一日が巡るのなら、今は、五時を少し回ったところだろう。元の世界ではそういう生活をしてきたし、こちらとあちらで大きく変わらない限りは、オレの体内時計は正常だ。
そして、今から何をするのかと言えば、もちろん朝の鍛練だ。本当なら王都の外あたりでランニングでもしてからにしたいが、勝手に出て困らせてしまうのは忍びない。そこで、昨日のうちに目をつけていた城門前の広場で身体を動かそうというわけである。
「……鍛練か」
普段は母さんとしていただけに、少し寂しくもあるがそれはそれ。母さんがいないからといって鍛練を疎かにするのは鬼灯流の免許皆伝としても、母さんの息子としてもいただけない。
異世界に来てしまったとはいえ、生活の基盤はこちらになるのだから、そういった事はしっかりしておきたい。
「……よし、ここだな。早速始めよう」
広場についたら、まずは準備運動から。腕、足、背筋を伸ばして身体を温め、動いても問題のない状態を作る。
ザナドゥは使う予定はないから、日々の鍛練で行うのは鬼灯流総合武術無手ノ項だけになる。
無手ノ項は、文字通り徒手空拳での戦いを想定した項。最初から武器を持っていない場合や、あるいは戦いの最中に武器を弾かれた、ないしは落とした場合に使われる。ザナドゥを除けば丸腰のオレは、この鍛練しか出来ないのである。
一つずつ、一つずつ、思い出して確かめるように型を刻む。今までしてきた事の反復だが、この反復こそが大切なのだと母さんは言っていた。最初は焦れったいと思っていたが、いざというときにはその反復で身体に刻み込んだ力が物を云うと言われると、不思議と、すとんと腑に落ちた。
だから今は、母さんがいなくとも、自分に出来る最大限を引き出せるように鍛練するだけだ。今まで引っ張ってきてくれた、母さんに報いるためにも。
「フゥー……」
鍛練の最中は腹式呼吸を忘れない。型は一つずつゆっくりと。身体が頭についてくるようになったら、少しずつスピードを上げていく。最初の型から最後の型まで終わったら、また最初から。
これを、腹が空くまでするのが朝の鍛練だ。
「――あら?」
「……ん?」
女の子の声がした。
一旦鍛練をやめて声のした方を見ると、昨日夕食の時に一緒だったエリーナ王女と、その後ろにメイドさんが一人いた。確か、グロリアがメイド長だと紹介してくれた人だったと思う。
「お早うございます、ホオズキ様」
「おはようございます、エリーナ王女。お早いお目覚めですね?」
「ええ。冬はさすがにしませんが、朝早くに起きて城内を散歩するのが日課なのです。ホオズキ様は何を?」
「朝の鍛練をしていました。こちらに来る前は毎日やっていましたから」
「ふふ。では、私と同じですね」
「そうですね。……こちらでの常識はわかりませんが、エリーナ王女のような女性の方でも、騎士団や傭兵になったり、私のように鍛練をする者はいるのでしょうか?」
「はい、いらっしゃいますよ。騎士団にも魔法兵と言って魔法による後方支援を主とした方々は大体が女性の方ですし、あまり詳しくありませんが、冒険者ギルドには女性の登録者もいると聞いています」
「なるほど。男女の隔てなく同じ場所に立てるというのは、良い事ですね」
「ええ、私もそう思います」
穏やかな雰囲気を持つエリーナ王女がふわりと笑みを浮かべる。実に可愛らしい。
「……そうだ、ホオズキ様。鍛練のお邪魔でなければ、私と話をしていただいても構いませんか?」
「私は構いませんが……日課の散歩はよろしいのですか?」
「はい。それよりもホオズキ様とお話がしたいのです」
「それならば喜んで」
オレの返答に、ぱぁっと顔を綻ばせるエリーナ王女。
『どこか落ち着ける場所で話しましょう?』というエリーナ王女の提案で、オレはエリーナ王女の私室で話をする事になった。
聞かれるのは元の世界。地球、引いては日本の事やオレ自身の事、好きな食べ物や場所、色、言葉、仕草、異性のタイプ。正直、相手が王女である事を忘れそうになる。
「そういえば、ホオズキ様はおいくつになられるのですか?」
「今は二十一です。失礼ですが、エリーナ王女はおいくつで?」
「私は今年で十五になります。社交界デビューの年ですね」
「という事は、エリーナ王女も結婚相手を決めておかなくてはならないというわけですね」
貴族社会には詳しくないが、社交界というのは金持ちの息子や娘が、それぞれ相応しい結婚相手を見繕うための場だと聞いたような気がする。
ただ、地球では、通常社交界デビューは女の子は十六歳からだったはずだ。数えで計算するんだろうか。
「……結婚、ですか」
「あまりピンときませんか」
「ええ。相手の事を知ってからならば良いのですが、知らない相手となると……」
「そうでしょうね。私が同じ立場でも同じ心持ちだったと思います」
「……………」
「……そう言えば。こちらの世界では、適齢期は何歳頃なのですか?」
「平民の方だとわかりませんが、貴族の方だと大体十六歳から十八歳。二十歳を越えての結婚もないわけではありませんが、珍しいとされます。そして、二十五歳を切れ目に行き遅れなどと揶揄されるようです」
「……なるほど。貴族は貴族、平民は平民とで結婚するのが普通なのでしょうね」
「はい。ただ、貴族と平民での結婚も全く無いというわけではないようです。ロガ王国にも、かつて平民と結婚した王はいたそうなので」
エリーナ王女が言うが、まあ、例外中の例外だろう。実際そんな事をすれば、その貴族はやっかみを受けるに違いない。
「……あの、ホオズキ様」
「なんでしょうか、エリーナ王女」
「昨日の今日で何を言っているのかと思われるかも知れませんが、その……ホオズキさん、とお呼びしても構わないでしょうか……?」
「私は構いませんが……何故でしょう?」
「その……何か理由があるわけではないのです。ただ、なんというか……ホオズキ様とは、そういう間柄でいたいな、と」
「……失礼ですが、エリーナ王女は友人はおありで?」
「……気のおけない存在という意味なら、いません。私は、王女ですから」
王族は王族。貴族とは違うという事か。
人の目を盗んで街へ繰り出すようなやんちゃな王女にも見えないし、あらゆる意味で『友人』と呼べる存在はいないのだろう。そういう事なら今の話にも納得がいく。
「……あの、ホオズキ様?」
色々と頭を巡らせていたオレの顔を、不安そうなエリーナ王女が覗き込む。
「すみません、少し考え事を。呼び方の件は、エリーナ王女のお好きに呼んでください。私からどうこうは言いません」
「で、でしたら! あの、ホオズキさ……さん、も、その……私の事は、是非エリーナと呼び捨ててください」
「……わかりました。そのように――」
「それから! えっと、敬語も、必要ありません……。自分の事を指す時も、普段されている言い方で構いませんから」
「しかし、それでは他の者に示しがつかないのでは?」
「……そう、ですよね」
しょんぼりと肩を落として項垂れるエリーナ王女。エリーナ王女としては、『気のおけない相手』が欲しいのだろう。
正直なところ、『命令です』と言われたらこちらは従わざるを得ないのだが、それをしないという事は、要するにしたくないんだろうな。
「エリーナ王女。私は、他の者に示しがつかないからしない、とは言っていませんよ」
「――っ! で、でしたら!」
「落ち着いてください、エリーナ王女。……今日中に、私は王都を出ようと思います。魔王討伐もそうですが、何より私はこの世界を自分の目で見て回りたいのです」
「……急な、お話ですね」
「すみません。ですが、その旅の道中、またここに帰る時もあるでしょう。その時、貴女がまだ私を求めるなら、言う通りにしましょう」
「求めるだなんて、そんな……」
照れ照れと頬に両手をあてて頭を軽く振るエリーナ王女。
「飽くまで、私とそういう間柄になりたいと望むなら、です」
「……ホオズキ様は、これからどうされるつもりなのですか?」
「まず冒険者ギルドに登録しようと思います。私は商売に関してはあまり明るくはないですが、戦う事に関しては母以外の誰にも負けない自信がありますから」
「冒険者ギルドに……」
「ところで、エリーナ王女。この世界では、手紙というのは平民でも出す事が可能ですか?」
「……はい。紙を扱う商人は少ないですが、手紙自体は誰でも出せるはずです。とはいえ、それを届けるのは冒険者ギルドか、ギルド登録者になりますが」
思い出すように言ったあと、『それがどうかしたのですか?』と言いたげな視線を投げてきた。
「エリーナ王女。貴女は、私の事が知りたいですか?」
「え……? えっと、はい、知りたい……です」
「でしたら、手紙をください。貴女の知りたい事、話したい事、その他色々な事。それを貴女が書いて、私にください。冒険者ギルドを通じて」
「――っ! 良いのですか!?」
「私達は、あまりに互いを知らない。『友人』になるには、お粗末だと思いませんか?」
ニヤリと、口角を吊り上げてエリーナ王女に言うと、彼女は目を輝かせて『はいっ!』と元気よく返事をくれた。
「私の旅の道中、手紙で、お互いの知りたい事を教え合いましょう。そうして、いつか私が……いえ、オレがここに戻ってきた時。その時は、貴女の『友人』として扱ってください。オレも、貴女をエリーナと呼びますから」
「はいっ……!」
「エリーナ王女からオレを呼ぶ時は、ホオズキ様でもホオズキさんでも、呼び捨てでも構いません。もちろん、今からです」
「――ッ!! で、では! ホオズキさん、と!」
「わかりました。……では、エリーナ王女。随分と話し込んでしまいました。国王に怒られる前に、オレは退散しようと思います」
「父様に……?」
「オレのいた世界では、メイドさんがいるとは言え、普通、恋人でもない男女は二人きりでは会わないものなんです。未成年に限りますが」
「何故ですか?」
「嫁入り前の娘には、男親は過保護になるものなのです。平民や貴族という区別がありませんから、余計に」
「そう、なのですね……」
「はい。処女を散らしたのでは、なんて思っているのかも知れません」
「処……ッ!?」
ボッ、とエリーナ王女の顔が赤く燃え上がる。どうやらそういった話には弱いらしい。
「まあ、そういうわけで、未婚の男女が二人きりというのは、あまり良くはないのですよ」
「な、なるほどです……!」
「それでは、エリーナ王女。この度は愉しい時間をありがとうございました」
座っていた椅子から立ち上がり、一礼をする。
「いえ。こちらこそ、愉しい時間でした。ありがとうございます、ホオズキさん。……もしかして、もう?」
「いえ、まだいますよ。折りを見て、出ようと思います」
「……寂しくなってしまいますが、元より魔王討伐を依頼するために召喚したのですものね……」
「きっとすぐに会えますよ、エリーナ王女」
「そう願っています」
にっこりと笑みを浮かべるエリーナ王女。王族とはいえ、やはりこういった仕草は年相応の女の子だ。
「それではまた、エリーナ王女」
「ええ、また。ホオズキさん」
再び一礼してエリーナ王女の私室を後にする。
魔王討伐か。……まあ、今は情報もない。二の次にして、その時考えればいいだろう。




