八十五頁目 昼食後の予定
「―…というわけで、うちで色々世話をしてもらう事になった」
とりあえず鬼人族の面々を屋敷の中に入れてユキヤ達に事情を説明すると、未だ放出されている魔力に緊張を保ちながらも、納得は出来たようで少し落ち着きを取り戻していた。
「それでは刹華様。我らは早速地下室を改装いたしますね」
「それは良いけど、手伝いは要らないのか? そもそも、改装って言うからには時間がかかるんじゃないのか?」
「問題ありません。我ら鬼人族は全てが時空間魔法の使い手で御座いますれば、改装などは数時間もあれば終わります」
「へぇ……時空間魔法の」
時空間魔法とは、その名の通り、時間や空間を意のままに操作出来る魔法の事だ。
時間の加減速や停止、空間の拡張、縮小、切り取りや張り付けなどなど、意識すれば大抵の事が出来る。
まあ、代わりに魔力を大量に消費するから、あんまり連発は出来ない……というか、推奨されないが。
そんな時空間魔法は、習得の難しさが有名らしい。世界で初めて時空間魔法を習得出来た人は、長年研究と試行錯誤を重ねて、死の間際にようやく習得が適ったのだとか。
今はその研究の概要も公開されて、割と誰にでも習得出来るようにはなっていると言うが、それにしたって半世紀以上の時間を時空間魔法習得のためだけに費やさなければならないらしい。
習得にかかる期間は頑張れば短縮出来るかもしれないが……まあ、現実的ではない。
……オレはもうスキルポイントを割り振って習得してしまっているが。
ともあれ、それを鬼人族全体が習得しているという事は、不老長寿を利用して頑張って習得したんだろう。
それを思うと、スキルに関してはイージーモードのオレは、少し申し訳なくなるのだが。
「とりあえず作業が終わるまでは地下に籠りますが、何かあれば遠慮なくお呼びください。都度、対応させていただきます」
「ああ。まあ、怪我とかしないようにな」
「お気遣いありがとう御座います、刹華様。それでは、しばし失礼します」
紅葉のお辞儀に合わせて侍女衆もお辞儀をすると、ぞろぞろと地下室の入り口の方へ向かっていった。
「あの……主? 今、何を話されていたのですか?」
「何って……いや、今オレ、何を喋ってた?」
「わかりません。二百五十年……稀に他の種族とも交流はありましたが、そのいずれの種族も使っていない、未知の言語でした」
「未知の言語……」
ユキヤの言に、自分の中で渦巻いていた疑問が確信へと変化する。
やっぱそうか。鬼人族と話す時、オレは知らず知らずの内に日本語を使って喋ってる。
こうしてユキヤと話している時の言葉は、考えてみれば、オレにはあまり馴染みのない言語だ。それでも言葉が通じているのは異世界転移補正なのかも知れないが。
「……まあ、言語の事は置いておくとしてだな。彼女達には地下を改装して使ってもらう事にしたんだよ。さっきのはその話だ。作業のために籠るが、呼べば来てくれるとさ」
「なるほど、そうだったのですね」
「ま、そういうわけだから、今後屋敷の事は彼女達に訊くといい」
「わかりました」
それにしても……鬼か。
オレにも、あんな感じで角とか生えてくるんだろうか。だったら……いやまあ、多少不恰好かも知れないけど、ちょっと楽しみだな。
でも、母さんには角とか無かったよな?
異世界特有、って事なのか……?
「……ね、あなた。これからどうするの?」
「ん?」
アナの声がしたな、と思って、思考を切り替えて声のした方を見れば、腰に抱き付いてきたアナがこちらを見上げていた。
「これからって言うと?」
「……今日、こんなに騒いでいるのは、あたし達がダンジョンを踏破したからよね?」
「そうみたいだな」
「……その中でも、あなたは特に功労者なわけじゃない。十傑衆を下して、ダンジョンも踏破して、今に至る。きっと、まだまだ収まらないわ」
「……まあ、だろうな」
「……あなたはこれからの予定はどうするの?」
「……どうしようか?」
昨日の今日で随分な騒ぎ……まあ、オレはそこまで槍玉に上げられてないから、あんまりそうは思えないが。
ともあれ、あっちこっちでダンジョン踏破者を祝う空気が流れてるから、正直どうしたもんか悩むところではある。
またローザロッサの街をぶらぶらと眺めて回るでもいいし、せっかくだから、いつか来る百層のドラゴンとの戦いの為に鍛練を重ねるのもいいだろう。
どのみち、騒ぎの中心にいるのはオレ達なんだし、別に何をやってても構いやしないだろうが、しかし悩むもんだ。
「……する事、ないの?」
「いや……まあ、やれる事は色々と思い付くけど、やりたい事があるわけじゃないな」
「……なら、今日はゆっくりしましょう? 一ヶ月もダンジョンにいたんだもの、心労だって溜まってるはずよ」
「……どうしたんだ、アナ? 随分優しいじゃないか」
「……あら。あたしはいつも優しいけど?」
心外だわ、とばかりにそっぽを向くアナ。
確かにアナは基本的には優しい。だが、それはロゼやライカ、ルキナのような亜人に対しての優しさであって、一応人族であるオレに対しては壁を隔てているかのような雰囲気があった。
まあ、亜人種の背景を考えれば仕方のない事だろうし、オレ自身そういうものだと思って接してきたから、心労が溜まってるだのとアナが言ってくるのは意外だった。
これで相手がロゼやルキナ、ユキヤあたりだったならそういう感覚はなかっただろうが……。
ま、フラグなんてどこで立ってるかわかんないもんだし、そういうフラグを立ててたんだと思う事にしよう。
「まあ、アナの勧めもあるし、オレは屋敷でゆっくりしよう。お前達は、どうする予定だ?」
「私は……今一度ダンジョンに潜ろうと思います。色々と試したい事もあるので」
ふむ、ユキヤはダンジョンか。
「私はまた腕相撲に行ってきます。賭けのお金も膨れ上がっているでしょうし」
ロゼ……あんまり搾り取ってやるなよ……?
何事も程々が肝心だからな。
「ライは食べ歩きに行くぞ!」
「じゃあ、私はライカについていきますね」
「頼むな。金は大丈夫か?」
「はい。ライカが飲み食いするだけなら、まだまだ余りがありますから」
ライカとルキナは食べ歩き……と。
アナがしっかりしてるから錯覚しがちだが、ライカとアナは同い年で、うちの中じゃ最年少だからな。
とりわけライカはちょっとアホの子っぽいから、誰か監督する奴がついてないと不安なんだよなぁ……。
まあ、もう二年……いや、三年もすればしっかりしてくると思うけど、今は年長者に任せよう。
「それで、アナはどうするんだ?」
「……あたしは、あなたといるわ」
「珍しいな、ほんと。大抵ライカとセットなのにな」
「……そういう気分なのよ」
「……なるほど。じゃあ、まあ、それぞれ自由行動だ。夕飯までには帰ってこいよ」
オレの言葉にそれぞれが頷きで返し、いの一番に外に向かって駆け出すライカと、慌てながらそれを追うルキナ。
仕方ないですね、とばかりに眼を瞑りゆったりと歩いていくロゼ。『では』と短く言い残して、スキルを使って影に消えるユキヤ。
……みんな元気だなぁ。
「……ちょっと。我が子を見守る父親みたいな顔してるわよ、あなた」
「……独身子無しなんだけどな、オレ」
「……まあ、いいわ。ほら、ゆっくりしましょう? ソファに寝て……ね?」
グイグイと背中を押してソファに寝かせようとしてくるアナの頭を撫でてから、肘掛けに頭と足をあずけてソファに寝転がる。
すると、そのオレの身体をベッド代わりにするように、アナは上に乗って同じように寝転がった。
「……ベッドじゃダメなのか?」
「……ダメよ。ソファだからいいのよ」
「そういうもんか」
よくわからないが、アナがそれでいいと言うならそうなんだろう。
ああ……でも、こうしてると、ダンジョンに潜ってたのが遠い昔のように思えてくるな。
夕飯まで、ゆっくり、ゆったりしよう。




