八十四頁目 鬼人族、推参
結論から言って、シックネスヴァイパーの揚げ物は大絶賛だった。
珍味って事だったし確かに期待してはいたんだが、その期待を良い意味で裏切ってくれた。
ところでこれ、シックネスヴァイパーのカツって事でいいのかね? そもそもカツって言葉がなんなのかわからないが。
「――ッ!!」
そして、昼食には少し遅れたロゼも交えたランチタイムを終えてのんびりしていると、妙な魔力を感じて上体を起こす。
魔力ってヤツは言ってみれば一種の『気』で、気当てにも使えるし、『威圧』スキルの代わりにも使えるようなものだ。
まあ、実際は魔力を利用してスキルを行使しているって事みたいだが、細かい事は今はいい。
とにかく。
今大事なのは、その魔力……それも、かなり強大なものが空から迫っているという事だ。
傍にいるユキヤ達も一様に天井のその先を睨み付けるように上を見ているから、オレが特別敏感ってわけじゃないらしい。
「主、これは……」
「……ああ。ここに来てるな」
禍々しいまでの強大な魔力は、何故か一直線にこちらに向かってきている。
しかも、一つや二つじゃない。少なくとも二桁の数……どうにか精査して大体二十くらい。
魔物……いや、魔族? 魔王クラスの奴が来たのか?
なんて考えてるうちに魔力はグングンと近付いてきて、ズドオォォン、という爆発にも似た音を響かせて屋敷の前に到着した。
そんな漫画の擬音みたいな音、割と初めて聞いたわ。
「……私が行きます、主」
「いや、オレが行く。お前達は座ってるんだ」
「しかし……!」
「いいから! 前途ある若者を死地に向かわせるほど、オレは鬼畜なつもりはない」
玄関の方を睨み付けながら言うと、言い終わるや否やドアノッカーによるノック音が響いた。
とりあえず最大限の警戒をして玄関に向かい、深呼吸をしてからドアノブに手をかけ、ドアを開ける。
「……どちら様で?」
ドアを開けた先には、前髪の生え際より少し下にずれたところから、黒曜石のような円錐形の角を二本生やした女性が立っていた。
しかし驚くべきは、彼女の背後にも同様に角を生やした女性が二十人くらいいる事だろう。
そうして、およそ人間ではない容姿の女性達に内心驚いていると、目の前の女性が口を開いた。
「初めまして、我らが主君。我々は鬼人族。貴方様と同じ、鬼の一族に御座います。この度は大所帯での突然の訪問、誠に申し訳ありません」
「は、はあ……?」
鬼……? 鬼の一族だと?
しかも主君ってなんだよ。そんなのになった覚えはねえぞ。
「私は鬼人族侍女頭。名を鬼灯紅葉と申します。後ろにおりますのは、鬼人族の侍女衆に御座います」
「あ、ああ、そう、なの……」
「失礼ながら、我らが主君。お手間を取らせて申し訳ないのですが、少々時間をいただけますでしょうか」
「いや……まあ、構わないが」
「ありがとう御座います。では、まずは我々の事から、ご説明させていただきます」
鬼人族の鬼灯紅葉と名乗った彼女は、一度言葉を切ると、すぐに説明を始めた。
まず、鬼人族というのは人間にも亜人にも魔族にも与しない、完全中立の種族である。
鬼人族は一様に『鬼』と呼称され、同胞は全て、額から黒曜石のような二本の角を生やしている。
そして、ただ一人、鬼神となり得る力を持った鬼を主君と仰ぎ、同時に、主君以外の男の鬼人族は存在しない。
故に鬼人族は全て女性で構成され、主君とまぐわう事で新たな鬼人族が生まれるが、通常鬼人族とは元々の種族に関わらず鬼の因子を宿したヒトの因子が覚醒する事で鬼人族となるらしい。
「つまり、我ら鬼人族は主君の侍女にして妻にして妾となります」
なるほど、これは面倒だ。
「……で、その、鬼の因子? とやらは、誰にあるとかってのはわかるもんなのか?」
「覚醒が近付けば、鬼人族であれば気が付きます。他の人族や亜人、魔族などにはまったくわかりません」
「ふーむ……」
とりあえず、こちらを騙そうとかってわけではないようだ。
実際、紅葉の後ろにいる鬼人族侍女衆とやらの中には、人族も亜人もエルフも魔族も、それぞれの元の種族の特徴を持った女性が何人もいる。
「そういえば、鬼灯紅葉って名前はどこから持ってきたんだ?」
「我々の名は、鬼人族として覚醒した際に我々の本来の名として思い出すのです。私は鬼人族になる前は人族で、名をシェリアと言いました」
「鬼人族として覚醒して、それまでの人生に支障はないのか?」
「まったく無いとは言い切れません。ですが、覚醒した折より、それまでの価値観は無となります」
「……無?」
「はい。鬼人族は、主君に仕え、お世話をし、身も心も捧げ、主君を第一として生き、主君より命と寵愛を賜る事こそ史上の歓び。であればこそ、それまでの人生など無に等しいのです」
一種の洗脳だな、こりゃ。
いや、いっそ宗教って言った方がいいかも知れない。
まあ、宗教や洗脳みたいな何かを用いたものじゃなくて、種族の変更に伴う人格の改変だから、オレにはどうも出来ないんだが。
それはともかく、なんでここに来たんだ?
その気になれば、オレが王都にいる時にでも顔合わせ出来たと思うんだけどな。
「それが……何故か王都では我らが主君の気配を感じ取れなかったのです。オルトーラでは違いましたが、我らが主君がコルティア子爵の面倒を見ておられたので、控えました」
「……なるほど」
「旅の道中は、せっかくの異世界の旅をお邪魔してしまうのはと思い、機を待ちました」
「そりゃどうも」
「そしてこのローザロッサでは、闘技大会にダンジョン攻略とお忙しそうにされていましたので、それが収まる日を狙い、こうして罷り越しまして御座います」
なるほどなぁ。
なんか突拍子もない話だったが、とりあえず悪い連中じゃないって事は理解した。
ところで、その鬼人族ってヤツは誰にも知られている存在なのか?
「はい。ロガ王国や他の四大国ならば、知らないのはせいぜい平民の子供くらいで、鬼人族は広く受け入れていただいております」
他種族との関係は良好……と。
「ちなみに、これからどうするつもりだったんだ?」
「はい。我らが主君さえ良ければ、この屋敷で我らを使ってください。我ら鬼人族は主君に仕える事こそ命題ですので、そのつもりで参りました」
「……まあ、それは良いが、流石に二十人も住めないぞ?」
「許可さえいただければ、地下を改装して我らの居住スペースとしたく」
「地下か……」
今のところ地下は使ってないし、食材を買い溜めたりすれば地下に保存するのが良いだろう。
そうなると鬼人族の居住スペースに保管庫が隣接する形になって、幾分便利なんじゃないだろうか。
まあ、キッチンから行ける食料庫もあるんだが。
「じゃあ、お願いしようかな。鬼人族はこれで全部なのか?」
「いえ、我らはほんの一部です。鬼人族は基本的に不老長寿の存在。それを利用して、大陸各地に同胞が根を下ろし、我らが主君の助けとなれるように準備をしております」
「……なんだそりゃ……」
「とにかく、まずは、我らを受け入れてくださり、ありがとう御座います。差し当たり、我らが主君を如何様にお呼びすれば良いでしょうか」
「セツカでいい。どうせみんな鬼灯なんだろ?」
オレの言葉に、紅葉はにっこりと笑って首肯した。
「わかりました、刹華様。我ら鬼人族、これよりこの身この心は、刹華様の御為に」
「ああ、よろしく頼む」
紅葉が頭を下げて、それを見て後ろの鬼人族侍女衆も揃って頭を下げた。
突然だったが、でも、わざわざ奴隷を買う必要がなくなったのは幸いだったかな。
……あれ、そういえば。
今の今まで、オレ、日本語を話してなかったか……?




