八十三頁目 物は試し
人付き合いとは、斯くも疲れるものか。
トリィと別れてからも、十傑衆の男性陣だったり冒険者ギルドのマスターだったりと錚々たる面々の訪問を受けて、一人一人丁寧に対応していたら昼が来る頃にはすっかり気疲れしていた。
昔、誰かに、人と話す時には意外とエネルギーが要る、とか聞いた事があったが、確かにこれは意外とエネルギーが必要だ。
主に精神的なエネルギー補給がしたい。
「国王ってのは、毎日こんな感じなのかね……」
王都にいるアルグスタ王に同情の念を向けつつ、屋敷のキッチンで昼食の準備を進める。
今日のメニューは……とは言っても、調理法が多くないどころか、基本が煮るか焼くかなので大した料理は出来ない。
調味料だって地球と同じにはいかないし、そうなると味に広がりがなくなる。香辛料は高級品だし、食材と言えば肉、野菜、果物。
魚……魚が恋しいなぁ。
オレは日本海側の生まれだから、特に鯵が恋しい。鯵フライをしばらくぶりに食べたい。
「……仕方ない。調味料を安定して手に入れられるまではやるまいと思ったが、揚げ物作るか」
無い物ねだりは良くない。
良くない……が、この世界にないものとは言え、やれる事をやらないのではダメだ。
まあ、油はあんまり供給量がないから、そう簡単には出来ないだろうが、今日みたいな特別な日にちょっとやるくらいなら大丈夫だろ。
幸い、大量の塩と砂糖と一緒にインベントリに油もあるから、それで作ってしまおう。
「よし、やるか」
頭の中で手順を繰り返しながら、一つ一つの行程を丁寧にやっていく。
まずは鉄鍋に油を大量に投入してキッチン専用魔導具である魔導調理台のコンロに置いて、火魔法で着火して油を温める。
油が温まるのを待つ間に、インベントリから適当な魔物の肉――今回はシックネスヴァイパーの肉――を取り出して、塩と胡椒で軽く下味を付けて放置。
小麦粉を用意して、更に溶き卵とパン粉を用意しておいて準備は完了。
「……よし。油の具合はどうだ?」
一通りの準備を終えたので、『真実の瞳』スキルで油を見る。
AR表示のように出てきたウインドウには、油の温度は百八十三度と出ている。
うん、適正温度だな。
「……しばらくぶりの揚げ物、上手くやれるかな?」
地球にいた頃から揚げ物は手間がかかるからと偶にしか作らなかったから、それも計上すれば三ヶ月くらいは揚げ物を作ってない事になる。
その事実に若干の不安を抱きながらも、下味を付けておいた肉に小麦粉をまぶし、溶き卵に潜らせて、最後にパン粉をまぶしてから油の中に投入する。
ジュワァァァ……と、心地の好い音がして、徐々に肉が揚がり始める。
「ああ……懐かしい音だ」
昔、揚げ物を練習していた頃は、この小気味の良い最初の音だけが、揚げすぎだったり揚がりきってなかったりを繰り返していたオレの癒しだったなぁ……。
音が拡散していくのと同時に自分の鬱屈した気持ちも拡散して消えていくような、そんな気分になったもんだ。
まあ、それからも失敗は続いたが。今となっては良い思い出だ。
「……ここか」
『真実の瞳』スキルで見れば揚がり具合をしっかり表示してくれて、失敗を心配する必要がないというのはありがたい。
実家では新聞紙を使って余分な油分を切っていたが、この世界ではそれがないので、適当なバットに網を置いて、その上に揚がったものから置いていく。
きつね色に揚がった衣が食欲をそそって、ついつまみ食いをしたくなるが、ここはグッと我慢して調理に集中する。
「スキルって便利だなぁ。特に鑑定系のスキルは便利だ。これがあれば料理は失敗しないんじゃないか……?」
そんな事を考えて口にしてみるが、そもそもこの世界じゃないとスキルなんて発動しないだろうと思い、考えを引っ込める。
これが地球でも使えればなぁ。世界中の膿という膿を一族郎党皆殺しにも出来るのに。
まあ、それやるとめちゃくちゃ疲れそうだからやらんけども。
「まあでも、日常生活をちょっと便利に過ごせるくらいのスキルなら――お?」
ふと、屋敷の玄関の方に何人かの人の気配がして、意識を向けてみる。
「これは……ユキヤ達か。昼メシ時だから戻ってきたみたいだな」
お金は渡しているから外で食べてきても良かったと思うんだが、律儀というか従順というか。
「まあ、とりあえず追加でなんか作るか」
食べたくなったとは言っても、流石に肉だけというのは栄養面を考えればよろしくない。
なので、インベントリを漁って、野菜をいくつかとパンを取り出しておく。
パンはそのままで良いとして……野菜は、まあ、適当に千切ったり切ったりしてサラダにしてしまおうか。
サラダを作りながら気配に意識を向けていると、気配はまずリビングに入って、そのままこちらにやってきた。
「主、帰ってらしたのですね」
「ああ、ちょっと前にな。あちこちお祭り騒ぎだったと思ったが、楽しめたか?」
「ライは楽しかったぞ!」
「……あたしも、楽しかったわ」
「私もです!」
感情に素直なライカを始めとして、アナとルキナもそれに続く。
オレと一緒にダンジョンから帰って来たのが周知されてるのか、特に問題はなかったみたいだな。
「ユキヤはどうだ?」
「はい。私もこういった賑やかさは好きですから、楽しめたと思います。童心に帰った気分と言いましょうか……」
「そうかそうか。それは何よりだな。……ロゼはどうした?」
ライカと一緒で肉大好きなロゼの姿が見当たらない。
おかしいな。我が家のご飯には必ず肉が出るから、メシ時には帰ってくると思ったんだが。
「ロゼは闘技場前での腕相撲に興じています。そろそろ昼食だからと一応話してはみたのですが、連戦連勝していたようで、まだ抜けられないかと」
「……そうか。それなら仕方ないな。もう昼御飯は作っちまったし、ロゼの分だけインベントリに仕舞って、オレ達は先に喰ってしまおう」
「わかりました。何か手伝いは要りますか、主?」
「いや、今回はもう必要ない。ありがとうな」
「いえ。とりあえず、食器類だけは持っていきますね」
「ああ、そうしてくれ」
昨日、エリーナ王女一行が帰ってから買っておいたナイフやフォークの食器類を、ユキヤが人数分持ってリビングに向かっていった。
さて、オレも盛り付けを済ませて、一人足りないけど、みんなで昼御飯と洒落込むか。
「ドレッシングか何か作りたかったが……まあ、別にいいか。肉と一緒に喰えば大丈夫だろ」
大皿にシックネスヴァイパーの揚げ物を適当に盛り付け、サラダは小鉢を利用して一人前ずつにし、一旦インベントリに仕舞う。
それから人数分のコップを用意して、以前樽で買っておいた果汁ジュースをコップに注いで、これもインベントリに。
後片付けはとりあえず後に回して、その状態でリビングに向かう。
「……お、行儀良いな」
若干一名ほど、昼御飯に爛々と眼を輝かせているのがいるが、しかし漏れなく全員、行儀良く大きなテーブルに向かって椅子に座っていた。
それが何か、妙に微笑ましくて笑みを浮かべながら、ユキヤから順に一人ずつ、パンとサラダと飲み物をそれぞれの前に出してやる。
「……ご主人、これだけか?」
全員にパンとサラダと飲み物が行き渡った頃、肉がないと抗議の色を含んだライカの言葉が投げ掛けられる。
仕方のない奴だ、と苦笑して、今回のメインとなるシックネスヴァイパーの揚げ物をテーブルの中央にだしてやると、パァッと一瞬顔が輝いて、しかしすぐに怪訝そうな顔になった。
「……ご主人、これ、なんだ?」
「こいつは、揚げ物だ。肉や魚、野菜に衣を付けて、大量の高温の油で調理した代物だな。今回はシックネスヴァイパーの肉を使ってみた」
「それは、主のいた世界での調理法ですか?」
「まあ、そうだな。こっちの世界でもやれなくはなかったから、やってみたんだ。……まあ、まずは一つ、喰ってみてくれ」
オレがそう言うと、まずはライカが肉という言葉に反応してフォークで一つ。
それを見たユキヤとアナが無言で一つずつ。
最後にルキナが恐る恐るといった様子で一つ。
よし、オレも喰うか。
シックネスヴァイパーの肉……どんなだろうな? 蛇肉……なのかな?
まあ、考えてても仕方ない。
「――それじゃ、食べようか」




