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八十二頁目 祝いの日でも商談を


 それから、ぐいっとエールを呷り、空になったところで今度は果実酒を注文。

 ついでに、酒のツマミにとアコルの実を注文してみると、随分驚かれ、散々確認を取られてから、ようやく小鉢に五個ほど入って出てきた。


「――わ、それ食べるんですか?」

「うん?」


 背後から聞こえてきた声に振り向いてみれば、そこには、今しがたやって来たのだろうトーリット・エルティセルが立っていた。


「よう、トリィ。しばらくぶりだな」

「ほんとですよ! ……でも、本当に踏破しちゃったんですね」

「まあ、物のついでって感じだがな」

「えー? 踏破が物のついでなんですか?」

「目的は素材だよ、素材。売るにせよ、使うにせよ、あって困る事はないしな」

「なるほど。……それより」


 トリィの両眼がキラリと光る。

 まったく、目敏いったらないな。こっちは帰って来たばっかりだってのに、昨日の今日ですぐビジネスの話を持って来やがる。


「わかってる。ちゃんと売りに言ってやるから、金をたっぷりと用意して待ってろ」

「んふふふっ。お願いしますね、セツカさん。ところで、それ……アコルの実、ですよね?」

「ああ、そうだ」

「……食べるんですか?」

「言いたい事はわかるけどな、別にこれが初めてじゃないんだよ。まあ見てろ」


 言って、小鉢からアコルの実を一つ取り、口の中に放り込んで咀嚼する。

 相変わらずのプツッという小気味の良い皮の破れる感覚。そして溢れ出す葡萄のような甘味と僅かな酸味。

 ……うん、美味い。


「やっぱり美味いな」

「……あの、セツカさん? なんともないんですか?」

「何ともないな。試すか? 多分死ぬけど」

「嫌ですよ。まだ死にたくないです」

「そりゃそうだ。……こんなに美味いのに、普通の人間は喰えないんだもんなぁ」


 言いながら、二つ目三つ目と口に運び、咀嚼する。


「相変わらず規格外って感じですね、セツカさんは。ちょっとお仕事の話、しません?」

「いいぞ。じゃあ、ちょっと場所移すか。二人きりのが都合が良いだろ?」

「ええ、お願いします」


 ニッと口の端を吊り上げて笑むトリィと、カウンターの端の方に移動する。

 二人きりって言っても、街中がこの騒ぎじゃこれくらいの場所しかない。だがまあ、気分だけは良い雰囲気のバーの一角だ。


「さて、それで?」

「んふふ。セツカさん、ドラゴンを倒して帰って来たんですよね」

「まあ、厳密には違うけど、そんなようなものだな」

「ですよね!」

「……まさか、ドラゴンも売ってくれってんじゃないだろうな」

「そのまさか、ですよ。言い値で買いますから、お願い出来ませんか?」

「んー……」


 言い値で買うと言われても、正直、あの巨体はどこにも売りにいけないだろう。

 それこそ魔法で空間を弄ったりでもしない限りは、商会やギルドの解体作業場なんて狭すぎるどころか、そもそも街の何分の一かを確実に占領する事になってしまう。

 となると、やはり自前で解体してそれをギルドなり商会なりに売るしかないわけだが……ダンジョン踏破者って事で色々忙しなくなりそうだし、他にやりたい事だってある。

 それに何より、竜の素材で創る武器――いわゆる、『ドラゴニックウェポン』ってヤツを、自分で創ってみたい。まあ、武器に限った話じゃないんだが。


「まあ、なんだ、諦めてくれ」

「えぇっ!? な、なんでですか……!?」

「なんでってもなあ……。正直、あの巨体を置けるだけの空間があるとは思えんからな」

「……そんなに大きいんですか?」

「ああ。トリィが知ってるかはわからないが、頭だけでもオレの身長より上だぞ?」


 オレの身長がだいたい百八十五センチ前後。

 それより……まあ、少なく見積もっても六十センチは差があるから、頭だけでも高さは二メートルと四十センチ、か、それ以上。

 そんな頭を持つ竜の全長や全高、全幅なんて、想像に難くないだろう。

 あのボス部屋で解体して持って帰るって手もあったが、自称魔王の目の前でそんな事出来ないだろうし、ダンジョン踏破証明がなければ、きっと今みたいな騒ぎにはなってないはずだ。


「売ってやりたいとは……まあ、多少思うが、それ以上に迷惑かけるわけにもいかんだろ」

「それは……まあ、そうですけど」

「ま、その代わりと言っちゃなんだが、乱獲したゴーレムは売ってやるよ。他にも色々あるから、売れるもんは基本売るぞ」

「……ゴーレム?」

「おう、ゴーレムだ」

「それは、あの、ダンジョンの下層にいる、身体全部が金や銀、その他鉱石、宝石で出来ているというヤツですか……?」

「そうだな。その認識で間違いない」

「……ち、ちなみに、どれくらいの量が……?」

「……さてなあ。随分狩ったから、国を三つくらい余裕で賄えるくらいはあるんじゃないか? いや、わかんないけどな」

「あの……セツカさん……それは……」

「ん? ……ああ。いや、皆まで言うな。供給が過ぎれば価格は鈍るからな。良心的な量にしておいてやるよ」


 市場に多く出回ると出回った分だけ価格が下がっていく。

 そもそも鉱石や宝石を求めるのは、鍛冶屋か錬金術師か貴族くらいだから、明らかな供給過多で価格の大暴落なんて事にもなりかねない。

 それはオレとしても望むところではないし、あくまで良心的な量に止めておいて、他の国に行った時の貨幣入手手段として取っておくのが賢いやり方だと言えるだろう。


「そうしてください……」

「はいよ。それで、話はそんなとこか?」

「……はっ!? そ、それでですね、セツカさん!」

「うん。なんだ?」

「その……厚かましいお願いかも知れないんですが……」


 安心しろ、トリィ。

 お前は一ヶ月前に契約を持ち掛けて来た時から、もう随分と厚かましいから。

 商魂逞しいと言えばそうなんだけどな。


「セツカさんがこれからどこに行くかはわかりませんが、エルティセルの商店はロガ王国内なら結構あります」

「ふむ……」

「なので、絶対にというわけではないのですけど、可能な範囲で、その……戦利品を我がエルティセル商会に持ってきていただければな……と」

「……トーリット。お前だいぶ守銭奴だな」

「ちょっ、なんですかその呆れ顔は! 商会の娘なんですから、儲けたいと思うのは当然です!」

「いやまあ、うん、それは別にいいんだがな? ただ、そのお願いを通すなら……っと、この契約は無かった事にする」


 インベントリから一枚の紙を取り出して、トリィに広げて見せながら言う。

 この紙は、オレのダンジョンでの戦利品を全てエルティセル商会で捌くようにするという、一ヶ月前の契約の契約書だ。


「え゛っ……いやっ、でも、それは……」

「二つに一つだ、トリィ。お前はどっちを取る?」


 ダンジョンの戦利品……つまり、魔物の素材や宝箱から出てきた品の買い取りか。

 あるいは、今後オレがエルティセル商会の商店に足を運んで、その都度買い取りをしてもらうか。

 目先の利益か、確定した収入か。

 さて、お前はどっちを選ぶんだろうな、トーリット・エルティセル。


「……どっちも、は、ダメですよねぇ……」

「どっちか、だな。どうする?」

「むむむ……」


 腕を組み、時折手を額に当てたり顎に当てたりして、うんうんと悩み始めるトリィ。

 しばらくそうして悩んで、ようやく心が決まったのか『よし!』と小さく口にして顔を上げ、口を開いた。


「わかりました、セツカさん。一ヶ月前に交わした契約は、無かった事にしましょう。その代わり、旅の道中では、是非とも我がエルティセル商会をご贔屓にお願いしますね!」

「くっくっく……ああ、わかった。せいぜい利用させてもらうとしよう」

「もう! 何が可笑しいんですか!」

「いやなに、トーリット・エルティセルはオレの期待通りの商人だったんでな。嬉しいんだ」

「……そうなんですか?」

「ああ。元々気に入っちゃいたが、今はもっと気に入った。思わずキスしたくなるくらいには」


 しないけどな。

 一ヶ月前にオレは学習したんだ、アコルの実を喰った後は絶対にキスしないってな。


「……しても、いい、ですよ」

「しない」


 顔を赤らめて上目遣いに誘ってくるトリィをバッサリと切る。


「アコルの実を喰った後にキスすると、相手が発情期の獣みたいに発情するからな。今からだと夜中まで治まらんから、絶対にやらんぞ」

「つまり、アコルの実を食べてなければしてくれる……?」

「……いや、まあ、それは……もっと、仲良くなってからな」

「仲良くなる余地はあるんですね!?」

「そりゃあ、まあ……」


 無くはないだろう。

 相手が誰であれ仲良くする余地は十分にあるはずだ。


「ふふふ……私にとっては何よりの収穫ですね。それでは、私はこの辺りで失礼します。では、良い日を!」

「あ、ああ……」


 急に勢い付いたトリィはバッと立ち上がると、片手を上げて去っていく。

 なんだかな。フラグを立ててるつもりはないんだが、勝手に立ってる気がする。


 まあ、気にしても仕方ないか。

 良い日を……ね。良い日になる事を期待しよう。

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