八十一頁目 祝いの日、来たれり
ダンジョンから帰って来てエリーナ王女と再会して、そのエリーナ王女に別れ際キスをされた日の翌日。
王女からのキスという事で若干浮かれていたオレの心が霞むほどに、ローザロッサの街は、それこそ闘技大会の時とは比べ物にならないほどに賑わっていた。
どれくらい賑わっているのかと言えば、朝も早くからシグナート伯爵が私兵の騎士達を連れて酒場で酔っているくらいには賑わっている
……それでいいのか、領主。
それでいいのか、騎士達……!
オレは一向に構わんッ! オレの領地じゃないからな!
「ははははは! どうした、ホオズキ男爵! ふははははは! 君も飲め!」
「ははは……いえ、まあ、はい。そうですね」
絡み酒のシグナート伯爵を適当にあしらいながら、ジョッキに入ったエールに口をつけて、ひとくち飲む。
ビールに似ていながらビールでない。
いや、地球の『エール』はビールの一種ではあるのだが、こちらの世界のエールは薫り高くはないし、ホップもない。そして何より冷えてない。
不味いわけではないのだが、ラガーや発泡酒に慣れ親しんだ身としては、いまいち好きになれないのだ。
色自体はそのままエールなだけに、勿体なさを感じてしまう。
「いやはははは! 流石だなぁ、ホオズキ男爵は! まさか、たった一度の攻略で踏破してしまうとは思わなかったぞ! ははははは!」
「恐縮です。とはいえ、私一人ではなし得なかったでしょう。シエスタ達十傑衆や、ユキヤ達のような存在がいてこそです」
「そーかそーか! 私もなぁ、一人では出来る事は高が知れているからなぁ」
「そうですね……」
「うむぅ……。ところで、シエスタはどうだ!?」
あっ、これめんどくさいヤツだ。
どうせアレだ、『君のお眼鏡には適ったかな!?』なんて事を訊いてくるに違いない。
「きちんと役に立ったかな?」
「……………」
ああ、神よ。無用な勘繰りをした私を、どうかお許しください……。
「どうだ……?」
「ええと……そうですね。シエスタは私達の中では唯一のシーフ系職でしたから、罠の発見や解除はもちろん、ユキヤと二人で戦闘のデザインもしてくれて……。かなり助かりました」
「ははははは! そうだろう! あれは妻に似てあまり喋らないが、やる事はきちんとこなす仕事人だからな!」
「ええ、本当に」
自分の娘が評価されて嬉しいようで、笑い上戸も手伝って高笑いしながらシエスタの事をあれやこれやと自慢するシグナート伯爵。
話に上がったシエスタはと言えば、オレの左隣で果実酒の入ったジョッキを両手で持って、照れた表情を隠すようにちびちびと飲んでいる。
「……シグナート伯爵、酔ってるな」
シグナート伯爵に聞かれないように小声でシエスタに話し掛けると、彼女は一つ頷き。
「……ん。でもお酒は弱い。ジョッキ一つ半も開ければ寝る」
「…………もう三杯目だが」
「……衝撃の新事実……!」
口につけたジョッキをそのままに、くわっと眼を見開くシエスタ。
まあ、キャパシティを超えた飲酒は二日酔いの元だ。きっとシグナート伯爵は明日、二日酔いに悩まされる事だろう。
……いや、そういった身体の異常は魔法ですぐに治るから、そうでもないのか?
「……そういえば」
シグナート伯爵が飲んでいたから流れでオレも飲んでいたが、ふとした疑問をシエスタにぶつけてみる。
「これは、何かの祭りなのか? 貴族となし平民となしに騒いでいるみたいだが、今日からそういう催しでも?」
「……………」
「……いや、その『なんで何も知らねえんだ、こいつは』みたいな眼で見られても困るんだが」
「……師匠。本当にわからない?」
「んー……もしかして、オレが関係してるか?」
「……ん」
短い返事と軽い頷きで肯定を示すシエスタ。
そうか……オレが関係してるのか……。
なんだろう? 王女にキスされた記念……いや、ないな。そんなプライベートな事じゃなかろう。
でも、昨日まではダンジョンに潜ったままだったし、特に騒ぐような……うん? ダンジョン?
「まさか、ダンジョン踏破の記念か?」
「……ん。しかも、師匠は一度の攻略で踏破した。祝わないのは不敬」
「不敬とまでは言わないが……そう聞くと嬉しいもんだな」
道理でここに来るまでも来てからも、憧憬やら羨望やら嫉妬やらの視線を感じると思ったよ。
地球にいた頃のゲームやってた考えのままで、なるべく一度でクリアしようと思ってやったのが、まさかこんな事になるとはなぁ……。
個人的にはあんまり偉業って感じはしないから、祝われてもな。
まあ、嬉しいっちゃ嬉しいけども。
「…………ふむ」
ぐるりと酒場を見渡してみれば、シルヴィ達もユキヤ達も、手にはジョッキかコップを持って思い思いに楽しんでいるようだ。
それらを微笑ましく見ていると、ふと、こちらに近寄ってくる影があった。
燃えるような紅の髪とそれと同じ色のナイトドレス。手には酒が入っているのだろうコップを持ち、身体にしなを作るわけでもなく、しっかりとこちらに歩いてくる。
「よう、ヒルダ。元気そうだな」
「お陰様で。あんたが来てくれなかったから、あたしは一人で慰める毎日さ」
「悪かったよ。ダンジョンに潜ってたんだ」
「知ってる。踏破おめでとう」
「ああ、ありがとう。……飲んでるか?」
「飲んでるよ。……でも今はこれより、あんたが欲しい」
互いの息がかかるほどにヒルダは近付いてきて、朝である事も、周りにシグナート伯爵やシエスタがいる事さえも気にする事なく、熱っぽく潤んだ瞳と淫靡に誘う声色でそう言った。
「気持ちはわかるが、楽しみはもうしばらく取っておいてくれ。悪いな」
「……いいよ。この祭りは、あんたがいなきゃ始まらないしね。だから――」
ヒルダはそこで言葉を切ると、誰の眼を憚る様子もなく、オレの胸ぐらを掴んで少し引き寄せながらキスをしてきた。
エリーナ王女と同じライトなキスでありながら、より情熱的で濃厚で淫靡なキス。
しばらくして唇が離れると、ヒルダは少し頬を赤く染めて、ぽつりと一言。
「……待ってるよ」
「……ああ」
酔いのせいか恥ずかしさか頬を染めたヒルダに笑みで返すと、彼女は『ちょっと酔ったみたいだから、外に行くよ』と身を翻して去っていった。
好い女だね、まったく。
「……師匠、ジゴロ?」
「どこを見てそう思ったんだ?」
「……今の人、知らない人だった」
「まあ、ヒルダとは闘技大会の前からの知り合いだからな。シエスタが知らないのも無理はない」
まあ、シエスタの歳なら色街なんかに足を運んだ事さえもないだろうし、それこそ、知らないのも無理はないのだが。
「……どこで会った?」
「色街だな。懇意の娼婦ってヤツだ」
「……師匠は、ああいうシルヴィとかミストスみたいなのが、好き?」
「ま、変に気を使う必要が無さそうだからな。お前みたいな寡黙な奴も、必要以上に喋る事がなさそうで楽だから好きだな」
「……む。師匠、それは失礼」
「くっくっく……。まあ、気兼ねなく話が出来る相手って事で、許してくれ」
「……そういう事なら」
「おう」
なんとなく、果実酒をちびちびと飲むシエスタの姿が微笑ましく見えて、頭を撫でてみる。
シエスタは一瞬ビクッと身体を震わせるが、特に問題ないらしく、そのまま受け入れていた。
しかしまあ、それにしても。
ダンジョン踏破の祝いのはずだろうに、オレはここで飲んでていいのかねぇ……?
ま、せっかくだし、飲んでるけど。




