八十頁目 王女とメイド長の決断
「――というわけで、ホオズキ様。私を同行させてはいただけないでしょうか」
お茶会と談笑が終わり、茶器の片付けも済ませたミラさんは、エリーナ王女、オレ、ミラさんの三人だけで話がしたいと適当な部屋に詰めて、唐突にそんな事を言い放った。
何が『というわけ』なのか小一時間ほど問い詰めたいところではあるが、それは置いといて、とりあえず事情を訊いてみよう。
「ええと……何故でしょう?」
「ホオズキ様とエリーナ様が初めてお話をしたあの時、運命を感じたのです」
「……運命?」
「はい。……幼少の砌よりエリーナ様に仕え、およそ恋や愛などとは縁遠い人生を歩んで参りました」
「は、はあ……」
「ですがあの時、ホオズキ様が異性の好みを語った時、烏滸がましいとは思いつつも、間違いなく私の事だと確信したのです」
そんな事言っ……言ったな、確かに。
今にして思えば、あの時言った諸々は確かにミラさんにほぼ合致してる。
実際、ミラさんはかなり魅力的だ。王女付きなんて立場がなかったなら、口説きにかかっていただろう。
「それで旅に同行を?」
「はい。もちろん、今すぐに恋人に、などとは言いません。お互い、多少顔を合わせただけで何も知りませんから。まずは互いを知るところから始めたいと思っています」
「なるほど……」
ミラさんが結婚やらを急いでたりする人でなくて助かったな。
ああ、でも、そうか。エリーナ王女の手紙に書かれてたのは事実だったって事だな。
まあ、オレがいない時の事を考えて人族の仲間が一人欲しかったところだし、それを考えると渡りに舟とでも言うべき状況なんだが、しかし、ミラさんの立場がなぁ……。
「……まあ、話はわかりました。エリーナ王女からも手紙でそういう話は受け取っていましたから、心の準備が出来ていないとかはありません」
「では……」
「しかし、ミラさん。貴女は今、王城のメイド達を束ねる存在であり、エリーナ王女の側付きだ。私が了承しても、そちらが許さないのではないですか?」
「それにつきましてはご心配なく、ホオズキ様。ホオズキ様が王城を出て行かれてより間もなく、そういった方向でお話をさせていただいておりました」
「…………は?」
ええい、王城のメイド長は化け物か!?
完全に行動力の怪物じゃねえか!
「ええと、話というと……エリーナ王女にでしょうか?」
「いえ。エリーナ様はどうあっても私を王女のメイド長の座に縫い付けておきたい、いわば反対派ですので、違います」
「……では、国王に?」
「はい。旦那様、並びに奥様へと打診させていただきました」
「それは……それで、結果は?」
「まず、ホオズキ様の了承を得る事が大前提にあります。これはまあ、当然ですね」
王城側だけで話を終わらせてもらっても困るからな。
「そして、仮に私が同行する場合は、次期メイド長の選定と状況の周知をしておく事。これは、突然私が抜けたと混乱を招かないようにですね」
メイド長と言えば要職みたいなもんだろう。
そこにいるメイドの中でも、より優秀な人間が就くんだろうし、『次のメイド長は誰か』なんて混乱を招かない為に必要だろうな。
「もし私が断った場合は?」
「その時は、綺麗さっぱり諦めるように、と言われています」
「……なんだかな」
なんというか、こう、非常にコメントし辛い。
とはいえ、ミラさんとしては二つに一つ。
オレの了承を得て同行するか、得られずにメイド長を続けるか。
まあ、なんとも悩ましいのは、オレに断る理由が存在しないって事なんだが……。
「エリーナ王女はどのように考えておられるのでしょうか?」
「私は……」
エリーナ王女はそこで一度言葉を切り、やがて意を決したようで、再び口を開いた。
「私は、本当ならまだミラにいて欲しいです。少し歳の離れた姉妹のように過ごしてきましたし、気を許せる相手が少なくなってしまうのは、やはり寂しいです」
「エリーナ様……」
「ですが、私にもミラにも、それぞれの人生というものがあります。それを思えばこそ、私にはミラを引き留める事は出来ません」
「では、あとはこちらに任せていただける、という事ですか?」
「はい。ホオズキさん、良ければミラの気持ちを汲んでやってください」
寂しげな、悲しげな、それでいて既に心は決まっている。そんな表情と声色で、エリーナ王女は確かにそう告げた。
「……まあ、私には特に断る理由はありません。エリーナ王女も、一応は納得されているようですし、国王や王妃が後押しをしているなら、それこそ受け入れるかどうかは私の甲斐性次第という事でしょう」
「では……!」
「ええ。そもそも、私は今、人族の人材を探していた最中でして。ミラさんが加わっていただけるというのは、渡りに舟というもので」
「ありがとうございます、ホオズキ様。しかし、何故人族を?」
「我々の中には、人族は私しかいませんから。私を抜きにして彼女達が行動する時に、亜人だからハーフエルフだからと買い物さえ出来ないのでは可哀想ですしね」
「……なるほど」
ユキヤはダークエルフだから理解は得られるだろうが、亜人認定して来ないとも限らない。
一種の対策であり、一種の保険でもあるわけだ。
「とはいえ、今すぐに合流するというのは無理でしょうから、やるべき事をやってからにして下さいね」
「もちろんです。……しかし、どこで合流すれば良いのでしょう?」
「しばらくはこのローザロッサにいますし、そういう事になるでしょうから、出発までに間に合わせていただければ。まあ、大体一ヶ月から二ヶ月というところですかね」
「わかりました。このミラ、せめて後を濁さず飛び立ってみせましょう」
ぐっと拳を握り、鼻息荒く宣言するミラさん。
なんだ……? ちょっと残念臭がするような気がする……。気のせいか?
なんて考えていると、ミラさんはハッと何かに気付いたような表情になり。
「……失礼ですがホオズキ様、今、何時でしょう?」
「今? ……大体十五時くらいですが、それが何か?」
「十五時……エリーナ様、そろそろ」
「そうですね……。もう少しここにいたかったのですが、仕方ありません」
エリーナ王女が心底残念そうな表情で言う。
一瞬『どうしたんだ?』と考えるが、すぐに答えに辿り着いた。
エリーナ王女は、名実共に、文字通り王女だ。
いくら『今代の勇者』に会う為とは言っても、いくら国王より自由に出来る時間があっても、王都……ひいては王城から出られる時間は、そう長くはないのだろう。
来ていると知っていたら、ダンジョン攻略を一旦切り上げてでも会っていたんだがなぁ……。
「ホオズキさん。大体想像は出来ているかも知れませんが、私は王城に帰ります」
「……やはり、そうですか。いえ、王都からローザロッサまでの道のりを考えれば、こうして談笑出来る時間は短いのが普通でしょう」
「もう少し融通が利けば良いのですが、そういうわけにもいきません。社交界も控えた身ですしね」
寂しげながらも、そう言ってお茶目に笑って見せるエリーナ王女。
「ですから、今回はここまでという事で我慢しておきます。またいつか、お会いしましょう、ホオズキさん」
「……仕方ない、ですね。ええ。またいつか、必ず」
「はい。その時は、もう少し砕けた口調で話をしていただけると嬉しいです」
「……参りましたね。まあ、その時までにはどうにか、頑張ってみます」
「お願いします。……それから」
「……まだ、何かありますか?」
オレからのその問い掛けにエリーナ王女は答える事はなく、代わりにススッと近付いてきた。
それから、もう少しで身体が完全にくっつく距離まで近付いてくると、内緒話でもあるのか、しゃがむように要求してくる。
何かあるんだろうか? と思いながら少し身を屈めてみると、がしっと両手で顔を固定され、次の瞬間、何か柔らかいものが唇に押し宛てられた。
「んっ……!?」
目の前にあるエリーナ王女の顔に、それがキスであると認識するのにそう時間はかからなかった。
が、そのキスは、果たしてどれだけ続いていただろうか。
ほんの数瞬のような気もすれば、数十秒は続いていたような気もするし、一分を超えていた気さえする。
唇と唇をくっつけるだけのライトなキスではあったが、幼さが残る割に、かなり情熱的なキスだった。
そうして、長くも短くも感じられたキスがエリーナ王女が唇を離した事で終わりを迎えると、彼女は頬を真っ赤に染めて言った。
「……貴方を想う女はミラだけではないのだと、どうか覚えておいてください。またいつか、今度は貴方からのキスを貰ってみせます」
「あ……ええと、その……なんというか、期待しています……?」
どう答えればいいのか。混乱して上手く言葉を話せない。
エリーナ王女は、こんなにアグレッシブな人物だったのか? 王城で会った時は、普通の、年相応のお姫様って感じだったが。
「で、ではっ、私はこれで失礼しますね!」
「ああ……えっと、見送りは……」
「構いません。そもそもが約束もなしに押し掛けてきているのですから」
「しかし、それは……」
「大丈夫です、ホオズキさん。今の、その……キスを、見送りの代わりにしますから……」
一度鎮火したはずなのに、再び、自ら頬を真っ赤に染めたエリーナ王女。
「……わかりました。では、お言葉に甘えさせていただきます」
「はいっ。また……またお会い出来る日を楽しみにしています」
「ええ。私も、成長期のエリーナ王女がどのように成長するのか、楽しみです」
「……きっと、ホオズキさんを魅了出来る女になっています。それと、次こそは私を『エリーナ』と呼ばせてみせます」
「……不敬にあたるので、本当はダメなんですよ?」
「知りません。私が良いと言えば良いんです」
「エリーナ王女は我が儘な方だったのですね」
「そうです。私だって人並みには我が儘も言います。……と、また話し込んでしまいますね。ではホオズキさん、またいつか」
「はい。またいつか、運命の交叉路でお会いしましょう」
そう言うと、エリーナ王女は『ロマンチックですね』と言って微笑み、数瞬オレを見つめたあと、身を翻してミラさんと共に退室していった。
エリーナ王女とキス、しちゃったなあ。
……不敬罪で処刑されたりしないよな?
まあ……バレなきゃ犯罪じゃないし、大丈夫か。




