七十九頁目 魔王と魔族との付き合い方
「じゃあ、セツカは異世界の住人って事か……」
「そうなるな」
シルヴィは……いや、シルヴィ達は、およそ信じられないといった表情をしている。
気持ちはわかる。
例えば、オレの親友が『自分は異世界から来たんだ』なんて言ったのだとして、普通は『何言ってんだこいつ。寝言は寝て言え』と一蹴する。
まして、それがお伽噺に出てくる勇者だなんて、仮に天地がひっくり返っ……たら流石に信じるだろうが、おいそれとは信じられない。
だが、信じるにせよ信じないにせよ、事実は事実なんだ。不本意だが、それは仕方ない。
そう、仕方ないんだ。
オレは『そういう役割の為に召喚された人間』なのだから。
それならそれで、与えられた役割をしっかりこなしてみるさ。
「……嘘、吐くなよ」
「おいっ、シルヴィ……!」
「嘘吐くなよ、セツカ。一ヶ月も傍にいりゃ、それが嘘かどうかなんてわかるんだよ」
「……何が納得出来ないんだ、シルヴィ。キャスタリアも、オリヴィエもそうだな?」
シエスタとはまた別の意味で、夢見勝ちではない三人の名を呼ぶ。
「何がと言えば何もかもでしょう、セツカさん。私にしてみれば、貴方はただの貴族の青年でしかない」
「そうですわね。そもそも、勇者という存在自体、疑わしいものです」
「それをオレに言われてもな……。まあ、勇者である事はともかく、どうすれば異世界の人間だって信じてもらえるんだ?」
「……証拠。あるんだったら出してみろ。それが、私らが見た事のないものなら、信じてやる」
シルヴィ達の見た事のないもの、か。
んー……? 思い付くとすれば、こっちに来た時にも履いてた靴かな。
あの手のスポーツシューズ的なものは、こっちの世界には存在しないはずだ。
「……これならどうだ?」
インベントリの中から、しばらくぶりにスポーツシューズを取り出す。黒と白のツートンカラーの、よくあるタイプの靴だ。
「……これ、なんだ?」
「これは靴だ。オレのいた世界、住んでいた国で市販されてる」
「……………」
「見た事、ないだろう」
「……ああ」
「大体、何がそんなに気に入らない? オレが異世界の人間だろうが、この世界の人間だろうが、関係ないだろう?」
「まあ、それはそうだけど……」
シルヴィ達はどうしてこうも喰ってかかってくるんだろうか。
離れ難く思ってくれているという事なら、しばらくはこっちの世界にいても構わないんだが。そもそもオレは帰還の手段なんか知らないし。
「……まさか、魔王を倒したら帰ると思ってるのか?」
中空に投げた問い掛けだったが、シルヴィ達は揃って、ばつが悪そうに視線を逸らした。シエスタだけは見つめてきているが。
「くっくっく……なんだ、そういう事か。そうだよな。せっかく仲良くなったんだし、すぐに離れたくはないよな!」
「笑うなよ!」
「いや……くくく……悪いな。心配しなくても、まだしばらくは帰るつもりはないよ。魔王と戦う予定もないしな」
考えてみれば普通の事だ。
仲良くなった友人と離れたくない、なんて、誰でも思うだろう事なのにな。
まあ、実際のところすぐに帰るつもりなんてのは毛頭ない。
異世界に来たからには目一杯楽しむのが最低限の礼儀(?)というものだろうし、何より母さんや兄姉達への土産話も欲しい。
……とはいえ、母さんはともかく鬼灯家の兄姉達は鼻で笑うだろうが。
まあとにかく、せっかくの非日常なのだから、楽しめるなら楽しまなければ損だろう。と思う。
「魔王と、戦わないのか……?」
「ああ、戦わない。……いや、これは正確じゃないな。正確には、敵対されない限りは戦わない、だな」
「……なんでだ? 勇者なんだろ?」
「いきなり異世界に連れてこられて、『お前は勇者だ。魔王を倒すのが使命だから倒してくれ』なんて言われても、普通その気にはなれないだろ」
「まあ……確かに……」
「大体、人間と魔族は別に目立って敵対はしてないだろ。そういう話も聞かないし」
「確かに、魔族や魔王がどうこう、という話は聞きませんわね。わたくし達が知らないだけかも知れませんが、勇者であるセツカさんにまで情報が来ないというのはおかしいでしょうし」
「そうですね。民衆に知らされないのはともかくとして、呼び出したはずの勇者にまで知らされないというのは無いでしょう」
そんな事を言い合って互いに頷くキャスタリアとオリヴィエ。
その二人の反応や言葉にようやく得心がいったのか、シルヴィも安堵の溜め息を吐いた。
大体、魔族って相手しづらいんだよな。
見た目がちょっと違うだけであとは人間だし、少なくとも『魔王も魔族も皆殺しだ!』とはならない。というか、なれない。
国王や各国の代表がどう考えてるかは知らないが、世界を平和にするための道具として動くのは勘弁だ。
「……ん? じゃあ、オルトーラのあれはどうなんだ?」
そうして納得ムードが出来上がったところで、ミストスが爆弾を放り投げた。
「…………そうだ。オルトーラの魔物達の襲撃は、魔族が率いてたって話だったろ!」
「まあ……それはそうなんだがな。あれの対応をしたのはオレだしなぁ……」
「敵対行為には間違いないだろ!」
「そうなんだけど、どういう意図のものだったかは、当事者の魔族から聞いてるからな……。数に数えられないって言うか……正直めんどくさい」
「……意図?」
「うん。確か……『今代の勇者の顔を見に来た』とかなんとか」
「有名人に会うんじゃねえんだぞ……」
言いながら膝から崩れて床に四つん這いになって落胆を表現するシルヴィ。
そんなにか? そんなにがっかりしたのか?
「……ん。でも師匠、それだと魔物の軍勢の説明が出来ない」
「手土産みたいなもんだろ? オレはあれで一気にレベルが上がったし、むしろ感謝してるけどな」
「……そっか。さすが師匠」
「何が『さすが』なのかはわからんが、ありがとう」
まあ、あれはもう要らないけどな。
レベルアップしたかったり、金を稼ぎたかったりすれば、ダンジョンに潜ればいいんだし。
ああ、素晴らしき哉、異世界。
手取り十万そこらのクソ安い月給で会社に使い潰されなくて済むし、いくら田舎でも最低賃金が五百円そこらだとかのバイトもなく、魔物を斃せば収入になる。
……あれ? わざわざ帰る必要ないのでは?
まあ、ゲームや漫画やラノベにアニメ。その他サブカルチャーはちょっと懐かしいが。
「ともあれ、オレは元の世界にはまだ帰らないから、そこは安心してくれ」
「そりゃわかったけど、いいのか? 魔王放っておいて。アタシはあの時殺しとけば良かったとおもうけどな」
「言ったろ。敵対する理由がないんだ。まあ、ドラゴンを先に斃されてたのはちょっと残念だったけど……その程度だ」
「ちょっと……?」
「……ごめん、訂正する。あんだけ準備万端にして扉開けたのに何もなくてすっげぇ残念だった。なんなら魔王と戦っても良かった。八つ当たりに」
前に母さんにやられた悪戯の『マトリョーシカの一番外側と一番内側だけしかない』ってのを思い出した。
当時マトリョーシカと言えば知識だけはあって、実際に見るのは初めてだった。
それなのにあの悪戯鬼娘ときたら、中身を全部抜き取ってだんだん小さくなっていくという楽しみを奪っていった。
今回のはそれに似ている。
我ながら『何言ってんだこいつ』な喩えだが、実際同じくらいがっかりしたんだ。
……今度魔王に会ったら迷惑料せびってやろう。
「ホオズキさん、ただいま戻り――あら? どうかしましたか?」
おや、エリーナ王女の帰還だ。
「何でもありませんよ、エリーナ王女。私の事について話していたのです」
「ホオズキさんの事……というと、召喚された勇者様だという事ですか?」
「ご明察です。ところで、屋敷はどうでしたか? とは言っても、まだ何もありませんが」
「ふふ。良いお屋敷だと思います。色々最新の設備もあるようですし」
「まったく、良い買い物でした。二人も案内ご苦労様だったな」
「……いいのよ。今日はあまり疲れてないのだもの」
「主様のご指示ですから、当然です」
労いに頭を撫でてやると、アナは少し照れたように髪を弄りながら言い、ルキナはぐっと胸を張って堂々とそう言った。
珍しいな、ルキナがこんな反応するなんて。
今までは、やっぱりハーフエルフである事がネックになってあんまり堂々としなかったものだが、エリーナ王女と何かあったかな……?
「ありがとう、二人とも。エリーナ王女も、どうぞ寛いでください。――ミラさん、お願いします」
キッチンの方に声をかけると、『畏まりました』と穏やかな声で聞こえてきた。
……あ、お茶菓子。
いやでも、前に買ったのがインベントリにあるから良いか。時間経過が無いって便利だなぁ。




