七十八頁目 今代の勇者であること
「ここが、そうなのですか?」
一ヶ月前に購入した屋敷にエリーナ王女達を案内すると、屋敷を見て彼女はそう尋ねてきた。
「ええ、そうです。……どうかしましたか?」
「いえ……私は市井の情勢には疎いですが、このような大通りに面した屋敷を、買えるものなのですか?」
「普通ならば買えないでしょう。ここはかなり良い物件でしたし、もう少し購入に踏み切るのが遅ければ別の誰かのものだったはずです」
まったく、商人ギルドには感謝しかない。
よくもまあ……運もあっただろうが、これほどまでに条件に合致した物件を紹介してもらったものだ。
「ホオズキさんは天運にも恵まれているのですね。羨ましいです」
「エリーナ王女にもそのうち良い事がありますよ、きっと。では、中へどうぞ。買ってすぐにダンジョン攻略に出てしまいましたから、あまり持て成しも出来ないでしょうが、ご容赦を」
「構いません。では、お邪魔します」
玄関のドアを開けてエリーナ王女とミラさんをリビングまで案内する。
そういえば、『お邪魔します』ってこっちの世界でも通じるんだな。『ごめんください』だとどうだろう? 機会があれば試そう。機会があれば。
「良いお屋敷ですね。綺麗ですし」
「まあ、使ってませんからね。ダンジョン攻略を始めた日の朝に掃除をしてそのままなので、綺麗なものですよ」
「色々と見て回っても?」
「もちろんです。では、私はその間、お茶の用意でもしておきましょう」
「いけません、ホオズキ様。それは私のようなメイドの仕事。屋敷の主がすべき事ではありません」
早速キッチンへと行こうとした瞬間、目にも止まらぬ速さで進行方向を塞がれてしまった。
ミラさん的にはメイド長として譲れないものがあるのかも知れないが、今はそのミラさんさえも客人の立場。ここは退いてもらうとしよう。
「ミラさん。使用人であるという点では、確かにお茶の用意はあなたの仕事でしょう」
「そうです。ですから――」
「しかし、ここは王城ではないし、あなたはエリーナ王女同様に客人でしかない。客人に雑務をさせるわけにはいきませんね」
「しかし、私はメイドです。そういった雑務は、私の領分でしょう」
飽くまで毅然としたとした態度で、なおもメイドである事を押し出してくるミラさん。
弱ったな……。正直、客人である事くらいしか武器にならないから、押し切られる可能性の方が高いんだよな。
確かにミラさんはメイド……それも王女付きで、メイド長だ。王女の歓待をする点ではミラさんに任せてしまうのが合理的……。
「……そう強く出られると弱いですね。では、お任せします。必要なものがあれば言ってくださいね」
「ありがとうございます、ホオズキ様。このミラ、精一杯メイド業を務めさせていただきましょう」
「あ、うん……エリーナ王女の為に、ですよね?」
オレをしっかりと見つめながら決意に満ちた表情で力強く告げるミラさんに、急に不安になってそんな事を訊いてしまう。
するとミラさんは一瞬『何言ってんの、この人?』みたいな表情をしたかと思えば、すぐに元に戻して、ひとこと。
「もちろんです」
今は……今だけは、その言葉は何よりも不安を煽るぞ……!
「……まあ、うん、それならいいか。メイド長だもんな……」
自分に言い聞かせるように呟いて気持ちを切り替える。
ミラさんはメイド長。ミラさんは王女付き。
……よし、何も問題ないな!
「では、お茶の用意はミラさんにお任せしましょうか。私は念の為にここで待機しますが、エリーナ王女には案内を付けましょう」
「ありがとうございます、ホオズキさん」
「いえいえ。……アナ、ルキナ。ダンジョンから帰ったばかりだが、もう一仕事頼めるか?」
「……任せておいて、あなた」
「頑張ります!」
二人の意気込みに頷きで返す。
ユキヤに頼むのもアリかと思ったが、歳は……見た目の年齢は近い方が、エリーナ王女も気が楽だろう。
「エリーナ王女。この二人は私の旅の仲間で、それぞれ、蛇女種のアナとハーフエルフのルキナです。案内を任せますので、何かあれば二人にお願いします」
「ええと、亜人の子とハーフエルフの子、なのですか?」
「そうですよ」
「ロガ王国内ではあまり良い評判は聞きませんでしたが……こうしてみると、私達人族とあまり変わらないのですね?」
「ええ。種族ごとの特徴という違いはあるにせよ、見た目はそう変わりません」
「……うん。改めて、エリーナ・フィエラ・ロガです。よろしくお願いします」
エリーナ王女は何事かに頷くと、二人に自己紹介をして、軽く頭を下げた。
「改めまして王女様、ハーフエルフのルキナと申します。屋敷の案内、精一杯務めさせていただきます」
「……鱗族は蛇女種のアナ。よろしくね、王女様」
エリーナ王女の自己紹介に、ルキナは折り目正しく、アナはいつもと同じ調子でフランクに、それぞれ自己紹介を返した。
「では、行って参りますね」
「ええ。何もない屋敷で恐縮ですが」
「ホオズキさんらしさが出ていると思いますよ」
そう言い残して、案内役の二人を連れてリビングから出ていくエリーナ王女。
オレらしさの出ている屋敷……?
「……なあ、今のどういう事だと思う?」
比較的、一般的な感性を持っているはずのシエスタ達に訊いてみる。
「……師匠は飾り気がない」
「必要以上のお洒落などはしなさそうですね」
「服も上から下まで黒一色ですものね。わたくしもあまり着飾るのは好きではありませんけれど」
「そうじゃなくて、変に飾ってないから好印象って事じゃねえか?」
「それはあるな。私もセツカのそういう飾らないとこは好きだ」
褒められてるんだか貶されてるんだかよくわからない評判に、とりあえず苦笑しておく。
まあ、悪い印象は持たれていないだろう、という事にしておこう。
「……それより、セツカ。あの王女様とは、一体どういう関係なんだ?」
「そうですわ、セツカさん。エリーナ王女とは、どういったご関係なんですの?」
「……別に心配しなくても恋愛関係じゃないぞ」
「セツカさん!」
「そう怒るなって。ちょっとした冗談だよ」
「……それで、実際のところどういうご関係なんですか? セツカさんは最近貴族になったばかりと聞きますし、王女様と接点があるようには思えないのですが……」
「しかも『ホオズキさん』なんて、妙に親しげじゃねえか。ほら、誰にも言わねえからアタシに話してみ?」
「……ん。秘密なら秘匿する」
「それに、あの自称魔王って奴とも関係があるんだろ? 話してもらうぞ、セツカ」
シエスタ達の懐疑の視線が心に刺さる。
オレ自身、この事からは女を背けたかったし、隠せるなら隠しておきたかったが、仕方ないかな。どうせいずれは誰にもバレるだろうし、いちいち隠しておく必要もないか。
少なくとも、訊かれなければ黙っておくとしよう。
「……絶対に口外しない、と約束してくれるんだったら、話してもいい」
「セツカさんが口外されたくないなら、私達は誰にも話しませんよ」
「ありがとう、キャスタリア。幾分か気が楽になったよ」
そう言って笑みを向けてから、一つ深呼吸をする。
異世界生活……まだ半年も経ってないのにな。
まあ、仕方ないよな。うん、仕方ない。
「オレと王女の関係……って言っても、別に何か特別なわけじゃない。王城で、話をしたり食事を一緒にする機会があったってだけの話だ」
「いや、だから。それは最近貴族になったような奴が経験出来る事じゃないだろ」
「まあ、そりゃそうだが……どう話したもんかな。お前達、勇者と魔王は実在しているって言ったら信じるか?」
そう言うや否や、シエスタ達は困惑したような、戸惑ったような表情を見せる。
まあ、そりゃそうか。
いきなり『勇者と魔王って実在するんだぜ』なんて言われても信じられんし、疑わしい。
「うん。大体予想通りの反応だな。オレだっていきなり言われたらそんな反応する。間違いなくな」
「……やっぱりあの自称魔王は、本物の魔王なのか?」
「さあな。魔王って存在には会った事がないから、あれが本物かどうかと訊かれてもオレには答えられない。だが……」
「だが……?」
「だが……そうだな。『お前は勇者なのか?』という質問には、答えられる」
「……セツカは、勇者、なのか? お伽噺にある、異世界から召喚される、あの?」
恐る恐るといった様子で、シルヴィが尋ねてくる。他の面々も、口には出さないが同じ疑問を持っているようだ。
「……シルヴィはどう思う?」
「質問に質問で返すなよ」
「まあ、いいだろ? それで、どうだ?」
「……正直、勇者だとは思えない。けど、勇者だとするとしっくり来る事がある」
「……そうか。それなら、もう答える必要もないだろうが……」
「やっぱり……そうなのか?」
「ああ、そうだ。昔から不定期ながらに続いてきた勇者と魔王の闘争。今回の勇者は、オレだ」
敵だとされる魔族と魔王。それらから明確に被害を受けるまでは眼を逸らし続けるつもりだったが、少しでも受け入れる必要があるみたいだ。
まあ、RPGの勇者に憧れたりはしたし、その手のラノベやアニメなんかも嗜んだ。
自分が本当に勇者になるとは思わなかったが、やれるだけの事はやるべきだろうな。
……やれるだけの事しかしないけどな。




