七十六頁目 拍子抜けのラストボス
六十五層を攻略してから数日、オレは今、最終階層へとやって来ている。
これまでの道中は、それはまあ、なんというか、こう……ひどいもんだった。
魔物を追い、魔物に追われ、トラップを回避したそばから感知出来なかったトラップに引っ掛かり、ある意味屋内なのに山を越え谷を飛び、時には密林や火山地帯を横断したり。
身体的な疲労はもちろんの事、精神的な疲労が本当にキツい。ボスはもちろんそうだが、火山や砂漠みたいな危険地帯を歩かなければならなかったわけで、そういう意味での疲労がある。
あと、他の攻略メンバーがみんな女の子だから、それも結構気を使う。
ともあれ、このダンジョン攻略の道中で上がったレベルに物を言わせ、スキルを惜しみ無く使用し、時に物理で、時に魔法で戦って、ようやくこの場所にやってきたのだ。
喜びも一入というものである。
……まあ、実はもっと早く来れたんだけど。
いやほら、ね? ゴーレムがね? 金策にちょうど良かったから、何回か、八十層まで戻ってから九十五層までゴーレムを狩り続ける、なんて事をしてたら、あっという間に時間が……。
きっと、RPGを遊ぶ現代人なら、この気持ちがわかるだろう。
そう、これは『稼ぎ』!
RPGや、RPG要素のあるゲームをプレイするにあたって、決して避けては通れない茨の道なのである。……ほら、マラソンとか、それだよ。
まあ、世の中、レベルを上げて物理で殴ればなんとかなるもんで、レベリングの意味でも良い稼ぎになった。
……でも、実際のところ、貴族のメイン収入がダンジョン攻略による魔物素材の売却って、どうなんだろうな。
まともな資金すらない貧弱貴族感あるよな。潰れかけ感って言うか……。
「……さて。ようやく来たな」
ともあれ、現在百層、ラスボスの部屋前である。
目の前には、それはそれは大きな、ダンジョンの壁と同じような材質の石造りの両開きの扉がある。オレの身長が百八十五センチジャストだから、この扉はオレが大体七か八人分くらい。
「これから、いわゆるダンジョンの主と戦うわけだが……準備はいいか?」
「おう、いいぞ!」
「ライも大丈夫だぞ!」
相変わらず元気なミストスとライカ。
二人の声に続くように、他のみんなも決意を固めた顔でこくりと頷いた。
みんな、オレの我が儘でここまでついてきてくれた面々だ。
途中ちょっと、街に戻る用事が出来てしまったのは想定外だったが、一度目の攻略でここまで来れたのは、間違いなく彼女達がいてこそだ。
……さてと。
シグナート伯爵の話では、この先にはドラゴンがいるという話だったが……どうなっているのやら。
「では、行こうか」
みんなの覚悟にそう言って頷き、改めて扉の方を向いて、両手を当てて力を込める。
「……くっ!」
厚く重たい石のドアを開けるために、最大限に力を込めて、足で地面を押し蹴り、前に体重をかける。
すると、少ししてから、ズズズ……と石と石がゆっくりと擦れるような音と共に、扉がゆっくりゆっくりと開いていった。
そうして、成人男性一人が通れるくらいにまで扉が開いた頃に、扉を開けるのをやめて、隙間とも呼べるそこから中へ進入する。
「――――ん?」
重厚な石の扉を抜けた先には、何もなかった。
いや、少なくとも『ドラゴン』らしきものは、そこにはいなかった。
代わりに、頭に角を二本生やしたヒト型の何かが立っていた。
「――待っていたぞ、今代の勇者よ!」
あっ、これ面倒なヤツだわ。
「私は! ……まあ、名乗るほど大した名は持ち合わせていないが、貴様ら人間からは『魔王』などと呼ばれている存在だ!」
「……へぇ、あれが噂の」
「とりあえず! いつまでもこうして声を張っているのはキツいので! こちらまで来てくれるとありがたい!」
彼我の距離は大体百五十メートルほど。
頑張ってるなぁ、魔王。
「……あんな事言ってるが、どうする?」
「いや、それより勇者って……」
「勘違いしてるんじゃないか? オレ達ですら勇者の顔なんか知らないのに、魔王だって言っても、知ってるはずないだろ?」
訝しむような表情でオレを見つめてきたシルヴィに、適当な事を言ってはぐらかしておく。
クソ……あれが魔王かよ……。
あれだな? シャグネイアがオレの特徴をゲロったんだな? 口止めなんかしなかったけど、しかし面倒な事になった。
出来れば勇者だの魔王だのって話は完全に忘れて、異世界ライフを満喫しようと思ってたのに。
しかも、しかもだ。こんなところでオレが勇者だとバレたくない。ユキヤ達はもうオレからバラしたからともかく、シエスタ達にはそれと知らずに付き合って欲しい。
「あのぉ! こっちに来てもらえませんか!?」
「……仕方ないな」
聞こえてくる女性の声に、これ以上何もせずにいても仕方ないと判断して近付く。
距離が近付くにつれて、ヒト型はより鮮明になっていく。
頭の二本の角はともかく、烏の濡れ羽色の長い髪に、それとは対照的な雪のように白い肌。瞳は鮮血のように紅く、切れ長の目が視線を誘う。
……いや、というか、これは。
「鬼だな……」
いつかの日に会った、母親と同じ種族の女性。
己を魔王だと言った目の前の女性は、その人に酷似していた。まあ、雰囲気は違うが。
「誰が鬼よ!」
「いや……うん、そういう意味でなく。とりあえず初めまして、セツカ・ホオズキ名誉男爵です」
「あっ、これはこれは、どうもご丁寧に……。魔族の住む土地で魔王なんてものをやっています、サラと言います」
「いや、違うだろ」
シルヴィからの冷静なツッコミが痛い。が、挨拶は大事なんだ。これが出来るか出来ないかが、まともな社会人かそうでないかの分水嶺とも言えるんだからな。
「……で、魔王がなんでここにいるんだ?」
「……はっ!? き、聞いて驚け。私はここで貴様を待っていたのだ、今代の勇者よ!」
そう言ってビシッと突きつけられた人差し指の軌跡を追うようにして後ろを振り向く。
「違う! 貴様だ、貴様! そこの銀髪の!」
チッ……どうやらこの方法では誤魔化せないようだ。別の方法にしよう。
「はて、勇者? オレが勇者だと言う証拠はどこにあるんだ?」
「そんなものは無い。無いが、シャグネイアが貴様だと言っていたから間違いはなかろう」
シャグネイアめ……。そもそもヤツがオレを勇者だと識別出来た事に関しても疑問が残るが、とりあえず話を逸らす方向でいこう。
「……まあ、それはともかく。ダンジョンのボスは?」
「む……? それはあれか。ここにいた闇色のドラゴンの事か」
「いや、どんな奴かは詳しくは知らんが。ドラゴンだったのか?」
「うむ。中々に強かった。見るか?」
「は?」
「だから、見るか?」
「何を?」
「ドラゴン」
「…………むしろ見れんのか?」
「当然だ。首を落として、無限倉庫に回収したからな」
「そうか。なら、首ごと見せてくれ」
「うむ、いいだろう」
魔王のその言葉と共に、魔王の左隣に巨大なドラゴン……の身体と頭が出現した。ので、それをオレの無限倉庫で回収する。
「…………は?」
確かに出したはずのドラゴンがおらず、不思議そうな顔をする魔王。
いやー、いい誘導だった。
ドラゴンも回収出来たし、あとは凱旋と称して帰還するだけだな! 不労所得とはまさにこの事よ。
「おい勇者、貴様ふざけるなよ」
「勇者じゃないし、ふざけてもないぞ」
「いや、絶対にふざけている。貴様、今、私が苦労し……いや、楽々斃したドラゴンを回収したな? しただろう? したって言え」
言え、と言われて言う奴がどこにいると言うのか……。
「知らんな」
「貴様ァ! きさっ……貴様ァ! 勇者だろ! 勇者がお前、そんな盗賊みたいな真似して良いと思っているのか!」
「いやぁ……」
割と普通だと思うんだが。
某竜の探求とか、某最後の幻想とかだと、主人公にはかなり普遍的なスキルのはずなんだが。
民家に押し入ってタンスや壁にかけてある袋から物資を貰っていくのは、勇者なら普通の事だろう。
「お前……お前なぁ! あれ、斃すの苦労したんだぞ! 私一人で頑張ったんだぞ! それをお前、そんな横からかっさらって……。お前に人間の心は無いのか!」
勇者、魔王に人道を説かれる。
ラノベのサブタイトルにありそうだな。サブタイトルというか、章タイトルというか。
「……じゃあ、ちょっと訊きたいんだがな?」
「良かろう。質問を許す」
「あのドラゴンを、お前はどうするつもりだったんだ?」
「それはもちろん、持って帰って――」
「持って帰って?」
「――剥製?」
「よーし、撤収! 帰ったら十分に身体を休めるように。お疲れ!」
「おう、お疲れー」
「お疲れ様です」
「お疲れ様でしたわ」
くるりと反転して帰還への道を行く。
まったく、魔王に付き合って時間を無駄にしてしまった。帰ったら風呂入って寝よう」
「待て! 待って! ねえ、ちょっと待って! 冗談! 今のは冗談だから! 話聞いて!」
「……なんだよ」
「いや、『なんだよ』はこちらのセリフだろう、勇者」
「だから勇者じゃ……もういいや。で、何?」
「うむ。貴様はそのドラゴンをどうするつもりなんだ?」
「売るけど。素材はまあ、ある程度は手元に残して、あとは売却。肉は喰う」
「じゃあ私にくれ。剥製にするのと変わらんだろう?」
「何すっとぼけた事言ってんだ、お前。剥製ってのは、解体もせずに飾る事だろうが。素材として使われる方が有効利用してるって言えるだろ」
「いや、まあ、それは……」
そんな金持ちの道楽みたいな事に使われてたまるかってんだ。
せっかくのドラゴン素材だからな。文字通り骨の髄まで有効利用させてもらおう。
「話は終わりか?」
「……まだだ!」
「そうか。でも、これ以上何を話すんだ?」
「ぐぬぬ……! お前、勇者だろう!?」
「もうそれでいいよ」
本当は本当に勇者だけど。
「ならば私と戦え。勇者にはその使命があるはずだ」
「……なんで?」
「は?」
「別に魔族は何にもしてないだろ? どこかで魔族に人間が襲われた、なんて話聞いた事ないからな。なのに、なんで戦う必要があるんだ?」
「そ、それは……」
「大体、戦えって言うなら、お前だって問答無用でかかってくれば良かっただろう? なんでしなかった?」
「……………」
そもそもだ。
オレは召喚されて何のために召喚したのかの説明を受けたタイミングで、そんな使命なんぞには関わらずに生きると決めたんだ。
勇者がどうの魔王がどうのと面倒くさい。
人に仇なせば斬る。それで十分だ。
「勇者だの魔王だの使命がどうだのなんて、オレの知った事じゃない。害を及ぼすなら斬る。それだけの話だ」
「…………そうか」
「じゃあ、オレ達は帰るからな。お前も勇者を待っててご苦労な事だとは思うが、もう帰れ」
「……ああ、そうしよう。最後に一つ、良いだろうか……?」
「……なんだ?」
「……またいつか会いたい、と言ったら迷惑か?」
「好きにしたらいいさ。お前が次に会いたくなった時に、どこにいるかはわからないが」
「そうか……。いや、引き止めてすまなかったな」
「いや……。じゃあ、そういうわけで。せいぜい元気でやれよ」
それだけ言って再び魔王に背を向け、帰還用の転移魔法陣を目指す。
出来ればドラゴンと戦いたかったが……まあ、先に斃されてたなら仕方ないな。
それにしても……魔王、か……。
わかり合えれば儲けものなんだが、難しいかな。
……そういえば、『魔族の住む土地』って、どこにあるんだろうな?




