七十五頁目 ブリザードバンシー、決着
もう、どれだけ戦っているだろうか。
風魔法と火魔法を使っての超高速機動戦闘は、はっきり言って弱点も多い。
動きが直線的だし、慣れられると大変だし、身体がついてこないと無理だし、周辺被害が半端ないし、魔法の調整は難しいし、そもそも魔法を同時に二つ以上発動させて維持しながら操作出来なきゃ意味がない。
敢えて……敢えて正直に言おう。
これは『無駄な戦い方』だ。
いやまあ、六十三層でポロッと溢した時は、そりゃあ良いアイデアだと思ったさ。
だが、言うのとやるのとでは話が別だ。
こんな自分や周囲に負担しかかけないものは、まったくもって無駄と言う他にない。
まあ……なんだ、その、オレもそういう側の人間だって事さな。
ともあれ、さっきからずっと、攻め切れずにいるわけだ。
理由は実に簡単で、火魔法でブレーキを掛けて攻撃しようとすると、氷魔法で迎撃されてしまうわけだ。
いやはや、実に困った。
『すれ違えば良くない?』と思うだろうが、武器が武器だけにちょっと難しい。
「……アイスピックなんて選ぶんじゃなかったな」
錬金術、冶金、鍛冶のスキルを利用して作った、オレ謹製のアイスピック。
オリヴィエの得物がレイピアだから選んだのだが、これだけでブリザードバンシーを斃す、なんていう縛りを設けたのが間違いだった。
攻撃はしょっぱいし、段々対応されるしで、正直泣きたくなってきた。
「くそ……面倒だな」
ただ、もう随分と戦っている。
そもそも、オリヴィエには……というか、ルキナとキャスタリアには、これのやり方だけ見せて、あとは口頭での説明で十分のはずだ。
なんで気付かなかったんだ、オレのバカ!
ともあれ、とりあえず火力としてはもう期待出来ない――そもそも最初から期待は出来ないが――アイスピックをインベントリに仕舞い込み、得意の徒手空拳でブリザードバンシーに突っ込む。
「――――ッ!!」
再びの絶叫攻撃。
それを風の防壁で防ぎ、立て続けに放たれた氷魔法を風に火魔法を通して対処する。
そうして彼我の距離が縮んでいく中で拳を握り、すれ違い様にブリザードバンシーの顔面に拳を叩き込んだ。
ボッ、という音と同時に、まるでガチガチに固めた上で凍らせた雪を殴ったような感覚の後で、ブリザードバンシーの身体が、床となった雪の中に沈んでいった。
「……うん、まあ、こんなもんか」
六十三層で、真面目に戦うと決めた心を今更ながらに思い出してちょっと後悔しつつ、体力や魔力の消費量を確認しながら呟くようにそう口にする。
そして、ブリザードバンシーの素材を取ろうかと後ろを振り向き
「うおっ……! 吃驚した……」
オレのすぐ後ろで、爛々と煌めく二対の眼がオレを射抜くように見つめていた。
気配も察知出来なかったとは……。
それも怖いんだけど、その眼も十二分に怖いからやめて欲しい。いやホントに。
「セツカさん」
「主様」
「「今の、どうやったのか教えてください!」」
「いや……うん、教える。教えるから。だから、まずはブリザードバンシーを回収しよう? な?」
魔法バカとも言える二人をあしらいつつ、ブリザードバンシーの身体を回収する。
ブリザードバンシーは全身が雪像のような魔物で、一体どこに素材があるのかと疑問が浮かぶのだが、話によると体内に魔石と呼ばれる魔力の結晶体がコアのように存在していて、それが素材になる他、身体自体も絶対に溶けない雪としてかなり有用な素材らしい。
要するにブリザードバンシーとは、魔物というかゴーレムの一種という事だ。
まあ、普通のゴーレムは、コアである魔石がある事は違いないが、身体は土だったり鉱石だったり宝石だったりするらしいから、ブリザードバンシーよりは稀少価値が高いという話だったが。
ちなみに、このダンジョンでは八十層から九十五層までゴーレム種が湧くらしい。
上手く斃せば一攫千金! 億万長者待ったなしだ。いやぁ、夢が広がるなぁ。
「セツカさん……!」
「主様……!」
「わかった、わかったから。とりあえず歩こう。話はそれからだ」
そう言って歩き出すと、シルヴィより速くオレの右隣をキャスタリアが陣取り、左隣をルキナが陣取った。
この二人……魔法の事になると行動力が半端ないな。しかもちょっと怖い。
「それで、今のは何をどうしたんですか?」
「そうです。気が付いたらブリザードバンシーが倒れてて……何だったんですか?」
「火魔法と風魔法を利用した超高速機動……なんだが」
「どれを……どれを使ったんですか!」
「え、えっと、電気を操るのと、火を操る……」
「なるほど。エクレールとイグニスですね!」
「あ、うん、多分それ。うん」
……魔法は頭にあるイメージのままに使ってるから、名前とかよくわかんないんだよなぁ。
まあ、こんなふわっとした説明でもどうにかなってる辺り、名前わかんなくても大丈夫か。
「でも、実戦では使わない方が無難かもな」
「……何故ですか?」
「いや、実際やってみてわかったんだが、負担が尋常じゃないんだ。魔力もそうだが、体力ももちろんそうだ。それに、制御に神経を使うから、やるとしても短期で決着をつけられる場合だけだな。そうじゃない時はやめておいた方が賢明だ」
「なるほど……」
「というわけだから、オリヴィエ。提案しておいて悪いんだが、ちゃんと扱えるようになるまでは練習だけにしておいてくれ」
「ええ、構いませんわ。わたくしの為に助言いただいた、という事実が大切ですのよ?」
「……そうなのか?」
「そうなのです」
教鞭を執っていた事がある身としては、正直ちょっと納得出来かねるのだが、当のオリヴィエが納得しているなら問題ないか。
となるとミストスだけ仲間外れになってしまうわけだが……うーん……。ミストスの扱える魔法次第では、副次効果も狙える鞭攻撃とか出来そうだな。
……うん、そうだ。【纏衣】みたいに、鞭に魔法を纏わせて相手を打てば、魔法の属性によっては相手を燃やしたり切り裂いたり出来るな。
「なあ、ミス――」
そうと決まれば早速提案だ。
そう思って後ろを振り向くと、自分だけ何の助言も受けられなかったというショックからか、魂が抜けたような表情で、ふらふらと覚束ない足取りで歩いているミストスがいた。
そんなにショックか?
いや……うん。きっとオレにはわからない、ミストスなりの事情というヤツがあるんだろう。
「あー……ミストス? お前にも、ちょっと思い付いた事が――」
「本当か!?」
「痛っ……!」
提案があると口にするや否や、一気に生気を取り戻し、同じ十傑衆である事の遠慮の無さからかキャスタリアを突き飛ばして右隣に陣取るミストス。
そして、話を聞き終わるまでは絶対に離れないとでも言うように腕を絡め取ってくる。
あの……ミストスさんや。その……君の胸がね? いや、嬉しいんだけれども。なんというか、もう少し慎みというか、貴族令嬢としての淑やかさを、こう……ね?
「聞かせてくれ、セツカ!」
眼をキラキラさせちゃってまあ……。
でも、出来れば突き飛ばしたキャスタリアの事も気に掛けてやって欲しいなぁ。
そういう心優しい子が好きだよ、オレは。
「ちゃんと教えるから、歩きにくいからちょっと腕を解放してくれ」
「っと、悪いな。それで? どんなのだ?」
一体何が彼女……もとい、彼女達、十傑衆女性陣を駆り立てているのか知らないが、一応頼ってもらえてるのは嬉しい。
ともあれ、腕も解放された事だし、教える事としよう。もしかしたら、もう思い付いてるかも知れないが。
「まあ、堂々と言った手前、既出だったらかなり恥ずかしいんだが……ミストスは、魔法は?」
「風だけだな。でも、結構得意だよ」
「そうか。なら、鞭に風魔法を纏わせるのはどうだ? 鞭の当たった部分を風で切り裂く、みたいな」
「……………」
オレの言葉を受けて表情を固めて沈黙するミストス。
どうだ……? 既出だったか……?
「それだァ!」
喜色満面の笑みを浮かべて、実に嬉しそうな声色で言う。
良かった。誰でも考えそうな単純な手段だったけど、どうやら誰も考えてなかったようだ。
しかしそうなると、この世界に生きる人達は相当なバカ……いやいや、よく知りもしない相手を貶しちゃいかんな。
こういうのが現代人のダメなとこだよな。
反省しよう。
「こんなので良かったか?」
「もちろんだ! いやー、やっぱセツカを頼って良かったな。普通の奴じゃこうはいかねぇ」
「……そうか」
普通の奴こそ思い付きそうなもんだが……。
まあ、触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らず、か。
……いや、この場合は、言わぬが花、かな?
なんにしても、口は災いの元。
言わずに済むなら、言わない方が賢い選択ってヤツだな。変にチラつかせると噛みつかれるかも知れないし。
「まあでも、オリヴィエ同様、ちゃんと練習してからにしろよ? いきなり実践して怪我しました、なんて笑い話にもならないからな」
「ああ。……アタシにもアドバイスくれて、ありがとな」
「ん? まあ、お前だけ何もないのはな。別に贔屓したいわけじゃないし」
「はははっ。愛してるぜ、セツカ!」
「おう。ありがとう」
どういう意味に取ればいいのかわからなかったので、曖昧に返しておく。
下手に返して、気付いたら婚約者になってました、みたいな事になりたくないからな。貴族になったから、そういうのがあるのが怖い。
それはさておき、残り三十五層。
ここまでの戦闘でレベルも十分に上がってるし、戦闘経験値も積んでる。少なくとも九十層……いや、九十五層くらいまでは難なく行けると踏んでもいいかな。
初回踏破まで秒読みってとこか。
最終階層のボスはどんなかなぁ……。
「気を引き締めて行くか」




