七十二頁目 狼討伐とシルヴィへの教え
二十台ちょっとの大型トラック……もとい、二十匹ちょっとのクライムウルフに攻撃を仕掛ける十人の少女を見ながら、さてどう戦ったものかと考える。
まあ、確かな実力者が十人もいるなら任せてしまっても問題ないとは思うのだが、クソくだらない男のプライドとしては、やはり討伐数は負けたくない。
「……そうだ」
本当はもっと後の階層に取っておきたかった戦い方を思い出す。
それらしいスキルはなかったから、戦闘スタイルという事に落ち着いてしまうが、なかなか画期的というか、楽しい戦い方だと思う。
その名も【纏衣】。
かっこよさげなネーミングをしたが、実際のところは何の事はない。魔法を身体に纏って戦うだけである。
とは言え、メリットは考えてある。
魔法を纏って戦うという事で、上手く扱う事が出来れば、戦闘中に詠唱も何もなしに魔法を使って攻撃する事が出来る。ようになるはず。
デメリットは、魔法の扱いが難しくなる事と、常時発動させておく必要がある以上、魔力消費がえらい事になるって事くらいだ。
だからまあ、初心者にはオススメ出来ない。
「まずは……【纏衣:神風】!」
【纏衣:神風】は文字通り風魔法を纏うタイプの纏衣だ。名前は属性ごとに考えてある。……が、無属性魔法だけは習得出来てないから作れてないし、名前も考えてない。
無属性魔法って、なんなんだろうな。
使ってる奴を見た事がない。
クライムウルフを斃したらキャスタリアにでも訊いてみるか。
「最初は……お前だ」
身体中に風魔法を纏った状態で、とりあえず目の前のクライムウルフに突っ込む。
流石に大型トラック二十台が自由に動けるほどの幅が今いる場所には無いので、クライムウルフはこちらに向かって突っ込んでくるしかない。
そうしてお互いに突っ込んで、でも攻撃を受けたくないとなれば、お互いに攻撃を出しつつ、軌道が被らないように避けるしかない。
ここで役に立つのが【纏衣】である。
これは単に、魔法を纏って、戦闘中にシームレスに魔法攻撃をする、なんて単純な代物じゃない。
例えば、武器が壊されてやむを得ず素手で戦う必要が出てきた時とか、今みたいに、攻撃は当てたいけど攻撃に当たりたくない時に非常に役に立つ。
魔法を纏って、それをシームレスに使える。
それはつまり、相手がこちらの素手による攻撃を躱しても、同時に魔法を放って攻撃出来るという事だ。
熟練の人間には対応されてしまうかも知れないが、魔物や獣相手なら不足はないだろう。
「……そらっ!」
クライムウルフとすれ違うタイミングで、その首を狙って風の刃を手刀で放つ。
淡い緑色をした薄刃の風の刃は狙い通りにクライムウルフの首に吸い込まれ、地を蹴る衝撃と同時にずり落ち、身体はその場に崩れた。
そしてそれを即座にインベントリへ。
うんうん。想定通り、上手くやればちゃんと使えるじゃないか、纏衣。
「――よし。次、だ……?」
手応えを確かめるように両手を何回か握ったり閉じたりしてから、さあ次を斃そうと顔をあげると、そこには首を落とされたり、殴られた衝撃でショック死したりしたクライムウルフが転がっていた。
……んんん? あれ? 今、あんなに……あれ?
おかしいな。幻覚か? 二十台ちょっとの大型トラックだぞ? そんな簡単に……あれ?
「……おや? どうされました、主」
「いや、クライムウルフは……」
「もう斃しました。ですので主、お手数をお掛けしてしまいますが、死体の回収をよろしくお願いいたします」
「あ、はい」
クソッ、なんてスピードだ……! 少し眼を離しただけで全滅だと? どうなっている!
まったく、使えん狼共め……。貴様らがもう少し肉壁として優秀なら私が――。
「…………何考えてんだ、オレは」
小悪党みたいになっていた思考を頭を振って払い、クライムウルフ達が斃れている通路を往復して死体をインベントリに回収していく。
まあ、纏衣の使い勝手も掴んだし、クライムウルフの十匹や二十匹くらい、別にいいか。
多分、今後纏衣を使うタイミングはなさそうだけど。それより《鬼灯》を振ったり、他の面々に任せた方が早そうだしな。
「さて。とりあえずお疲れさん。休憩が欲しい奴は? 結構走ったし、少しなら構わないぞ」
と言ってはみるものの、誰も彼も、早く先に行きたい、ダンジョン踏破したい、といった欲求を隠していない。
おかしいな……確かシエスタ達は、シエスタは除くとしても『一回でダンジョン踏破なんて無理でしょ』タイプの人間だと思ったが。
まあ、やる気があるのは良い事だな。
よく『やる気だけじゃどうにもならない』なんて宣う奴がいるが、やる気が無ければ何も出来ないからな。意欲があるのと無いのとでは、成果に差が出るってもんだ。
その点、彼女達には満点をあげたいね。
特にロゼとライカなんか、やる気の塊過ぎて涙が出てくる。
「じゃあ、やる気を殺がないうちに行くとするか。あと三十七層程度、何の事はない。サクサク行けるはずだ」
無論、誇張ではない。
ここまでの階層での戦闘で、オレやユキヤ達、おまけにシエスタ達もレベルが上がっているし、クライムウルフも一瞬で殲滅するような頼もしいパーティだ。
サクサク行けると思うのも無理からぬ話というものだろう。
そうして歩き出してしばらくすると、何故かいつもオレの右隣を陣取るシルヴィが口を開く。
「なぁ、セツカ。ちょっと気になったんだけどさ、なんでいつも素手で戦うんだ? あの反りのある剣は使わないのか?」
「なんでって言われると……そうだな、身体の感覚を忘れない為かな」
「感覚を忘れない為……?」
「徒手空拳は間合いが凄く短いだろ。まあ、ガントレット使いのシルヴィには、わざわざ言うまでもないか」
「おう」
「そうなると、常に気を張って戦う必要があるわけだ。もちろん、武器を持ってたら気を張らなくていいってわけじゃないがな。それに、気を張るのは攻撃を回避するとか、相手の動きを見るばっかりじゃない。自分の身体の、頭の天辺から足の先まで神経を張り巡らして、常に最大威力で、無駄なく攻撃しようっていうのもある」
「常に最大威力で無駄なく、か……」
「シルヴィもただ殴る蹴るだけじゃなく、どうすれば効果的なダメージが見込めるのかってのを考えてみると良いかもな」
「……どうしたらいいんだ?」
数秒考えて、しかし数秒で考える事を放棄したシルヴィに苦笑して、質問に答える。
「……オレは、故郷にいた時は毎日母親と殺し合いをしてた。でも、別にお互いに殺そうとしてたわけじゃない。超実戦形式の特訓って感じだ」
「……それで?」
「うん。オレの母親は、オレの武術の師匠でもあるんだが、これがまたバカみたいに強くてな。でも、やられっぱなしは面白くないし、どうにか一撃当てたい。それも、最大威力で、回避される事なく、無駄のない動きで」
「……うん」
「じゃあどうすればそれが可能なのか。そう考えて、まずは母親の動きを観察するところから始めた。強い人っていうのは、動きに無駄がなく、洗練されているからな。それはシルヴィもなんとなく解るんじゃないか?」
「んー……シエスタか?」
「そうだな。こう言うと面白くないだろうが、シエスタは十傑衆の中では頭一つ抜けて強い。だからオレも、シエスタに教えたんだ」
「…………うん」
「はは。そう悄気るな。……じゃあ、なんでシエスタは強いんだろうな? シルヴィは考えた事あるか?」
「ないな。十傑衆はお互いの仲は良いけど、自分の事ばっかりだ。もちろん私も」
「そうか。……シエスタが強いのは、動きが洗練されてるからだ。もちろん、まだまだ経験が足りないから、多少の粗はあるけどな」
「また洗練か……」
「そう、『洗練』だ。無駄がない。でも、無駄がないからって強い事と同義だとは思えない。そうだよな?」
「……うん」
ちょっとはにかみながらシルヴィは頷く。
おお……なかなか可愛いな。そんな顔も出来たのかよ。チクショウ、ちょっとグッと来た。
「オレも昔はそうだったな。強くなると動きに無駄がなくなるのは理解したけど、どうしても繋がらない。でも、こう考えたら、どうだ? 動きに無駄がないという事は、相手にとって、常に最大効果を発揮する攻撃が出来るって事だ」
「最大効果? 最大威力って事か?」
「威力だけに限った話じゃない。相手を殺したい時、相手を気絶させたい時、気絶まではいかないでも無力化したい時、戦意喪失させたい時。無駄がない動きってのは、そういう、何かの目的を果たしたい時に一番効果的な動きって事だ」
「…………?」
今度はしばらく考えた後、それでもわからなかったのか首をこてんと傾げるシルヴィ。
やめてくれシルヴィ、その仕草はオレに効く。
「くふふ……。なあ、シルヴィ。シエスタは短剣を使うよな?」
「うん、そうだな。短剣使いだ」
「でも、あんなに刃渡りの短い剣だと、魔物を斃したり人を殺したりするのに、随分都合が悪いと思わないか?」
「………確かに」
「シルヴィは格闘士だから、魔物を斃したいなら頭を思い切り殴って骨を砕けばいいし、人を殺したいなら思い切り身体を殴って内臓を破壊すれば、そのうち死ぬ。そうだよな」
「物騒なたとえだけど、まあ、そうだ」
「うん。じゃあ、どうすればシエスタはそれが可能になる?」
「うーん……人が相手なら、首を斬るとか? 魔物なら、心臓や頭を刺すとかだな」
「正解だ。でも、相手は動かないわけじゃない。生半可なやり方では、手痛い反撃を受けて、最悪自分が死ぬかも知れない。じゃあ、どうするか」
「……動きの無駄を無くす……?」
「如何にも。シーフ系の職業ってのは、ハッキリ言えば暗殺者職って事だ。暗殺者は気配を消して、音を消して、匂いを消して、姿を消す必要がある。このうちどれか一つでも無駄を含む行動があったなら、そいつはその時点で足がついて、そう遠くないうちに殺されるだろう」
「そうか、それで『無駄のない動き』か!」
「その通り。極限まで洗練された技術は、それだけで妙技だ。最大威力が見込め、最大効果が発揮でき、最大限に効率化された動き。それが日常的に出来る奴は、間違いなく、誰にも文句を言われる事のない『最強』だと言えるな」
そしてそれは、少なくとも地球では、我が母である『鬼灯零華』を置いて他にはいない。
この世界の『最強』は、果たしてどんな奴なんだろうな。きっとこの世界でしか味わえない、この世界ならではの戦い方をする奴なんだろう。
いつか会えたなら、是非弟子入りしたいものだな。
「……でもさ、セツカよぉ。その、無駄のない動きを身に付けるにはどうしたらいいんだよ?」
「どうしたら……か」
「ああ。なんか、やり方って言うか、そういうのがあるんだろ?」
「まあ、確かにあると言えばあるが、物凄く地味で面白くないし、すぐに身に付くもんじゃないんだぞ? それでも良いか?」
「もちろん!」
自信と期待に満ち満ちた眼でこちらを見つめてくるシルヴィ。
ああ……地球にいた頃からそうだった。
オレより年上の鬼灯流の門下生、同年代の門下生、年下の門下生。『強くなりたい』って言って鬼灯流の扉を叩いた奴は、みんなこの眼をしだした。
新しい技を学べる、新しい戦い方を知れる、そして何より、今より強くなれる。そう匂わせただけでこの眼をした。
新たなモノを教わるに至ったという自信の色。
新たなモノが一体どんなものかという期待の色。
そして、新たなモノでもっと強くなれるという歓喜の色。
オレは、門下生達のその『眼』に、すこぶる弱かった。
その域にあと半歩足りなかったとしても、それを教えた。
多分これは、その眼が、その姿が、免許皆伝に至るまでのオレに、似ていたからなんだ。
だから、シルヴィにも同じように、オレが辿った道を教えよう。それをどうするかは、シルヴィ自身の問題だ。
オレ達『教える側』の人間は、道を示す事はあっても、手を引いて歩く事は許されないのだから。
「じゃあ、教えよう。さっきも言ったが、これは物凄く地味で、つまらなくて……『こんなのでどうして強くなれるんだ!』って怒りたくなるような事だ。オレも通った道だし、オレの教え子もみんなそうだった。それでも構わないな?」
「ああ!」
「わかった。……無駄のない動きを身に付ける方法。それは――」
「それは……?」
「『観察』する事だ。まあ、これはさっきも言ったが」
「……観察? 何を?」
「人間を、動物を、魔物を、自然を。ただひたすらに観察する」
「そんなので――」
「強くなれる。絶対に。……それに、ただ漫然と観察すればいいわけじゃない」
「……じゃあ、どうするんだ?」
「動きを見るんだ。生き物は『完全な静止状態』ってヤツが存在しない。重心の移動、筋肉の駆動、心臓の鼓動、視線……。自分は止まっていると思っても、完全に停止はしていない。だからそれを見る。見れないなら、見れるまで眼を鍛える」
「それにも観察か?」
「そうだ。この観察は、一度始めたら死ぬまでやり続けるしかない修行方法だ」
「観察する相手は誰でもいいのか?」
「人間なら、出来れば、自分の戦い方と似ている、自分より強い人間がいいな。魔物や動物は、ただ生きているだけで効率化な動きをしてるから、観察対象はなんでもいい。ただ、森や草原で狩りをする肉食系のヤツなら、問題はないだろうな」
「理由は、なんかあるのか?」
「人間に関しては、自分の戦い方と違う戦い方をする奴や、自分より弱い奴を観察しても意味がないからだ。戦い方が違う奴の動きは自分に反映出来ないし、弱い奴の動きは自分の動きを見直す為には多少意味があるが、そんなのは強い奴の動きを見てれば修正出来る」
「魔物や動物は?」
「連中は『そういう風に進化してきた』存在だ。いちいち考えて身体を動かさないから、いつでも最大効率で筋肉を動かしてる。肉食系の生き物は特に、そうしないと飢えて死ぬから、それが顕著だ。草食系の生き物も肉食系ほどじゃないが効果は見込めるけどな」
「なるほど……。他に何かあるか?」
「観察する中で気付いた事は、何かに書き付けておいた方が良いな。それを見て、毎日その動きを自分でやってみる。そうすれば身に付くのが若干早くなる」
「わかった。早速やってみる」
「ほう。何を観察するんだ?」
「セツカ」
悪戯っぽい笑みを浮かべながら、シルヴィはオレを指差して言った。
……参ったな。うちの門下生と同じ事してる。
仕方ない。しばらくぶりに真面目に戦うとするか。
執筆の段で、なるべく誤字脱字のないように
また、前後の話や文と整合性が取れるように気を付けてはいますが
もし誤字脱字や、話のわからない部分、滅茶苦茶な部分などありましたら、是非感想にてお教えください
都度、修正や加筆、感想への返答を用いた説明をしていきたいと思います




