六十九頁目 エロサブカルにはお馴染みのアレ
「よし、行くぞ!」
気絶していたメンバーが大体全快して立ち上がったのを確認してから、テンションのままに言う。
なんか『こいつテンション高くね?』みたいな視線が突き刺さっているが、気にしない。
他者をコピーするだけのつまらんボスだったとは言え、確かに強かった。しかも、これから先の階層にはそのボスより強い魔物が都合五十層分はいると言う。
こんなもの、テンションが上がらない方が難しい。
「盛り上がっておられますね、主」
「わかるか! いや、オレもな、果敢に立ち向かって、しかし届かなかったお前達には申し訳ないとは思うんだ。だがな、この昂りは抑えられない!」
「けっ……どうせアタシらは惨敗したさ」
拗ねたようにそっぽを向くミストス。
どうやら彼女の中では、十分に勝てる算段があったようだ。
……いや、勝てるというか、克てる、だろうか。勝敗の行方というよりは、本気のオレを越えられるか否か。
なるほど。彼女は存外、高潔な人間らしい。
「まあ、そう言うなミストス。オレにしてみれば、お前達が善戦出来た事すら意外だ。傷の一つも付けられなかったのは純然たる事実だが、まさか、誰一人として最後まで屈しないとは思わなかった」
これは、彼女達への認識を改める必要があるだろう。
彼女達十傑衆は、あの時シエスタが言ったように、才能に飽かし、レベルに飽かし、ステータスに飽かして得た『最強』を戴く集団だろう。
だが、彼女達は――男性陣はどうだかわからないから、少なくとも女性陣は――強大な敵を前にしても怯む事なく挑んでいける、高潔で誇り高い人間だ。それは揺るぎ無い事実だ。
「正直言って、あのミラードールにはオレも気圧された。僅かにではあるが。それは偏にオレの油断から来るものだが、お前達が感じた威圧感は、それとは比べ物にならないはずだ。だからこそ、惜しみ無い称賛を贈ろう」
「セツカ……」
「……師匠……」
「マスター……」
感極まったように口に手をあてる者、歯を食い縛る者、拳を握る者と十人十色の反応を見せるシエスタ達。
ただ、一人だけ、それとは違う反応を示した者がいる。
「ライ頑張ったぞ! 褒めろ、ご主人!」
「今褒めてやっただろ?」
「もっと褒めろ!」
そう。ホオズキ陣営のマスコット的存在、狼の亜人、幻狼種であるライカだ。
たぶん、おそらく、きっと。彼女の前では、シリアスだとか真面目だとかいう空気は意味を成さない。とんだシリアスブレイカーである。
「よしよし、よくやったな。えらいぞー」
そう言って頭を撫でてやると、気持ち良さそうに眼を細めるライカ。くそ、可愛い奴め……。
羨ましそうにシエスタやルキナがこっちを見てるが、しないからな……?
「……師匠」
「主様!」
「しません」
何も言ってないのに拒否されたからか、二人が絶望した顔をする。
おっと、そろそろ攻略を再開しないとな。
「さあて、それじゃあ行くか。ここから先は完全に未知の領域だから、なるべく固まって移動するようにしよう」
「そうですね。バラバラになったせいで、合流したら骨だったなんて、笑えませんから」
「キャスタリアさん。真顔で本当に笑えない事を言うのは勘弁してくださいます……?」
「笑えないから真顔で言うのでは?」
「まあ、そうなのですけれど、わたくしが言いたいのはそういう……いえ、何でもありませんわ」
「? そうですか?」
「ええ……ええ……。キャスタリアさんはそういう人だと失念していたわたくしが悪いのです。どうかお気になさらず……」
「そう言われると気になるのが人情だと思うのですが……」
オレの後に続いて歩き出したキャスタリアとオリヴィエが、そんなコントを展開している。
良い意味で冗談の通じない相手って、意外に面倒だからな……。その気持ちわかるぞ、オリヴィエ。
「なあ、セツカ。この先、どんな魔物が出てくるんだろうな?」
ワクワクした声色で尋ねてくるのは、団体行動の時は何故か必ずオレの右隣を歩くシルヴィだ。
彼女、格闘士だからかキュッと引き締まった身体で、しかしそれなりに発育も良いから、健康的な肢体がいつも隣にあって正直落ち着かない。
オレだって健全な二十代男子なのだから、その辺を考慮して欲しい。
端的に言えば、シルヴィのパーソナルスペースが狭い。
「どうだろうな……。シルヴィは、こんな魔物がいたら嫌だな、なんてのはあるか?」
「んー……あー……そうだなぁ……。打撃が通じない魔物は、ヤだな」
「そういうんじゃなくてな……。ほら、例えば、都合良く服だけ溶かす体液を出す魔物とかいたらどうよ?」
「絶対嫌だ。女の敵じゃねえか、そんなの」
日本のサブカルチャー界隈だけでなく、『服だけを都合良く溶かす』というのは、異世界でも嫌がられているらしい。
いやまあ、エロ方面には需要はあるんだが。
「もし現れたらどうする?」
「逃げる」
「逃げられなかったら?」
「逃げる」
「いや、逃げられなかったらの話を――」
「逃げる」
「だから――」
「逃げる」
「……………」
「逃げるったら逃げる」
そんなに嫌か!
ていうか、なんとなく話に出してみたが、そんな魔物いるのかねえ……?
◆
「きゃああああっ!?」
「いやああああっ!?」
「見るなあああっ!?」
結論から言おう。
『都合良く服だけを溶かす体液を持つ魔物』は、確かに存在した。
今のところ、シルヴィ、オリヴィエ、アナが犠牲になっている。
その魔物の名前は、アシッドスライムと言うらしい。シエスタが教えてくれた。なるほど、確かに都合良く服だけを溶かしそうだ。
しかもこのスライム、本当に『都合良く服だけを溶かす』らしく、素肌や武器なんかには一切影響がない。
流石に、これはオレでも驚いた。まったく、なんてエロスライムだ。けしからん。
もっとけしからんのは、実はこのスライム、女性しか標的にしないらしい。いいぞ、もっとやれ。
「……うーん、困ったなぁ」
まあ、あのスライムがクソ羨ましいとかいう話はさておき、これは困った。
何が困ったって、あのスライム、じわりじわりとゆっくり服を溶かすのかと思ったら、真夏の日光にさらしたアイスのように一気に溶かしていきやがるんだ。
おまけに、連中の身体の透明度が高いせいで、その……要するに、普通にしてると見てしまうわけだ。不可抗力だとは言え、申し訳なくなる。
そして、こうなると男であるオレは手出しが出来ない。女性陣も女性陣で、迂闊に攻撃すれば逆に自分が餌食になるという恐怖から、手が出せないでいる。
まったく、なんて奴だ、アシッドスライム。本当にうらやまけしから――
「『燃やし尽くせ、ファイアストーム』」
……えっ。
それは、無慈悲な宣告だった。
眼から光の消え失せたキャスタリアによる、魔法の行使。スライム達のいる空間全てを灼き尽くし、何もかもを消滅させんとする炎の嵐が放たれた。
「……あの、キャスタリア?」
「はい」
「うおっ……」
こちらを向いたキャスタリアの瞳は、まるで光のまったく届かない深淵のようだった。
日本でも、少なくともオレの周りには、こんな眼をする女性はいなかった。ていうか、心臓に悪いし怖いから、あっちを向いて欲しい。呼んだのはオレだけど。
「あれは、敵です。あれは、全ての、女性の、敵です」
「あ、ああ……そうだな……」
強調するように、言葉の一つ一つを区切って話すキャスタリアの妙な圧力に、オレが返せたのは、そんな言葉だけだった。
ところで、あれだけ『逃げる』と何度も言っていたシルヴィは大丈夫だろうか。結局逃げられなかったわけだが。むしろ、アシッドスライムの姿を見るや否や、我先にと攻撃を仕掛けていたが。
彼女の精神状態が危ぶまれるな。
「お……炎が……」
ファイアストームが収まると、それまでスライムがいた場所には、全裸にそれぞれの武器を手に持ったシルヴィ達が転がっていた。
「やべっ」
慌ててそれから眼を逸らす。
いやはや、なんとも怖い魔物だった、アシッドスライム。出来ればこれ以上は――
「……師匠」
「なんだ、シエスタ?」
「この後、十層くらいはアレが出る」
マジで?
そんなの、服がいくらあっても……いや、魔法で殲滅すればいいのか。
ちなみに、魔導銃使いのアナが何故スライムの餌食になったのかだが、何を思ったのか、ルキナの短剣を借りてシルヴィやオリヴィエと一緒に突っ込んでいったのが原因だ。
素直に魔導銃を使っていればよかったのに。
「……どうする?」
「どうするも何も、替えの服を調達するしかないだろ。アタシはあんな風になるのはイヤだ」
「だよな。……じゃあ、オレが行くしかないか」
「いや、男のセツカが下着まで買いにいくのはマズいだろ」
「そうは言っても、無限倉庫持ちはオレしかいないだろ」
「荷物持ちはセツカだ。だけど、服や下着はアタシとかユキヤさんに任せるべきだろ」
まあ、それもそうか。
無限倉庫はオレしか持ってないけど、買い物は誰でも出来るんだしな。
「じゃあ、そうだな……ミストス、ついてきてくれるか? それと……うーん、ロゼかな」
「いいぜ」
「わかりました、マスター」
「ちなみに、どういうチョイスなんだ?」
「話の流れでミストス。それと、ユキヤやルキナは保護者とかライカの監督役があるから除外して、ロゼに決定」
「なるほどな」
「……私は?」
「シエスタは、なんというか、全裸になったメンバーの世話をな」
「……わかった」
若干不服そうな『わかった』だったが、まあ、気にすまい。
さて、早速ローザロッサに戻って服と下着を買ってこよう。被害者が増える前に帰ってこないとな……。




