六十八頁目 ボス戦後の僅かな休憩
ミラードールを斃してから、オレ達はそのままこのボス部屋で休息を取っていた。
シエスタ達の話によれば、通常フロアの魔物達は斃されてからしばらくするとダンジョンのエネルギーとして吸収され、新しいのが湧くらしいが、ボスは違うらしい。
ボスは、ボス部屋から消えたりしない限りは、その日一日はその場に残り続けるらしい。だからまあ、日付が変わるまではミラードールを回収しなくても問題ないのである。
まあ、もうインベントリに入れてしまっているが。
「助かりました、セツカさん。それから、手出ししないでいてくださって、ありがとうございます」
疲労状態から一応の回復を見せ、最初に口を開いたのはキャスタリアだった。
集中するという行為が体力を使うものだったとは言え、ロガ王国でも指折りの魔導師である彼女にとっては、回復するのにそう時間はかからない状態だったのだろう。
それなりに魔力を使って少し青ざめていた顔色は元の血色の良いものへと戻り、肩で息をしていたのも、今はない。
「礼を言われるような事じゃない。お互いに納得した上での事だったとは言え、明らかに勝てないと理解していたというのに、お前達がただ嬲られるのを傍観していた。すまなかった」
「謝らないでください、セツカさん。我が儘を通したのはこちらです」
事実申し訳ない事をしたので頭を下げると、キャスタリアはまったく気にしていないといった風に、多大なダメージと疲労で気絶している前衛組を見ながら言った。
それから、『それに』と前置きをして、キャスタリアは言葉を続ける。
「私は、正直嬉しいんです。セツカさんが、私の思い描いた、そのままの人でしたから」
「思い描いた……?」
「はい。ユキヤさん達はわかりませんが、少なくとも私達は、セツカさんがこういう人だとわかっていて、リベンジマッチをしたいと言いました」
「……こういう人、とは」
「人の想いを、願望を、要望を、決して無下にはしない人、だと」
確かに、そうかも知れない。
日本で師範をしていた時も、門下生の希望はなるべく叶えてやるようにしていた。とは言っても、無制限にというわけではないが。
こっちの世界に来てからも、ユキヤ達の要望は聞くようにしてきているし、叶えられる事ならそうしている。もっとも、従者であるとか奴隷であるとかの事実が邪魔をして、あまり要望を聞かせてもらってはないのだが。
ただ、つまり、オレのそういう性質をキャスタリアは見抜いた、という事なんだろう。
その上で、その性質を利用する文言で……オレの、好意とも呼べるモノを撫でる言葉で、今回のリベンジマッチに挑んだという事だろう。
「まあ……確かに、オレはそういうのには、なんと言うか……甘い。生まれもっての性質って言うか、性格っつうか、特性……?」
「そうだと思います。だから、それを利用させて貰いました。きっと貴方は、他人の気持ちになって考えられる人だと考えて」
「素直な奴だな、お前も」
「みんな素直ですよ。ミストスとオリヴィエは、ちょっと難がありますが」
「……違いない」
ミストスとオリヴィエは、こう、なんというか、ツンデレっぽいって言うか……うん。素直になりきれない部分があるよな。
「ルキナも、すまなかったな」
「いえ……。私の方こそ、差し出がましい物言いをしてしまい、申し訳ありません」
「いや、あれはお前の優しさだ。悪い言い方をすると甘さとなるが……その想いは、ゆめ忘れる事のないようにな」
「ありがとうございます、主様」
まだ回復しきってはいない少し青ざめた顔で、なんとか笑顔を作るルキナ。その隣ではアナが妙に打ちひしがれたような面持ちで、俯いて座り込んでいる。
「……どうした、アナ?」
「……あたし、役に立っていたかしら……?」
「十分だったと思うぞ?」
「本当に? 本当にそう思ってる? ロゼやライカ、ユキヤみたいに前に出て戦うわけじゃないし、ルキナみたく魔法が得意なわけじゃないのよ? それでも本当に役立ってたって言える?」
珍しい、アナの多弁。普段に比べて言葉は多かったものの、その顔は、その瞳は、不安でいっぱいになっている。
中衛で、自分の種族が持っている特性を利用して、魔導銃での狙撃をしていたアナ。確かに、立ち位置としてはどっち付かずと言うか、見方によっては、勇敢ではなく、また優秀ではないと映るだろう。
しかし、それは戦いの全貌が見えていない人間の戯れ言に過ぎない。
「アナ。オレは、お前達があのミラードール相手に善戦出来たのは、お前がいてこそだったと思ってる」
「……あたしが、いてこそ?」
「そうだ。同じ中衛でも、ミストスには出来ない事がお前には出来ていた」
「……なに?」
「関節部への狙撃だ」
関節というのは、生物の動作にとって大きな役割を果たすものだ。
例えば、某ボクシング漫画で、主人公の対戦相手が主人公の両肩を掴んで、パンチの威力を殺ぐシーンがあった。つまり、身体の可動部を一つ押さえただけで、それだけ効果が見込めるという事だ。
別に掴まなくても、関節に攻撃を加えるというのは、戦いにおいて自分を有利にするための手段の一つと言える。しかも、かなり効果的な。
アナがしていたのは、まさにそれだ。魔導銃という些か物騒な手段ではあったが、ミラードールはそもそも生物ではないのだし、問題ない。
ともかく、先の戦いにおいてアナがしていた事というのは、それだけ重要な事だったというわけで、褒められこそすれ、『役に立たなかった』なんて言われる筋合いはない。
「あれは、そう簡単に出来る事じゃない。しかしだからこそ、戦闘での貢献度は大きい」
「……そう、なの……?」
「ああ。だから……よくやったな、アナ」
褒めているのだ、という事をアピールするために、微笑みを付けてアナの頭を撫でてやる。
すると、不安の色に染まっていたのが一気に喜びの色に変わり、おまけに、にへらとアナの口許が緩んだ。
「……ありがとう、あなた。世の中には、あなたみたいな人族もいるのね」
「あ、ああ、うん。まあな」
今までそんな緩んだ表情なんか見せなかったものだから、突然の事に動揺してしまう。
はて、おかしいな。アナは、こんなに可愛らしい女の子だったろうか。
いや、容姿は確かに優れている。間違いなく可愛いと言える。だが、アナという子は、もっとミステリアスな感じの、幼いながらに大人の色香漂うような、そんな子ではなかったか。
「……どうしたの?」
「いや……まあ、なんだ。歳相応な顔も出来るんだなと思ってな」
「……ええ、もちろん。だって、あたしはまだ十二歳だもの。相応に子供よ?」
「普段はそんな顔見せなかっただろ。……ともあれ、よくやった。ゆっくり休め」
「……そうするわ。ありがとう、あなた」
「ルキナも、十分に回復するまで休んでおくんだ。どうせここには、アレ以外の魔物はいないんだしな」
そう言いながら、背後の、部屋の中央付近で身体を上下に両断されたミラードールに視線をやる。
ちなみに、ミラードールはその身体が魔銀で出来ていて、世の鍛冶屋が喉から手どころか二人目の自分を出すくらいに欲しがっているらしい。
なので、冒険者ギルドに依頼を出しては取ってきてもらっているらしいが、大抵の場合はボロボロになってやってくるので、使える部分が少ないくせに値段だけは高いと、鍛冶屋の怒りを買っているとか。
まったく、難儀な話だ。
「お気遣いありがとうございます、主様。お言葉に甘えて休みますね」
「ああ、ゆっくりな」
ルキナは律儀にぺこりと頭を下げると、アナと一緒に壁に凭れて座る。
「……セツカさんは、休まなくても良いのですか?」
「オレはオイシイところを横から攫っただけだからな。気持ちだけ受け取っておくよ、キャスタリア」
「ですが、ミラードールを両断した一撃は……かなり負担があるのでは?」
「それが全然。元気なもんさ」
「そう、なのですか……?」
訝しむような視線をこちらに向けながら、キャスタリアが疑わしいといった声音で言う。
まあ、オレが事も無げに飄々としているから余計に疑わしいのだと思うが、実際のところ、まったくなんともないのだ。
空間を断ち斬る一撃なんて簡単に出せたものではないだろうが、鬼神の力のおかげか、負担らしい負担は無い。強いて負担になった事を挙げるとするなら、オレをコピーした後のミラードールと立ち合った事くらいだ。
こう言っちゃなんだが、あの時、コピーだと理解していたのに確かな威圧感を感じた。強者と相対した時特有の、息が詰まって上手く呼吸が出来なくなるような、そんな感覚だ。
オリジナルであるオレがそんな感覚を僅かにでも覚えたという事は、シエスタ達やユキヤ達が感じたものは、もっと計り知れないものだったはずだ。そんな彼女達が戦く自分を殺して奮戦したのだから、オレが休むわけにはいかない。
「キャスタリアも、どこか適当なところに身体を預けて休んでおくといい。どうせ全員が回復するまでは動けないんだ」
「……そう、ですね。では、そうさせていただきます」
キャスタリアは疲労を感じさせずにスッと立ち上がると、しっかりした足取りで壁に背を凭れさせたみんなのところへ行き、自分も壁に背を凭れて眼を閉じた。
……ふむ。こうなると暇になるな。
「……ミラードールを回収したら少し眠るか」
肉体的な疲労は無いに等しい。が、精神的な疲労はそうはいかない。多少ではあっても負担は負担だったのだから、コンディションを十分なものにしておく為に仮眠は必要だ。
そんな事を考えながらミラードールを無限倉庫の収納可能範囲に入れて回収し、みんなのところに戻って腰を落ち着け、眼を閉じて仮眠に入る。
起きたら五十一層の攻略からだ。
この先はキャスタリアですら未知の領域だから、気を引き締めていかないとな。




