六十七頁目 最大の敵は自分自身だ
もう、どれだけの時間が経ったのだろうか。
ミラードールは未だ健在で、対するシエスタ達はと言えば、回復魔法で傷を治しつつ戦っているとは言え、肉体的疲労、精神的疲労は積み重なっている。
特に、戦闘メンバーの中でも切り込み隊長の役目を担っているシルヴィとライカは、それが顕著だ。肩で息をして、どうにか構えを解かないでいられているが、それももう時間の問題だ。
次点で酷いのはオリヴィエ、シエスタ、ユキヤ、ロゼの四人だろう。特に、一撃の威力が望めず手数で圧していくしかないオリヴィエ、シエスタ、ユキヤの三人はスタミナの消費も激しく、たまに魔法も使っているから、魔力切れもそろそろではないだろうか。
ロゼに関して言えば、単純に得物が悪かった。
彼女の武器は、竜人種の特性である強大なパワーと、大剣を担いでなお衰える事のない身軽さなわけだが、今回の戦闘では、その大剣こそが彼女の足を引っ張った。
何せ、人の多い戦場だ。刺突や振り下ろしの縦斬りならともかく、膂力と大剣の重さ、そして遠心力を利用した横薙ぎの攻撃が出来ない。
それに、振り下ろしの縦斬りも、勝手が悪いように見える。
つまり、ロゼは今までの戦闘スタイルを捨てて、一撃必殺ではなく手数を利用して火力を出す戦い方をしているというわけだ。戦い難い事この上ないだろうな、アレでは。
更に次点ではミストスだろう。
そもそも魔導鞭……鞭という道具は、それ単体でダメージを出そうと思うと、かなり腕力が必要になる。もちろんスタミナもそうだ。
まして、魔導鞭は常に魔力を消費して振るう武器だ。体力の消費も魔力の消費も激しいとなれば、たとえ固定砲台のようにその場から動かなかったとしても大変だろう。
生憎とオレは鞭に関しては門外漢だが、その厳しさはミストスの苦々しい顔を見ればこそ、察するに難しくない。
そして、長時間の戦闘で辛いのは、前衛組のみならず、アナ、ルキナ、キャスタリアの三人もまた同じだ。
魔法というのは、存外に集中力を必要とするものだ。それは詠唱するにせよ、無詠唱で発動するにせよ、必ず多少は必要とする。誰なら必要とする、誰なら必要としないという話ではなく、発動者が誰であろうと、絶対に少しの集中が必要になるのだ。
ついでに言えば、例えば魔法に指向性を持たせる――複数人のうち一人を対象にする――だとか、逆に大多数の人間に対して発動する――一定範囲内にいる敵と味方を区別して発動する――だとかという場合には、それ相応に集中力を必要とするわけだ。
さて。では、その集中力を必要とする、というのは戦闘においてどのように作用するのか? なんて疑問が生まれる事だろう。
答えは至極簡単で、『集中する』という行為は存外に体力を使う行為なのである。
とは言っても、勉強に集中するだとかそういうレベルの集中ではなく、医療の場……特に、手術の執刀医がしているような、繊細で緻密な作業をする時の集中こそがそれだ。
そんな集中を短時間で何度も繰り返していれば、普通、通常の集中よりも体力を消費してしまうものである。まあ、個人差はあるだろうが。
ともあれ、現在のシエスタ達の状態を一言で表すとすれば、『満身創痍』。この言葉こそが最適だろう。
「……もうダメだな」
その状況を見て、つい、そう呟いたが、誰の眼にも明らかだろう。
ミラードールにはダメージはなく、対してシエスタ達は満身創痍。これでシエスタ達に軍配が上がるなどと考える奴は、余程のバカか阿呆か、あるいはシエスタ達の勝利を疑わない世間知らずだけだろう。
「ぐぅっ……!」
「うあぁぁっ!」
シルヴィとライカが吹き飛ばされ、溜まりに溜まった疲労が起き上がるのを邪魔しているのか、二人は僅かばかり力を込めるもそれ以上は望めず、地に倒れるだけとなってしまった。
「あああぁぁっ……!」
「ぐうぅぅぅ……!」
「くっ……う……!」
次いで吹き飛ばされたのは、オリヴィエ、ロゼ、シエスタだった。
こちらもやはり疲労が邪魔をしているのか、もう立ち上がれる様子はない。
同じく前衛組のユキヤはと言えば、ミラードールから離れた場所に、闇魔法と『潜影』スキルで身を隠していたのを解除し、肩で息をしながら、地面にぺたんと座り込んでいた。
ユキヤももう、戦える状態には無いらしい。
「前衛が崩れたか……。本当にもうダメだな」
ミストスは鞭を振っていた腕を止め、キャスタリアとルキナは魔法も使えなくなったのかその場に座り込み、アナも魔導銃を構えていた腕を下げ、最早対抗出来ないと考えたのか、その場に腰を下ろした。つまり、『降参』という事である。
アナは口数こそ少なめだが、かなり頭が切れる奴だ。戦闘状態にあっても冷静な思考を手放す事はなく、不利だと悟れば即座に戦闘を投げ出す潔さも持ち合わせている。
だからこそ、アナが諦めたという事は、たとえ他のメンバーにまだ闘志が残っていたとしても、全滅した事を意味するのだ。
「……やっぱり、シエスタ達には無理だったな」
自慢するつもりはないが、手加減をしたオレに一撃さえも当てられなかったシエスタ達や、そもそもオレが稽古をつけているユキヤ達がかなうような相手ではないのだ。
ミラードールは、今こうして見てみたからこそ理解出来たのだが、コピーする相手の記憶や知識すらもコピーしているらしかった。
そうなればユキヤ達など相手になるはずはなく、『手加減』という枷の外れた『オレ』にシエスタ達が全力でかかったとしても、およそ足元にも及ばないだろう。
ある意味、この結果は『見えていた』。
人によっては冷酷だと、非道な人間であると、オレを糾弾するだろう。
だが、これは彼女達の覚悟であったし、それに手を出さないと誓ったのもオレの覚悟だ。
「全滅……全滅ね。これは、一旦戻るべきだろうな」
そう言いながら、落ち着けていた腰を上げ、インベントリから《原初の黄昏・鬼灯》を装備して、鞘から抜き放つ。
どこにあるかわからない部屋の光源の光を反射して、黄昏色の刀身が不気味なような、それでいてどこか物悲しいような、寂しいような、そんな光を放った。
「……さて、始めようか」
これから始まるのは、腕試しでも、リベンジマッチでもない。また、シエスタ達の敵討ちですらない。
こういう事を言うと、ちょっとクサいかなと思わないでもないが、ともあれ、ここを突破しない事には以降の階層の攻略にも移れないのだ。
まあ、なんというか、まさか異世界に来て自分と――コピーではあるが――戦う事になるとは思わなかったが、世界中の武人が望むであろう事が叶ったのは、一介の武人のとしては間違いなく幸せであると言えるだろう。
母さんが知ったら……いや、やめよう。面倒な事になる未来しか見えない。
「それにしても、見事に無傷だなぁオイ。シエスタ達も十分強いから一撃くらいは、とか思ってたが……まさか一撃すら無理とは。流石オレ」
「……………」
「なんだ、黙りなとこは人形らしいんだな? とりあえず、そうだな……これ以上時間かけるのも面倒だし、さっさとやろうか」
無言のままではあるが、こちらの言葉とその意図を理解しているのか、鬼灯流の徒手空拳での構えを取るミラードール。
「お前は……ああ、でも、オレの記憶もコピーしてるんだろう? だったら、解るよな。オレが一番得意なのは、抜刀術だ、って」
言葉と共に、ポーズとして抜いた《鬼灯》を鞘に収め、腰を低くして右手を柄にかけ、左手はいつでも抜刀出来るように鞘を握っておく。
こうなればローブは邪魔になってしまうので、装備を外してインベントリの中に入れておくとしよう。
「……さあ、来いよ」
そう、言い終わるが早いか、ミラードールが地面を蹴り飛ばして肉薄する。
そのまま射程圏内に入ったミラードールを斬るべく抜刀術を用いて抜刀し……しかし、刃は空を斬った。
それは何故か。
ミラードールは射程圏に入ったと同時に地面に足を付けて『縮地』スキルを発動し、射程圏外にまで逃げたのだ。
抜刀のスピードに関しては母さんを凌ぐと、他でもない母さんから太鼓判を押されたオレではあったが、異世界に来た事でブーストされた手加減なしの実力と、スキルの力には敵わなかったようだ。
「チッ……小賢しいな。自分のコピーだけに、苛立ちも数倍だな……面倒な……」
とは言え、その苛立ちを引き摺るわけにはいかず、すぐに頭を切り替える。
しかし、どうしたものだろう。
少なくとも、オレの腕の振りは、スキルまで使われると流石にスピードが追い付かない。
かと言って自分から仕掛けるのは、それは流石に下策というものだろう。
「なるほど、自分が相手だとこんなにも面倒なのか……」
なまじお互いの手の内を全て理解しているだけに、仕掛けたとしても即座に対応されてしまうだろう。これは物凄く面倒だ。出来れば二度と味わいたくはない状況だ。
だが、どうにか突破する必要がある。キャスタリアでさえ突破出来たのだし、そのキャスタリアを一蹴したオレが突破出来ないというのは違うだろう。
しかし、本当にどうしよう。
何か……そう、何か、オレの記憶に一切ない、一発逆転の手段でもあればいいんだが。
いや、本当はオレだって存分に斬り結びたい。
だが……事ここに至っては、オレ個人の願望などは二の次だ。存分に斬り結ぶだけなら、ソロでここに来ればいいだけなのだから。
「…………ん?」
ふと、何かが引っ掛かった。
記憶の片隅にある、今までまったく気にする事もなかった事実。
それは、以前この刀が《原初の刀ザナドゥ》という名前だった頃、初めてこれを鑑定した時にまで遡る。
確かあの時、この刀の説明文には『鬼の力を解放している時なら、刀の真の力が解放される』みたいな事が書いてあったはずだ。
「……いけるか?」
誰にするでもない問い掛けが空中に放たれる。
件の真の力とやらがどういったものかは判らないが、賭けてみてもいいかも知れない。
「……やるか。《鬼神ノ力・暝》発動!」
叫ぶようにそう言うと、ズグン、ズグン、と疼くような脈動が身体中を駆け巡り、身体の奥底から強大な力が沸き上がってくるような感覚に襲われた。
しかしてそれは感覚だけに止まらず、見れば、オレの身体から黒と紅のオーラのようなものが、螺旋を描きながら立ち上っている。
更には《原初の黄昏・鬼灯》にも変化があった。
オレの身体を駆け巡った脈動と同じ脈動が、刀を通して伝わり、柄となし鞘となしに黒いオーラが立ち上っている。
これが、真の力を解放された状態だという事だろうか。
ただ、こう……なんとなく、理解出来るんだ。
今、ミラードールはオレの抜刀術の射程圏外にいるけど、今この刀を抜き放てば、確実に斃せるんだと。
「……チートってあんまり好きじゃないんだけどな」
なんて言ってみる。
ただ、この世界に来てからのオレは、望むと望まざるとに関わらず、『力』を手に入れた。
それを適切なタイミングで適切に使用出来なければ、オレが『武人』を名乗る事は許されない。
きっと、母さんもそう言うだろう。
だから、使う。
チートだろうが、なんだろうが、使えるものは全て使ってこそ武人。
ならばこそ。
「――――ッ!!」
気合い一閃、とでも言うべきか。
沸き上がった力のままに、一切の手加減をせずに、一息に《鬼灯》を鞘から抜き放ち、振り抜く。
明らかにミラードールは射程圏外だが、それを理解していて、思いっきり振り抜いた。
右腕と一直線になった刀身が斜め上を向き、刀を振り抜いた姿勢のままで、何秒かが経った。
何も起きないのか……?
少し不安になってそんな考えが頭に浮かんだ刹那、前方の空間に斜めに線が引かれ、ズッ、と、線の上と下がズレた。
かと思えば、次の瞬間、空間は元通りになり、しかしミラードールは、その白銀の身体を斜めに、上下に分かたれ、まずは上半身がずり落ち、下半身は支えとなる力を失ってその場に崩れ落ちた。
その頃にはもう、ミラードールはオレの姿をしておらず、最初に見た白銀の木人形の姿だった。
「……空間を、断ち斬った……?」
他の人間にどう見えたのかは判らないが、少なくとも、オレの眼にはそう映った。
「それに……オーラが消えてるな。一度限りの超必殺技って事なのか……?」
空間を断ち斬った一撃を放った後で、沸き上がっていた力は鳴りを潜め、オレの身体や《鬼灯》から立ち上っていたオーラも、最初からそこには何もなかったかのように、消え去っていた。
一回しか使えないのか? と思ったが、これは多分、鬼神の力が覚醒しきってないのと、その力にオレが慣れていないというのが大きいんだろう。
「……まあ、いいか。今は切り札みたいな扱いでも」
《鬼灯》を鞘に戻し、装備を外してインベントリに入れ、代わりにローブを装備し直しておく。
「それにしても、酷いもんだな」
ふと周りを見回して言う。
シエスタ達も、ユキヤ達も、決して弱いというわけではない。
だが、それでも地を這うような結果になったのは、偏に経験値の差だと言える。
今は倒れたり座り込んだりしてる面々が、果たして何時から鍛えるようになったのかは知らないが、オレは物心ついた頃には既に母さんに稽古をつけてもらっていた。
だからつまり、この結果は、その差という事なんだろう。
「…………む」
突然ガクガクと震えだした右手を、左手で抑える。
……流石に、手加減をしない自分と戦うのはプレッシャーだったらしい。
「これじゃ、あんまり威張れないな」
不甲斐ないかな、なんて思いつつ、ダメージの酷い奴のところから順番に回って、回復魔法を施していく。
すぐには行動出来ないかも知れないが、多少の手助けにはなるだろう。
それにしても。
シエスタ達の要望があったからオレをコピーさせたが、こうなるなら、もっとはっきり断っとくんだったな……。
それらしい事を言って煙に巻いたが、ルキナにも後で謝っておくとしよう。
それはそれとして、疲れた。
自分自身の相手なんて、もう二度とやらないからな! 絶対に! 何があっても!
そういえば、新作始めました
『女になった相棒と行く異世界転生冒険譚』
https://ncode.syosetu.com/n9782ey
です
『鬼と刀と見聞録(仮題)』とはちょっと毛色が違うし、今はまだ触りの段階ですが、良かったら読んでみてくださいな
実際に相棒が女になるのは、まだしばらく先になります
ご注意ください




