六十六頁目 少女達の覚悟、鬼の子の覚悟
五十層のボス部屋前で一晩を明かす。
字面にしてみると『何やってんだコイツ』って感じは拭えないが、オレだって人間だし、レベルによるステータスがあるにしても疲労は感じる。
幸いにしてこの辺りには魔物が近寄ってくる事もなく、全員が、快適であったとは言えないまでもいくらか疲労を回復させる事は出来たように見える。
一晩経って元気過ぎるほどに元気になったのは、シルヴィ、ミストス、ライカの三人で、疲れが取れたというのもあるんだろうが、起きたそばからボスと戦えるという事実が更に元気度を上げているようだった。
まあ、その気持ちはオレにもわからないではない。これまでのボス階層のボスは、どれもこれも、歯応えのないものだった。
だが、今回はどうだろうか。
キャスタリアによれば、件のミラードールは正面にいる人間のステータスやスキルを丸々コピーするとかいう面白スペックの持ち主だ。
上手いことやれば日々の鍛練に利用出来るのではないだろうか? などと考えたりしたが、それはそれ。妄言の域は出ないし、毎日毎日死闘を繰り広げるのは、母さんが相手でもない限りは勘弁して欲しい。
「さてと……。それで、誰が正面に立つんだ?」
オレがみんなに質問を投げると、何故か一斉に視線がこちらを向いた。
「……なんだよ」
「……師匠が適任。腕試しとリベンジマッチ」
「別にいいけど、それならオレは手を出さないからな」
「ああ、いいさ。私らのリベンジマッチだしな」
「我々の腕試しでもありますから、主」
ワクワクした表情のシルヴィと、キリッとしていながらも、どこか楽しそうな顔のユキヤ。
まあ、それでいいなら、別に構わないんだけどさ……。
「ロゼ達はそれでいいのか?」
「はい。マスターと、本気での手合わせのようなものですから」
「……あたしは、まあ、別に? 自分の力を確かめたくはあるわね」
「ライもやるぞ!」
「私も、精一杯頑張ります。主様に伸ばしていただいた力で」
全会一致だった。
まあ、そうまで覚悟が決まっているなら仕方あるまい。ミラードールがどんな風に戦うのかはわからないが、オレの持つ力を十全に扱えるわけではないだろうし、こいつらなら、なんとでもなるだろ。
「仕方ないな。じゃあ、行こうか。キャスタリア、あのドアはどうすれば開くんだ?」
「前に誰かが立てば開きますよ」
「自動ドアか……」
それでは、と、シエスタ達を連れてドアの前に立つと、ゴゴゴゴ……と重苦しい音を響かせて、その大きなドアが開いた。
中に入るとそこはかなり広大な一部屋で、真ん中にぽつんと……それこそ、昨日見た小部屋の宝箱のように、白銀の人形が佇んでいた。
そのまま歩を進めて、人形――ミラードール――の三メートルほど前まで来ると、白銀のそれがぐにゃりと歪んで、次の瞬間、そこには、頭の天辺から足の先まで白銀色の『オレ』が立っていた。
そして、『ほら、かかって来いよ?』と言わんばかりに、口角を吊り上げて挑発的な笑みを浮かべている。
「オレの顔だけど、腹立つなぁ……」
正面にいる『オレ』の表情に苛立ちを覚えてそう言うと、オレの背後から影が四つ飛び出し、白銀色のそれに攻撃を仕掛けた。
シルヴィ、ライカ、オリヴィエ、ロゼの四人だ。シエスタとユキヤは職業の特性を活かして隠密行動に移っているし、他の面々は中遠距離戦がメインだから、援護に徹するのだろう。
とりあえずオレは、戦闘の邪魔にならないように入り口の方に向かう。
……もしも本格的にヤバかったら手を出そう。
入り口そばに腰を下ろして戦闘の推移を観察する。
切り込み隊長はシルヴィとライカの超近接戦闘コンビのようだった。片や激しい打撃、片や激しい斬撃を以て攻め込んでいく。
が、自画自賛したいわけではないが、そこは流石オレをコピーしたミラードール。繰り出される拳と刃を受け流し、更にはそれだけに留まらず、受け流すのと同時に、攻撃の為に突き出された腕に打撃を加えている。軽めの打撃だし、ガントレットのお陰でダメージは大したことはないだろうが、塵も積もればというわけで、このまま戦闘が長引くようなら危なくなるだろう。
そんな二人の隙を埋めるように攻撃を挟むのは、オリヴィエ、ミストス、シエスタ、ユキヤ、ロゼ、アナの近中距離組六人だ。
オリヴィエとロゼは闘技大会でも見せた鋭い刺突を、ミストスは魔導鞭の特性を活かした一見イヤらしい攻撃を、シエスタとユキヤは間隙を突くような短剣や小刀での斬撃を、アナは蛇の亜人として備えたピット器官を活用しての狙撃を。
しかしながら、元十傑衆だけ、あるいはユキヤ達だけならともかく、今は、普段の連携に不純物が混じっている状態だ。
全員に集団戦闘の心得があるならば問題はなかったのだろうが、残念な事にユキヤ達……つまり、オレの仲間達にはその心得がない。
故に、キャスタリアとルキナの魔法で援護は出来ているようだが、少しずつ全体のリズムが崩れてきている。なまじ攻撃しているメンバーが多いだけに、誰かの動きが誰かの動きを邪魔して、ただでさえ攻撃を回避したり受け流したりしているミラードールに、大きなダメージは疎か小さなダメージすら与えられていないのだ。
こうなれば戦闘の長期化は必然。
シエスタ達は、すぐにでも全員やられてしまうだろう。
ただ一つ救いがあったのだとすれば、あのオレが……つまりミラードールが、剣の一本さえも携えていない事だろうか。
そもそも、オレは、あの刀以外は抜き身のままでインベントリの中に仕舞っている。これはインベントリから装備してすぐに使えるようにするためだが、だからこそ、普段のオレは徒手空拳なんだ。
それでなくとも、オレだって武人の端くれ。そうであるならばこそ、その場にある全てがオレの武器と言える。
武器を持っていないようで持っている。
それが鬼灯刹華の戦闘スタイルだ。
「……だからこそ、だな」
だからこそ。
だからこそ、今の空手のオレをコピーしたあいつは、限りなくオリジナルの強さに近い。
まあ、素手と武器持ちでどちらが強いのかと言えば、もちろん武器持ちなのだが。
それでも、『武器で攻撃を受け止める』という行為でなく、回避や受け流しといった行為の方が、オレの場合は強い。
それに、あの白銀のオレことミラードールは、相手が敵であるだけに情け容赦がない。
限りなく全力のオレに近いオレを相手するのは、シエスタ達では土台無理だろう。今はユキヤ達という不純物、あるいは元十傑衆という不純物がお互いを邪魔しているから、もっと酷いかも知れない。
きっとオレでも、苦戦する事だろう。
「がっ……!!」
「ぐっ……ふ……!」
ライカとシルヴィがミラードールに吹き飛ばされ、広大であるはずの部屋の壁に叩きつけられた。
これは……壊滅するのも時間の問題か。
しかし、それにしても、なんだってミラードールにオレをコピーさせたんだ……?
あれか、全力のオレと戦ってみたかったからってのもあるのか? まあ、確かに闘技大会の時もなるべく手加減して戦ってたけど……。
母さんが言うには、オレには鬼と同じポテンシャルがあるから、徒人と戦う時は手加減に手加減を重ねて戦わなければならない、らしいからな……。それが不満だって言われたら、まあ、それは仕方ないんだけど。
ともあれ、シエスタ達も今痛感してるだろうな。オレがどれだけ規格外なのか。
あまり自分の力をひけらかすのは趣味じゃないんだが……まあ、本人達が納得してるならいいか。
「ぐ、ううぅぅぅ――っ!!」
シルヴィの悲痛な、叫びにも似た呻き声が部屋中に響いた。見れば、彼女の左腕は何故かだらんと垂れ下がっている。
あれは……いよいよ腕を折られたかな。オレも経験あるけど、痛いんだよな……あれ。
しかし、これはシエスタ達が納得して決めた事だ。オレが手を出さない事にも彼女達は納得しているし、腕の一本や二本、骨の五、六本は覚悟しててもらわないとな。
「……ふむ」
それにしても。
見れば見るほど、限りなく全力のオレに近いな、あのミラードール。
魔物だから『手加減する』とか『容赦』みたいな考えや概念が存在していないのだとは思うが。
シエスタ達には最悪の相手なんじゃないか?
「あ、あのっ、主様!」
「ルキナか。どうした?」
何か用でもあるのか、ルキナがオレを呼びながらこちらへやってくる。
「主様……どうか、どうかお手を貸していただくわけにはいきませんか……?」
「……駄目だ。オレが手を出さないという事で了解を取ってあるはずだ。お前達が全滅しない限りは、オレは手を出さない」
「それは……っ!」
「戦いとは。戦う、という事は、本来それほどの覚悟を持って臨む行為だ。腕の一本、足の一本、内臓一つ。そのどれか、あるいは全てを犠牲にしたとしても、今対峙している相手を下す。そういう覚悟が必要な行為だ。実際シエスタ達はそのつもりだろうし、ユキヤやロゼもそれは理解しているだろう。……茶々を入れるな、ルキナ」
「ですが、主様……!」
「お前はみんなの覚悟を侮辱するつもりか。オレがここで手を出せば、確かにミラードールは倒せるかも知れない。だが、そうしたらシエスタ達の覚悟はどうなる? 腕一本を犠牲にしたシルヴィはどうだ? 隻腕になってなおリベンジしようと喰らい付く彼女を、お前は惨めな存在にしたいのか?」
「それは……。でも、命がなければ、何の意味もありません! 勝つにせよ、負けるにせよ、倒すにせよ、倒されるにせよ、命がなければそれは、無駄な死でしかない!」
「……そうだな。オレもそう思う。オレの故郷は、戦争で戦った味方も敵も全部、英霊として慰霊碑を建てる国だった。だが、何をどう取り繕ったって死は死だ。そもそも戦争なんて無かったならば、どことも知れぬ異国の地に骨を埋める事もなかった。無駄な犠牲だ」
「だったら……!」
「だがな、ルキナ。オレは、国のため家族のため友人のため恋人のためと、覚悟を決めた彼らの高潔な意志までもを無駄だと断ずるつもりはない。それは彼らが、死にたくないながらに、死に恐怖を覚えながらに戦場に立つ為には必要だったからだ。その精神……心までは、無駄じゃない」
「……その、戦争は、どうなったんですか……?」
「どうもこうもない。犠牲を多数出して、他の国をも巻き込んでまでオレの故郷が得たのは、敵国との絶対的な軍事力の差の明確化と、その敵国との和平と同盟、それを受けて犠牲が本当に無駄になったという事実だけだ」
中学生の頃からずっと考えていた。
そもそも、他国に侵攻してあれほどに順調だったのは、単に、当時の相手が弱かったからだ。
それだけで満足していたなら良かっただろうに、なまじ順調に領土を拡大出来たせいで、自分の身には剰りすぎるほどの欲が出た。
その結果があれだ。自分達から戦争を始めておいて属国にならなかったのは、運が良かっただけに他ならない。
ただ、戦うとはそれだけ覚悟が要る事だ。
それは祖国を守らんと戦った兵士達も、シエスタ達も変わらない。その高潔とも言える覚悟には敬意を払わなくてはならない。
だからオレは……オレには、手が出せない。
「……ほら、戦場に戻れ。キャスタリアだけに後衛を任せるんじゃない」
「主様……」
「お前達が全滅するまでは手を出さない……いや、出せない。これは、お前達に敬意を払っているからだ。気にしないなら、オレは既に戦闘に介入してるよ」
「……わかりました。私は戦場に戻ります」
「ああ、そうしろ」
身を翻してキャスタリアのもとに駆けていくルキナを見送る。
厳しいかも知れないが、ルキナには理解が及ばないかも知れないが、これはオレが武人であるが故の事だ。
犠牲は無駄だったと断じても、その覚悟までを踏みにじる事は、何があってもオレには出来ない。
だから……そう、だから。
シエスタ達には、頑張って、あの白銀のオレを倒して欲しい。オレに、その覚悟を、踏みにじらせないで欲しい。
さあ、観戦を続けよう。
今はこれが、彼女達にとって、他の何よりも激励になるはずだ。




