六十四頁目 小部屋の罠
五十層。それは、ダンジョン内の一つの区切りでもある。
ダンジョンに潜る前に聞いた話によれば、このダンジョンは三つのエリアに分けられるらしい。
曰く。一層から五十層までの、ダンジョン外にもいる魔物が出てくる外界エリア。五十一層から八十五層までの、ダンジョン特有の魔物が出てくるローズエリア。八十六層から九十九層までの、ローズエリアで出てくる魔物達の上位存在が出てくる、スカーレットエリア。
当然、階層の数字が多くなればなるほど魔物は凶悪に、強大に、そして知恵を回すようになっていく。
それを如何に突破し、最下層である第百層に辿り着けるか。それが、ローザロッサのダンジョンに挑む冒険者達の、共通の目的にして、競争内容なのである。
もちろん、辿り着くだけでなく、最下層のボスを倒して戻ってくるまでがダンジョン攻略ではあるのだが、百層に辿り着いたというだけでも十分に箔は付く。
ともあれ、この五十層を無事に突破出来るか否かというのは、ある程度の実力の証明になるというわけだ。この先には今まで戦った魔物とは一回りも二回りも違う魔物が現れるというのを考えれば、当然と言える。
「……お、宝箱だな」
五十層のとある通路の先。突き当たりにあったドアを開けてみると、中は小部屋になっており、更にその中央には赤ベースに金色の枠の宝箱が鎮座ましましていた。
そもそも五十層は外界と同じような草原や小川、森林といった要素のあった階層だったのだが、この小部屋はそれがなく、壁や天井と同じ肌色に見える床の上に、およそ不釣り合いとも言える豪奢な宝箱がある。
不自然極まりないし、罠っぽい匂いがプンプンする。警戒しよう。
「メンバーを分ける。シエスタ、シルヴィ、ルキナはオレと中へ。それ以外はここで周辺の警戒と、万が一の時の備えを頼む」
「もう一人、前衛がいた方がいいんじゃないか?」
「……そうだな。それなら、ライカ。お前にしようか」
「ライか! 頑張るぞ、ご主人!」
「ああ、頼むぞ」
これまでの階層でも、幻狼種の特徴である鼻の良さとスピードを駆使して、尖兵として活躍してきた子だ。ちょっと頭が足りない気はするが、そこはそれ。ライカのスピードから繰り出されるクローガントレットの一撃はバカに出来ない。
それに、同じガントレット使いだからか、シルヴィとの相性が頗る良い。
二人でコンビでも組んだなら、片や斬撃、片や打撃で、魔物の対処も楽に出来るだろう。
「キャスタリア、オリヴィエ、ミストス、ユキヤ。お前達は年長者だから、しっかり監督役を頼む。……まあ、年齢を話すなら、ユキヤの次に歳上なのはルキナだけどな」
「そうなのか? ルキナが? アタシらより?」
「ああ。何歳なんだっけか」
「百十歳です、主様」
「百……百ゥ!? じゃ、じゃあ、ユキヤはいくつなんだよ!?」
「私は二百五十歳です」
「二ひゃ……!?」
ミストスはガツガツした性格をしている割には、想定外の事に関してはダメダメらしい。
さっきから、ルキナやユキヤの年齢を聞いて、目を白黒させている。
「二百五十歳に百十歳、ですか。ルキナさんはシエスタと同じくらいにしか見えませんね」
「ユキヤさんは二十歳手前くらいにしか見えませんわね。エルフ種というのは、それが普通なんですの?」
「そうですね。これが一般的です」
「……なあ、それはいいから宝箱開けに行こうぜ。私、結構楽しみなんだよ」
焦れた様子でシルヴィが口を挟む。
まあ、年齢や種族云々の話は休憩の時なんかに話せば良いわけだしな。
それに、宝箱はオレも楽しみだ。
「待たせて悪いな。じゃあ、そういう事で。行こうか」
シエスタ、シルヴィ、ライカ、ルキナの四人を連れて、小部屋の中に入る。と、いきなり出入口であるドアが『バタン!』と閉まってしまった。
「クソ……閉まっただと!?」
閉まったドアのドアノブに手をかけてみるが、開く様子がないどころか、ドアノブが回りすらしない。
それから、殴ったり、蹴ったり、タックルしてみたり、シエスタに罠の類がないか調べてもらったりしたが、どれもこれも効果はなかった。
魔力の残滓も感じないし、何らかの物理的な手法によって閉じ込められたと考えられた。
「……ふむ。今までこんな罠ってあったか?」
「いやぁ、記憶にねえな……」
「……ん。でも、閉じ込めるタイプのトラップは珍しくない」
「そうなのか」
シエスタはシーフ職としては一流だ。
そのシエスタが珍しくないと言うという事は、こういう罠はままあって、何かの要因でロックが解除されるんだろう。
とはいえ、今のところこの小部屋は、真ん中に宝箱があるだけの殺風景な部屋でしかない。
オレの眼からしてみても、スイッチやレバーの類は壁にも床にも天井にも見当たらない。
となれば。
「宝箱を開けてみる他には、ないな」
「……ん。私がいく」
「ああ。オレ達は周辺警戒をしよう」
宝箱の罠解除やロックピックなんて地味なもので、見ていたって面白くはないだろうし、それなら周囲を警戒した方が建設的だ。
「どうだ、シエスタ。開きそうか?」
「……ん。シルヴィも私の腕は知ってるはず」
「そりゃ知ってるが、もしかしてって事もあるだろ?」
「……確かに私の仕事は地味。でも、普通の前衛や後衛には到底出来ない技術職。崇められはすれ、侮られるのは心外」
シエスタ……お前、長文を話せたのか!
「……師匠から失礼な視線を感じる」
申し訳ない。
いや、別にバカにしてるんじゃなくて、ただ単に、長文も話せたんだなって感心の方が強いんだ、うん。
「……ん。開いた」
カチャリ、という音の後にシエスタの言葉が続く。
更にシルヴィの『おお……!』という感嘆が続いたが、そのすぐ後に魔力の流れを感じ、宝箱を中心にして幾つかの魔法陣が出現した。
「戦闘体勢!」
オレの声に、シエスタ達がそれぞれ武器を取り、ピンと張り詰めた空気が流れる。
現れた魔法陣からは、大柄な、体長四か五メートルくらいはありそうな、手に大木を削り出して作ったような棍棒を持った猪頭の巨人が現れた。
その総数は八体。
残念ながら、今までに見た事のない魔物だ。
「こいつら……何だ?」
「スレッジオークだ! 普通は五十層なんかには出てこねえ! ギルドの情報じゃ、七十層以降に出現するはずの魔物だ!」
「……前から気になってたんだが、なんで六十五層以降の情報があるんだ? 実は、もう百層まで攻略した奴がいるんじゃないのか?」
「んなもん、私らが知るか――よっ!」
言葉と共にシルヴィがスレッジオークのうちの一体に踊りかかり、膝を目掛けて拳を振るう。
まあ、そりゃ知らないよな。
「ところで、この魔物喰えるか?」
「知らん! だけど、オークの上位種だから喰えるはずだ!」
「そうか。ルキナ、ライカ。奴らの首を狙え。肉が増えるぞ」
「肉! ライは肉喰うぞ!」
「私はお肉は凄く好きってわけじゃないですけど、頑張りますね」
肉という単語に眼を輝かせながらスレッジオークに踊りかかるライカと、対照的に淑やかなままのルキナ。
ふと、シエスタがどこに行ったのか気になったが、見れば、人知れずスレッジオークの首元に登り、手にした短剣を頚椎に突き刺していた。
あの殺し方……アリだな。別途血抜きする必要があるが、やりやすくなるのは間違いない。
まあ、そうは言っても。
「オレはお前らの首を斬るしか出来ないけどな!」
インベントリから黒刃の大剣を装備して、『天駆』スキルを使って中空に移動し、一振りにスレッジオークの首を断ち斬る。
首を斬ったスレッジオークはインベントリに収納して、次の奴の首を狙う。
「なあ! 私は打撃しか出来ないけど、良いのか!?」
「別にいいんじゃないか? 肉は叩くと柔らかくなるし、それもアリだろう」
シルヴィの、ある意味的外れな質問に答えておく。
スレッジオークの肉が既に十分に柔らかくなる可能性もあるが、まあ、別にいいか。
ルキナは魔法の風の刃を放ってスレッジオークの首を刈り取り、ライカはクローガントレットの爪をスレッジオークの首に突き刺した後にかっ捌いている。
シエスタは相変わらず頚椎を突き刺し、その後で脳天を突き刺して、そのまま短剣をグリグリと捻っていた。
うわぁ、すっげえ痛そう。いや、もう死んでて痛覚なんかないかも知れないけど。
「……とりあえず、インベントリに仕舞っとくか」
倒されたスレッジオークを片っ端から収納していくが、魔法陣は未だに発動しており、次から次へとスレッジオークが追加されていっている。
「追加の肉……ああいや、スレッジオークか。何体出てきても同じだと思うが……まあ、いいか」
追加された分のスレッジオークも、どんどん殺してインベントリに収納していく。
そうしてスレッジオークを倒し続け、いよいよ追加のスレッジオークが出てこなくなる頃には、オレ達宝箱回収班は疲れ果てていた。
出てきたスレッジオークは、追加分も含めて百六十体にも及んだ。
一体一体の処理は楽なものだったとは言え、疲れるはずである。




