六十三頁目 五十層攻略、開始
「なあ、セツカよぉ。アタシらがいない間、キャスタリアと何してたんだ? あ? アタシらに教えてみ?」
用意した間食用の串焼きを頬張りながら、イヤらしい笑みを浮かべたミストスが尋ねてくる。
多分ミストスの中では、二人きりだったオレとキャスタリアの間で、睦言のようなものが交わされているんだろう。
その辺りは、口調は多少乱暴とは言え、女の子という事かな。
「何をしていたか……か」
「おう。何してたんだ?」
ニヤニヤとイヤらしい笑みのままでミストスが再び尋ねてくる。
「ミストスは何をしていたんだと思う? なんなら、百聞は一見に如かずとも言うし、お前とオレで実際にやってみてもいいな?」
「いっ……!?」
ニヤッと口角を吊り上げながらミストスに視線を向けると、彼女は一気に顔を真っ赤にして言葉に詰まっていた。
「どうした、ミストス。お前が構わないなら、オレは問題ないぞ?」
「やっ、いやっ、やめとく! うん! そういうのは、ほらっ、な? もっと、親密になってからっていうか……な!?」
トマトかイチゴか、はたまたポストか。
顔だけでなく、耳や首まで真っ赤にしながら、あたふたとミストスが言う。
「一度は戦ったし、一緒に食事もした。オレはこちらの常識には明るくないが、問題ないんじゃないか?」
「それは……そうだけどよぅ……」
「なら良いだろ?」
「いや……あの、その……だから……えっと……」
「――まったく。セツカさんも、あまり苛めないであげてください」
「悪い悪い。ミストスの反応が可愛くて、ついな」
見るに見かねたキャスタリアの言葉に一応謝っておく。
なんて言うか、こういうのは新鮮だからな。
日本にいた頃は女の子と言えば大体が門下生か、あるいは近所の、下は幼稚園から上は高校生までの女の子くらいだったし、こっちの世界に来てからもユキヤ達はこういう反応はしないしな。
恋の話なんかロクにした事ないし、オレの同期や先輩後輩には、露骨な下ネタで赤面してあたふたするような女子はいなかった。
いや、むしろ、下ネタを振られるのはいつもオレの方だったな。『いつも仏頂面だから』とかいう理由で、よく振られたもんだ。
「か、からかったのか!?」
「いや、悪い。ミストスがこういう話に耐性がないとは思わなかった」
「ミストスは意外と初心だからな。私はまあ、それなりだけど。オリヴィエはどうだ?」
「貴族たる者、下世話な話も笑って流すくらいの度量は必要ですわね」
「シエスタとキャスタリアはどうだ?」
「……ん。問題ない」
「あまり得意ではありませんが、ミストスのように慌てる程ではないですね」
なるほど。ミストス以外は下ネタに耐性があるわけか。
シルヴィは、どちらかと言えば自分から振りに行く感じがするな。会社の、面倒見が良い姉御肌の女先輩って感じかな。
「ユキヤ達は……まあ、言わずもがなか」
下ネタなんぞには動じないであろうユキヤとロゼ、むしろ自分から振りにいくが実際は恥ずかしい耳年増アナ、そこまで考えないライカ、気にしてないフリして滅茶苦茶気にしてるルキナ、といったところか。
誰をとっても、ミストスのように慌てる事はしないだろう。
「それで、実際は何をしていたんですの?」
「男女が二人きりと言えば――」
「それはもういいです。セツカさんには、無詠唱で魔法を発動するためのアドバイスをいただいていたんですよ」
もう少し引き延ばしてやれと悪戯心を発揮して口を開いたオレを遮って、キャスタリアが事実だけを淡々と語る。
「無詠唱、ですの?」
「はい。私達がセツカさんと戦った闘技大会で、セツカさんは詠唱せずに魔法を使っていましたよね?」
「……言われてみればそうだな。キャスタリアは詠唱破棄だったか」
「はい。なので、無詠唱のやり方をご教授いただいていた、というわけです」
「なるほどな。それで……出来たのか?」
「まあ、一応は。あとは練習あるのみですね」
そう告げるキャスタリアの表情は、わかりにくいが、シエスタと同じような仏頂面ではなく、少し得意気な色を見せている。
まあ、詠唱せずに魔法が使えるのは嬉しいだろうなぁ。
「……さて、そろそろ行くか。今日中に五十層まで降りておきたい」
「大丈夫ですか? 随分と強行軍になっている気がしますが……」
「最大目標は初回踏破だしな。一日のうちに行けるところまで行っておくってのは、潜る前から決めてたんだ。……ああ、でも、疲れたなら疲れたって、遠慮なく言ってくれ。どうせ日暮れまで数時間だし、予定は変わらないから」
オレの言葉に、みんなは『まだ平気だ』と言うように頷きを返した。
それは重畳。では、行こうか。
◆
四十八層、四十九層は魔物も特に代わり映えする事なく、設置されたトラップはシエスタのシーフ技術とライカの鼻で突破し、たまに冒険者パーティを見かけては劣勢なようなら声をかけて助けに入ったりする。
正直言って、今まで通ってきた階層とやっている事は何も変わらない。
まあ、ハッキリ言ってしまえば過剰戦力というヤツだ。元十傑衆の面々は当たり前に強いし、ユキヤ達だって、多少劣りはするが戦力にならないというほどではない。おまけにオレだ。
魔物から『お前ら強過ぎるんだよ、手加減しろよ!』なんて言葉が飛んできても、文句は言えないだろう。
……そう言えば、人語を話せる魔物っていうのは存在するんだろうか。
それは最早魔族な気がするが、もしいるなら見てみたいものだ。
「――で、五十層に来たわけだが。キャスタリア、何か気を付ける事なんかあるか?」
「事前に話した通り、五十層はボスフロアです。なので、気を付けるとすればそのボスでしょう」
そう。
このダンジョン、実は五層ごとにボスフロアがある。とは言っても、五層で中ボス、十層で大ボスという構成の繰り返しなので、最初こそ驚きはしたものの、最早慣れたものだ。
現在五十層。つまりは大ボスフロア。
ついでに、この五層ごとのボスフロアの区切りは、冒険者達としてもありがたい事のようで、自分は二十層のボスを倒したとか、三十五層のボスはなんだったとか、冒険者達の実力を測る、ある種の物差しの役割を果たしているらしい。
ギルドが定める冒険者ランクよりも、ある意味正確で評判だとシルヴィが言っていた。
さりとて、ボスフロアと言っても、そこに繋がる階段を降りたら目の前にボスがいます、というわけではない。
それまでのダンジョンの様相を残しつつ、次の階層に行く為の階段の前にボス部屋がある。そういう構造になっている。
階段を降りてすぐにボス戦ではない以上、一旦引き返して、万全を期してから挑む事も出来るわけだ。
「五十層のボスは……なんだ?」
「ミラードールですね。白銀の、木人形のような見た目ですが、正面に立った人間の姿をコピーして、戦闘スタイル、ステータス、スキルが全く同じになる魔物です」
人形なのに魔物なのか。
「キャスタリアは戦った事がある……んだよな?」
「はい」
「攻略法は?」
「私はソロ攻略でしたが、パーティ攻略なら、そのパーティの中で一番弱い人をとりあえず正面に立たせて、コピーしたところを叩く……という事が出来るでしょう」
「味気ないが……まあ、確実ではあるか」
こう言ってしまうと元も子もないが、要するに弱いもの苛め戦法だ。味気無かったり、後味が悪い事を除けば、確実な戦法と言えるだろう。
「まあ、とりあえずこの階層を隅々まで探索するところからだな」
「そうですわね」
「だな。ボスは最後だからな」
話を切り上げて、早速五十層の攻略に取り掛かる。
気が早い話だが、キャスタリアの話では五十層は区切りの階層で、以降は更に強い魔物が出てくるという事だったし、早く行きたいものだ。
待ってろ、百層にいるらしいドラゴンよ。




