六十二頁目 キャスタリアと魔法の練習
「退屈だな」
「……ええ、そうですね」
オレのぼやきにキャスタリアが物凄く不満そうな声で同意する。
元という文字が付くとは言え、『最強の魔導師』を名乗っていた彼女にしてみれば、今オレがやっている事が不満で仕方ないのだろう。
「不満そうだな?」
「当たり前じゃないですか。薄く魔力を放出して簡易的な結界にし、網に引っ掛かった魔物を自動で発動した魔法が倒し、それを回収する。……こんなの、私じゃ出来ません」
「そうか?」
キャスタリアは十八歳という若さながら、主要な七属性のうち地水火風の四属性を扱える優秀な魔導師だ。……ちなみに、普通の魔導師はメインとなる属性を一つとサブの属性を一つくらいしか扱えないらしい。
そんな彼女だから、これくらいは普通にこなせるだろうと思ったのだが、『無理です!』と今にも泣きそうな顔で否定されてしまった。
どうにも、自動で魔法を発動させるのが難しいらしい。
魔力を薄く放出するのも自動で迎撃するのも一つの魔法のうちだから難しくはないんだが、キャスタリアには難しいんだろう。
「……で、今どれくらい潜ったんだったか」
「四十七層です」
「随分潜ったな……。道理で疲れるわけだ」
「そうですか」
キャスタリアの反応はそっけない。
多分、ここまで来るのにかなりの魔力を使っているはずなのに汗の一つもかかずにいるオレに納得がいかないんだろう。
そんな顔をされても、物は試しとやってみた事が上手い事出来ただけだから、あんまり恨まないで欲しいんだけども。
ちなみに、現在はキャスタリアとオレだけで、魔物の密度が少ない場所に陣取って休憩している。他のメンバーはと言えば、魔物を狩りに行ったり、階層を探索して宝箱なんかを探しに行ったりしていた。
「……あの、セツカさん」
「なんだ?」
「その……私に魔法を教えてはいただけないでしょうか」
「だが、キャスタリアは既に一廉の魔導師だろう。オレみたいな素人に教わるより、グロリアにでも師事した方が建設的だと思うけどな」
「専属魔導師であるグロリア様にお会いした事はありますし、憧れてもいます。ですが、私が気になるのは、どうすれば無詠唱で魔法を扱えるようになるのか、です」
「ふむ……」
彼女が知りたいのは、オレがやっている魔法の発動方法……即ち、イメージを具現化して発動とする魔法の事だ。
とは言え、やり方自体はそう難しくない。
「魔力は操れるか?」
「え……? えっと、多少なら」
「そうか。どれくらいの事が出来る?」
「どれくらい、というのは……?」
「例えば、小物を持ち上げるとか、ドアノブを回すとか、剣を振り回すとか」
「そんな事出来ませんよ……」
「そりゃ残念だ」
「でも、魔力を一ヶ所に留めるとかなら出来ますよ」
「それが出来れば十分だな」
魔力を一ヶ所に留められるなら話は早い。
無詠唱で放つ魔法というのは、簡単に言えば、頭の中のイメージを魔力を媒介に現出させるだけで良い。
まあ、言うは易し行うは難しで、実際にやろうと思うと意外に難しいんだが。
「キャスタリア、得意な属性は?」
「火属性です」
「ふむ……。それなら、初歩中の初歩である、ファイアボールで特訓するか」
火属性をメインに使うなら出来て当たり前の初級魔法である『ファイアボール』。
今回は、わかりやすくて簡単なこの魔法で特訓するとしよう。
「まずは魔力の操作からだ。利き手の手のひらを上に向けて、そこから少し浮いたところに魔力の球を生成してくれ」
「……なかなか難しいですね」
「そうか? ……まあ、そうか」
中国の拳法や武術も取り込んだ鬼灯流武術は、気だの勁だのの修練もしてたから、その分オレはいくらか進んだ場所からやってるんだろうな。
それを思えば、こういうのは普通の奴には難しいんだろう。
「……ほう。上手い事出来てるじゃないか」
難しいとは言ったものの、そこは流石最強の魔導師といったところか。キャスタリアは多少難儀しただけで、右手の手のひらに魔力球を生成する事が出来た。
教え子が優秀だと教導役は楽が出来て良いな。
「よし。次はイメージだ。下級魔法のファイアボールなんて久しく使ってなくても仕方ないが、今作った魔力球がそのまま火球になるようにイメージするんだ。難しければ眼を瞑っても構わない」
「魔力球を……火球に……」
キャスタリアが眼を瞑ってイメージに専念すると、魔力球の下の方からチリチリと燃える火が、少しずつ少しずつ上に上がってくる。
うんうん、最強を名乗るだけはあるな。
イメージなんて結局は不確定なものだし、出来なくて当たり前なんだけど、キャスタリアは中々の素質を持っているみたいだな。
まあ、今だけ出来たって仕方ない。
これから毎日反復に反復を重ねて、魔力球の生成から火球の構築に移行するんじゃなく、魔力球を生成したそばから火球の構築が出来るようにして、最終的には動きながらでも、少し思考するだけで火球を作り出せるようにしてもらわないと。
そうすれば魔導師の戦い方は革新される。
今までは立ち止まり、後衛に回って戦わなければならなかったが、ソロで戦う事が難しくなくなるからな。
その一人目として、キャスタリアには頑張ってもらおう。
「……はぁっ……はぁっ……!」
「どうした? 半分も火球になってなかったぞ」
「くっ……下級魔法なのに……!」
イメージに頭を使って疲労したらしいキャスタリアが、息を切らせながら苦い顔になる。
「……キャスタリア」
「なん、ですか……」
「焚き火を見た事はあるか?」
「……当然です」
「ふむ。では、焚き火を焚き火たらしめる為には火が必要なのだが……はて、その火はどんな風に燃えるのかな? 上から下へ? 下から上へ? それとも渦巻くように? 流れを持つように?」
「……………」
「イメージとは、即ち記憶……思い出だ。お前が見た焚き火や火球は、どんな風だった? 何もない状態から火球を作れと言ってるんじゃない。初めて魔法が使えるようになった頃、ファイアボールだって何度も練習したのではないかな?」
「記憶……私の記憶の中の、ファイアボール……」
「引き出すんだ、記憶を。お前の頭に刻まれたファイアボールが、そのまま手の上に現れると考えてみろ」
「ファイアボールを……そのまま……」
キャスタリアが呟くように言った途端、ボッ、と燃え上がる音を立てて、彼女の右手のひらに火球が現出する。直径は三十センチほどで、火球の上の方はゆらゆらとくゆる炎になっている。
「……出来、た……?」
「ああ、上出来だ。それにしても、初めてでオレの考える最終形一歩前くらいまで来るとは。流石は元十傑衆だな」
「元、ですけどね」
少し得意気な顔になったキャスタリアが、皮肉を込めて言う。
へえ、そんな顔も出来たんだな。
てっきり、頭の堅い委員長タイプの人間かと思ってたから、ちょっと意外だ。
「あとは反復練習だな。上手くやれれば――」
そこで言葉を切って、闘技大会でも見せたフェンリルを生成する。
「こういうのも作れる」
「……それ、氷魔法ですよね? まだ誰も成功した人間のいない、複合属性魔法……。どうやってるんです?」
「教えてもいいが、キャスタリアには無理だぞ、この魔法は」
「何故ですか! 無詠唱でファイアボールを発動出来たんだから、やれるはずです!」
怒りを孕んだ声で、しかし静かにキャスタリアが言う。
しまった、少し言葉足らずだったな。
昔から母さんに『坊やは少し言葉が足りん部分があるのう』って言われてたのを忘れてた。
「個人の技量で可能か否かという話ではないんだよ、キャスタリア。だから、そう気を悪くしないでくれ。言葉足らずだったのは謝る」
「個人の技量では無理というなら、何をどうすればいいんですか!?」
「……じゃあ、実際に氷魔法を生成するところを見せよう」
「お願いします」
キャスタリアの言葉に頷いてから、ユキヤを拾った晩にした実験のように、水、風、闇の三属性を組み合わせて氷塊を作り出してやる。
彼女は優秀な魔導師だから、一行程一行程をきちんと見せた今の状況なら、それが一体何をしているのか理解出来るだろう。
「理解出来たな?」
「……はい。悔しいですが、私には闇属性は扱えませんから、氷魔法は諦め――」
と、そこで、不意にある事を思い付く。
この方法なら、あるいは可能かも知れない。
まあ、ちょいと面倒だが。
「キャスタリア。付き合ってくれ」
「は……え? あ、あのっ、私そんなっ」
「いや、悪い、そうじゃなくてな。実験したい事があるんだ」
「……………」
照れたようにあたふたしながら頬を紅潮させたのから一転、絶対零度のような極寒の無表情へとスイッチするキャスタリア。
悪かったよ、紛らわしい言い方して。
だからそんな怖い無表情で見つめないでくれよ。少なからず好意は持ってるんだ。それで手打ちにしてくれ。
「まったく……二度はありませんよ」
「悪かったよ。で、実験なんだがな、まずはさっきオレがやった行程をやってみてくれ」
「ええと、こうですね。でも、私は闇魔法の心得はないので、この先は無理ですよ?」
「わかってるよ。本題はここからだ」
表面だけが凍りついた水球を見ながら、やはりキャスタリアは優秀な子だと再認識する。
さて、錬成術が普及しているこの世界なら、当然割合の概念もあるだろう。
「キャスタリア。今からオレがその水球に闇魔法を流し込むから、流し込まれた力に応じて水と風の力を弱めてくれ」
「わかりました」
「じゃ、いくぞ」
水球に手をかざしながら闇魔法を三割ほど流し込む。それに応じて水と風の力が弱まり、水球が完全な氷塊へと変化していく。
うん、問題ないみたいだな。
オレが立てた仮説の通り、発動者自身の魔法じゃなくても複合属性魔法は発現させられるようだ。
「これは……!」
「実験は無事終了、だな。いや、楽しい実験だった」
「あの、セツカさん。これは、公表はしないんですか? というか、冒険者ギルドにでも氷魔法のやり方を持ち込めば、半世紀くらいは遊んで暮らせますよ」
「……半世紀、って何年だっけか」
「五十年ですよ」
「ふーん……。まあ、それはそれで楽しいんだけどな。他の誰にも使えない力を持ってるってのは、それだけで優越感あるし、いたずらに明かすつもりはないかな。研究者の立場を消し飛ばす趣味もない」
「……欲がないんですね」
「それは違う。金は欲しいし良いとこに住みたいし良い服も来たい。褒めてもらえるなら褒めて欲しいし、褒美が貰えるなら遠慮なく貰おう。好きな女はモノにしたいし、ハーレムにも憧れがあるからしてみたい。享楽に身を委ねて生きられるなら、それを選ぶさ」
「なら……何故ですか?」
「わからないか? オレが今言った事は、全部オレ自身の努力でどうとでも出来る事だ」
金が欲しいなら稼げばいい。
良いとこに住みたいなら、稼いだ金を使って屋敷でも買えばいいし、服もまた然り。
褒めて貰いたいならそれに見合った活躍をすればいいし、そうすれば褒美だって貰えるだろう。
好きな女をモノにしてハーレムを作りたいなら、女を口説いて惜しみ無い愛を注ぐように努力すれば問題ないだろう。
つまり、早い話が
「他者を蹴落とさなきゃ掴み取れないなら、要らない」
という事だ。
もちろん綺麗事だし、知らず知らずに蹴落としてる事もあるだろうが、そんな事にまで気を回してはやれない。
蹴落とされたくなければ、努力するしかない。
それが嫌なら、燻っていればいいんだ。
「そもそも、他者を蹴落として掴み取れるものなんて、そうしなくても掴めるものばかりなんだよ。そんなものの為に他者を蹴落とす趣味は、さすがに無いな」
「清廉で高潔な人なんですね」
「そう在りたくて、そう在ろうともがいているだけだ。オレは……人にはなりきれないらしいからな」
「それは……一体どういう――」
「さて、どうやら探索を終えて帰って来たらしい。疲れてるだろうし、間食の時間にしよう」
キャスタリアの声を遮ってわざとらしく言う。
聡明な彼女の事だから、これ以上は踏み込んでは来ないし、オレから明かそうとしない限りは黙っているだろう。
まだだ、まだ駄目だ。
この世界で『鬼灯刹華』という人間を確立させるまでは、相手が誰であれ、オレの正体は明かせない。
まあ、そもそも『オレ、鬼と人間のハーフなんだよね』などと言って誰が信じるのかとか、鬼なんて言葉が通用するのかとか疑問はあるが。
……さて。
帰って来た連中のために色々出しておくかな。




