六十一頁目 ダンジョン前の談笑
結論から言わせてもらおう。
今、物凄く居心地が悪い。
と言うのも、だ。
三日前の約束の通りに、我々ホオズキ男爵一行は十傑衆女性陣と確かに待ち合わせを果たし、さあダンジョンに潜ろうかと、いくらかの会話を交わしながらダンジョンの方へ向かった。
そこまでは良かった。
そもそもオレはユキヤ達も十傑衆の面々も恋愛対象としては見ていないし、どちらかと言えば、彼女達に対する感情は、日本にいた頃の道場の女門下生に対するものと同じだ。
つまり、彼女達は今のところは、教え導くべき子らであって、恋慕の情など微塵もないのである。
が、飽くまでそれはオレの感情だ。
ローザロッサのダンジョンは冒険者ギルドの管理の下に専用の受付カウンターが設置され、野良でパーティを組みたい奴等がメンバーを募集していたり、パーティの荷物持ちをするポーター達が自分達を売り出していたりする。
そんな場所なもんで、そりゃあもう人が多い。
老若男女、とまでは言わないが、男も女も、下はほんの十数歳くらいの子供から、四十を超えるやといった中年の姿まである。
つまり、今現在ハーレムを形成しているオレは、非常に目立つのだ。
「……しまったなぁ。これならダンジョンの中で合流する事にすれば良かった」
しかし、なんと愚痴ろうとも時既に時間切れ。
頭の悪い話ではあるが、この視線達を耐えなければならないわけだ。
「どうされたのですか、セツカさん。苦痛に耐えるような顔をされていますが」
「いや、気にしないでくれ。自分の浅はかさを恨んでいるところだ……」
キャスタリアが心配そうな声音で声を掛けてくれるが、申し訳ないが今はやめて欲しい。
ああほら、男共の視線が痛い。
「キャスタリア、そっとしといてやれ。私らはセツカを除けば全員女だからな。さっきから殺意とか羨望の視線がセツカに向いてんのさ」
シルヴィの言葉に全員――ライカを除く――が、納得した表情で頷く。
ただ、ライカはライカで、オレに向けられている視線が面白くないものだと思っているのか、少し不愉快そうにしている。
「……まあ、ダンジョンに入ってしまえばそれどころではなくなるし、我慢のしどころだな」
「モテる男は辛いな、セツカ!」
「ミストス……お前、からかってるだろう?」
「そりゃあな! アタシらは武力じゃ敵わないし、それ以外の部分で攻められるならこれ幸いさ」
「クソ……お前、絶対良い死に方しないぞ」
「望むところだね」
おい、酷い死に方。望まれてるぞ。
「それより、どう攻略する? シエスタ達は攻略経験者だし、五十層に行くまではオレ達が露払いをしても良いが」
「あら、露払いと言うならわたくし達こそが適役なのではなくて?」
「まあ、そりゃそうなんだが……慣れてもらわないとな。このダンジョンに」
そんなに頻繁に潜るつもりはないし、慣れるもクソもないかも知れないがそれはそれ。
ダンジョンの空気はともかく、ルールについても慣れてもらう必要がある。
昨日の段階で、調べておいた『ダンジョンでのマナー』については、ユキヤ達には既に話してある。
まず、他のソロ冒険者、あるいはパーティが対峙している魔物は、救援要請がない限りは基本的には手出し無用。つまり、専門用語で言うところの『横殴り』は禁止だ。
ただ、中には意図して魔物を連れてきて他のパーティに擦り付ける、いわゆる『トレイン』などもいるが、その場合は倒してしまっても構わない。
また、倒した魔物は如何なる場合であっても倒した冒険者、ないしパーティに所有権が存在する。要は、救援要請をして倒してもらったとしても、それまで戦っていた冒険者、ないしパーティは、その素材を剥ぎ取る権利を持たないという事である。
早い話が、『そんなに素材が欲しいなら頑張って自分(達)で倒そうね』と、そういうわけである。
まあ、ユキヤ達は……若干一名怪しい奴はいるが、みんな頭が良いし、弁えているから問題ないとは思うが。
ただまあ、百聞は一見に如かずと言うし、聞くのと実際にそういう状況になるのとでは違うのだ。
「それにしても、随分と人が多いな」
「……ん。ダンジョンは力試しにもなるし、儲かるから、挑戦者は多い」
「毎日こうなのか?」
「……ん。極端に少なくなる事はない」
相変わらずの無表情でシエスタが答える。
儲かるなら、確かに挑戦する奴は後を絶たないだろうな。
お陰様で、手続きを待つ冒険者の列がじわりじわりとしか動かないし、周りの男は相も変わらずオレに視線を向けてくるし、散々だ。
だが……いや、まあ、オレも男だ。
シエスタ達もユキヤ達も、まず間違いなく美人と美少女の集まりであるのは理解している。
そんなのを引き連れていれば、そりゃあ羨ましいだろうし、憎しみで人が殺せたならばと視線を向けてくるのもわかる。
だからまあ、同じ男として、甘んじて受け入れるしかないわけだ。
「……ところで、セツカさん?」
「あん? どうしたよ、オリヴィエ」
「なんと言いましょうか、少し……その、雰囲気が変わりましたか?」
「変わったって……どんな風に?」
「いえ、なんとなく……本当になんとなくなのですが、三日前よりも柔らかくなった、とでも言いましょうか……」
「……まあ、この大陸はオレにとっちゃ異郷だしな。お前達はもちろん、ユキヤ達にも警戒心バリバリで過ごさせてもらった」
「ユキヤさん達にもですの?」
「未知のものを警戒するのは当たり前だろ?」
「そう、ですけれど……ユキヤさん達とは長い付き合いなのでは?」
「いや、全然? 一番長いので……ロゼか。それでも三週間も経ってないよな」
「はい。マスターと私が初めて出会ってから、大体二週間前後、といったところです」
ああ……懐かしきかな、王都。
あの時のコマンダーウルフ……三匹とも殺して肉と金にしておくんだったなぁ。あの二匹を見逃してやるんじゃなかった。
そうすれば、今より多少は懐が温かかったし、食料……には今も別に困ってないけど、旅の道中での余裕は、もっとあっただろう。
「二週間前後なのに、そんなに信頼を?」
「別に信頼じゃないぞ。ロゼは奴隷だからオレに従ってるだけだろう」
「まあ、最初はそうでしたね。マスターなどと呼んではいましたが、別に信用していたとか、信頼していたとかではないです」
「ん? じゃあ、なんでセツカの奴隷になったんだ?」
「成り行きですね」
「そうだな。……二週間くらい前に、王都に魔物が侵入した話は知ってるか?」
オレの問いにシエスタ達が頷く。
「あの時、オレはちょうど、王都から再び旅に出ようとしてたんだ。そんな時だったな、お前と出会ったのは」
「……はい」
「ガラの悪いご主人様に鎖で繋がれてたんだが、どうした事か地面に座り込んでてな。ご主人様が『さっさと立て』って言ってるのを……なんて言ってたっけな」
「……すみません、マスター。どうやら足を捻ってしまったようです」
「ああ、そうだった。で、その自称足を捻った奴隷とご主人様を襲った魔物を撃退した……までは良かったんだが」
「はい。軟弱な事に、前マスターは私を一人置いて逃走したのです」
「で、仕方ないからオレが拾って、名前を付けてやって、今に至るというわけだ」
話を聞いていたシルヴィ達が口をぽかんと開けている。なんだ、なんか変な話をしたっけか?
「……で、では、他の方々は?」
「他? ユキヤはまだロゼと二人旅だった道中で拾って……ライカ達三人はオルトーラで買ったな」
「その節はお世話になりました、主」
「道端に銀色の物体が転がってんのを見た時は、一体この大陸はどうなってんだと我が目を疑ったがな」
「無様を晒しました……」
「ライカ達はどうなんだ?」
「ライカとアナは、オレがオルトーラで戦ってるのを見たらしい。だよな!」
「あい! ご主人、強かった!」
「……私はライカについて行っただけよ」
「で、オレの強さがライカのお眼鏡に適って、こいつらがいた商館に連れて行かれたんだ。二人とも問題児って話だったがな」
とはいえ、話を聞く限りでは問題児になるのも致し方なかったとも言えるのだが。
「ルキナは、その時商人に『他に対処に困ってる奴隷はいるか?』って聞いたら紹介されたんで、ライカ達と一緒に買った。それだけだ」
「それだけって……」
「普通はハーフエルフなんて、買わないと思うんだけどな……」
「なんだ。もしかしてお前達も、ハーフエルフに良い印象持ってないのか?」
問い掛けに、シルヴィ達が気まずそうな顔をする。
シエスタは……そうか、親があのシグナート伯爵だもんな。
「んー……例えば、だな。シルヴィ。お前の親父さんはローゼンクランツ家の直系か?」
「あ、ああ。そうだけど……」
「じゃあ、母親は別の家から来たんだな」
「うん。それがどうかしたか?」
「どうかしたかも何も、お前だって混血じゃないか。違うとは言わせんぞ」
「…………は?」
「ローゼンクランツの血と、そうじゃない人間の血が混ざって出来たのがお前だ。違うか?」
「……あー、なるほど? 言われてみれば、私らだって混血か」
オレの言っている事が理解出来たようで、うんうん頷いているシルヴィ達。
とは言っても、この理論ってかなりゴリ押しの理論だから、適当感は否めないんだよな。
「……ん。お父様と同じ。流石師匠」
「そうらしいな。……っと、列が動き出したな」
受付に人員の補充でもあったのか、人の列が急に動き出した。この分なら、想定していたよりも早くダンジョンに潜れそうだ。
はてさて、どんな食材……もとい、魔物がいるのやら。




