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六十頁目 十傑衆打倒のその褒賞


 ベルモットにハンバーグを教えた更に翌日。

 シエスタを通して促されていた十傑衆打倒を成したご褒美を何にするかを決めて、シグナート伯爵邸へとやってきている。

 まあ、それもこれも、昨日買った屋敷が要因なのだが。

 さて、では一体何を望むのか、という事だが、オレが今の状況で望むのは『使用人』である。もっとも、単なる使用人ではなく、オレやユキヤ達が不在の時に屋敷全体と屋敷の使用人を管理する人間だ。

 これは持論ではあるが、何かを纏める、管理するという事柄に対して適性があるのは、男性よりは女性の方であると考えている。もちろん男性の中にもそれに適性を持った人間はいるだろうが、こと責任感という面に()いては女性の方が当てはまるだろう。

 何せ、家庭を持てば大体の場合に於いて家の事を担当するのは女性になるのだ。家事能力はもちろんの事、そういった仕事に対する責任感がなければ、家庭など、まず崩壊してしまうだろう。

 だからこそ、女性が良い。

 それでなくとも、今のところ、オレを除けば男は一人もいない。ユキヤにも女の事はわかるだろうが、街に住むとなればユキヤの二百五十年の経験も果たしてどれだけ役に立つか。

 つまり、ロゼ達奴隷組にとっての母親代わりになる人物こそが相応しい。というのが、個人的な思いである。


「――とまあ、そういった人材が欲しいのですが、頼めますか?」

「……ふむ。家事が出来て責任感があり、幼い子らの母親代わりともなり、信用、信頼の出来る女性か」

「都合していただくのは一人で構いません。広い屋敷ではありますが、あとは奴隷でも買おうかと思っています」

「なるほど。……まあ、それが望みだと言うのなら私は問題ない。が、十傑衆を打倒した人間に与える褒賞にしては、弱いな」

「弱い、ですか」


 シグナート伯爵が言うには、十傑衆の打倒は国力を揺るがすほどの事らしい。まあ、仮にも最強と呼び称された十人だったのだし、理解は出来るのだが。

 ただ、そうは言われてもこれ以上は思い付かないというのが事実だ。

 そもそも今回持ち込んだ管理人の話にしてみたって、必要に迫られてという形で持ち込んだだけに過ぎないのだから。

 金には困ってない。明日にはダンジョンに潜るし、そこで得たものはエルティセルが買い取ってくれる手筈だ。

 爵位も必要ない。現状、面倒事には巻き込まれない名誉爵位だ。今以上の爵位を手に入れたら、その爵位に応じた義務と責任が付きまとう。そんなのは御免蒙る。

 婚約者というか、嫁も今は要らない。屋敷を買ったとは言っても、どうせまた旅人になるんだし、道中で魔物や盗賊団の討伐もするはずだ。そんな危険な旅に、どうして嫁や婚約者を連れて行けようか。

 そうなると、最早思い付くものがない。奴隷にしたって自分で買えばいいし、使用人なら奴隷をそれにすれば済む話だ。あと必要なのは屋敷の門番だろうが、冒険者や傭兵から奴隷に落ちたのを買えば済むし、それでなくても大通りに面したあの屋敷に侵入者が来るとは思えない。


「うーん……何も思い付きませんね……」

「うちのシエスタはどうだ?」

「……まあ、妙に懐かれてしまっていますし、ありがたい話ではあるんですが。ただ、今はまだ、結婚よりも冒険や旅の方が魅力的ですね」

「はっはっは! ホオズキ男爵も間違いなく男子という事か!」

「男なら、冒険に夢を見ずにはいられませんからね。……しかし、どうしましょうか。今の話も、結局は必要に迫られての話ですし、これ以上は何も思い付きませんよ?」

「うぅむ……。金も女も地位も名誉も欲さぬとは、ホオズキ男爵は仙人か何かかな?」

「そうであれば、私は旅などせずにどこか山奥か、森の奥深くに庵を結んで暮らしているでしょう」

「違いない。とはいえ、私に用意出来るものはそれくらいしかない。所詮は伯爵家なのだしな」


 所詮は、とは言うが、大層な功績では?

 まあ、それはそれとして、ここで本当に何もなければシグナート伯爵の顔に泥を塗るような事になってしまう。

 世間的には『十傑衆を打倒した傑物に対して人材を与えただけなんて、なんと心の狭い貴族か』といったところだろう。

 オレとシグナート伯爵の間でどのような会話が為されたのかは問題ではないわけだ。

 だからオレは、シグナート伯爵をシグナート伯爵たらしめる為にも、欲しいもの――十傑衆打倒と等価になるもの――を、彼に言う必要がある。

 とは言っても、やはり思い付かないものは思い付かないのだが。

 まあ、実際は食料とかあるんだが、それを言ったところで十傑衆打倒と等価にはならないだろう。むしろ、勲章とかでトントンな気がする。


「シグナート伯爵。つかぬ事をお訊きしますが、叙勲などはされないのですか? 闘技大会という催しの中での決着とは言え打倒したのは事実。であれば、勲章の一つや二つは貰っても差し支えないものと思いますが」

「うむ、私もそれは考えた。だが、純粋な武力に対する勲章は、あまり力のあるものではない。シエスタも武力勲章は貰っていないしな。そもそも、ホオズキ男爵の場合は、ただ単に『最強』を称えるのでは足りないのだ。我が国の最強を全て下した男に褒賞として与えるには、勲章は軽すぎる」

「そうですか……」

「それにだ。ホオズキ男爵の武力こそ大したものだと明らかになったが、それ以外の要素が不明瞭なのだ。コルティア子爵は自領の守護者たるホオズキ男爵に爵位を与える事が出来たが、私は男爵が果たして一廉の貴族足り得る存在なのかわからない」


 なるほど。それは(もっと)もな話だ。

 今回、闘技大会でオレがやったのは、純粋な武力による圧倒だけ。『最強』を冠する存在を下したとは言っても、それはただ『武人』として認められたに過ぎない。

 今のオレは冒険者であり、貴族だ。

 今回の件でオレをSランクに昇格させる事は出来ても、子爵位や伯爵位といった爵位を叙爵する事は出来ない。

 ……ん? 待てよ?


「……あの、シグナート伯爵」

「何かな?」

「的外れな考えなら笑っていただいて構わないのですが……。今回の一件は、国の保有する最大戦力を私が一網打尽にし、その力を認めると共に褒賞を与える、という話ですよね?」

「ああ、そうだ。我がローザロッサでのイベントの一つであるとは言え、十傑衆を打倒するだけでなく、未熟な我が娘シエスタの要望を受け入れ稽古まで付けてくれた。それに対して褒賞を与えないわけにはいくまいよ」

「シエスタに稽古を付けたのは殆ど成り行きのようなものですよ。……いや、そうではなく。今回の件で本当に私に褒賞を与えなければならないのは、国ではないのですか? シエスタに稽古を付けた件に関しては、確かに、シグナート伯爵にその義務というか、受け取り方次第でそういう事もあり得ると思うのですが、今回の一件は飽くまで十傑衆全体の話。私が、彼らが未だ未熟な若者であると知らしめたのであって、貴方の依頼や要望でそれをしたのではないではないですか」

「……ああ! そういう事か!」


 まあ、最大戦力を歯牙にもかけずに圧倒しておきながら褒賞を寄越せなんて、一体どの口が言ってんだって話だが、貰えるもんは貰う主義だ。

 大体、今回の一件を楯にして国王に『お前の持つ最強達は未熟だったのに、よくも大きい顔が出来てるな。亡ぼされたくなきゃなんか寄越せ』って脅しをかける事も出来る。やらないけど。

 そもそも、そうなったら、多分公爵位くらいの爵位とエリーナ王女を差し出してくるに違いない。ついでにグロリアもくっ付けてくるだろう。

 あの国王はともかく、あの補佐はそれを進言するタイプの人間だ。


「いや、だが、私にも貴族としての面子があるのだ、ホオズキ男爵。私が十傑衆に男爵との対戦を打診したのも、耳聡い他の貴族なら知っている事なのだよ」

「……厄介ですね。私はそう多くを望むつもりはないのですが、多くを与えなければシグナート伯爵が侮られると」

「ああ、そうだ。ただでさえ、ホオズキ男爵はオルトーラの英雄と名高い。コルティア子爵がその功績に対して爵位まで与えたというのに、私がそれ以下では伯爵の名に傷が付いてしまう」

「……弱りましたね。正直、人材を貰えるだけでもありがたいんですよ。シグナート伯爵の推す人物という事ですからね」

「ははは。そう言って貰えると私も選び甲斐があると言うものだ」

「しかし、それでは他の貴族に示しがつかない、と。……面倒ですね、貴族というのは」

「ああ、面倒なものなのだ。……ホオズキ男爵。正直私は、君に爵位すらあげたい」

「爵位すら、と言うと……?」

「……私は、貴族として政略結婚に利用されるより、娘達には恋愛結婚をして欲しいと常々思ってきた」

「まさか……シエスタを? ですが、彼女は私にそういう好意は向けてはいないのでは?」

「ああ。シエスタの好意は、憧憬とも言うべきものだろう。だが、もし今後、その憧憬が男女間の好意へと発展したのなら。今後、あの子が女として男爵を心から欲したのなら。それに応えてやって欲しい」

「いや、しかし……」


 シグナート伯爵は、今回の褒賞にシエスタを組み込むと、そうする事で褒賞の足りない部分の穴埋めにしようと、そう言っている。

 ただ、これは婚約だとか、政略結婚だとかではない。飽くまで、シエスタが女としてオレを求めてきた場合に袖にしないで欲しいという、懇願のようなものだ。

 貴族の、それも伯爵家ともなれば、地位の確立や面子の為に、同じシグナート伯爵令嬢であるシエスタの姉を余所の貴族の(せがれ)に嫁がせたりしたのだろう。

 だからつまり、これはシグナート伯爵の、父親としての切なる願いというわけだ。

 であるならば、オレも貴族ではなく、一人の男として返答する他にない。


「……わかりました、シグナート伯爵。もしシエスタが私を……いえ、オレを求めてきたのなら、決して袖にはしないと誓いましょう。シエスタは……多少天然っぽい部分はありそうですが、魅力的な女性ですしね」

「おお……おお……! そうか! ……ああ、いや、喜んでばかりもいられないな」

「シエスタの件は、今回の褒賞の件の一部として考えれば?」

「ああ、そうして欲しい。情けない話だがな」

「いえ、婚約もどきとは言え、彼女のような聡明な女性を娶れるというのは、男としては嬉しいですから」

「男爵のような男になら、私も安心してあの子を任せられるよ。……さて、残りを詰めていこう」

「しかし、シグナート伯爵。そう急く事もないのでは?」

「そうだろうか……?」

「ええ。私は金に困っているわけでも、女が欲しいわけでも、地位や名誉を望んでいるわけでもありませんが、それはそれ。こういう言い方は卑怯ですが、シグナート伯爵が『セツカ・ホオズキ』という男に対して、これくらいは支払っても構わない。あるいは、これくらい支払いたい。これくらいは支払うべきだろう。そう思って用意していただいたものならば、私は喜んで受け取りましょう。無論、これは双方の合意の上で支払われる褒賞ですから、他の貴族が何を言って来ようと関係はありません。そもそも今回の件は、私とシグナート伯爵の間で交わされた口約束に過ぎないのですから」

「くっくっく……難しい事を言ってくれるな、ホオズキ男爵。どうやら、私が思っていた以上に強かな男のようだ」

「それに、私は明日ダンジョンに潜りますから。あまり早くても、私が応対出来ません」

「ああ、そういえばシエスタが言っていたな」


 どうやらシエスタはダンジョンに潜る話をシグナート伯爵にしていたらしい。

 おかげで特に何を言われるでもなく対応を任せる事が出来そうだし、僥倖だったな。


「ホオズキ男爵は潜る為の準備は出来ているのかな?」

「そうですね……ほぼ完了していると言って問題ないですね。闘技大会の休息日を利用して準備を進めていたというのもありますし」

「ほう。随分早くに準備を始めていたのだな」

「コルティア子爵のところで話に聞いてから、必ず潜ろうと思っていましたから」

「そうかそうか。どのくらいまで潜るつもりだ?」

「最大目標は初回踏破ですね。状況次第では、途中帰還も視野に入れますが」

「はっはっは! 流石に剛毅な男だな! うむ。そういう事ならば、こちらもじっくりと吟味させてもらうとしよう」

「是非そうしてください。……ところで、シグナート伯爵はダンジョンの最終層には何がいるのか、ご存じですか?」

「何の事はない噂だが、構わないか?」

「はい。情報は無いより有る方が有利ですから」

「うむ……。ダンジョンの最終層には、どうやら巨大な竜がいるらしいという噂だ」

「なるほど、竜が……。ありがとうございます、シグナート伯爵。良い情報でした」

「いやなに、噂程度で申し訳ないな」

「構いません」


 ダンジョンは全百層。全容ではないが、どこまで続いているのかが判明しているという事は、調査であれ百層まで到達しているという事だ。

 だとすれば、百層に竜がいるというのは、半分真実で半分虚構だろうな。

 まあ、どちらにせよ、準備は怠る事のないようにしよう。


「……さて。では、後の事はシグナート伯爵に丸投げしてしまいましょう」

「くははは。あまりこの老骨を苛めんで欲しいものだがな」

「老骨? まさか。現役でしょう?」

「さて、どうかな」

「…………フ。私はこれで失礼します。次に会う時は……恐らく私は『竜殺し(ドラゴンスレイヤー)』になっているかと」

「ふふふ。楽しみにしていよう」


 立ち上がり、シグナート伯爵と握手を交わして、伯爵邸の応接室を後にする。

 さて、と。ダンジョンに潜る準備の最終確認をするとしよう。

 予備の武器とかも買っておいた方が良いだろうな。


 さあ、いざダンジョンへ! だな。

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