五十九頁目 兵の休息と異世界での故郷の料理
サブタイトルの『兵』は『つわもの』と読んでくださいませ
家……というか、屋敷を買った翌日。
昨日ロベルトに屋敷を買った件を伝え、これまで世話になったと感謝を述べたのだが、その崇高とも言える使用人精神でぼやかされてしまったので、今まで世話になった恩返しに日本の料理をいくつか伝授しようと、今現在キッチンを借りている。
キッチンを纏める料理長ことベルモットには、『ここは客人を入れる場所じゃねえ、帰んな!』なんて言われたりしたが、お前の知らない料理を教えてやると言うとニコニコしながら招き入れてくれた。
さて、そうは言っても何を教えたものか、というのは悩む。
ロガ王国の三つの都市を巡っただけとは言え、実際のところ、この世界の料理体系は広くない。
調理法と言えばもっぱら焼くか煮るだけ。
調味料に関しても塩と胡椒、それと砂糖に香辛料、酢、あとはオイルくらいなもので、広がりに欠ける。
極めつけは、誰一人として熟成や発酵の概念を知らないという事。
じゃあ普段はどうやってパンを作ってんだって話なんだが、既に確立された手法に沿ってやってるだけで、何故それが必要なのかとか、それはどういう名前の手法なのかとかは全く知らなかった。
「……料理人の風上にも置けんな」
家庭料理程度――にしては色々凝ったものにも手を出した――の腕しか持たないオレではあるが、そこいらの料理人より腕が良い自信はある。
それほどの腕がなければ母さんを満足させられなかっただけではあるが。
ともあれ、日本では実際に飲食店に勤めて、いくつか自作の料理もメニューに追加してもらった経験がある。
日本食はもちろん、イタリア、ドイツ、スペイン、インド、タイ、ロシアなどなど、母さんのリクエストに合わせて色々作らされたものだ。
さて、それはともかく。
この世界の野菜は、割と多様だ。
ジャガイモ、ニンジン、大根、カブ、キャベツ、きゅうり、トマト、ナス、タマネギ、ネギ、ニンニク、生姜などなど。
日本にもあった野菜類は、そのほとんどが存在を確認出来た。
問題は、それを使って何を作るかである。
とりあえず手っ取り早く作れるのはハンバーグくらいか。
ニンジンときゅうりを細く切ってから、マヨネーズを作って『野菜スティック』を出そうと思ったが、そもそも『料理』の範疇にないので諦めた。
「おいおい、男爵様よ。いつになったら俺の知らない料理を教えてくれるんだ?」
「急かすな、ベルモット。とりあえず一つあるにはあるが……挽肉はあるか?」
「挽肉だぁ? 牛か? それとも豚か?」
「……出来れば牛だな。合挽きでも構わん」
「よし、牛だな。それから?」
「鶏卵を数個とタマネギを……まあ、一玉で十分か。塩と胡椒、オリーブオイル、パン粉を用意しろ」
「鶏卵、タマネギ、塩、胡椒、オリーブオイル、パン粉……パン粉って何だ?」
クソッタレ、そこからか!
「パンを削って作る粉の事だ。変な事はせずに、ただ削るだけで良い」
「黒パンでもいいのか?」
黒パンと白パン。
オレも日本にいた頃、異世界転生や異世界転移モノの小説はかなり読んだし、黒パンと白パンの違いも、自分で調べて知っている。
黒パンというのは普通、ライ麦パンの事を指して言う。もっとも、イコールではないが。
この世界での黒パンとは、保存を利かせる為に焼き固めたパンを指す。栄養価に関しては問題ないが、硬いし、何より普通のパンより口の中の水分を浚っていく。
逆に白パンとは、焼き固めていない、日本でも普通に売られているパンを指す。食パンとか、コッペパンとかが代表的なヤツだ。
ま、ともあれだ。
「パンはパンだ。黒でも白でも良い」
そもそもハンバーグに使うパン粉の量なんぞは高が知れている。
黒だろうが白だろうがパンはパンだし、どっちでも変わらん。この世界にはライ麦がないから、どっちも小麦粉のパンだしな。
「使う調理器具は、包丁、ボウル、フライパン。そんなところだ」
「そんなもんなのか?」
「家庭料理だからな。自宅で手軽に作れるような料理だから、大仰な道具は要らん」
「へえ。……しっかし、まるで食った事があるような口振りだな?」
「オレの故郷では、作り方さえ知ってれば年端もいかんガキだって作れる簡単な料理だ。……あ、そうだ。木ベラも用意してくれ」
「あいよ。じゃ、まずは食材を取りに行ってくるか」
早速と、ベルモットはこのキッチンから行ける地下の食料庫に向かい、今言った食材を持って帰ってくる。
そして、フライパン、木ベラ、ボウル、塩、胡椒、オリーブオイルを用意すると、『何すりゃいいんだ?』とでも言うようにこちらを向いた。
「よし。まずはタマネギからだ。皮を剥いて、半玉分だけ使う。半分にしたらそれを微塵切りに」
「あいよ。……にしても、男爵様が全部やっちまった方が良いんじゃないかね」
「自分でやらなきゃ覚えられるもんも覚えられんだろ。口頭で説明出来るのは大前提だし、実際にやって覚えるのとじゃワケが違う」
「……まあ、そりゃそうだが。次は?」
「熱したフライパンにオリーブオイルをひいて、タマネギを炒める。じっくりな。軽く塩胡椒で味付けをしておいてくれ」
「あいよ」
ベルモットはキッチン用魔導具である魔導コンロにフライパンをセットし、魔力を流してコンロを起動。十分に熱されたフライパンにオリーブオイルをひいて、微塵切りにしたタマネギを投入し、じっくり炒めつつ塩胡椒を軽く振って下味を付ける。
「なぁ、男爵様よ。こいつはどれくらい炒めりゃいいんだ?」
「タマネギが透明になるまでだな。そうする事でタマネギの甘さが引き出される」
「ほぉ……! なるほどなぁ……」
「タマネギが透明になったら一度火を止めて、タマネギを冷ます。冷めるのを待つ間に次の作業だ」
「……男爵様は知識はあるみたいだが、自分で料理はすんのかい?」
「ああ、まあな。ガキの頃から、我が家のメシはオレが作ってきた」
「そりゃまた。親は作ってくんなかったわけかい」
「親父はオレが生まれてしばらくして亡くなったし、母さんは家事をするような人間じゃなかったからな」
そもそも人間ですらないわけだが。
「あー……そりゃあ……」
「変に同情しなくていい。それより、タマネギはどうだ?」
「……こんなもんか?」
ベルモットがフライパンの中身を見せてくる。
うん、ちゃんと透明になってるな。飴色までいくと微妙だし、これでいい。
「ああ、これでいい。火を止めて次の行程に移るとしよう」
「よし。……で、何したらいいんだ?」
「タマネギの残りを微塵切りに。それが終わったら、ボウルに挽肉、パン粉、卵黄、今微塵切りにしたタマネギと炒めたタマネギを入れて、塩胡椒で味付け。そうしたら、粘りが出て耳朶くらいの堅さになるまで手で捏ねる」
「よし、わかった」
ベルモットは迅速に、しかし的確に、オレの言った行程をこなしていく。
流石に一廉の料理人だけあって作業に滞りがない。初めての調理行程とは思えないほど流麗だ。
「……よし。捏ね終わったぜ」
「うん。そうしたらまず、そのボウルの中のもの……これをタネと言うんだが、それを、手に少量の油を付けて四等分する」
「四等分ね……。それから?」
「四等分したタネを丸く纏めて、纏めたらそのうちの一つを手に取り、両手を使って、片方の手に打ち付けるようにして空気を抜くんだ」
「ほーお……?」
「この空気抜きをきちんとやらないと残念な仕上がりになるから、きっちり頼むぞ」
「おうよ!」
勢いの良い掛け声を皮切りに、パンッ、パンッ、という破裂音が厨房に響く。
この後は濡らした俎板の上に小判形に整形したタネを置いて、包丁を使って裂目がないように周囲を整え、真ん中に凹みを作るんだが……まあ、俎板を濡らすくらいはやってやるか。
「――うおおっ!? なんだぁ!?」
「あ、悪い。驚かせたか。まあ、なんだ、ちょっと手伝いをな」
「そ、そうか。男爵様も人が悪ぃなあ。声くらいかけてくれよ」
「気が回らなくて悪いな」
水魔法で俎板の洗浄をしただけなんだが、まさかこんなに驚かれるとは……。
「空気を抜いたタネはどうすんだ?」
「小判って言ってわかるか? その形に整形するんだが……」
「小判か。わかるぜ。任せとけ」
どうやらベルモットは小判を知っていたらしい。
あー良かった。面倒な説明をする手間が省けたわ。
「小判形に整形したら、それを濡れた俎板に置くんだ。置いたら、タネに裂目がないように包丁を使って周囲を整える。それが終われば、いよいよ最終行程だ」
「……よし、出来たぜ」
「流石に手早いな。そしたら最終行程だ。フライパンにオリーブオイルをひいて中火で温める。オリーブオイルがフライパンに馴染んだら、タネを投入して強火で焼く。片面が焼けたら裏返して、弱火にして蓋をする。あとはそのまま五分から七分ほど焼いて、とりあえず完成だな」
「とりあえず?」
「本当ならもう一手間二手間加えて、ソースを作りたいところなんだが……。まあ、今回は試作だし、ソースに関してはベルモットに任せる。一廉の料理人なら、料理の新規開拓くらいはこなしてもらわないとな」
「……ハッ! 言うじゃねえか、男爵様よう」
「レシピは、公開するでもエルティセル商会で独占するでも好きにしろ。その程度じゃオレは困らないからな」
「流石は男爵様、太っ腹だな」
太っ腹とかそういうんじゃなくて、同郷の人間でもいない限りは全然困らないから事実を述べたまでなんだが……まあ、言わぬが花か。
ともあれ、ベルモットにはこのハンバーグを元にして色々と開発してもらいたいな。
自分で開拓していくのも楽しいもんだしな。
「まあ、この別宅に世話になったせめてもの礼ってヤツだ。オレは要らないから、適当にロベルトとかトリィでも呼んで食ってくれ」
「お、なんだ? もう行くのか?」
「まあな。もし用があるなら、大通り沿いにある、つい最近売りに出された屋敷を訪ねてくれ。昨日そこを買ったんでな」
「……ああ、あの屋敷か。いくらした?」
「金貨千五百枚。白貨にして十五枚だな」
「……ふっかけられてんじゃねえのか?」
「ギルドの管轄だぞ? ギルドマスターが赦そうがシグナート伯爵が赦さんはずだ」
「それもそうか」
シグナート伯爵は義理堅い人間だ。
まあ、それでなくとも、伯爵ともあろう人間がギルドを介してちょっかいをかけるとは思えないしな。
「さて。それじゃあな、ベルモット。トリィにはよろしく言っておいてくれ。レシピを書いた紙はロベルトにでも渡しとくよ」
「おう! 気を付けて行けよ」
「ガキじゃねえんだから、平気だよ」
はっはっは、と二人で笑い合ってから、オレだけ厨房を後にする。
さてと。なんとなくハンバーグを教えたが、揚げ物とかは徹底して秘匿した方がいいかな。
油を大量に使った料理は、残念ながらロガ王国には存在しないし、そもそも贅沢過ぎるって認識みたいだしな。
あの屋敷でだけ作るようにしよう。




