五十八頁目 初めてのマイホーム
昼食後の休憩もほどほどに切り上げて、今オレは商人ギルドにやってきている。
目的はと言えば、ユキヤとも話した『家』。
ユキヤに言わせればオレが言った条件に当てはまるような家は、最早屋敷の規模だって話だが、いやいや……ハハハ。そんなはずがないだろう。
日本で言うような二階建てとかにはならないだろうが、それにしたって屋敷はナイ。
もし条件を伝えて屋敷を提示されたら、そうだな……その時は警戒をもう少し薄めて、素の自分をユキヤ達の前で晒してやろう。
まあ、利があるかどうかと言われれば間違いなく無いんだが、信用の証として受け取ってもらおう。
「商人ギルドにようこそ。ご用件はなんでしょうか?」
「家を買いたいんだが、詳しい人間を頼む」
ローザロッサの商人ギルドの受付嬢はオレの言葉に少し眼を見開くと、『少々お待ち下さい』と言って奥に引っ込んだ。
そうして少し待ってみれば、受付嬢と一緒に三十代そこそこの男がやってきた。
彼は名をハウゼルと言って、ローザロッサの不動産関係を取り纏めている人だそうだ。
「では、詳しい話をお聞きしたいので、こちらへどうぞ」
ハウゼルに案内され、個室へと通される。
曰く、この個室は専ら貴族を相手にする時に使うらしく、音魔法を利用して防音部屋にしてあるとか。
音魔法か……。ちょっと羨ましいな。
使い方次第ではダンジョンの探索が楽になるだろうし、レベルを上げて早く習得したい。
「……さて。早速ですが、どういった家をお探しですか?」
「ああ、実は――」
予め考えておいた条件をハウゼルに伝える。
「――という感じなんだが、あるか?」
「ふむ……。四つほど、条件に完全に合致する物件があります」
そう言って、ハウゼルは四つの物件の概要を話し始めた。
一つ目は、以前別の貴族が色街に通いやすいという理由で、土地を買って建てた屋敷。
買った土地がかなり広かった為に、敷地内には使用人を住まわせる為の家も併設されており、屋敷自体もかなりの広さで、もちろん庭も厩舎も馬車用の庫もあるらしい。
部屋数もさることながら、広い地下室や狭めの個室も完備しており、風呂もあり、キッチンも最新の魔導具を導入していて料理をする人間なら一度は使ってみたいと思うキッチンになっているとか。
そんな、いかにも金に飽かして建てた屋敷なのだが、件の貴族は色街の娼婦に入れ込みすぎてしまい、いよいよ借金までして、そうして首が回らなくなって、その屋敷を手放すに至ったのだとか。色狂いここに極まれり、である。
なお、家具の類は借金の返済のために屋敷と一緒に売りに出された為に、屋敷にそのまま残っているらしい。
肝心の値段は白貨十枚、金貨にして千枚。
建てた時は大金貨八百枚だったそうな。
二つ目は、一つ目の屋敷と大して変わらない物件らしい。強いて違うところを挙げるとすれば、一つ目のほどには広くない土地である事。
ちなみに、この物件は貴族街と呼ばれる貴族達の家が並ぶ住宅街にあるらしい。
部屋数は条件に合致するくらいにはあるが、地下室の類は無い。
この屋敷は、前にいた貴族の調度品の趣味が頗る悪かったという事で、買い手が付かなかったらしい。
購入価格は白貨五枚、金貨にして五百枚。
オレだってそんな物件を紹介されても困るんだがね? と言うか、なんでマイナスイメージが付くような紹介をしたんだ、ハウゼルさんよ。
三つ目の物件は、一つ目と二つ目のちょうど中間くらいの広さの土地に建てられた屋敷。
ただ、この屋敷は、門から路に出て右手側に少し歩いただけでスラム街に到着するというとんでも立地。所要時間は三十秒。勘弁してくれ。
そんな場所なもんで、たまにスラムの住人が敷地内に入り込む事があったり、敷地内で喧嘩したりする事があるらしい。
購入価格は白貨二枚、金貨にして二百枚。
物件周辺の環境が環境なだけに、値段自体はかなり控えめにしているらしい。
ただ、条件には合致するし、地下室もあるから、立地さえまともなら、もっとするとか。
……いや、いくら安くても流石にスラムの近くは拙いだろ。オレだけが暮らすなら良いが、オレ以外は全員女だし、内四人は奴隷だしな。
ユキヤ達の身の安全の為にも、この物件は買えないな。
最後の物件は、一つ目以上の優良物件。
土地や屋敷の広さは三つ目のと同じくらいで、大通りに面した場所にあるらしい。
そんな場所なら既に買い手が付いているだろうと思ったのだが、この物件はつい最近になって売りに出されたもので、まだ買い手は付いていないそうだ。
オレが言った条件には完全に合致するし、広い地下室や狭めの個室もあり、最優良物件と言って差し支えない。一つ目の物件と同じように風呂完備で、キッチンも最新式と至れり尽くせり。
正直、幻だと言われた方がまだ信じられる。が、良い意味で残念ながら、これは現実らしい。
購入価格は白貨十五枚、金貨にして千五百枚。
はっきり言って、この物件を選ばない奴は阿呆だ。二つ返事で決定するし、即金で支払うに決まっている。
「その四つ目の物件、見に行っても?」
「もちろんです。鍵を持ってきましょう。ホオズキ様は受付カウンターの側で待っていていただけますか?」
「わかった」
それから、鍵を持ってやってきたハウゼルと大通りに面した場所にあるという物件に向かうのに、そう時間はかからなかった。
◆
最後に紹介されたその物件は、まさしく、オレの理想通りの物件だった。
もしも、『この物件はあなたの為に神が用意したのです』なんて言われたら問答無用で信じていただろう。
しかも、大通りに面しているだけあって、各地へのアクセスが良い。エルティセル商会や両ギルドのみならず色街もシグナート伯爵の屋敷もそう遠くない位置にある。
「…………痛ぇ」
もしかしたら本当は夢なんじゃないかと頬を抓ってみるが、めちゃくちゃ痛い。
そう、これは紛れもない現実。
夢じゃない。現実だ。これが現実……!
「……? ホオズキ様、どうされました?」
「え? ……あ、いや、なんでもない。あまりの好条件にちょっと呆然とな……」
「なるほど。ははは。いやまあ、私でも同じ事をしましたよ。まるで、幻覚でも見せられてるんじゃないかと思うほどの物件ですしね」
にこやかに笑って言うハウゼル。
そうだよな、誰だってこうなるよな。
「さて、早速中を見ますか?」
「あ、ああ、頼む」
ハウゼルに玄関のドアの鍵を開けてもらい、中へ進入する。
そのままハウゼルの案内で屋敷内を見て回るが、多少埃があるくらいしか欠点が見当たらない。
部屋はそこそこの広さの一人部屋が八つと、大人数部屋――とは言っても三人くらいが限界だが――が三つ、前述の一人部屋より気持ち小さめの部屋が二つで、二階建て。
リビング、キッチン、風呂は一階に全てあり、トイレは一階と二階に一つずつ。
ちなみに、この世界のトイレは魔物であるスライムを利用したトイレで、何でも吸収する性質を活かして排泄物の処理をするようになっている。
キッチン部分はそれとは別に、魔導具と貯水タンクを利用した永久機関を使って上下水道の代わりにしているらしい。
蛇口のバルブを捻ると貯水タンクに貯まってる水が出て来て、使われた水はパイプを通り、魔導具によって不純物のない浄水へと変化し、再びタンクに貯まるというシステムなんだとか。
……進んでるなぁ、異世界。
「……さて、一通り案内は終わりましたが、どうされますか? 購入――」
「買った。これ金な」
ハウゼルの言葉を遮って金貨千五百枚が入った革袋を差し出す。
悩む余地などあるものか。
そもそも、気に入らない部分があれば気に入るように改造すればいいんだ。
ここはオレ……とユキヤ達の家になるんだし、誰に気兼ねする事なく改造してしまって良いはずだ。手放す気もないしな!
「確かにいただきました」
「……確認しなくていいのか?」
中身を確認する事なく革袋を受け取ったハウゼルに訊いてみると、首を横に振って答えた。
「私は『鑑定』スキルを持っていまして。これくらいなら問題ないんですよ」
『鑑定』スキルは鑑定&分析の下位スキルだ。
物の鑑定しか出来ないスキルではあるが、商人としてはこれ以上なく有用なスキルだろう。
「ともあれ、この屋敷はこれからホオズキ様のものです。こちらを」
そう言ってハウゼルが差し出した屋敷の鍵を確かに受け取る。
「……ああ、良い買い物をした」
「そう言っていただけると、私も嬉しいですね」
商人ギルドか。
今度利用するのはきっと、ダンジョン攻略後になるんだろうな。
「それでは、私はこれにて」
「……ああ。良い物件を紹介してくれてありがとう、ハウゼル。商人としては二流かも知れないが、顧客の満足感を満たす意味で、あんたは最高の商人だ」
「ありがとうございます。また機会があればお会いしましょう」
そう言って頭を下げて、金貨の入った革袋をしっかりと持って玄関から出ていく。
「これが……マイホームか……」
この後を引く感動は、いつか映画館で感動するアニメーション映画を観た時以来だ。
「……よっしゃ!」
大きな屋敷の玄関ロビーで、掛け声と共にガッツポーズを決める。
いやぁ、この姿はユキヤ達には見せられないな。絶対無理だわ……今は。
一人で買いに来てて良かった。




