五十七頁目 伝言と十傑衆女性陣の思惑
「……それで? 伝言やら話やらってのは?」
令嬢達を見送った後、残ったシエスタ達の分も用意された昼食を摂りながら尋ねる。
ロゼ達もいつの間にか帰ってきていて、どこそこには何があっただの、どこそこにある何とかという店の料理は美味かっただのと話してくれた。
ロゼやライカが、ちゃんと昼メシが入る容量を空けてきているあたり、流石と言える。
「……まずは私から。褒賞についての話がしたい。近く訪れてくれると嬉しい」
「ああ……そう言えばそんな話だったな」
「――ん? 何がだ?」
オレの言葉に格闘士シルヴィが反応を見せる。
「シグナート伯爵との個人的な賭け、みたいなものだな」
「内容は?」
「十傑衆全員にオレが勝つ事が出来たなら、シグナート伯爵の力の及ぶ範囲で、オレが望むものをくれる。そういう話になっている」
「ホオズキ男爵は何を賭けたんだよ?」
「何も。負けるつもりなんて無かったからな」
「ちぇ、嫌味かよ」
「腐るなよ、シルヴィ。お前達にはまだ伸び代があるってわかったんだから、儲けものだろ」
「まあ、そりゃな。でも、それにしたって高い授業料だよな……」
昨日の一戦を思い出しているのか、しみじみとした声色で言うシルヴィ。
まあ、シルヴィの言いたい事もわからないわけではない。
それまで才能を伸ばしてレベルを上げて、そうして漸く掴み取ったのであろう『最強』の称号を、闘技大会程度で手放す羽目になったんだ。
オレが同じ立場だったなら、少なくともその翌日に、相手の住所を訪ねるなんて真似は出来ない。情けないというのもあるが、やはり一番は悔しいから。
そういう意味では、伝言を頼まれたシエスタはともかく、シルヴィ達の精神面は大したものだろう。
「ともあれ、シグナート伯爵からの伝言は受け取った。ダンジョンに潜るつもりがあるし、今はまだ欲しいものも思い付かないから、一旦保留という事にしておいてくれ」
「……ん。師匠はどこまで潜る予定?」
「……さてな。シエスタ達は何層まで攻略したんだ?」
「……私は四十五層」
「私は四十三層だな」
「確か、五十層だったかと」
「アタシは四十層までだな」
「わたくしは四十八層ですわね」
「結構浅いんだな?」
確か、Sランクパーティが六十五層まで攻略していたんじゃなかっただろうか。
トリィから聞いた限りではそうだったはずだが、それを考えるとシエスタ達はそうでもない強さという事にならないだろうか。
「わたくし達はそれぞれソロでの攻略ですし、十傑衆としてのお仕事もありましたの」
「なるほど。ダンジョン攻略に時間が割けなかったってわけか」
「ええ。とはいえ、わたくし達はもう十傑衆ではありませんから、冒険者稼業に十分に時間が取れますわね」
「あー……なんだ、その、悪いな」
「良いんですのよ、ホオズキ男爵。正直なところ、最強と持て囃されるのも、十傑衆としての活動にも退屈していましたの。それに……」
棘のまったくない、本心からの言葉で会話してくれているオリヴィエがそこで言葉を切って、少し熱を持った視線をこちらに向けてくる。
まさか、オリヴィエは『自分より強い人と結婚する』みたいな思想の持ち主なのか……?
「……それに?」
「ホオズキ男爵のような強い殿方に出会えたのは、わたくし達にとっては僥倖でもありましたから」
ちくしょう、隠す事すらしやしねえ。
「それは……どう取ればいいんだ?」
「もちろん、私達全員が憎からず思っていると、そう考えてください」
オリヴィエの後を引き継ぐようにして、今度はキャスタリアが口を開く。
「ありがたい話だが、侯爵家や伯爵家のご令嬢には相応しくない男だと思うがな。オレは」
「アタシらは確かに侯爵家や伯爵家の娘だけど、だからって爵位が下の相手の家に嫁がないわけじゃないぜ?」
「まあ、それはそうなんだろうが……」
貴族の結婚というヤツは、地球で言えば富裕層の人間の見合いに近い……と思う。
お互いの利益を考えた政略結婚の面もあるにはあるが、恋愛結婚の面も強くあるというか。
だから、例えば、公爵家の令嬢が平民の男を見初めて嫁いだりする事もあれば、男爵家の令嬢が侯爵家に嫁ぐ事もある。まあ、極端な話ではあるが。
そういった例がある以上、シエスタ達が自分の家より爵位の低い相手のところに嫁ぐのは珍しくないし、そもそも女性には家督を継ぐ事は出来ないから、その辺りは割と緩いのだろうと思われる。
「ホオズキ男爵の言いたい事もわかるさ。けど私らだって、単に自分より強いからって理由で選んでるわけじゃない」
えっ、なんでオレの心の中がバレてるんだ。
もしかして顔に出てる? それとも仕草に知らず知らずのうちに滲んでたか?
「ま、今のは適当に言っただけなんだけどさ。でも、ホオズキ男爵に惹かれる理由って結構あるんだぞ?」
「そうなのか?」
「……ん。師匠は女性に好かれる要素、沢山持ってる」
オレ自身はよくわからないが、パッと見色恋に興味がなさそうなシエスタまでそう言うって事は、きっと本当の事なんだろう。
シグナート伯爵からコルティア子爵がオレに惚れているらしいなんて話を聞いた時は一体何の冗談だ、なんて思ったが、実は結構モテるのか?
まあ、嬉しい話ではあるが、今はとにかくこの世界を楽しむのが先決だ。異世界召喚なんて、人生に一度でもあれば、それだけで一大イベントなんだしな。
今はまだロガ王国だし、こっちの世界に来てから三ヶ月も経ってない。他の国を見て回って落ち着くまでは、流石に色恋沙汰はお預けだな。
「ホオズキ男爵は、結婚などは考えたりはしませんの?」
「……まあ、結婚願望がないと言えば嘘になるんだが。とはいえ、今はまだ考えられないな。今はまだ、旅が楽しいんだ」
「では、それが落ち着けば、考える余裕が生まれる、と?」
「そうなるな」
「だがよぉ、婚約くらいはいいんじゃねえのか?」
「そういうのは、もっとお互い親交を深めてからな。流石に、出会った翌日に即婚約ってわけにはいかないさ」
「……じゃあ、ダンジョン攻略にアタシらも連れてってくれよ」
良い事思い付いた、という顔でミストスが言う。
『アタシら』と言うからには、シエスタ、シルヴィ、キャスタリア、ミストス、オリヴィエの五人全員の事を指しているのだろうが……果たして、良いのだろうか?
彼女達は間違いなく猛者だし、十傑衆としての役割の傍らだったとは言え、ソロで五十層まで攻略しているキャスタリアみたいな子もいる。
それに比べてオレ達はダンジョンは初心者で、このローザロッサのダンジョンだって一層からの挑戦になる。
聞く限りでは冒険者のギルドカードに反応して、その冒険者が最後に攻略した階層まで飛ばしてくれる転移システムがあるらしいし、シエスタ達には退屈な道中になってしまうのではないだろうか。
「いや、それは――」
「名案ですわ、ミストス! 極限状態を共に乗り越えた男女はより親密な関係になると言いますし、わたくしも望むところです!」
オレの言葉を遮って、オリヴィエが期待に眼を輝かせながら声をあげる。
いやまあ、色恋を主軸に考えるなら、確かにオレも名案だと思うけど、そうじゃないだろ?
「シエスタ、シルヴィ、キャスタリアも、問題ありませんわよね?」
オリヴィエの言葉に、質問を投げられた三人は即座に頷いた。
出来れば、その確認はこっちに取って欲しかったなあ。
「ホオズキ男爵は……構いませんか?」
「まあ、お前達が納得してるならオレは構わないが。だが、オレ達は一層からの攻略になるから、つまらないと思うぞ?」
「もちろん承知の上です。ですが、ホオズキ男爵とユキヤさん達ならば、そう苦労せずに五十層まで行けるかと」
キャスタリアが確信に満ちた眼でオレやユキヤ達を見やり、間違いないといった様子で告げる。
「評価していただけるのはありがたいのですが、そんなに簡単に五十層まで辿り着けるものなのですか?」
黙していたユキヤがオレも抱いた疑問を投げ掛ける。
五十層と言えば、Sランクパーティが攻略したという六十五層まで十五層程度しかない。
オレも自分の実力に自信はあるし、ユキヤ達も順当に鍛えてきたとは思うが、Sランクパーティまであと十五層というところまで楽に行けるとは思えない。
Sランクパーティが六十五層まで攻略したと聞けば大層な事のように聞こえるが、逆説的に言えばSランクパーティでさえ六十五層までしか攻略出来なかったというわけだ。
もちろんそれは物質が足りなくなったとか、パーティの誰かが大怪我をしたとか、そういうやむを得ない理由で撤退しただけとも考えられるが、転移システムがある以上、それは違うだろう。
要するに、Sランクパーティであっても、攻略したくても攻略出来ない。そういう理由が、このローザロッサのダンジョン六十五層以降にはあるんだろう。
それだけ厄介か、強い魔物が蔓延っているのかはわからないが、五十層までの道はそう楽なものではないだろう。
と、思うのだが、しかしこれにキャスタリアは首を横に振って答えた。
「もちろん、五十層に行くまでに強い魔物や厄介な魔物はいます。罠も多数ありますし、一概に楽とは言えないでしょう。ですが、それを計算に入れてもなお、余裕を持って攻略出来ると、私は断言します」
「……そのこころは?」
「単純に経験則です。ホオズキ男爵はともかく、ユキヤさん達はあまりレベルは高くないようですが、ホオズキ男爵が役割分担を教えていないとは考えられない」
「そう言ってもらえるのはありがたいけどな」
「もちろん、憶測だけで語っているわけではありません。闘技大会本選、私は全ての試合を観戦しましたから。ユキヤさんは元より、ロゼさん達の実力も理解しています。それを加味した上で、五十層までは苦もなく行けると断言しているんですよ」
キャスタリアは飽くまで事実であるという体で話す。
「……ふむ。他のみんなはどう思う? シエスタはライカと当たったんだったよな」
「……ん。ライカは良くも悪くも考えなし。良く言えば直感で動いてる。だけど、だからこそ戦略がないし、直感に身体がついていってない場面も多かった」
「シルヴィ達はどうだ?」
「同じガントレット使いとして言えば、ライカはまあ及第点だな。大剣は専門外だから上手くは言えないけど、ロゼの、竜人種の特徴を最大限に活かした戦い方は大したもんだと思う」
「わたくしも、ルキナさんの魔法の腕は眼を見張るものがあると思いますわ」
「アタシは魔導銃は専門外だけど、バレットほどじゃないとは言え、アナも良い腕してると思うぜ」
専門外だとは言え、同じ十傑衆の仲間の戦う姿を見ていたシエスタ達のお墨付きを貰えたなら、オレとしても稽古した甲斐があったというものだ。
「それならまあ、大丈夫か。キャスタリアの言った事も信じよう」
「ありがとうございます、ホオズキ男爵」
「……なんか、いつまでも『ホオズキ男爵』って他人行儀で面白くないな」
「では、別の呼び方にしますの?」
「……師匠さえ良ければ」
「別に構わないが、どうするんだ?」
「……無難に『セツカ』でいいんじゃねえか?」
「そこはせめて『セツカさん』では?」
「敬称なんて別にいいだろ。仲良くなろうって魁なんだから」
礼儀を重視するキャスタリアと、気安さに重きを置くミストス。
まあ、これは個人の人格というか、性質によるところもあるだろうし、特に問題にするような事はないだろう。
「馴染み易い呼び方で良いよ。シエスタなんかは師匠だしな」
「……ん。師匠は師匠」
「私やミストスは普段の言葉遣いがあるし、セツカって呼び捨てにする方が馴染むな」
「貴族らしくないって言われたら、アタシらはそれまでだけどな」
「わたくしはセツカさん、と」
「私もですね。それでなくとも、ホオズキ男爵は尊敬出来る人ですから。敬称を付けるのは当然かと」
ちょっとくすぐったいが、悪い気はしない。
具体的にどの辺りが尊敬出来るのは訊いてみたくはあるが、それを訊くのは野暮というものだろう。
「ところで、セツカはいつダンジョンに行く予定なんだ? アタシらも準備したいし、決めといてくれよ」
「あー……そうだな。じゃあ、三日後でどうだ?」
「三日? そんなにかけるのか?」
「まあ、色々しておきたい事もあるからな。余裕をもってって感じだ」
「なるほどな」
「では、そろそろわたくし達はお暇致しましょうか。お昼までご馳走になってしまいましたし、これ以上の滞在は失礼でしょう」
「まあ、セツカさんのご自宅ではありませんし、私達は招待されているわけでもないですからね」
「……ん。父様に返事を持って帰る」
「そだな。じゃあ、セツカ。また三日後に」
「ああ。見送りは必要か?」
「ありがたいですが、大丈夫ですわ。これ以上セツカさんを拘束してしまうのは、流石に心苦しいですから」
オリヴィエが困ったような苦笑を浮かべる。
なんて言うか、オリヴィエってかなり良い子だよな。日本で観てたアニメや読んでたラノベのイメージが先行して、オリヴィエみたいな金髪縦ロールポニーテールには高飛車で近寄りがたいイメージがあったんだが、そんな事もないし。
やっぱり人それぞれが持つ性質次第って事か。
「心遣い痛み入るよ」
「いえいえ。三日後は、冒険者ギルドに朝十時の待ち合わせで構いませんか?」
「あ、そうだな。時間と場所も必要だったか。そちらに不都合がないなら、オレ達は構わない」
「シエスタ達は構いませんか?」
「……ん」
「私は大丈夫だ」
「私も問題ありません」
「十時か……。アタシはもうちょっと寝てたいんだけど……」
「ミストス……」
「じょ、冗談だって! 朝十時にギルドだろ」
「まったく……。では、セツカさん。そういう事でお願いしますわ」
「こちらこそ。楽しみにしてるよ」
「はい。それでは、失礼しますわね」
しっかり者のオリヴィエを先頭にして部屋から出ていく十傑衆女性陣。
いや、元十傑衆と形容した方がいいんだろうか。
名称はともあれ、十傑衆ほどの実力者の戦いを間近で見る事が出来るのは、ロゼ達にとっても良い刺激になるだろう。
欲を言えば大剣使いゴーランや魔導銃使いバレットに同行してもらって、ロゼやアナの糧にしたいものだが、いないのだから仕方がない。
さて、少し休んだら商人ギルドに行こう。
夢のマイホーム……なんてな。




