五十六頁目 令嬢達と過ごす時間
バカ共を相手したその足で別室に向かうと、そこには見目麗しい十一~十四歳くらいの少女達が集まっていた。
こちらは息子達とは違い、室内にはメイドしかおらず、連れてきたのであろう執事や護衛は廊下やドア前に立っていた。
まあ、それは割と普通な事なので気にしてはいなかったのだが、まさか押し掛けてきた令嬢達の中に、シエスタを始めとした十傑衆の女性陣がいるとは思わなかった。
「お待たせ――おや、これはこれは。珍しいというか、不思議な来客ですね」
「……ん、来た」
「ホオズキ様、私は――」
「私はナシェット伯爵家の――」
「わたくしはメリアル公爵家の――」
シエスタが返事をしたのを皮切りに、少女達がわっと一斉に自己紹介を始める。
オレは聖徳太子ではないから一斉に喋られても困るんだけどな。……いや、あれは実際には、聖徳太子の秘書みたいな奴が聞き分けてたんだったか? そんな話があったような。
「落ち着いてください、レディ達。そう一斉に話されては、聞き取れるものも聞き取れなくなってしまいます」
飽くまで、立派な女性扱いを忘れない。
そもそも女性ってヤツは、オレにしてみればなかなかに不可解な存在だ。
普通に会話してたかと思えば急に不機嫌になったりするし、癇癪という名の爆弾がどこに仕掛けられているやらサッパリだ。
まして、目の前にいるのは地球にいるような癇癪持ちの一般女性ではなく、言ってみれば、やんごとない身分の女の子達だ。
失礼な振る舞いをすれば、最悪彼女達を溺愛……しているかどうかまではわからないが、間違いなく愛しているだろう彼女達の親から何をされるかわかったものではない。
とにかく、彼女達の機嫌を損ねるのは得策ではない。女性の心情なんてまったくわからないが、わからないなりに無難に立ち回るしかない。
幸い、十傑衆の面々を除けば、オレに対する視線は憧れなどの好意的なものばかりだ。
よっぽどの下手を踏まない限りは、彼女達とは良好な関係が築けると見ても良いだろう。
「し、失礼しました、ホオズキ男爵。そうですよね、一斉に喋ったらダメですよね」
「ごめんなさい、ホオズキ男爵。つい、気が昂ってしまって……」
「わたくしとした事が……申し訳ありません」
口々に出てくる謝罪の言葉もほどほどに、早速自己紹介をしてもらう。
少女達の口から告げられた自己紹介は、公爵家や伯爵家、子爵家に男爵家など、この部屋だけで爵位をほとんど制覇してしまっている。
ある意味、圧巻だ。
「いえいえ。私の事を気に入っていただいているようで、面映ゆいですね。……ところで、十傑衆の方々は何故こちらに?」
「……私は、父様からの伝言を伝えに」
「シグナート伯爵から? ……他の方々は?」
「私らは単に親交を深めに来ただけだ。ちなみに、私はシルヴィ・ローゼンクランツ。ローゼンクランツ侯爵家の次女だ」
「キャスタリア・ヴァーミリア。ヴァーミリア伯爵家の三女です」
「ミストス・アクエリア。アクエリア侯爵家の次女だな」
「わたくしはオリヴィエ・マクスウェル。十傑衆の一人ではありますが、誇り高きマクスウェル伯爵家の次女です」
まさか全員貴族家のご令嬢だとは思わなかったな。この流れでいくと、ガリアンやコルナート達も貴族の息子……なのか? バレットやシグマは普通の冒険者みたいな感じだったが。
ともあれ、昨日の事を混ぜっ返して『納得いきません。勝負です!』なんて言われなかったところを見るに、彼女達も何か、納得というか腑に落ちるような事があったんだろうな。
まあ、純粋な殺し合いとかではなかったし、そういう意味では割り切って考えられるか。
「皆様、貴族家のご令嬢だったのですか」
「あら、ホオズキ男爵はご存じなかったのですか?」
「ええ。実は私はこの大陸で生まれ育った人間ではないのですよ。なので、十傑衆という存在を知ったのも、つい先日の事でして」
令嬢の一人の疑問に対して、いつも使っている設定を用いて説明しておく。
まあ、完全に嘘ってわけではないんだが。
「まあ! ホオズキ男爵は別の国から来た方なのね!」
「良ければ故郷のお話を聞かせていただきたいわ!」
「それに、ホオズキ男爵の事も色々と教えていただきたいわ。どうかしら?」
「……あまり面白い話はありませんよ?」
「それでもよ! 貴族なんてやってると、退屈な時間の方が多いの」
「そうよね。中には冒険者になって、他の冒険者の方と行動する方もいらっしゃるようだけど」
「女に生まれると、そういう事はなかなか……」
「大抵は武術の稽古なんてさせてもらえないものね……」
「もちろん、シエスタ様達のような方もいらっしゃるけれど、難しいのよね」
口々に退屈に対する不満が出てくる。
まあ、令嬢となれば社交界まではなかなかに退屈な日々だろうし、仕方のない事なのかも知れないな。
この世界には学校らしい学校もなさそうだし、日がな一日、屋敷や領地で過ごすのは確かに退屈だろう。
「では、そんなお嬢様方の退屈を少しでも解消するために、不肖このセツカ・ホオズキが言葉を尽くしてみると致しましょう」
そう言い終わるや否や、令嬢達の口から次々に飛び出る質問疑問の数々。
故郷はどんなところかとか、友人はいるのか、恋人はどうか、両親は如何な人物であるか。
大きい事から細かい事まで、まさしく根掘り葉掘りという言葉の通りに、答えられるならば詳細に答えさせられた。
どうしても言えないとか、隠したい事に関しては、そこは流石に貴族令嬢。引き際を弁えているというか、それ以上ははしたないと思ったのか、深く突っ込まれる事はなかった。
この辺りの感情の左右に敏感なあたり、やはり彼女達も女性なのだと改めて実感する。とはいえ、その辺りに疎い女性もいるにはいるのだが。
そうして、次から次へと飛び出してくる質問や疑問に答えながら、今まであまり味わう事のなかった状況を楽しんでいると、もう随分と時間が経っていたらしく、どこからか腹の虫の鳴く声がした。
声のした方を見てみれば、少ししょぼくれたような表情になりながら腹部に手をあてるシエスタの姿がある。
どうやら腹の虫の主は彼女だったらしい。
「そういえば、そろそろお昼ですか」
「あら、もうそんな時間? もぅ……もうちょっとお話をしていたかったのに……」
「本当に。ああ、時間が来れば空腹になってしまうこの身が恨めしいわ」
「とはいえ、ホオズキ男爵も人間ですし、食べるものを食べなくては」
「そうね。今日は突然押し掛けてしまったのだし、そろそろお開きにいたしましょうか」
令嬢達の間で意見が交わされ、今日のところはこれで終わりにして、またいずれ機会があれば話の続きを、と、そういう事になった。
こんな事を言うと失礼だが、正直助かった。
会話自体、かなりのエネルギーを使うし、まして相手が貴族令嬢ともなれば心労が半端じゃない。
まあ、誰も彼も美しく可憐なので、目の保養にはなったのだが。
「ホオズキ男爵。突然の訪問にも関わらず、貴重なお時間を割いていただいて、心より感謝いたします」
令嬢達を代表するように、年長と思われるご令嬢がそう言って頭を下げる。
「いえ。こちらこそ、貴女方のような見目麗しい女性に気に入っていただき、更には楽しい時間も過ごさせていただいて、本当にありがとうございます。今回はこれでお仕舞いとなってしまいますが、また機会があれば仲良くさせてください」
「――! もちろんです!」
「ありがとうございます。では、最後に。どうか皆様を見送らせてください。成り立てとは言え、男爵家当主。それ以前に男ですから。これくらいは礼儀の範疇でしょう」
そう言って頭を下げると、令嬢達から黄色い歓声があがる。
人数が結構多いから骨が折れそうだが、これくらいは男の甲斐性だろう。まあ、こちらは招待もなしに訪問された側なのだし、普通ならそこまでする必要はないのかも知れないが、印象を良くしておいて損はあるまい。
強いて言うなら、向こうの判断で『私の娘を婚約者に!』なんて言ってくるかも知れないのが損と言えば損だが、そこはそれ。こちらの意見が尊重される事を祈ろう。
「ホオズキ男爵。私らは見送りは要らないぞ。シエスタはそもそも伯爵からの伝言があるからまだ帰らないし、私らも個人的に話があるしな」
少しぶっきらぼうに言ったのはシルヴィだ。
シエスタに関しては最初に言っていたから問題はないんだが、シルヴィ達の個人的な話とは一体なんなのだろうか。
まさかとは思うが、『私らは自分より強い男を夫にするって決めてたんだ』とか言って求婚してきたりしないよな?
見た感じだとシルヴィ達は二十歳前後だし、実家から『そろそろ結婚を』なんてせっつかれるとか、本人達が行き遅れを気にして焦ってたりしてもおかしくない。
……まあ、話せばわかってくれそうなもんだが、そういう話じゃないのを願うしかないな。




