五十五頁目 貴様のバカな息子達
「ホオズキ様。ホオズキ様にお会いしたい、という方が見えておられますが」
闘技大会が終わりを迎えた日の翌日。
ロベルトは朝食が終わるや否や、そんな話を持ち掛けてきた。
聞けば、どうやら闘技大会で十傑衆を一蹴したのがとてつもなく話題になり、是非とも自分の専属の護衛にしたいと、子爵家の次男とか侯爵家の三男とか伯爵家の四男とかの、家督継承権を持たない男子が早速詰め掛けているらしい。
あるいは、オレの闘う姿を見て惚れてしまったという貴族家のご令嬢や大商会の娘、実力ある冒険者や傭兵の女性も、その例に漏れずといったところなのだそうだ。
まあ、これは大体予想出来ていた事だ。
だからこそ、いざ勧誘を受けた時に言う言葉も、既に考えてある。
「わかった。早速会おうと思うが、一人ずつ会うのは面倒だから、まとめて会える場を用意してくれ。男女は分けてくれよ。家督継承権をかっさらう為の道具として見られるよりは、素直に『貴方に惚れました』とか言われる方が嬉しいもんだからな」
「畏まりました。では、早速場を整えましょう。すぐに用意出来ると思いますので、少々お待ちくださいませ」
「多少遅れても構わん。先触れも出さずに直接やってくるような阿呆だ、精々待たせてやれ」
「ははは、ホオズキ様も人が悪いですな」
「礼節を重んじる、と言ってくれよ。……世話をかけるな」
「いえいえ。ホオズキ様はトーリットお嬢様の大切な……取引先でありますからな。この程度の事は対処して当然です」
口元に柔らかな微笑みを湛えながら、しかし少し言葉を選ぶようにしてロベルトは言う。
大切な……人、とでも言おうとしたのかね。
まあ、トリィみたいな恋人なら……いや、待てよ?
トリィはあれでも商隊の代表に選ばれる程の商才を持った才女だ。となれば、例えばデートで買い物なんかをした際に、物の値段如何では面倒な事になる可能性もある。
それを考えるなら、トリィと恋人になるのはちょっと……失礼だけど、勘弁願いたいな。
まあ、トリィは頭が回るし、商人だけあって感情の動きには敏感だから、そういうのは無いかも知れないけども。
「……どうされましたかな?」
「いや、何でもない。ともあれ、そういう事で対応を頼む」
「畏まりました。では、整えて参ります」
ロベルトは恭しく一礼すると、部屋のドアを開けて去っていく。
「……ふむ。どうしたもんかな」
「どうされたのですか、主?」
「いや、いつまでもここに厄介になるわけにもいかないと思ってな。ロベルトを始めとした屋敷の使用人達は優秀だが、トリィの好意に甘え続けるわけにもいかない」
「確かに……。では、どうするのですか?」
どうする、とは訊いてくるが、ユキヤも大体は理解出来ているはずだ。
オレ一人ならともかく、ユキヤ達を含めた人数は六人。
そんな人数で宿屋をいつまでも利用するわけにもいかないし、そもそもこれからダンジョンにも潜ろうと言うんだ。
とてもじゃないが、どこかの家を買うくらいしか選択肢はないだろう。
家……家か。
地球で、ましてや日本ではオレくらいの年齢で一軒家を買おうと思ったら相応に金持ちでもないと無理だが、その点この世界は魔物を倒して売れば金になるし、力を付ければ確実に認めてもらえる上に収入も右肩上がり。
案外、窮屈な地球での生活よりは、こっちの生活の方が性に合ってるのかも知れないな。
ともあれ、家が一軒どれだけの値段するのか調べないとな。こういう時は商人ギルドを頼るべきだろう。
押し掛けてきた連中の応対が一段落したら、商人ギルドに行って紹介してもらうか。
「家でも買うか」
「家ですか。どのような家を?」
「そうだな……。オレの理想としては、鍛練に使っても問題ない広さの庭があって、オレ達六人にそれぞれ部屋を割り当ててもなお余る部屋数で、風呂も付いてればいいなぁ」
「主、それは最早屋敷なのでは?」
「……オレもそう思う」
まあ、男爵程度とは言ってもオレも貴族だし、冒険者稼業で稼いだ金に飽かせて屋敷の一つや二つ買ったって、誰も文句は言うまい。
「とはいえ、オレも貴族だしな。屋敷の一つ二つ持ってたって文句は出ないだろ」
「それはそうですね」
「だろ? ところで、ロゼ達はどうした? 姿が見えないみたいだが」
「ロゼ達なら街に出ていますよ、主。どうやら、十傑衆に食い下がった事と主の奴隷という事で、結構な有名人になっているようです」
「そうなのか。……しかし、なんだ。オレ以外にも人族はいた方がいいんじゃないか?」
「と、申されますと?」
「いやな? お前達だけで行動する時があったとして、亜人は元より、ダークエルフまで快く受け入れてもらえるってわけでもないだろ?」
コルティア子爵領やお隣であるここ、シグナート伯爵領ではダークエルフでも受け入れてもらえるだろう。
だが、いざ遠方に赴いた時に、亜人と一緒くたにして考えられて、あらぬ扱いを受けないとも限らない。
そうなると、ある程度成熟した、ユキヤ以外の保護者役の人族の……まあ、ロゼ達の性別を考えると女性を身内に入れた方が良いだろう。
となれば、やはり奴隷だろうか。
普通の人だと奴隷に忌避感というか、嫌悪感というか、そういうものを抱かないとも限らないわけで。
そうして考えてみると、同じ奴隷という境遇にいるという事で親近感を覚えてもらえる……という事が望めそうな人族の奴隷が良い。
別に成熟してなくても、要はライカのストッパーになって、ロゼ以上に冷静な思考を保てる人材なら誰だって構わない。
「なるほど……言われてみれば確かに。主はお優しいですね」
「そうか? ……そうか」
柔らかな笑みを浮かべてこちらを見つめるユキヤの視線に、妙に恥ずかしくなって居たたまれなくなる。
『――ホオズキ様、場が整いました』
突然の四回のノックの後に、ロベルトの声がドア向こうから聞こえてくる。
結構な人数が押し掛けてきていたと思ったんだが……流石はロベルト。優秀だな。
「わかった。今行こう」
ロベルトに返事をしながらユキヤに視線を向けると、『いってらっしゃいませ』と目礼をして応えてくれる。
面倒だが行ってくるとしよう。面倒だが。
◆
ロベルトに案内されて屋敷の一室のドアを開け、中に入ると、総勢二十名は越えようかというほどの貴族らしい見た目をした男性と、それに付き添う執事やらメイドやらが出迎えてくれた。
「お待たせしました。早速ですが、お話を伺いましょう」
「私はオットル子爵家の三男、ミトラ・オットルだ。ホオズキ男爵。貴公を是非とも我が子爵家に迎えたい。給与は弾もう。貴公ほどの傑物がいれば我が家は安泰。そして私も――いや、なんでもない」
「ふん。たかが子爵家の三男如きが世迷い言を。ホオズキ男爵には我がセントラル侯爵家に仕えてもらうのだ。格の違いを知れ」
「ほざけ、貴様こそセントラル侯爵家の四男ではないか! 侯爵家とは言え、所詮は四男。同じ侯爵家でも私はベルダート侯爵家の次男だぞ」
喧々囂々。
オットル子爵家の三男坊が口を開いたのを皮切りに、自分の家が、いや自分の家こそが、と騒ぎ立てる貴族の息子達。
なんと言うか……なんだってこう、家督から遠い奴に限って五月蝿いんだろうな。
このまま見てるのもそれはそれで苦痛だし、黙らせるか。
「……静かに」
言葉に殺意を乗せて威圧感を放ちながら言うと、殺意に戦いたのか、威圧感に圧されたのか、それまで五月蝿く騒いでいたのがピタリと止んだ。
「まずは、こちらの希望を聞いていただきましょうか」
「……あ、ああ。そうだな」
「すまない、ホオズキ男爵。五月蝿くした」
「申し訳ない……」
「構いません。……さて。私の聞いた話が確かであれば、貴殿方は私を勧誘に来たはずだ。自分に、あるいは自分の家に仕えるように」
オレの言葉に息子達が頷く。
「話が確かなようで何よりです。ですが、私は誰の家にも、また、ここにお集まりいただいた誰にも、仕えるつもりはありません。無論、私の部下であるユキヤ、ロゼ、ライカ、アナ、ルキナの誰をも手放すつもりは無く、どれだけの好条件を提示されたとしても不変であるという事を明言しておきます」
「な、何故だ! 私のところに来れば、今よりもずっと良い生活が出来るぞ!」
「ふざけるな! 私だ、私のところに来るのだ!」
「ほざけ、虫ども! 私のところに来るなら、どこよりも好条件で迎えよう!」
私のところに、いや私のところに、と再び喧々囂々。
まったく。
嫡男でなければ思慮が浅くなる呪いにでもかけられているのか?
「――静かにしろ。家督継承権もなく、囀るか家の金に飽かして欲しいものを手に入れるかしかしない阿呆共が。立場を弁えて発言したらどうなんだ? オレは名誉爵位とは言え、ホオズキ男爵家の当主。お前達はなんだ? 爵位の違いはあっても、どいつもこいつも家督継承権すら持たない有象無象。お前達が頭を地に伏せて『我が家に仕えてください』と懇願するならともかく、何故オレがお前達のいずれかに仕えなければならないのか。さあ、誰か教えてくれ」
両手を広げて問い掛けるが、誰も口を開かない。否、開けない。
当然と言えば当然だろう。
言った通り、名誉爵位とは言っても、オレは男爵家の当主なわけだ。
つまり、ここにいる息子達の父親と、爵位の違いはあっても、同列の存在であるわけだ。
悲しい事に、貴族社会は立場を重視する世界。
貴族家の当主に対して、他貴族の息子や娘は礼を以て接しなくてはならない。もちろん、当主であっても爵位が上の貴族には礼儀正しくする事が肝要だが。
「オレが何を言いたいのか、わかるよな? お前達がもう少し自分の立場を弁えた発言をするならちょっとは考えたが、その必要は無かったようだな。さあ、帰ってくれ。オレはこれから、お前達のようにオレを求めてやってきてくれたご令嬢達との歓談に向かわなければならないのでな」
「――ふ、ふざけるな!」
「……何?」
用事は終わったとドアノブに手をかけたタイミングで、息子達の誰かからそんな声が聞こえてきた。
「貴様はたかが男爵家だろう! 黙って私に仕えていれば良いものを!」
「お前はどこの家の誰なんだよ。自己紹介くらいしたらどうなんだ?」
「私は! メリオール公爵家の三男、セタン・メリオールだ!」
「そうか。……ところで、オレは国王とは懇意にさせてもらっていてな。エリーナ王女とも文通をする仲なんだが……今回の手紙にはメリオール公爵家の三男の事を書かせて貰おう。自らの家が公爵家である事を良い事に、無理矢理にオレを仕えさせようとしたと、詳らかにな」
オレの言葉を受けて、セタンは元より、他の息子達も顔面を蒼白させる。
まあ、オレとしては国王やエリーナ王女の名前は使いたくはなかったんだが、権力を振りかざしてくるなら、こちらも権力で応対するしかないだろう。
エリーナ王女と国王には勝手に名前を使った事を今回の手紙で謝罪しておかないと。
「……話は終わりだ。どうしてもオレに仕えて欲しいのなら、せめてお前達自身の実力で家督を継げるようになってから出直して来るんだな」
それを捨てゼリフにして、いよいよ部屋を後にする。
さて、次は貴様のご令嬢や大商会の令嬢達との歓談だ。バカな息子達の相手で荒んだ心を癒してもらおう。




