五十四頁目 最強達との戦い、その終わり
「おらあああっ!」
「っらあああっ!」
同じタイミングで襲来する大剣とバトルアックス。
それは、『面倒だ。十傑衆の残り全員、まとめてかかって来い』と口にした矢先の出来事だった。
挑発された事に怒っているのか、それとも、ガリアンとシエスタだけを相手にしただけで自分達十傑衆が侮られたと思い憤っているのか、大剣使いゴーランと斧使いコルナートの瞳には怒りの色が宿っていた。
「最強を名乗るなら心を乱すな」
迫る大剣とバトルアックスをそれぞれ回避しながら言う。
ゴーランはともかく、コルナートは自己紹介の時点では冷静な男という印象だったんだが、この程度の事で怒りのままに武器を振るうなんて、些か期待外れだったな。
まあ、怒気を滾らせているのは他の六人の十傑衆も同じだが。
「十傑衆を、ナメるなッ!」
「侮られたままじゃ、いられないんでな。ここで倒れてもらうぜ!」
「アタシらだって連携は出来るのさ!」
三方向に散開した格闘士シルヴィ、長柄使いシグマ、魔導鞭使いミストスからの波状攻撃をも躱す。
ただ、やはり、最強には程遠くとも実力は中々のものだけに、一撃一撃は鋭く速い。
ゴーランとコルナートの攻撃も、今の三人とは速度は劣るものの、鋭さは同等に重さは格段に上だ。
「わたくしも忘れないでくださいましね……!」
『裁きの雷を!』
細剣使いオリヴィエによる高速の刺突を回避したかと思えば、魔導師キャスタリアによる降り注ぐ雷に襲われる。
「踊れ!」
そして、他の七人の十傑衆の攻撃の合間を縫って、息をつかせまいと魔導銃使いのバレットが両手に持った片手魔導銃で逐一移動しながら発砲し続ける。
なるほど、確かにこの連携には眼を見張るものがある。だが、それだけだ。
これでは普通の人間と変わらない。
自分では届かない部分、埋められない部分を補う為に他の人間と連携する。
そんな事は『最強』でなくとも出来る。
まあ、もっとも、オレが『まとめてかかって来い』と挑発したからというのもあるんだろうが、それにしたって個人の実力が低い。
せめてシエスタくらいには戦って欲しい。
「お前達、よくそれで最強を名乗れているな。実は本当の十傑衆の影武者とか、そういうのだったりしないか?」
「ほざけ!」
「間違いなく本物だよ!」
「そうか……」
ハッキリ言って、失望した。
シグナート伯爵に話を貰った時は、一体どんな強者と戦う事が出来るのかと、遠足前の小学生のように心が踊っていたものだが、こうしてみると、やはりあの時、シグナート伯爵に十傑衆に最強の称号を返上する準備をしておくよう伝えて欲しいと言ったのは間違いではなかったらしい。
そのシグナート伯爵も、恐らくこの闘技場の観客席で見ているのだろうが、さて、一体どんな心持ちでいらっしゃるのか。
「……まあ、気にしなくていいか」
口の中で呟いて、再び十傑衆に意識を向ける。
こうして攻撃を受けている感じでは、一番見所があるのはシエスタで間違いない。
時点でシルヴィ、オリヴィエ、ミストスあたりが中々良い感じだろうか。この三人ならシエスタのように稽古を付けてやるのも良いかも知れないな。
まあ、鞭に関しては専門外だが。細剣もちょっと疎いかも知れない。
棒術とかならなんとか教えられるんだがな。
「終わりにしよう……フェンリル!」
キーワードの発動で、予選で見せたのと同じ――厳密には込めた魔力量が違うのだが――氷で形作られた狼が姿を現す。
声帯がない以上は声が出せないし、遠吠えも意味はないのだが、空を見上げて遠吠えの真似をすると、フェンリルは十傑衆を片端から襲撃し始める。
「ちっ、予選のアレか!」
「さっさと壊せ!」
「それより溶かせないのか? キャスタリア!」
「無理です! 込められている魔力のせいで、私の火魔法では直ぐには溶かせません!」
「なら、発動者を倒せばいいのさ!」
「そうですわ!」
「いくぞ!」
「まだまだ踊ってもらうぞ!」
繰り出される爪や牙を回避しながら、器用にもオレへの攻撃を止めない十傑衆の面々。
これは、もう一押しくらいする必要があるか。
「氷獄の再現といくか。『コキュートス』!」
氷属性最上位魔法『コキュートス』。
それは、ダンテの『神曲』において、サタンを封じた地獄の最下層として描かれている氷獄の名前。
最も重い罪である裏切りを犯した者が永久に閉じ込められるとされるその氷の地獄は、発動者が予め定めた人間を氷の牢獄へ閉じ込め、その絶対零度を以て対象にダメージを与える。
とは言え、周囲の事も考えて規模や仕様を変更して、対象を、身動きが取れないようにその場に縛り付けるだけに留まっているが。
「――くそっ、動けねえ!」
「厄介だな……!」
ゴーランとコルナートが足を固定している氷を砕こうとしながら、しかしまったく砕ける様子のない氷に悪態を吐く。
他の十傑衆もそれは同じようで。
ただ、武器を振るうのに十分な空間の取れないミストスや、氷のせいで足を曲げられないからか氷を殴れないシルヴィは半ば諦めたような顔をしていたのだが。
しかし。
そうしてどうにか氷から脱しようと手を尽くす十傑衆の面々を、フェンリルが牙と爪で蹂躙し尽くすには、そう時間はかからなかった。
◆
役目を終えたコキュートスとフェンリルが砕けて消える頃には、立っている十傑衆は観戦に回ったシエスタくらいなもので、まとめてかかって来た八人の十傑衆は、もれなく地面に倒れていた。
専門用語で言うところの『床ペロ』というヤツである。
『……ハッ!? え、えぇと、これは一体誰が、誰が想像しただろう! オルトーラで魔族が率いる魔物の軍勢を単独で殲滅したとは言え、ロガ王国が誇る最強集団『ロガ十傑衆』を下し、更には、ロガ十傑衆でありこの街の領主であるシグナート伯爵のご息女であるシエスタ様に戦闘の手解きまでしてしまうとは! 一体! 誰が! 想像出来たのでしょうか!?』
想像も出来なかった展開に呆然としていた実況が息を吹き返し、熱い実況を再開する。
まあ、誰が想像出来たのかと言えば、多分誰も想像出来なかっただろう。
それこそ、この話を持ち掛けたシグナート伯爵自身であったとしても。
『早速ですが、ロガ十傑衆との戦いを制したセツカ・ホオズキ男爵に勝利者インタビューと参りましょう! とおっ!』
掛け声と共に誰かが観客席から飛び出し、空中でくるくると回転し、オレの眼前にシュタッと降り立った。
話の流れからして実況だと思しきその人物は、ライムグリーンのセミロングの髪を揺らして、こちらに歩いてくる。
容姿自体は見事なまでの美人で、胸もそこそこあり、女の色気を感じる事も出来るのだが、実況のセリフを聞くに、きっと彼女は『残念美人』にカテゴライズされるタイプの人間だ。
「初めまして、ホオズキ男爵。私、今回の闘技大会の実況を務めさせていただいております、ソフィアと申します」
恭しく一礼するソフィアと名乗る美人。
「早速ですが、インタビューよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない」
『では。今回、ロガ王国最強集団であるロガ十傑衆と戦ってみて、如何でしたか?』
『……確かに、一廉の実力者ではある。大抵の冒険者、傭兵、兵士、騎士、賊が相手なら、およそ歯牙にもかけないだろう』
ソフィアのものと思われる音魔法で、彼女とオレの声が拡声される。
『だが、それだけだ。十傑衆のシエスタも自覚していたし、オレも言ったが、才能やレベルに甘えていて経験が足りない』
『経験、ですか。しかし、最強と謳われるからには、それだけの経験が裏打ちされていると思うのですが?』
『確かに、戦闘の経験として言えば眼を見張るものがあるだろう。実際、オレを攻め立てた連携攻撃は、かなりの経験を積まなければ出来ないだろうからな』
『という事は……つまり?』
『単純に、格上との戦闘経験が足りない。オレも今の実力になるまでに、遥かに実力が上の人間に何度も挑み、時に挫折を味わい、それでも強くなりたいと思って諦めなかった』
『格上との戦闘経験、ですか。しかし、そう簡単にはいかないのではないですか?』
『……もっと簡単に言おう。十傑衆に圧倒的に欠けているものは、強くありたいと願う心だ』
『それが、強くなるための秘訣。そういう事でしょうか?』
『そうだな、そう言って差し支えないだろう。才能に甘えず、レベルに甘えず、スキルに甘えず、他人の評価に甘えず、常に、強くありたい、己は未だ未熟な存在で、だからこそ高みに辿り着きたいと、心からそう願う事が大切だ』
『なるほど。どれだけの実力を身に付けたとしても、それに甘んじてはいけないという事なんですね』
『そうだな。もちろん、そうして成長していく中で壁にぶつかる事もあるだろうが、それで諦めてはいけない。限界を決めるのは自分だ。壁にぶつかったと思うなら、視点を変えて、どうしたらその壁を壊せるかを考えるべきだな』
『ロガ十傑衆の皆さんに足りないのは、追究する心というわけですね』
この実況、なかなかのやり手だな。
ギルドの所属なのか、はたまたシグナート伯爵の部下なのかはわからないが、優秀な人材だ。
『ちなみに、ホオズキ男爵から見て、ロガ十傑衆の中で、これから更に強くなるというか、そういう見所のある方というのは、誰が当てはまりますか?』
『一番見所があるのはシエスタだな。シーフ系の職業であるが故に戦闘での目立った活躍は出来ないだろうが、実力は十傑衆の中で一番高かったな。最強に一番近いと言えるだろう』
『一番、という事は、他にもいらっしゃるんですか?』
『ああ。格闘士シルヴィ、細剣使いオリヴィエ、鞭使いミストスはシエスタに次いで見所のある実力者だった。残念ながら男連中はそれ以下だったが。ともあれ、彼女達には体格差などのハンデを押し退けて、もっと強くなって欲しいな』
『女性ばかりというのは珍しい気もしますが、私も同じ女として、応援していきたいですね。では、最後に。闘技大会の覇者として、何かコメントをお願いします』
ソフィアが期待に満ちた眼でこちらを見る。
インタビューといい、最後のコメントといい、あんまり得意じゃないんだけどな……。
まあ、期待には応えなければなるまい。
『……改めて。オレはセツカ・ホオズキ。先日のオルトーラでの一件で男爵位を叙爵された。今回、この闘技場に来た観客の中には、成り上がったばかりの一代貴族風情がよくもロガの誇りを汚してくれたな、なんて思う人もいるだろう。だが、今目の前で起きた事は紛れもない現実だし、受け入れてもらう他ない』
不遜な事を言っている自覚はあるが、まあ、無礼講という事にしてもらおう。
『ただ、彼らはここで終わりではない。さっき言ったように、強くありたいと彼らが願うならば、今以上の実力を身に付けられるだろう。事前にシグナート伯爵に言っていた事もあって、彼らは最強の称号を返上する事になるが、そんな彼らを支えるのは、今まで通りロガの国民だ。オレが言っても無意味かも知れないが、どうか彼らを見限らないでやって欲しい。よろしく頼む』
そこでコメントを終わり頭を下げると、割れんばかりの歓声が闘技場に響き渡った。
耳を澄ませてみてもブーイングの類は聞こえず、むしろ『どっちもよくやった!』とか、『いい勝負をありがとう!』とかの賞賛の声が聞こえてくる。
正直、ブーイングを受ける覚悟でいたために、良い意味で拍子抜けだ。
『――それでは! ホオズキ男爵にコメントもいただいたところで、この度の闘技大会は終了となります! 興奮冷め遣らぬとは思いますが、どうか怪我なきようご退場くださいませ!』
最後にソフィアの司会で締める。
十傑衆は格下ではあったが、今後に期待が持てる格下だった。
オレも、これはこれで良い経験になったし、シグナート伯爵の話を受けて正解だったな。
シエスタがシグナート伯爵の娘だって事には本当に驚いたが……これが原因でシグナート伯爵から、シエスタを婚約者に、なんて話が飛んでこないといいなあ。
まさか、こう思う事がフラグか……?




