五十三頁目 短剣使いシエスタ
ガリアンを除く他の十傑衆は、その最強の一角があっさりと倒されたという事実に、明らかに萎縮していた。
わからないではない。
きっと他の十傑衆も、通ってきた道はガリアンと似たような道なんだろう。
才能があると教えを受け、格上の相手を才能の伸びとレベルの上昇で押し退け、常に、同等か、あるいは格下の相手だけをしてきた、そんな道。
それが間違っているとは言わない。
だが、そうして才能やレベルに飽かして、味わうべき挫折を味わう事も、そこから立ち上がる心を育てる事もなく育ってきた人間と、常に格上の人間との闘いに身を晒して、その格上と同列の存在になりたいのだと身体を痛め、血を吐き、土を噛んできた人間とでは、いくら才能やレベルに格差があろうとも、それでは埋められない技量の差というものがある。
最強とは、絶対無比の強さを誇る存在を言う。
オレに言わせてみれば、最強の直剣使いだの最強の格闘士だのと、最強が何人もいるという事が既に間違いだ。
物理の最強、魔法の最強。最強と称えるのなら、その辺りが適当だろう。
「ほら、来いよ。お前達、最強なんだろう?」
壁際の十傑衆の面々に視線を向けると、完全に萎縮した男女がビクッと反応する。
だが、そのまましばらく待っていると、最強の短剣使いと名乗ったシエスタが一歩前に出て、そのままこちらへやってきた。
「……私が相手」
「シエスタだったか? よろしくな」
「……ん」
パッと見は十代半ばに見える眼前の女の子は、見るからに緊張している身体をどうにか動かして、腰のベルトに差した鞘から短剣を抜いた。
抜かれた短剣は短剣と言うには長く、しかし直剣ほど長いわけではない刃渡りで、研ぎ澄まされた白刃はそれを打った人間の腕の良さと、使用者がどれだけ愛着を持って使用しているかを窺わせる。
「…………ホオズキ男爵」
「……何か?」
「……私達十傑衆は、ホオズキ男爵の言う通り、才能に恵まれ、レベルで押し通ってきた」
「だろうな」
「……だから、稽古を付けて欲しい。レベルを上げても才能に恵まれても得られない、技を、私に」
「ほう……?」
少女とも呼ぶべき眼前の彼女は、良くも悪くも自分達『十傑衆』の力量というか、成り立ちの裏にある未熟さを十分に理解しているように見える。
実際、稽古を付けて欲しいと言った彼女の声には揺るがぬ決意の色が表れているし、己が持つ技量も、本来の最強には程遠いのだと、十傑衆の中では幼いながらに理解しているのだろう。
オレは、この世界に来るまでは鬼灯流の免許皆伝にして道場師範だった。
道場の扉を叩く人間はそれこそ老若男女様々だったし、鬼灯流を習いたいとする人間には快く門を開いてきた。
即ち、来るもの拒まず。
であるならば、眼前のシエスタという少女に対して、道場師範であるオレがやる事は一つだろう。
「では、稽古を付けてやろう」
「……お願い」
「まずは構えてみてくれ。……そういえば、短剣使いという事はシーフ系の職業なのか?」
「……ん。最上位職。シャドウダイバー」
「シャドウダイバー……ね」
聞いた事はある。もちろんユキヤに。
ユキヤ達ダークエルフの中でも到達する者は稀だと言われているらしい職業。
段階としてはシャドウストーカーの二段階上の職業で、間にはシャドウチェイサーという職業があるらしい。
大抵はシャドウチェイサー止まりだが、当人のレベル、技量、ステータスが条件を満たすと転職が可能になるのだとか。
「シャドウダイバーになれる技量があって、どうして稽古を?」
「……それは、シーフ職としての技量。罠の解除や隠密関係。戦闘の技量じゃなくて、サポート技量」
「だが、シーフ系の職業なら、罠や暗器の搦め手が基本だろう? 前衛と同じ事がしたいのか?」
「……ん。サポート寄りでも、一人で戦う時は必ず来る」
「なるほどな」
要は、ダンジョンにソロで潜ったり、やむを得ず単独での戦闘をしなければならなくなった場合に、今の戦闘技量では不安だと、そういう事なんだろう。
「武器は……短剣にしては長いが、腕が短い分を補うと思えば問題ないか。その短剣はどうしたものなんだ?」
「……ダンジョンで拾った。宝箱」
「ダンジョン品か。……手に対して柄が少し太いな。闘技大会が終わったら信頼出来る鍛冶屋に行って調整してもらった方がいい」
「……ん、わかった」
「それから……武器はそれだけか?」
「……ん」
「そうか……。いいか、サポート寄りとは言っても短剣一本じゃ前衛と何も変わらない。それどころか、直剣なんかとはリーチが違う分、より相手の懐に入り込む必要がある。それは解るな?」
「……ん。厄介」
オレの説明に素直に頷くシエスタ。
やはりシエスタはガリアンよりも実力が上の存在だな。自分の攻撃方法の欠点に対しても理解があるし、力量や技量を正しく認識している分、ガリアンより十傑衆……いや、最強に近い存在だと言えるな。
「短剣みたいな武器で戦う時は、どうしても手数で押していく必要がある。それか、毒や麻痺みたいな状態異常を狙うかだな。ただ、それでも短剣一本では厳しい」
「……ん」
「お前が見ていたかはわからないが、オレの部下のユキヤも同じだ。あいつは小刀の二刀流だし、シャドウストーカーだから、お前とはちょっと違うがな」
「……ん、見てた」
「そうか。ともあれ、共通して言えるのは、より懐に入り込む必要がある分、普通の前衛よりも危険が大きい事。それから、メインの武器だけでは懐に入り込む時に、相手の隙を窺わなければならない事だな」
「……大変」
「そうだ。だから、使える手段は大別して二つ。誰かが作った隙を利用するか、自分で隙を作り出すかだ」
ただ、今回シエスタが聞きたいのは、飽くまで単独戦闘時の戦い方だろう。
誰かとパーティを組むなら、それこそ、前衛か後衛に頼って、出来た隙を突くだけでいい。
だが、単独での戦闘となればそうした隙は自分で作り出す必要があるし、そもそも隙を作り出す為の攻撃方法が必要になる。
とどのつまり、中衛というのは悪く言えば器用貧乏なのだ。
「ともあれ、単独で戦うのを前提に考えるなら、何らかの投擲物が必要だな。投げナイフでも良いし、針みたいな特殊な道具でも良い。隙を作る手段だから、それこそ毒を塗ったりするのも手だな」
「……ん」
「まあ、現状はそれがないし、今は仕方ないと諦めてくれ。……さて、講釈はここまでにして、早速模擬戦といこう。下手に武器を握ってると意識して危ないから、オレは素手でやる」
言いながら装備欄から鬼灯を外して徒手空拳に。
そんなオレを見て、シエスタも改めて短剣を構えた。
「よし、早速掛かってこい」
「……ん、いく」
短い返事をして、シエスタの姿がブレる。
かと思えば、死角である下方から鋭い突きが延びてきて、それを躱せば突きで伸ばした腕を利用しての縦斬り。
時折挟まれるローキックやハイキックを受け止めれば、それを利用して短剣で攻撃。
小柄な身体を目一杯に利用して戦っているから、素早いし、こちらの攻撃やカウンターも当たらない――当てる気はない――し、人によっては鬱陶しいとさえ感じる連撃だろう。
「良い連撃だ。攻撃を受け止められても、その次の攻撃をちゃんと考えてるから相手を翻弄しやすい。攻撃力の無さを手数で補う事のお手本のような行動だな。十傑衆と言うだけある」
「……ん、ありがと」
「途切れる事のない攻撃は、相手に苛立ちを覚えさせ、焦りを生み、攻撃の手を雑にさせる。ただし、それは実力が伴わない奴だけだ」
「……格下?」
「そうだな、格下と言ってしまって差し支えないだろう」
シエスタの驚くべき部分はスタミナの多さだろうか。
普通連撃というのは、攻撃に次ぐ攻撃……それこそ数珠繋ぎとも言える密度の攻撃をするために、スタミナの消費がひどく激しい。
だから、シエスタみたいな小柄な少女の場合、スタミナの無さが邪魔をして、連撃では十分も保たない場合がほとんどだ。
そういう意味ではシエスタはスタミナ量も多いし、戦闘中の思考も冷静なものだしで、ハッキリ言って教える事なんかほとんど無い。
「……うん、良い攻撃だ。教える事なんてほとんど無いな。だが――」
再び迫るシエスタの短剣による突き攻撃。
正面から来るそれを、今度は手首を掴む事で回避して、同時に踏み込まれた足を踏みつけて固定する。
「――これならどうだ?」
「……ん!」
その時、それまで無表情とも言えたシエスタの顔に、わかりやすく焦りと困惑の色が浮かんだ。
シエスタの攻撃は『最強の短剣使い』の称号を与えられるだけあって、確かに巧い。
だが、シエスタ自身が理解しているだけあって、本人の技量はそれほどではない。同等か格下の相手になら通用するのかも知れないが、世界は同列と格下だけで構成されているわけではない。
その上、シエスタの攻撃は良くも悪くも単純だ。投げナイフの類は今は望むべくもないし、フェイントをかけて攻撃を遅らせるといった事もない。
だから今オレがしたように、攻撃する腕や足を掴まれたりして行動そのものを封じられるタイミングが多い。
「どうだ? 全然動けないだろ」
「……ん」
攻撃に移れないからか、しょんぼりとした声で返事をするシエスタ。
「まあ、こういうのは一定以上の実力がある奴なら誰でも考えるし、出来る事だ。別に特別な事をしてるわけじゃない」
「……ん。どうしたら良い?」
「フェイントを使うようにすると良いな。フェイントと遠距離を攻撃出来る道具……それから、懐に入り込むまでどんな攻撃かを悟られないように立ち回るとかな。お前は現状でもかなりの実力が備わってる。それこそ『最強』に一番近いくらいにはな」
「……そうなの?」
「まず間違いないだろう。ただ、攻撃が単純過ぎるのがダメだな。こうして腕や足を封じられる事も考えて、搦め手を勉強した方がいい」
「……ん、わかった。他には?」
「それ以外は……特に思い付かないな。身体の使い方はしっかりしてるし、スタミナも多い。リーチの短さは気になるが……まあ、成長すればどうにでもなるだろ」
「……ん。ありがと、師匠」
「師匠? なんでだ?」
そりゃ稽古を付けて欲しいとは言われたが、別に弟子を取ったわけじゃないんだし、師匠はおかしくないか?
「……師匠は私の師匠。次に会う時があったら、また稽古を付けて欲しい」
「まあ、稽古を付けるのは構わないんだが……」
「……よかった。改めて自己紹介。私はシエスタ。シエスタ・シグナート。シグナート伯爵家の三女」
「…………は?」
なんだって? 目の前のこの少女が? シグナート伯爵家の三女? マジで? 本当? 騙されてるとかじゃなくて?
「シグナート伯爵の、娘?」
「……ん」
「歳は?」
「……十五」
「そうか……」
シグナート伯爵は五十そこそこのオッサンだったし、まあ普通か。
いや、しかし、良いのか? いくら伯爵家を継がないからって、三女だからって、こんな事をさせておいて。
貴族社会では結婚出来る年齢になるわけだし、どこかの家に嫁がせるものじゃないのか?
……もしかして、アレか? シエスタの言動というか喋り方が特殊で、嫁の貰い手が無いとかじゃないよな?
「……誰の家に嫁ぐとか決まってるのか?」
「……決まってない。でも、どうせなら師匠に嫁ぐのもアリ」
「アリか? ……いや、オレも一応貴族だし、アリっちゃアリなのか」
「……ん。貰ってくれる?」
「考えておくよ。……考えるだけだけどな」
今は結婚や色恋より異世界堪能が先だ。
それに、オレは、どうせ結婚するなら恋愛結婚が良い。
まあ、どこかの貴族の娘を婚約者にっていうのも相手を探す手間が省けて楽なんだろうが、やはりお互いの心を尊重すべきだろう。
「さて、そろそろ腕と足を解放してやらなきゃな。悪かったな、いつまでも」
「……ん、大丈夫。今回は勉強になった。ありがと」
腕と足を解放してやると、即座に短剣を鞘に収めて足を揃え、頭を下げるシエスタ。
なんだろうな。妙に懐かれてしまったような気がするが……まあ、大丈夫か。変な事にはならないだろう、多分。
それにしても、いちいち一人ずつ相手をするのも面倒になってきたな。
見た感じ、シエスタに比べたら実力の足りない奴ばっかりだし、いっぺんに相手をしてみるのも良いかも知れない。




