五十二頁目 未熟VS最強
闘技大会本選は、あるいは滞りなく進行していっていた。
参加したユキヤ達も中々の実力を備えた冒険者ではあったのだが、世の中、上には上がいて然るべしというわけで。
ロゼは同じ大剣使いに、ルキナはアナとは違う魔導銃の使い手に、アナはルキナとは違う魔導師に、ライカは短剣使いに負けてしまった。
その試合を観戦したのだが、明らかに実力が違う上に、レベルも遥かに上だという事がありありと見て取れた。
いや、むしろ。
それぞれの相手となった選手は、およそロガ王国には彼らを退ける事が出来る実力者は存在しないのでは? と思わせるほどの、一廉の実力者だった。
もしかしたら、今の、レベル140のオレでも傷一つさえ付けられないのではないか。
そんな風に考えてしまった。
「…………だが」
それでも。……いや、だからこそ。
負けたくない、負けられない。
たとえ、たかが一都市の、なんの事はない催しの一つだったとしても。
あの、『最強』という言葉が人の形をとったと言っても過言ではない、そんな母に手ずから稽古を付けてもらった人間として、鬼灯流の免許皆伝として、異世界の地であろうと、敗北を喫する事があってはならないのだ。
もちろん、それはただのプライドだ。
なんの事はない自尊心であり、未だに未熟なオレの我儘に過ぎない。
でも、だからこそ。自分が認める実力者に、負けたくはない。
「ホオズキ男爵。お時間です」
ゼロ=セツカ・ホオズキだとバレた今、妙に丁寧になったスタッフに連れられてゲートを潜る。
「…………なんだと?」
ゲートを潜り、生まれたのは疑問。
何故なら、そのフィールドには、ロゼ達が戦った実力者が全てと、今までシード枠として全くその姿を見せていなかった男が、立っていたからだ。
そして、オレが姿を見せたのを良いタイミングと見たのか、観客席から武器を携えた男女五人がフィールドに降り立った。
「一体、どういう事だ……?」
「……セツカ・ホオズキ男爵!」
考えあぐねていると、シード枠の男――直剣使いらしい――に声を掛けられた。
「我々は、ロガ十傑衆! シグナート伯爵より話を受け、オルトーラの英雄たる貴方と真剣勝負をしに来た!」
「ロガ十傑衆……。アンタ達がか」
並び立つ男女十人。
携えた武器は直剣であったり、大剣であったり、魔導銃、ガントレット、短剣、バトルアックス、ハルバート、魔導鞭、レイピア、杖。
しかし、平均年齢はオレとそう変わらないように見える。大体二十歳前後といったところだ。
「それで、これはどういう事なんだ?」
「どういう事、とは?」
「最強の称号を与えられた人間が十人も並んで、こちらを袋叩きにでもするつもりなのか――という事だ」
「……済まない、そういうつもりは無いんだ。ただ、顔を覚えるには都合が良いだろうと考えての事だ」
「そうか。それは失礼した」
「いや、構わない。……まずは自己紹介をしよう。俺は『最強の直剣使い』、ガリアン」
「俺は『最強の大剣使い』、ゴーランだ」
「私は『最強の格闘士』、シルヴィ」
「……『最強の短剣使い』、シエスタ」
「私は『最強の魔導師』の称号を頂いています、キャスタリアと申します」
「俺は『最強の銃使い』。名前はバレットだ」
「あー……こういうの得意じゃないんだがなぁ。とりあえず『最強の長柄使い』のシグマだ。よろしくなー」
「俺は『最強の斧使い』と呼ばれているコルナートだ。よろしく頼む」
「アタシは『最強の鞭使い』。ミストスって名前だよ」
「わたくしは『最強の細剣使い』の称号を賜っております。オリヴィエと申します」
十人がそれぞれに自己紹介をする。
長柄使いや格闘士みたいな称号が与えられてるって事は、ハルバートやらガントレットやらによらず最強って事なんだろうか。
ともあれ、自己紹介されたのだから、自己紹介を返さないわけにはいかないだろう。
「改めて、セツカ・ホオズキ。名誉男爵位。よろしく頼む。……それで、最初は誰が戦ってくれるんだ?」
「特に決まってはないんだ。だが、指名したい相手がいるなら言ってくれ」
直剣使いのガリアンが、横に並んだ他の九人に視線をやりながら言う。
指名してもいいのか。それなら……。
「じゃあ、ガリアン。相手をしてくれ」
「俺か? 構わないが、なんでだ?」
「……いやなに、剣に関してはオレも一家言あってな。ひとつ稽古でも付けてやろうかと」
「……あっはっはっは! 最強の称号を持つ人間を捕まえて『稽古』か! なかなか愉快な人だな、ホオズキ男爵……!」
ガリアンの言葉に闘気が込められると、それ以外の九人が後ろの壁際まで後退する。
もし仮に攻撃の余波が飛んできてもどうにでも出来る、と言外に告げられているようだ。
「ホオズキ男爵、武器は?」
「抜かせてみろ、ひよっ子」
「……抜かせてみせよう」
敢えて挑発するような言い方をしてみたが、どうやらこのガリアンという男は挑発にやや乗りやすい男らしく、闘気と殺気を放出している。
『……そ、それでは! セツカ選手対ロガ十傑衆ガリアン! 戦闘、開始!』
実況の声が試合の開始を告げる。
……が、ガリアンが動く様子はない。
眼を見るに、こちらの隙を窺っているように見える。
「……戦闘開始らしいぞ、ガリアン」
「聞こえている」
「それなら掛かってきたらどうだ? 最強と呼ばれているなら、オレを倒すのなんか一瞬だろう」
「……そう、だな」
「……どうした? 何故来ない? お前にしてみればオレなんて、隙の塊だろうに」
「わかっている!」
「どうしたんだ、ガリアン。冷静になれ。焦る気持ちで剣を振れば死ぬぞ?」
射殺すような視線でこちらを睨み付けるガリアンの額には、試合開始から間もないというのに汗が滲んでいる。
ついでに言えば心臓も早くなっているし、呼吸も運動をした後のように細かい。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ……!」
「ほら――そこだ」
ガリアンが見せた一瞬の隙を突いて『縮地』でガリアンの背後に移動し、背中を軽く叩く。
「なっ――!?」
「どうした、ガリアン? 今のでお前、一度死んだぞ?」
「くっ……!」
少し力みながら横薙ぎに振り払われるガリアンの直剣をバックステップで避ける。
「ダメだな。力んだらダメだ。それは剣を握るお前が、一番よく解ってる。そうだな、ガリアン?」
「……うるさい!」
怒号と共に踏み込み、胴体目掛けて放たれる突きを半身になって躱す。
すっかりこっちのペースに飲まれてるな。
「嘘……ガリアンが手玉に取られてる……!?」
「なんの冗談だよ……!」
「……侮れない」
そんな声が、背後にいる他のロガ十傑衆から聞こえてくる。
ガリアンは、確かに直剣を使った剣術という意味でなら最強なんだろう。
だが、圧倒的に経験が足りていない。
それは魔物を相手にするとか、人間を相手にするとかじゃなく、圧倒的格上を相手にする経験が足りないんだ。
格上を相手に戦うという事は、それだけで多大な経験値が蓄積されるものだ。
その相手の一挙手一投足を観察し、床に倒れさせられ、それでもなお技術を盗もうと、その境地に至ろうと、剣を手に立ち上がる。
ガリアンには、それが足りていない。
いや、格上とは戦った事自体はあるんだろう。
ただ、それを、恐らく持ち前の才能やレベルの伸びに任せて押し退けてきたように見える。
だから、格上に翻弄され続ける事も、それによる成長も経験する事なく、今の位置にいるのだ。
「……ガリアン。お前、歳は?」
「歳? ……二十だ」
「……そうか。残念だな」
「……何がだ?」
「お前には才能がある。レベルも高いだろう。だが、なまじ『最強』なんて称号を付けられてしまったばっかりに、経験が足りない」
「ふざけるな! 経験なら、沢山積んできた!」
「違う。同等の相手ばかりを相手するのは経験とは言わない。お前の『最強』の称号は、才能とレベルに飽かして得た、ただのハリボテに過ぎない」
「なんだと!」
「この試合、もしお前が負けたなら、即座に王城に出向いて『最強』の称号を返上しろ。無論、他の十傑衆も同じだ。オレに負けたら『最強』の称号は返上してもらう」
背後にいる他の十傑衆に視線を向けて言う。
そもそも、レベル140程度のオレに負けてしまうようでは、それは既に『最強』ではないのだから、返上は当然と言えるだろう。
『おっとォ、セツカ選手からの最強達への宣戦布告だァ! 単なる無知の為せる業か、あるいはそれほどの自信があるのか。これを受けて、どうするロガ十傑衆!?』
実況の声が響いている間に十傑衆の中では結論が出たのか、何かを示しあわせるようにガリアンが頷く。
「わかった。もし仮に、俺達十傑衆がホオズキ男爵に勝てなかったら、勝てなかった十傑衆は最強の称号を返上する!」
「言質は取った。……いくぞ!」
オレの言葉に対して直剣を正眼に構えるガリアンを見てから、『気配断絶』を使い、『縮地』で背後に移動して背中を蹴り飛ばす。
「ぐあっ……!」
「ガリアン。あまりがっかりさせてくれるな。シグナート伯爵から今回の話を受けて、オレは結構期待してたんだ。ほら、立て」
「言われなくても……!」
地面に蹲ったガリアンが剣を支えにして立ち上がり、再び正眼に構える。
「……なあ、ガリアン」
「なんだ!」
「抜いて欲しいか?」
「…………は?」
「オレに、武器を抜いて欲しいかって訊いてるんだ。どうだ?」
「それ、は……」
「だが、抜けば最悪の場合お前は死ぬだろう。既にオレに二度も背後を取られてるんだから、当然と言えば当然だが。それでもオレに全力での戦いを望むなら、その気概に免じて抜いてやる」
「……抜け、ホオズキ男爵」
少しの沈黙の後、しかし確かな決意を乗せて、ガリアンは言った。
「良いだろう。後悔するなよ」
インベントリからザナドゥを……あれ?
ザナドゥの名前が変わっている……だと……?
【原初の黄昏・鬼灯】
鬼の力が段階的に覚醒した事で覚醒を果たした黄昏の刀。
覚醒した事により、鬼の力発動下でなくとも全能力を発揮出来る。
随分と強化されているみたいだが、それならそれで良し。
「……なん、だ、それは……」
「これか? これは鬼灯。刀だ」
「刀? ……確か、ダークエルフが造っている剣だとか……」
「そうらしいな。だが、これはオレが実家から持ってきたものだ。ダークエルフは関係ない」
「ホオズキ男爵……貴方は一体……」
「問答は無用だ。……ちゃんとガードしろよ」
「え……?」
『縮地』を使い、オルトーラのコルティア子爵の屋敷でも見せた雲耀を放つ。
刹那の擦れ違いにギィンッという金属音を鳴らして、ガリアンの持っていた直剣は弾かれ、その刀身をいくつもの欠片に変えた。
「……終わりだな。なまじ挫折をロクに経験しないから、自分から最強を名乗ったりするんだ」
「…………え?」
茫然自失。一体、今、何が起こったのかわからないといった様子で、ガリアンが自分の手を見る。
だが、先ほどまで握っていた直剣はそこにはないし、仮にあったとしても、刀身は変わらず砕けていただろう。
「さあ、最強は一人消えた。次の最強は誰が来るんだ?」




