五十一頁目 闘技大会本選 VSユキヤ
一日の休息を設けた後に闘技大会は本選を迎え、辛勝か楽勝か本選への出場を決めた参加者達は、オレも含めて控室へと通されていた。
控室とは言っても予選の時と同じように多人数を収容出来るものではなく、ブロックごとの出場者三名に一部屋が与えられていた。
ただ、今回は本選出場者が特に多いからそうなっているというだけで、いつもは本選出場者一人につき一部屋が与えられているらしい。
「マ……ゼロさんは、魔導師なんですか?」
「どう見える? まあ、魔法が苦手というわけではないし、人並みに扱えるという意味でなら、魔導師と呼ばれても間違いないと思うが」
いつもの調子で『マスター』と呼びかけたロゼが、寸でのところでオレの偽名を呼び、世間話を始める。
「では、何か得意な武器は?」
「強いて言うなら刀だろうか。素手での格闘も嫌いではないな」
「刀……。確か、ダークエルフにしか造れない剣だったか? そんなものを持っているようには見えないが」
グレイブ持ちのベルドラが怪訝そうな顔をして、オレを下から上まで舐めるように眺める。
「これでも無限倉庫持ちでな。武器は基本仕舞ってあるんだ」
「レアスキルか。……なるほど。状況に応じた武器の換装が可能というわけだな。レベルはいくつだ?」
「ちょうど140だが……そちらは?」
「100と少し。あんた、やっぱり強いな。生まれは?」
「この大陸ではない、とだけ」
「……なるほど。世界は広いな」
妙に遠い目をしながらベルドラは呟くように言い、本選出場者用に用意された紅茶を一口飲む。
レベル50のロゼに対してベルドラが言及しなかったのは、あるいはそのレベルを見抜いていたからなのかも知れない。
「――失礼します」
不意に、ロゼともベルドラとも違う声が、控室のドアの方から聞こえてくる。
そこにはドアを開けて入ってきた、闘技大会のスタッフを意味する赤のスカーフを腕に巻いた、二十代後半くらいの男が立っていた。
「ゼロ選手、準備は――」
「問題ない。行こうか」
「はい。では、こちらへ」
スタッフの先導で控室を出て、先日通ったのと同じゲートを潜り、フィールドに歩を進める。
フィールドには既に対戦相手が来ていたようで、新たに現れたオレの方に観客の視線が一斉に降りかかる。
期待や嘲りなんかの感情も混ざった視線を浴びながらフィールド中央まで悠然と落ち着いた心で歩く。
「……貴方が、私の対戦相手ですか」
オレの対戦相手として召喚されていたのは、一体何の因果なのか、ユキヤだった。
ただ、オレの事をちゃんと認識出来ていないのか、『セツカ』ではなく『ゼロ』として話し掛けてきている。
「ダークエルフか……。ダークエルフは先祖より代々続く職業故に、正面を切って戦うのは苦手だと聞いたが」
「確かに、我々はもれなくシャドウストーカーという職業に就く……が、だからと言って正面からの戦闘が苦手というわけではない。信じられないのであれば、この場でそれを証明しよう」
にこり、とユキヤが微笑む。
その眼はオレに、『胸を借りる気持ちで行かせていただきます、主』と伝えてきている。
なんだ、気付いてたのか。
ユキヤやロゼが気付いているとなると、アナやルキナ、ライカ……も、まあ、ギリギリで気付いているのだろう。
それにしても、ユキヤ達がもれなく本選出場を決めたのは、中々に僥倖だったな。
普段は稽古を付けてやってる側だからアレだが、こうしてユキヤ達の実力が測れる場に図らずも来る事が出来たのだから。
「……ダークエルフの真髄、見せてもらうとしよう」
「無論」
短い返事をして小刀を構えるユキヤに応えて、オレもフードを脱いでやる。
本当ならフードを被って姿を隠した状態でユキヤ達の練度がどれほどか見てやろうと思ったんだが、まあ、既にバレているなら態々隠している必要もないだろう。
『おっとォ、ゼロ選手のフードが取られたぞォ!? その下から現れたのは、最近ギルドや冒険者達の間で噂が広がっているオルトーラの英雄。単独で、双魔導銃を手に魔族が率いる魔物の軍勢を全滅させた……セツカ・ホオズキ名誉男爵だァ!!』
何故お前がオレの顔を知っているんだ、実況よ。
さてはシグナート伯爵の仕業だな?
あのオッサンが運営に『あのゼロって奴はホオズキ男爵だぞ』とか吹き込んだに違いない。
『そんな英雄に対するは、英雄の懐刀! ダークエルフのユキヤ=キサラギだァ! 自分の主人を相手に、果たしてどこまで実力を発揮出来るのかが見所だ!』
「……何故バレているのでしょう」
「わからん。あの実況、何者だ……?」
ユキヤ達がオレの手勢だと知ってる人間は、このローザロッサで言えばエルティセル商会の商隊メンバーか、その護衛をしていた冒険者くらいしかいないはずなんだが……。
まったく……一体誰だよ、勝手に他人の情報を収集してるのは。
『さァ、それじゃあ始めよう! 闘技大会本選、トーナメント一回戦第八試合……始めッ!』
「……始まりましたね、主」
「そうだな、始まったな」
「なんだか、運営に我々の情報が筒抜けのようですが」
「誰が漏らしたんだろうな。ライカか?」
「そこまでの頭は無いかと。良くも悪くも単純ですし、そもそも懐刀という言葉なんて知らないのでは?」
オレもそう思うけど、絶対ライカの前で言うなよ?
「……まあ、とにかく」
「そうですね」
「全力で掛かってこい、ユキヤ」
「もちろんです、主」
言葉が終わるが早いか、眼前のユキヤの姿が風に消える靄のように消えていく。
「初めて見せる戦法だな」
『全力、ですから』
妙にエコーがかかったように聞こえてくるユキヤの声。
しかし、姿が見えないからと言って焦ってはいけない。それはユキヤの望むところであり、オレの隙になる部分だ。
だから、曇りなき鏡の如く、揺れぬ水面が如く、落ち着いた心でいなければならない。
即ち、『明鏡止水』。
【明鏡止水】
セツカに発現した固有スキル。
人外である母との日々の鍛練を続けてきた事で、セツカは何物にも心を動かされぬ明鏡止水の境地に至った。
見えないからと言って、居ないわけではない。
視覚に頼れないのならば、視覚以外を鋭敏にするしかないのだ。
「……いくぞ」
眼を閉じて精神を集中させる。
足の裏から少しずつ上へ昇っていく、自然との一体化を図る感覚。
この身は揺るがぬ大地なりて、気ままなる風なりて、根を張る草木なりて、己に触れる何物をも手に取るように理解出来る。
「……………」
それは、最早無意識の行動。
揺れる空気を感じて、予選の日に買った短剣をインベントリから装備し、こちらを狙い来るユキヤの攻撃を弾く。
ユキヤは隠密職としてかなり頼れる存在であるが故に、その身を隠す事も、気配を完全に殺す事も意のままだ。
音を立てずに行動する、なんてのは隠密にしてみれば当たり前だし、相手を狙う意識を乗せずに攻撃する事も当然のようにこなす。
で、あれば。
視覚は素より、聴覚もユキヤとの戦闘では役に立たない。嗅覚も、よほど発達していなければ、およそ使い物にはならないだろう。
だからこそ、気配を探る。
気配を消したとは言っても、攻撃をしなければならない以上は消した気配が表層に浮かび上がるタイミングがある。
それを捉える事が出来たなら、勝つ事は出来なくとも、負ける事はないはずだ。
『……手を抜いておられますね、主』
「まあな。嫌か?」
『いいえ。手加減をして戴かねば、私は生きておりません故』
「……そうか」
『いずれ、必ず。貴方と肩を並べられるようになってみせます』
「期待している」
『ありがとうございます、主』
キィン、ギンッ、と金属音が響く中でユキヤと言葉を交わす。
とは言え、今している攻撃はユキヤにとって本気の攻撃ではない。
もしもユキヤが本気で攻撃してきたなら、ありとあらゆる方向からの同時攻撃をしてくるはずだし、オレも迎撃ではなく回避行動を取らなければならないのだから。
だから、今している攻撃は、言ってみればボクシングのミット打ちのようなものなのだ。
『……そろそろ、激しくしますよ』
「いつでも」
オレが応えるのが早いか、ギギンッと連続で金属音が鳴る。
そして、それを皮切りにユキヤの攻撃は激しさを増していく。コンマ数秒で繰り出される同時攻撃とも取れる連撃は、三連、四連と数を増して、オルトーラでは限界だった八連を超え、その数を十五に届かせようとしていた。
こうなれば、いくらオレでも迎撃行動なんて出来ない。回避に重点を置くしかないのだ。
「……なかなか厄介だな。決定力に劣るとは言え、この攻撃回数は面倒だ」
『今の私ではこの辺りが限度ですね』
「そうか。……いやはや、部下の成長というのは嬉しいものだな」
『ありがとうございます』
「オレもそろそろギアを上げよう」
通常時であれば、今のユキヤに対しては迎撃より回避が望ましい。
だが、そんな反射神経に任せた行動より、超高機動戦闘を展開するユキヤに対するには、こちらも超高機動戦闘をするしかないわけで。
「くっ……! 流石は主です」
「部下に出来る事くらいは、出来なくちゃな」
短剣を手に、超高機動戦闘でユキヤの迎撃をする。
とはいえ、このやり方にはユキヤに一日の長があるのは間違いないし、ひょっとしたらオレが負けるかも知れないのだが。
『えー……観客の皆さんには見えていますでしょうか? ユキヤ選手が消え、セツカ選手が何かを短剣で弾き、次に何かを避けるように動いたかと思えば、セツカ選手もユキヤ選手同様に消えてしまいました……。時折、刃が刃を弾くような金属音は聞こえてきますが、一体何が起きているのか私にはわかりません!!』
実況が実況にならないからか残念そうな声が響いているが、ユキヤの戦闘スタイルに合わせて戦うと自然とこうなるから勘弁して欲しい。
とはいえ、そろそろ『英雄』らしいところも見せておくべきだろうか。
「――そらッ!」
「ぐっ……!」
今までユキヤの攻撃に合わせていたのを、今度はこちらから仕掛ける。
超高機動戦闘でユキヤに追随し、攻撃される前に蹴撃でユキヤを吹き飛ばす。
「お前の戦闘スタイルは、手数や回避を重視するあまり防御が疎かだ。オレのように対応出来る相手が現れた時に同じ事をしていると……死ぬぞ」
「……そう、ですね」
「……今、意識を保っているのでやっとだろ。運んでやるぞ?」
「お手数を、おかけ……しま……」
蹴撃で吹き飛ばしたユキヤは壁に背中から激突し、いくらか言葉を交わした辺りで意識を手放した。
防御面に不安が残るとは言え、今の攻撃で即座に意識を手放さなかったのは、間違いなく成長だと言えるだろう。
「……弟子は師匠を超えるものだと言うが、師匠だって、簡単に超えられるわけにはいかないんでな。赦せよ、ユキヤ」
『……な、何が起きたかはわかりませんがァ、ユキヤ選手の気絶により、勝者はセツカ選手! 勝った選手にも負けた選手にも、惜しみ無い拍手を頼むぜェ!!』
シン、と静まりかえっていた闘技場だったが、実況の声で雄叫びにも似た歓声とうるさいくらいの拍手の音が響き渡る。
「まあ、また稽古を付けてやるか。ダンジョンもあるし、要修行だな」
気絶しているユキヤの小刀を鞘に戻して、ユキヤを抱き上げ、ゲートを潜る。
それにしても。
このまま成長していったら、ユキヤは一体、秒間何連撃が可能になるのか。
嬉しいような、恐ろしいような……複雑だな。




