五十頁目 闘技大会予選
エルティセル商会の作業倉庫を後にしてからは、そういえばやる事もないな、と思いながら屋台を巡って、昼メシ時を迎えた空きっ腹を満たしていく。
屋台でメインに取り扱っていたのは大体が串焼きで、肉だけを通したものもあれば、いわゆる『ねぎま』みたいに肉と野菜を通したものもあり、味もシンプルに塩だけだったり、塩と胡椒だったり、あるいは独自に開発したタレを塗っている屋台があり、見た目はともかく、味や匂いは非常に楽しめた。
そうして屋台を巡って買い食いをしているうちに、そういえば、と思い至り、エルティセル商会に再び寄って食材や調味料を買ったり、魔導具専門店に行って使えそうな魔導具を買ったり、武器屋を複数巡って、王都では見掛けなかった武器や興味を引かれた武器を購入し、そうこうしているうちに闘技大会の開催時間がもうすぐにまで迫っていたので、買い物を切り上げて闘技場に向かう。
闘技場は、やはりと言うべきか幾多の出場者で溢れており、もしこんな場所で待ち合わせでもしようものなら、まず間違いなく会う事は出来ないくらいに人でごった返していた。
『闘技大会にお集まりの皆様に連絡です』
火、水、風、地、光、闇、無属性の構成からなる『基本魔法』と呼ばれるものでなく、『特殊魔法』と呼ばれるカテゴリに属する『音魔法』によって拡がった声が聞こえてくる。
『今回の闘技大会ですが、運営側の予想を遥かに上回る参加者が集まったため、予選をバトルロイヤル形式にて行います。一ブロック五十人前後を目安として複数ブロックに分け、各ブロックの上位三名を本選出場者として扱います。予選の形式は通常とは違いますが、本選は変わらずトーナメント形式にて進行致します』
当然と言えば当然の措置だろう。
恐らくだが、ロガ十傑衆が来るのだと噂になっていたのだろう。
それでなくとも、きっとこの闘技大会を観戦するために貴族達が集まると予想出来るし、その貴族達にアピールするために参加する奴もいるんだろう。
実力を誇示したい奴、貴族にアピールしたい奴、腕試しに来た奴、強者を求めている奴、ロガ十傑衆に取り入りたい奴……それこそ、色んな奴がこの闘技大会に参加を申請しているはずだ。
だからまあ、運営サイドとしては割と苦肉の策でもあるんだろう。
闘技場はかなり広いが、一度に戦う人間が増えれば増えただけ、一人一人の実力は測りにくくなっていくわけだからな。
そういう意味では、観戦する側も参加する側も残念な措置だと思う。
「……まあ、仕方ないか」
周りの参加者からも、残念だが仕方ないといったニュアンスの呟きが漏れている。
ともあれ、多少楽になったのは間違いない。
一人一人と戦うなんて、それだけ手の内を明かさずに勝ち上がらなきゃいけないわけだし、そうなると面倒な事この上ないからな。
『それでは、こちらの方から五十人、ゲートを通って闘技場中央付近に向かってください。残りの方々は係員が案内しますので、それに従って控室の方で待機をお願いします』
拡声された声が言い終えるや否や、右奥のゲートが開いて、最初に闘う参加者がぞろぞろと歩いていく。
その他の参加者は係員に案内されて控室へ。
ブロック分けは迅速に行われ、オレは最終ブロックであるGブロックでの出場となった。
◆
結論から言って、今回の闘技大会の予選をバトルロイヤル形式にしたのは、まさしく英断であったと言えるだろう。
そう時間もかからず、既にAからFブロックの予選が終了しており、今はGブロックの面々が闘技場のフィールドで、各々、自分の間合いを取りつつ開戦の合図を待っていた。
そして、どうやらロゼがオレと同じブロックでの予選となったらしい。
オレはローブのフードを被って参加しているからおいそれとは気付かれないだろうが、念のためにロゼとの戦闘は避けておこう。
『それでは、予選Gブロック。戦闘――』
拡声された声に、フィールドに集まった参加者がそれぞれ身構える。
『――開始っ!!』
そして、闘いの火蓋が切って落とされた。
開戦の合図に、参加者はそれぞれ思い思いの相手へ戦闘を仕掛ける。
「――お前、魔導師だな? 悪いが、お前は予選落ちだ!」
ローブで顔を隠し、気配も極力探られないようにしているオレの眼前で、バトルアックスを両手に持ち、プレートアーマーを身に纏った男が吼え、得物を大上段に振りかぶりながら襲いかかってきた。
「……まあ、所詮は予選だしな。派手にやるか」
言いながら、魔力を練り上げて形にする。
作り出すのは、ユキヤを拾った晩に開拓した氷魔法。それによって形を成す、高さ三メートル、全長八メートルの氷の狼。
名を、《氷成獣フェンリル》。
氷で作り出された狼は、まず眼前の男を噛み砕いて気絶させると、次なる獲物を求めてフィールドを駆ける。
突然の獣の出現に混乱を来した者は即座に氷の顎にて身に纏う鎧ごと噛み砕かれ、冷静を保っている者は一定の人数で結託して、フェンリルを倒さんとしている。
『おぉーっとォ! これはまさか、氷魔法で産み出された狼かァ!? 謎のローブの人物……名前はゼロと言うらしいが、奴が作り出した氷の狼が他の参加者を喰い散らかしているぞォ!!』
場を盛り上げる実況の声と、観客の悲鳴にも似た歓声を聞きながら、フィールドを囲う壁に背中を預けてフェンリルの戦いぶりを見守る。
『肝心のゼロは……なんと! 悠々と壁に背中を預けて狼の戦いを見守っているぞォ!? 情報によればゼロはこれが初出場らしいが、ともすれば今まで各ブロックで戦っていた連中をも一人で蹂躙しそうな余裕を見せているゥ!』
ちょっとうるさいぞ、実況。
フェンリルを生み出せるとは言っても、オレはまだレベル140程度だ。
相手が相手なら、まず間違いなくフェンリルは刹那に壊されるし、オレだって壁に背を凭れるような事はしてられないはずだ。
実際、この予選が始まる前に集まっていた連中の中には、果たしてオレは勝てるだろうかと疑問を抱いてしまうような奴が数人いた。
だから多分、こうして余裕を見せていられるのは今だけなんだ。
まあ、だからって訳じゃないけど、これくらいの余裕を見せるのは大目に見て欲しい。
『――おぉっとォ!? 氷の狼が砕かれているぞォ!! あれは……鱗族は竜人種のロゼだァ! 使う得物は己の身の丈ほどもある巨大な大剣だ! 竜人種は力が強く素早い種族らしいから、氷の狼の相手としては申し分ないはずだ!』
実況の声の通りに、大剣を振るう紅い髪の少女が、フェンリルを相手に優位に立ち回っている。
しかし、ロゼとオレを除けば、残りの参加者は既に十人を切っており、本選への出場切符を手に入れるのも時間の問題といったところだった。
「……壊れたか」
そして、ついにフェンリルは完全に壊され、ロゼを含む参加者が、一斉に術者であるオレを向き、相も変わらず余裕を晒しているからか、こちらにやってきた。
『これは……共闘だァ!! 氷の狼を生み出したゼロを落としてやろうと、他の参加者が共同戦線を張っているぞォ!! これにはさしものゼロもお手上げか!?』
実況上手いな……誰がやっているやら。
などと考えている間に、他の参加者達はオレを取り囲む。
男女の入り交じる包囲で、手には直剣や大剣のような剣類から、ポールアックスやグレイブのような長物、中には杖を持った魔導師もいる。
「まったく、やってくれたわね……!」
「まさか、あんなものをけしかけて来るとは思いませんでした」
「まったくだ! だが、これで終わりだぜ!」
「魔法には詠唱が必要……。詠唱の隙など与えないわ」
口々に『お前はもう終わりだ』という事を伝えてくる参加者達。
一つ悲しい事があるとすれば、ロゼがその中にいるという事だろう。
だが、これは飽くまで戦いなのだ。
一切の慈悲も情けもなく、目の前の障害を蹂躙しようじゃあないか。
「……いやはや、参ったな。フェンリルを壊した勢いのまま潰しあってくれれば御の字だったんだが……そう上手くはいかないか」
挑発するように言うと、包囲の内の男……特に煽り耐性のなさそうなポールアックス持ちの男と直剣持ちの男が、挑発に苛立ったのか一歩前に出る。
「ふざけんなよ、テメェ……」
「他の参加者を蹴散らした事だけは感謝してやるけど、お前は本選には邪魔なんだよ」
「……必死だな。そんなに自分を大きく見せたいのか? だとしたら無意味だぞ。そういうのは、普通、格下の相手にしか通用しないんだからな」
「あ? なんだと?」
「俺達が弱いとでも言うつもりか?」
「そうは言わないが。まあ、少なくとも、そこの竜人種の子よりは弱いだろうな。竜人種の子、名前は?」
「…………ロゼです」
こちらに気付いているのか、眉をひそめながら答えるロゼ。
「ロゼ、ロゼか。……見たところ、このロゼという子と、そっちのグレイブの彼以外は似たり寄ったりな実力だな」
グレイブ持ちの男は、パッと見ただけでもロゼと同格以上の実力を持っているように感じるし、どうやらそれはロゼも感じているらしく、こちらを警戒しながらチラチラとグレイブ持ちの彼を見ている。
「そんな実力では相手をしてやれないな。ロゼという子か、グレイブの彼を倒せたなら、君達の相手をしてあげよう。では、ごきげんよう」
少し俯いてから光魔法で目眩ましをし、三角跳びの要領で地面を蹴り、壁を蹴り、包囲から抜け出しつつ距離を取って、最後に再び光魔法で光学迷彩よろしく姿を消しておく。
光の反射の計算がちょっと面倒だが……まあ、戦わずに済むならそれに越した事はない。
ついでに『気配断絶』スキルで気配を完全に殺しておこう。見付かったら面倒だ。
「くそっ、眼が……!」
「何も見えない……!」
「気配も、感じ取れません……!」
顔に手を当ててよろめく参加者達。
オレを脅威に感じるのはわかるんだが、ロゼやグレイブの彼も倒した方が良いと思うんだよな。
まあ、本選に出場したいなら、の話だが。
ともあれ、気配を完全に殺して身を隠した以上は、さっきオレが言ったようにロゼとグレイブの彼の相手をするしかないと思うが。
やがて眼が見えるようになったのか
「くっ……! そこの竜人種とグレイブ持ちの相手をしなきゃ、本当に相手をしないつもりか!」
「……仕方ないわ。元々バトルロイヤルなのだし、手を組むのは飽くまで戦略の一つでしかないもの」
「そうですね。私は構いません」
などという会話がなされ、包囲陣が解体されたかと思うと、ロゼに四人、グレイブの彼に四人が挑んでいる。
……が、それも束の間の出来事。
しばらく眺めていれば、数の差などものともせず、ロゼとグレイブの彼は挑んできた四人をそれぞれ倒していた。
それを見てから、光魔法と『気配断絶』スキルを解除し、再び姿を現しておく。
「いやはや、お見事。数的不利を覆すとは、やはり中々の実力の持ち主だ」
「……ありがとうございます。しかし、数的不利を覆すと言えば、貴方こそそうでは?」
わざとらしく拍手なんかを送ってみせると、ロゼが少し苛立ったような鋭い眼でこちらを睨んでくる。
ロゼが言った事はグレイブの彼も思っていたようで、同様にこちらを睨んでいる。
そんなに睨まれるような事はしてないはずなんだが?
「残念ながらオレは逃げただけだ。氷の狼にしたって、数日に一発限りの技だしな。今日使ってしまったから、しばらくは使えない」
まあ、嘘だが。
使おうと思えばいくらでも使えるし、フェンリル程度なら量産も利く。
「まあ、どうしても戦いたいなら、本選を楽しみにすると良い。その時はオレも……まあ、多少は本気でやろう。今回みたいな搦め手ではなく」
「……そうしてください」
「……ふん。喰えない奴だな、あんた」
「そうか? むしろ、予選ごときで全力で戦わなければならないなら、本選ではまず戦えないと思うがな」
『予選Gブロックも終結! 勝ち上がったのは鱗族は竜人種のロゼ、人族のベルドラ、そしてゼロだァ! 本選は一日のインターバルを設けて、明後日から開始される! 明日一日使って英気を養うなり、装備を整えるなり、特訓するなり、奥の手を用意するなり好きにしてくれ! それでは、これを以て闘技大会予選は終了だ! また本選で会おう!』
実況の声を受けて、早速ゲートからフィールドの外へ出る。
他のブロックの予選は見れなかったが、きっとかなりの実力者が勝ち上がって来ているんだろう。
それこそ、オレが感じた……いや、気にする必要はないか。
「本選……。まあ、適切な力加減でやるか」
基本的に殺してはいけないので、その分だけ加減が面倒なのだが、催しものなんてそんなものだろうと納得しておく。
ちなみに。
その日の夜に『何故本気でやらなかったんですか、マスター!』とロゼに怒られてしまった。
仕方ないので『本選では多少本気出すから勘弁してくれ』と言って溜飲を下げてもらったが、まさかロゼに怒られるとは。
やはりあれか、手加減はバカにしてると思われるのか。……本当に、面倒な人種だよな、武人ってのは。




