四十九頁目 貨幣統一と数多の肉
冒険者ギルドを離れて、はてさてどんな連中が来ているのかと、街行く人々を観察しながら、適当にぶらついてみる。
闘技大会に出場するであろう冒険者や、参加申請を既に終えて自分の時間を過ごしている傭兵に、人の増えた街の警備に駆り出されたのであろう警備兵もいれば、それとは別に闘技大会参加者の監視をしているのだろう人間。
最後のは、まあ、それと思って観察しないと気付かないくらい溶け込んでいるのだが、逆に言えば、それと思って観察すれば案外気付けるものである。
そうして人間観察をしながら、エルティセル商会へと足を運ぶと、例の作業倉庫の前に立っているトリィを見つけた。
「よう、トリィ」
「セツカさん! ちょうど今、呼びに行こうと思ってたんですよ!」
「査定が終わったのか」
「はい! とは言っても、少し面倒な事もあるんですが……」
「面倒な事?」
「はい。セツカさんは、ロガ王国の貨幣に関しては、もうバッチリですよね?」
「ああ、まあな……。金銀銅の三種類が、大中小の三種類ずつに分かれてる」
「そうです! そう、だったんですが……」
「だった……?」
不穏な空気を纏いながら話すトリィの言葉に、少し身構える。
なんだ? デフレでも起きたか?
いや、仮にインフレやデフレだとするなら、なんだって貨幣の話なんかする必要がある?
だとしたら、なんだ? 何が起きた?
「実はですね……私達の商隊がセツカさん達とお会いしてからこのローザロッサに帰ってくるまでの間で、貨幣体系が変化したらしくてですね」
「……どうなったんだ?」
「まず、金銀銅の三種類は不動のようです。ただ、そこから大中小に分かれるといったのが無くなったらしく、ただの銅貨、銀貨、金貨になったみたいですね」
「なるほど……。他には?」
「それから、実は以前から採掘されていた白い鉱石があってですね。武器や防具にするには脆いですが、硬貨にするには十分な硬度で、それを加工した硬貨が新しく『白貨』として出回る事になるそうです」
「白貨ね。価値はどんなもんだ?」
「金貨より上ですね。大金貨以上として扱われるらしいですよ」
「ふむ……。そうなると、今持ってる大中小の貨幣はどういう扱いになるんだ?」
「それはそのまま、銅貨なら銅貨、銀貨なら銀貨として扱うみたいです。貨幣価値としては中の硬貨と同じ価値のようですね」
トリィの話を聞く限り、恐らくこの貨幣価値の統一と白い鉱石の加工による『白貨』の導入は、もう随分前から議論されていたのだろう。
それを何故、今、施行したのかは想像出来ないが、やっている事は良い事だと思う。
金銀銅だけならともかく、大中小とまで分かれてたのはハッキリ言って面倒だったからな。
「それから、以降は銅貨百枚で銀貨一枚と等価、銀貨百枚で金貨一枚と等価、金貨百枚で白貨一枚と等価とするようです」
「そうか……」
こうなると、最早日本の貨幣価値と照らし合わせて考えるのは無意味だろう。
まあ、そうでなくとも小銅貨一枚が何円かなんてのもわからなかったんだ。《仕立て屋ロゼリア》で買い物をした時は適当に小金貨二十五枚を二十五万円として考えたが、正確ではないしな。
ともあれ、小銅貨がどうのとか、中銀貨が云々とか、大金貨が……みたいな事を考えなくて済むのは助かる。
「……という事は、ここからの支払いはそれに準じたものになるわけか」
「正解です、セツカさん。これから時間をかけて、少しずつ新しい硬貨が流通するようになると思いますが、今のところは既存の硬貨だけでの支払いになるので、それはご了承くださいね」
「それは問題ないが……しかし、本当に解体と査定が終わったのか?」
「もちろんですよ。セツカさんは私達エルティセルのお得意様……になる人ですからね。作業員一同、張り切らせていただきました!」
「お前もか?」
「えっ……あ、まあ……はい」
「……なんだ、その曖昧な返事は」
「や、私だって徹夜して頑張りましたよ? ただ、メインは素材の鑑定くらいで、解体作業がメインの作業員に比べると……まあ、はい」
確かに、ただ鑑定をするだけなのと実際に解体するのとでは疲労の度合いは違うだろうが、それにしたって徹夜で頑張ってくれた事実は変わらないだろう。
それに、鑑定にしてみても、結局素材は貴族や武具屋相手に売るのだろうし、神経を使う仕事なのは間違いないんだ。
それを労いこそすれ、『所詮鑑定だけなんだから、別に頑張ってないよな』とか言うのはお門違いというものだろう。
「そう自分の仕事を卑下するな、トリィ。普通なら、年頃の女性を徹夜で働かせたなんて、オレが怒られても仕方ないんだ。もっと小出しにするべきだった。……悪かったな」
「そんな! 謝らないでくださいよ、セツカさん! 私達もしばらく振りに骨のある仕事が出来て、結構充実してるんですから」
「そう言ってもらえると、多少気が楽になるよ。ありがとう、トリィ」
「いえ……えっと……」
オレの顔を見て何故か眼を逸らすトリィ。
もしかして何か変なものでも付いてる? この世界、鏡ってもんがないから、自分の顔を確認出来なくてちょっと不便なんだよな。
日本にいた頃は全然言われた事なかったけど、よだれの痕とか残ってたらどうしよう。かなり恥ずかしいぞ。
「どうした、トリィ? もしかして、オレの顔に何か付いてるか?」
「いえ、あの……そういう訳じゃないんです、すみません。ただ、ちょっと、私も女である事を思い出したと言いますか……」
「……? トリィは誰が見ても女だろう? まさか、実は男だとか言わないよな?」
「言いませんよ! そういうんじゃなくてですね、こう……」
「うん……?」
「……まあ、いいです。とにかく、まずは中に入りましょう。お金もちゃんと用意してありますし」
「ああ、そうだな。そうしよう」
トリィと一緒に作業倉庫の中に入ると、解体作業台とは別に用意された台に載った、大量のブロック肉……というより、肉塊が出迎えてくれた。
よく見ればそれらはある程度のグループ毎に分けられており、そのグループ毎に肉の質や種類が違うのだという事が判る。
「分けておいてくれたのか」
「ええ。その方が分かりやすいでしょうし」
「説明してもらっても?」
「別料金……と言いたいところですが、サービスしておきますね」
「くっくっく……。そんなつもりも無いくせによく言うよ」
「らしく見せるのは重要ですから。……さて、お肉の説明ですね。まず、向かって一番右のがリッパーラビットのお肉ですね。鶏肉に似た味で、ローザロッサでは屋台の定番ですね。塩を振って焼くのが一般的です」
「へぇ……屋台の定番か」
「順に左にいきますね。その隣がアサルトボアのお肉です。豚肉に似ているんですが、豚肉よりも遥かに美味しく、口内にあまり残らないさっぱりした脂が特徴ですね。塩と胡椒で焼くのが基本ですが、スープに入れたりもしますね。ローザロッサの夜は大体これです」
「夕食の定番か。……いいね」
「更に隣がアーマードグリズリーのお肉です。コマンダーウルフ等と同列の魔物なので市場にはあまり出回りませんが、脂身の甘味と旨味が強く、赤身部分の味もしっかりしているので、大抵は煮込み料理に使われますね。私も数えるくらいしか食べた事がないんですが、かなり美味しいですよ」
「煮込み……そうか、煮込みか……」
「その次がシックネスヴァイパーのお肉ですね。シックネスヴァイパーと言えば、その牙から出る毒は単なる毒ではなく、様々な状態異常を引き起こす事で有名です。が、しかし! そのお肉は珍味として貴族の間で食べた事があるだのないだのと、食べる事が一種のステータスとして扱われています。塩で焼くのが普通のようですが、他のお肉と合わせて煮込みにしても美味しいらしいですよ」
ヴァイパーと言うからには蛇の肉なんだろうな。実際、殺した魔物は蛇に似てたし。
蛇肉は流石に食べた事は無いんだが、日本で調べた限りでは鶏ササミみたいな感じだって話だったし、不味くはないだろう。
多少は脂身も欲しい、なんて考えてしまうのは完全にオレの好みからなのだが、シックネスヴァイパーの肉を見る限りでは脂身は無さそうだし、鶏ササミみたいに筋肉増強だとか、あるいはダイエットの時なんかに食べると良いかも知れない。
まあ、脂身のある肉から口を変えるために食べるのが良いだろうな。
地球の蛇肉に似ていれば、の話だが。
「その隣はブレイクバッファローですね。牛肉と豚肉のちょうど中間みたいなお肉です。しっかりした甘味と旨味がありながらサラッとした脂身と、噛めば噛むほど味が出る赤身が特徴で、焼いても煮ても良しの、何でもアリの万能選手です。ただ、少しクセがある味なので、好きな人も苦手な人もいますね」
「なるほど……」
「最後に、エンシェントヒュドラのお肉です。こちらは正直なところ全然データが無いのですが、全てが高水準で纏まった『幻の肉』とも呼ばれるお肉だそうです。オススメの調理法もわかりませんが、ただ焼くだけでも美味しいんじゃないかなと思いますよ」
「幻の肉か……いい響きだな」
エンシェントヒュドラの肉は、見た目は霜降り肉のそれだった。一部位がそうなのではなく、載せられている全ての肉が霜降りなのだ。
単に霜降りと言っても様々あるが、特に霜降り牛肉に近い。サーロインだと偽って地球で出しても、まずバレないだろう。
「喰えそうな肉はこれくらいか? ソルジャーウルフはどうだったんだ?」
「ソルジャーウルフのお肉は筋っぽくて食べられたものじゃないんですよ。もう少し上位の……コマンダーウルフとクライムウルフなら上質なお肉らしいですけど、まあまず市場には出回らないですね」
「なるほどな……。動物系の魔物だからって、全部が全部喰えるわけじゃないのか」
「はい。で、お肉以外の素材と、お肉の取れない蟲系の魔物の素材とを合わせて計算しまして、まずエンシェントヒュドラだけで金貨二千五百枚。蟲系全てで銀貨三千枚。お肉を取った魔物の素材分で銀貨二千五百枚と銅貨が千五百枚ですね。白貨がまだ出回ってないので白貨は出せないんですが、大丈夫ですか?」
「ああ、問題ない」
「銀貨と銅貨はどうします? セツカさんは今後何かと入り用になるでしょうし、それでなくても貴族なので銅貨を銀貨にして計算する事も出来ますが……」
「貴族ったって、なったばっかりだしな。ただ、そうだな……。銀貨と銅貨の千の位をそれぞれ繰り上げで計算してくれ」
「わかりました。では、金貨が二千五百枚と五十枚、銀貨が五百枚と十枚、銅貨が五百枚ですね」
「……それにしても、随分と査定額が高くないか?」
「まあ、そうですね。契約で少し割増していますし、そもそも魔物の状態が良かったので、その分も割増してるんですよ。魔導銃の弾痕はありましたが、それだけですからね。もっと言えば、数が多い分レベルの高い魔物が沢山いましたし、通常では見られない魔物も多かったですから」
オレは把握しきれていなかったが、どうやらあの大量の魔物の中には稀少個体や特殊個体もそこそこにいたらしく、その分査定額が跳ね上がっているらしい。
「ふむ……。全く傷を付けずに殺した方が良いと言えば良いのか?」
「確かに、無傷に越した事はありませんね。セツカさんくらいの腕なら下位や中位の個体くらいであれば、無傷か、あるいは少しの傷だけで仕留められるでしょうね。上位や最上位個体となると、流石に難しいでしょうけど」
「……そうか。まあ、意識してみるよ」
「はい。それでは、これが金貨、こっちが銀貨、これが銅貨になります」
「ありがとう、トリィ」
トリィから差し出された革袋を受け取り、インベントリに収納していく。
「……は?」
「どうした、トリィ?」
「いえ……あの……袋は、どうしたんですか?」
突然目の前から消え失せた三つの革袋の行方を探して、トリィが辺りを見回す。
混乱したトリィの目の前で、今度は山と積まれた肉塊をインベントリに仕舞うと、いよいよトリィはプチパニックになった。
「え……? え? あれ? ここにあったお肉は? なんで? 幻? 幻覚なの? え?」
涙目になりながら頭を抱えるトリィを少し可愛いと思ってしまったが、別にからかったりする意図があったわけではないので、事情を説明してやる。
別にトリィの混乱する姿が見たくて何も言わずにインベントリに収納したわけじゃないんだぜ? 本当だぞ?
「トリィ。トリィ、落ち着け」
「落ち着け!? 落ち着いてられませんよ! ここに、あれだけあったお肉が……しかもお金も!」
「落ち着いてくれ、トーリット。狼狽えるお前はちょっと可愛いと思うが、とりあえずオレの話を聞け。な?」
「わ、わかりました。私だってエルティセル商会の人間です。まだまだ未熟ではありますが、お客様の前でこれ以上の無様は晒せません」
すーはーすーはー、と深呼吸を繰り返して精神の安定を図るトリィ。
一頻り深呼吸をして落ち着いたところで、早速ネタバラしだ。
「なあ、トリィ。無限倉庫ってスキル、聞いた事ないか?」
「無限倉庫って言うと、スキル保有者を中心にして、一定の範囲内にあるものを、それを念じるだけで異空間に収納する事が出来て、要領は無限大で、異空間にある間は時間の経過が発生せず、保温も保冷もバッチリで、任意のタイミングで任意のものを取り出せるっていう、あのスキルですか?」
「おお、知ってるんだな」
「もちろんですよ! あのスキルは、商売をする人間なら……いえ、商売をする人間でなかったとしても! 喉から両手を出して死に物狂いで欲しがるスキルですから」
「そう……そうだな。うん、そうだ」
「……それで、そのスキルがどうしたんですか?」
まるで、初めて疑問を抱いた子供のような、純粋なキラキラした瞳をこちらに向けてくるトリィ。
「……これは誰にも内緒で頼みたいんだがな……」
そんなトリィの耳元に口を寄せて、トリィにしか聞こえない小声で、オレ自身がそのスキルの保有者だと教えてやる。
「えーっ!! セツカさんってそんな――」
「バカ、声がデカい! あと耳元でうるさい!」
大声を上げたトリィの口を慌てて手で塞ぐ。
危なかった。あのレベルの大声でオレが『無限倉庫』の保有者だってバラされたら、今頃オレはそれを聞き付けた人達に揉みくちゃにされていただろう。
「んーっ! んんーっ!!」
「いいか、大声を出すなよ? 今言った事を誰にもバラさないと誓え。誓うなら頷くんだ」
オレの言葉にうんうんと頷くトリィ。
「よし、いい子だ……」
「……っはぁ。すみませんでした。でも、セツカさんって、そうだったんですね」
「ああ。だから、肉も金も消えたように見えただけで、ちゃんとオレが貰ったから。それは安心してくれ」
「はぁ……心臓に悪いですよ。ともあれ、指定された物品と買い取りのお金は確かにお渡ししました。……この後はどうするんですか?」
「闘技大会が始まるまでは適当にブラブラする予定だ」
ダンジョンには潜れないし、ギルドで依頼なんか受けられないし、昼メシって事で屋台の食べ歩きでもしよう。
「あれ、セツカさんも闘技大会観戦するんですか?」
「いや、オレは出場する方だ。ユキヤ達も出場する事になってる」
「あ、じゃあ私応援に行きます!」
「いや、そりゃありがたいが、休まなくていいのか? ただでさえ女性が徹夜なんて美容に悪い事してるんだから、大人しく寝てたらどうだ?」
「ふふふ……。エルティセルくらいの大商会なら、徹夜なんて結構普通の事ですから、平気ですよ」
「……まあ、トリィが決める事だからあまり強くは言えないが。でも、無理だと思ったらちゃんと寝るんだぞ」
「大丈夫ですよ。……セツカさんって、見た目によらず優しいですね。それとも、単に心配性なだけですか?」
「どうかな。……じゃあ、オレはこれで。また闘技場かどこかで」
「はい! 必ず応援に行きますね!」
「ああ。ただまあ、オレじゃなくてユキヤ達の応援をしてやってくれ」
一応、解体作業をしている作業員に『ありがとう』の視線を投げてから作業倉庫を後にする。
きっとあの作業員の中にも、肌を気にする女性作業員はいただろうな。本当に申し訳ない。
作業員諸君……どうか、どうか今日はゆっくりと眠ってくれ。




