四十八頁目 ギルドマスターの罠
通された冒険者ギルドの二階にある一室には、机に向かい、山と積まれた書類を相手に格闘する妙齢の女性の姿があった。
どうやら、ここローザロッサの冒険者ギルドのギルドマスターはこの女性らしい。
「ギルドマスター、セツカ様をお連れしました」
「えっ、マジで!?」
机の上の書類に注視していた顔をがばっと上げると、妙齢の女性にはおよそ相応しくない、深い隈の刻まれた顔がこちらを向いた。
やはり、こう、責任ある立場というか、組織のトップに立つ人間は、往々にしてこういう顔をしてしまうものなんだろうか。
会社みたいに平社員が書類処理とかするわけじゃないし、なかなか切り詰めた生活してるんだろうな。
「……来ない方が良かったのでは?」
「いえいえ! セツカ様を何もせず帰したなんて、あってはいけませんから!」
受付嬢が必死に訴えてくるが、本当に何もせずに帰して欲しい。
ギルドマスターと思しき女性は『予定外なんだけど!?』って言いたげな顔だし、きっと受付嬢の報告に生返事して、内容なんて全く聞いてなかったんだよ。
そういうのを求めてるわけじゃないという、こちらの心の内をどうか察して欲しい。
「ちょっ、あのっ、すみません! ちょっと、ちょっとで良いので、待っててもらっていいですか!?」
「いや、都合が悪いなら帰るが……。しておきたい事もないではないし」
「そこを、なんとか!」
えぇ……? なんだってオレが懇願される側に立ってるんだ?
「アンタがギルドマスターなんだろ? オレは貴族ではあるが一介の冒険者でもあるし、立場は下のはずだ。残れと言うなら残ろう」
「そんな、残れだな――あああああっ!!」
慌てるギルドマスターの足でも当たったのか、机に高く積まれた書類がバサバサと床に落ちる。
なんだろうな、この感じ。変に慣れてないというか。
ローザロッサみたいな大都市では、スタンピード殲滅なんて功績の持ち主は珍しくないだろう。
だと言うのに、オレが来たというだけでこの慌て様は異常だ。ギルドマスターともなれば貴族の相手なんて当たり前だろうし、そもそも闘技大会はシグナート伯爵との共催だ。
つまり、目の前の妙齢の女性は、本当はギルドマスターではない可能性が高い。
もしくは、最近ギルドマスターが変わって、この女性にはギルドマスターとしての経験が足りていない……とか。
「……本当にアンタがギルドマスターなのか?」
「も、もちろんです! 嘘なんて吐きません!」
ビーッビーッと頭の中でけたたましいアラートが鳴り響く。『真偽看破』スキルが彼女の言葉は嘘だと告げているのだ。
「ギルドマスターは、本当にこの部屋にいるのか?」
「も、もちろんですよ! 私、私がそうなんですから!」
『もちろんですよ!』には反応はなく、『私がそうなんですから!』には反応がある。
つまり、この部屋の中には存在してはいるが、深い隈の彼女ではないという事。
だとすれば、受付カウンターで応対をして、ここまで案内してくれた受付嬢がギルドマスターなのか、という話になる。
「オルトーラの英雄なんて持ち上げる割には、その英雄を騙して遊ぼうなんて、まともな性格の奴がやる事ではないな。ローザロッサのギルドマスターは随分と性格の捩れた、天の邪鬼なクソッタレって事か。そんな奴がギルドのトップなんて、これじゃ闘技大会中の襲撃を推奨してるようなもんだな」
「ちょっ、と、取り消してください! そういうんじゃありませんから!」
「じゃあ、どういうのだって言うんだ? 少なくとも、アンタはギルドマスターには見えない。人の上に立てるような人間には見えないしな」
「ま、まあ、確かに私は人の上に立つような器じゃないかも知れないですけど……」
「……ローザロッサは大都市だから、ギルドの質もさぞ高いんだろうと思っていたが、下の冒険者共は彼我の実力差もわからず殺気を飛ばしてくる阿呆ばっかりだし、ギルドマスターは人を騙して遊んでるようなクズだし。これなら変に騒がない分、オルトーラのギルドが優秀だったな」
皮肉をたっぷりと込めて言ってみると、傍らの受付嬢から尋常ではないほどの怒気が発せられる。
オレが放った言葉の中でも、とりわけ、ギルドマスターに対して言った言葉に反応しているようだ。
「なあ、受付嬢さん。アンタはどう思う? 話があるからと人を呼びつけておいて、およそギルドマスターとは思えない人間が自分をギルドマスターだと言って、応対にもならない応対をする。客人を招くには、随分と人をおちょくった対応じゃないか?」
「……そう、ですね。ギルドの一員として謝罪いたします」
「いや、別に謝罪してくれってんじゃない。ギルドマスターを出せって言ってるんだ。上司の責任は部下の責任、部下の責任は上司の責任。上司のバカな指示に部下がケツ振って従ってる時点で組織としては最底辺だ。そんな最底辺のギルドマスターをここに呼べと言っている。早くしろ」
努めて高圧的に、侮蔑を込めて言葉を吐き出す。
こういうタイプの対処は簡単だ。
連中は、自分が他人をおちょくる事は赦せても、自分が他人におちょくられたり、下に見られる事を極端に嫌う。
オレに言わせれば、『自分がされて嫌な事は他人にもしない』という、最低限の対人マナーすら遵守出来ない阿呆だ。
そんな奴を相手に、何を及び腰になる必要があるというのか。
こちらがおちょくられた分、徹底して攻撃的高圧的に、『お前がしたのはこういう事だ』と知らしめる必要がある。
「そもそも。そもそもだ。自ら招いた人間を騙すなんて、組織のトップがするべきではないだろう。まして、こちらを英雄だなんだと持ち上げたのなら、それ相応の対応の仕方があるはずだ。こうしてギルドマスターではない人間を座らせて応対させてからかおうなんて、良識ある人間の行動とは思えんな。第一、こちらはただ闘技大会の詳細を聞きに来ただけで、ギルドマスターなんぞと会話してやる理由なんかないんだ。まあ、肝心のギルドマスターはいないようだし、帰らせてもらうとしよう」
「……お待ち下さい、セツカ様」
「……何か?」
部屋から出ようとドアの取っ手に手をかけてドアノブを回したところで、受付嬢が静かな怒りを纏いながら話し掛けてきた。
「セツカ様はあの方をギルドマスターではないと仰っていますが、その根拠はなんでしょう? 何の根拠もなく仰られているのなら、名誉毀損という事で慰謝料を請求させて頂きます」
「……真偽看破、というスキルをご存じかな、受付嬢さん。彼女が『ギルドマスターは自分だ』と言う度に頭の中で警報が鳴って、うるさくて仕方ないんだ。嘘だと思うならステータスを開示しても構わないが、どうする?」
「……真偽看破、ですか」
受付嬢が一瞬、苦虫を噛み潰したような表情を見せる。企みがご破算になった。そんな顔だ。
「オレの見立てでは……受付嬢さん。アンタがギルドマスターか、ギルドマスターと特に親しい人物だと踏んでる。そうじゃなきゃ、その怒気は纏えないだろう」
「……………」
「まあ、言いたくないなら構わない。オレは帰るだけだ。……ああ、そうだ。シグナート伯爵に、ギルドマスターに一杯喰わされたと言っておこうか。伯爵は優秀な人物だろうから、オレよりも頭が回って、英雄と持ち上げた相手を騙した奴に相応の沙汰を下してくれるだろうからな」
「それは……!」
「やめてくれ、とでも言うつもりか? どこまでふざけた事を抜かすつもりだ。腹いせに、下にいる冒険者を皆殺しにして帰ってもいいんだぞ」
「……申し訳ありません」
「そりゃ何の謝罪だ? ただ『ごめんなさい』って言うだけならガキにも出来る。責任の所在を明らかにして、何に対して申し訳ないと思い、誰に対して謝っているのかをハッキリさせないと、良識ある人間の対応とは言えないだろう?」
「……この度はセツカ様を騙すような真似をしてしまい、申し訳ありません。責任は我々ギルドにあります。つきましては、セツカ様に対し、ギルドからいくらかの支援を」
「それを『受付嬢』であるアンタが言って、何の意味がある? ギルドマスターを出せ。下の人間に責任被せて自分は知らんぷりを決め込むのが、ここのトップのやり方か?」
騙そうとした事自体は『ガキの遊びレベルだし付き合ってやるか』と流せはしたが、ここまで来ると流石にイライラする。
会社に勤めた事があるわけではないし、そういった組織に身を置いていた事があるわけではないのだが、しかし、人の上に立って下の人間を纏める立場に関して言えば、オレにも一家言あると言って差し支えないはずだ。
地方の田舎道場の師範ではあるが、人の上に立つこと、下の人間を纏めること、上に立つ者としての立ち居振舞いや矜持みたいなものは、十分に理解していると思っている。
だからこそ、今回の、このローザロッサの冒険者ギルドのギルドマスターのしている事は、到底赦されない。
日本で言えば、取引先の人に対して騙すような真似をし、それを隠れて笑っているようなものだ。
そんな事をすれば、それを主導した人間は間違いなくクビで、会社に至っては間違いなく村八分を喰らう。
ここのギルドマスターがした事は、つまり、それだけの事なのだ。
「……重ねて申し訳ありません。今更ではありますが、自己紹介を。私はローザロッサの冒険者ギルドでギルドマスターをしております、エルシアと申します」
「それで? これはアンタの企みか?」
「はい。元々は、闘技大会を目当てにやってくる冒険者の鼻を明かしてやろうと考えたものでして」
「……ふむ」
普段はダンジョンを目当てに、この時期は闘技大会があるからそれを目当てにやってくる冒険者は、それはそれは膨大な数だろう。
良識ある冒険者もいれば、血の気の多いバカも多くやってくるだろうし、そういう連中を炙り出して事前に排除しておくのは、比較的頭の良いやり方だと言えよう。
そうして罠を張っていたところにオレがやってきて、このエルシアとやらも少なからず動揺したのだろう。まあ、動揺されるだけの理由がオレにあるとも思えないが。
ともあれ、気が動転したギルドマスターは罠を解除するのも忘れて、そのままでオレの応対をしてしまったのだろう。
それが可能性としては一番考えられる。
実際、血の気の多いバカって奴は、実力も測れない連中だしな。ある意味では、今回の事は仕方のない事だったと言える。
「とりあえず事情は把握したが、しかしネタバラしはすぐに出来たはずだ。わざわざ彼女をギルドマスターに仕立てたままにしたのは何故だ?」
「ギルドマスターに話を聞きに行った受付嬢が、誰かと入れ替わり、私がギルドマスターです、なんて言うわけにはいかないでしょう」
「……まあ、確かにな。それはそれで疑う要因になる」
「なので、失礼であるというのは重々承知の上で、そのままで応対させていただきました」
「はぁ……。なんだかな。まあ、謝罪はしてもらったし、それを赦さないほどオレも鬼畜じゃない。具体的に、ギルドからの支援ってヤツは何をしてくれるのか聞きたいんだが」
「はい。まずは、魔物の素材買い取り金額の割増ですね。通常の査定金額より三割ほど割増をさせていただきましょう」
「……ふむ。それから?」
「次いで、セツカ様の冒険者ランクを現在のランクEからCへアップさせます。これはギルド側としてもメリットがありますが、他のバカな冒険者を避ける事にもなるでしょう」
上がったら上がったで『なんでお前がランクCでオレがそれより下なんだ!』って言ってくる奴がいると思うが……まあ、それは言わないでおいてやろう。
「それから、ダンジョンに潜る際に、ポーション等の支給もさせていただきます」
「……なるほどな」
「最後に。セツカ様は貴族でありながら冒険者です。このロガ王国ではランクB以上になると、その実力者を自分の配下にしようと貴族の方々が勧誘に来ます。その時に、その勧誘の手をある程度ギルド側で払うように取り計らいましょう」
「それは、ローザロッサに限らずという話か?」
「今はローザロッサに限った話になりますが、セツカ様の今後の活動次第では、ロガ王国内のみならず、国外でも同様の扱いを受ける事が出来るようになるかと」
「……ふむ、悪くないな。だが、その『セツカ様』というのはやめろ。所詮は一代限りの貴族だし、そもそも冒険者だ。ギルドマスターなら、所属の冒険者に対して対応を変えるような事はするな」
「すみません、セツカさ――さん。貴方の言う通りですね」
「それと、買い取り金額割増の話なんだがな。実は、エルティセルのトーリットと契約を交わしていて、こっちには卸せないかも知れない」
「専売契約ですか……」
「ああ。まあ、向こうとしてはオレの機嫌は損ねたくないだろうから、こちらの自由にさせてくれるとは思うが……契約がある以上はオレもそちらを優先せざるを得ない」
「それはもちろんです」
「だが、オレの部下はその限りではない。部下がダンジョン等で倒した魔物に関しては、こちらに持って来させるようにしよう」
「……よろしいのですか?」
「トーリットと契約したのはオレだけだ。部下に関しては、向こうもわざわざ関知しようとはしないだろう」
トリィには申し訳ないが、契約の穴を突かせてもらうとしよう。
とはいえ、そうなるとユキヤ達にインベントリみたいな、どんなサイズのものでも、無機物でも有機物でも入れられるようなカバンか何かが必要だな。
「ギルドマスター。話は違うんだが、何でも入れられるカバンみたいなものに心当たりはないか?」
「何でも入れられるカバンと言うと……やはり、精霊の鞄でしょうか」
「精霊の鞄?」
「はい。無機物であれ有機物であれ、小さいものから家のような大きなものまで収納出来るという魔法の鞄です」
「それは、誰かの手で作られているものなのか?」
「それも可能ではあるようですが、基本的にはダンジョン内の宝箱から発見されるようです」
「なるほど……。仮に作るとしたら何が必要になってくるんだ?」
「詳しい事はわかっていないのですが、特殊な宝石と特殊な魔物の皮を鞣して作った鞄が必要になるようです」
「……そうか」
精霊の鞄の自作は難しそうだ。
もっともっとレベルが上がってやれる事や手に入れられる素材が増えれば可能だろうが、今すぐにやるのは無理そうだ。
「ありがとう、参考になった。オレはそろそろ行くとしよう」
「いえ。この度は本当に申し訳ありませんでした、セツカさん。またいつでもいらっしゃってください。……もしかしたら、こちらから何か依頼をするかも知れませんが」
「ああ、また。冒険者ギルドの今後の盛り上がりに期待しよう」
手をヒラヒラと振ってギルドマスターの部屋を後にする。
ギルドマスターとの話にも出たし、そろそろトリィのところに顔を出すか。
査定の進捗具合を聞いておきたい。




