四十七頁目 闘技大会参加申請とギルドでの噂
朝食を摂った後は、ロゼ達の要望もあり、早速闘技大会の参加申請をしに闘技場に行く事になった。
地球ではまだ朝食の最中か、それが終わって通勤や通学の用意でもしている頃なのだが、こちらの世界には学校や会社なんてものが無いからか、街は朝から賑わいを見せている。
闘技場には冒険者らしき者や傭兵らしき者、騎士のような格好をした奴もいれば、盗賊か山賊かといった容貌の奴も、戦闘に特化させているのであろう亜人奴隷の姿も見受けられる。
「……多いな」
腕に覚えがあるか腕試しに来ているであろう連中によって、闘技場はごった返している。
何度か行ったコミケほどではないが、他の地方からも人がやってくる夏祭りくらいには人数がいるかも知れない。
そんな中でもなんとか参加申請受付まで辿り着く。
「ようこそ、闘技大会へ。参加申請ですか?」
「ああ。お前達、全員出るんだよな?」
「はい、主」
「力を試す良い機会ですので」
「……あたしもたまにはね」
「主様に稽古を付けてもらいますから」
「ライも闘うぞ!」
「……そういうわけだから、頼む」
「はい。では、種族と名前をお願いします」
手元の紙に書き付ける用意をしながら、受付の人が言う。
種族か。まあ、ハーフエルフだからって参加拒否はされないだろう。それで参加拒否されるなら、そもそも亜人の時点でダメだろうしな。
「ダークエルフのユキヤ、竜人種のロゼ、蛇女種のアナ、幻狼種のライカ、ハーフエルフのルキナだ」
「……はい、登録完了です」
「どれが誰かは……まあ、わかるか」
「ええ、大丈夫ですよ」
「そうか。大会開始まではまだ時間があるよな?」
「まだ大丈夫ですね」
「……よし。お前達、闘技大会が始まるまで適当に街をぶらついて来たらどうだ? 昨日着いたばかりだし、観光もしておいた方がいいぞ。美味いもんを出す店とか、オレも知りたいしな」
「美味いもの! ライは行くぞ!」
「私も美味しいものは気になります」
「……美味しいもの、食べたいわね」
相変わらず、食い物の話になるとライカとロゼが食いつくな。アナは、こうして露骨に食いついてるのは初めてじゃないか?
「ユキヤ。金を渡すから、みんなで行ってくると良い」
小中の銀貨と銅貨を適当に革袋に詰めて、それをユキヤに渡してやる。
「ありがとうございます、主」
「スられたりとか気を付けろよ。誰かに絡まれたら、こちらからは絶対に手を出すな。何かあったらトリィを頼れ。いいな?」
「はい、主」
「わかりました、マスター」
「大丈夫です、主様」
「……心配性ね、あなた」
「ライは美味いもの喰いにいくぞ!」
『まだか!? まだ行かないのか!?』と眼を輝かせるライカ。
やれやれ、仕方のない奴だな。少しくらい返事をしてくれても良いだろうに。
まあ、多分頭の中は食べ物の事で一杯なんだろうな。
「じゃ、行ってこい。朝飯喰ったばっかりなんだから、あんまり喰い過ぎるなよ」
「行って参ります、主」
「ああ。大変だろうが、監督役を頼む」
ユキヤは軽く礼をしてから、ロゼ達を連れて受付から去っていく。
「あの……あなたは参加されないのですか?」
「ああいや……参加するよ。種族と名前だったな」
「はい、お願いします」
「種族は人族。名前は……ゼロだ」
「……はい、登録完了しました」
「……そうだ。実は闘技大会は初めてでな。大会の日程というか、進行の詳細が知りたいんだが、どこかで教えてもらったりは出来るか?」
「それでしたら、冒険者ギルドに行っていただくと早いかと」
「冒険者ギルドに?」
「はい。この闘技大会は、冒険者ギルドと領主であるシグナート伯爵の共催なんですよ。私もギルドからの出向ですし」
「そうだったのか……」
シグナート伯爵が噛んでいるのはなんとなくわかってはいたが、まさか冒険者ギルドまで関わっているとは。
「それでなんですが、もしこの闘技大会で好成績を収める事が出来れば、ギルドの依頼を達成しなくてもランクアップ出来るんですよ」
「へぇ……。それだけの実力があるから、って事になるからか?」
「はい。なので、ゼロさんがもし冒険者なら、それを狙ってみても良いかも知れませんね」
実力主義な冒険者ギルドらしいやり方だな。
まあ、闘技大会で好成績を収められるくせにランクが下の方だと、『ランク詐欺だ!』とか吠える奴もいるだろうし、頭の良いやり方ではあるな。
「なるほど。ありがとう、早速ギルドに行ってみる事にする」
「はい。闘技大会、頑張ってください」
「……まあ、ぼちぼち頑張るさ」
少し長居してしまった受付を離れて、一路冒険者ギルドへ向かう。
とは言え、闘技場と冒険者ギルドはそうはなれていないので、直ぐに到着するのだが。
「……ん?」
ギルドに入ると、殺気の込められた視線が一斉にこちらを向く。
オルトーラや王都の冒険者ギルドより大きく、やはり酒場を内包したそこでは、恐らく闘技大会に出場するのだろう男女が、沸き立つ殺気を隠す事もなく過ごしていた。
殺気を向けられているところ申し訳ないとは思うのだが、その程度で怯んだりビビったりするほど柔な心は持ち合わせていない。
変わらず注がれる視線を無視しながら、受付カウンターに向かう。
「冒険者ギルドへようこそ。どういったご用件ですか?」
ローザロッサの冒険者ギルドの受付嬢は、明るい茶髪の人当たりの良さそうな女性だった。
歳は……多分二十五もいってないだろう。見た目だけなら十代後半にも見える。
「闘技大会に参加するんだが、どういう進行をするのか知りたくてな。向こうの受付で訊いたら、冒険者ギルドに行けば教えてくれるってんで来たんだ」
「闘技大会の進行ですね。闘技大会には予選と本選がありまして、どちらもトーナメント形式での進行となります。闘技大会の開始は十四時からなので、忘れないようにお願いしますね」
「結構遅いかと思ったが、トーナメントなら仕方ないか。トーナメント表を作る必要もあるしな」
「はい。予選は、参加者の人数や一試合の所要時間にもよりますが、大体三日から五日間かけて行われます。本選は一回戦ごとにインターバルを一日設けるので、更に期間がありますね」
「一日のインターバル……?」
「本選ともなれば、本当の実力者しかいませんから。一試合一試合、死力を尽くした闘いになるだろうという事で、インターバルを設ける事になっています」
なるほど。どの選手にも全力で闘ってもらえるように、かつ『オレは前の試合の疲れが残ってるんだ。だから全力で闘えなかったんだ』みたいな不公平を取り除くための措置か。
まあ、中にはインターバルが無いのを言い訳にする奴もいるだろうし、そういう奴への対処も含んでるんだろうな。
「進行についてはそんなものなのか?」
「そうですね。他に訊きたい事はありますか?」
「……じゃあ、詳細なルールを聞きたい」
「わかりました。闘技大会は予選、本選を通してあらゆる武器の使用、魔法の使用が許可されています。ただし、試合以外での対戦相手への攻撃や、相手を殺してしまうような行動は禁止されているのでご注意ください」
「つまり、その日の夜とかインターバルの日に、次に戦う相手を襲撃しちゃいけないって事か」
「はい、その通りです」
「だが、仮にそれをしたって、本当に次の対戦相手を襲撃したという証明は出来ないんじゃないのか? 例えば、他の奴が、次に戦うわけでもないが脅威となりそうな奴を襲撃する、なんて事もあり得ると思うんだが」
「もちろん、その可能性もあります。なので、闘技大会の期間中は街を監視するための人員が配置されるんです」
「ほう? そいつらの報告で襲撃者に罰則を与えると、そういう事か?」
「ご明察です。ちなみにですが、今までの闘技大会でそういった違反行為をした人は、せいぜい十数人ですね。違反行為に及ぶ人は毎回確実に一人は出るのですが、数は少ないですね」
「なるほど。結構考えてあるんだな」
まあ、監視がいるとは言っても自分で警戒しておくに越した事はないだろうから、一応気を張っておくか。
気配感知とか敵意感知のスキルもあると言えばあるが、心構えが出来てるのと出来てないのとではわけが違うからな。
「他に、何か気を付けておく事はあるか?」
「そうですね……。強いて言うならば、闘技大会の期間中はダンジョンには潜らない事でしょうか」
「ダンジョンに……? そりゃなんでだ?」
「ダンジョンに潜ると、行きの時間、探索やダンジョンの魔物の討伐の時間、帰りの時間と、かなりの時間がかかります。なので、期間中にもレベルを上げるためにダンジョンに潜ったと思ったら、帰って来た時には不戦敗になっていた、なんて話もあるんですよ」
「……それは面白くないな」
「もっとも、一日で目的の階層まで行って帰って来る実力があれば別ですが、基本的にはダンジョンには潜らないのが頭の良いやり方ですね」
「まあ、せっかく出場したのにダンジョン潜ってたせいで不戦敗になりました、なんて笑えないもんな……」
とは言え、ダンジョンに潜るのは闘技大会の話を受けた時に後にしようと決めていたし、ユキヤ達にも何があるかわからないから勝手にダンジョンに潜らないように言い含めてある。
ロゼなアナは自分が亜人奴隷であるという事についてはドライだし、ルキナもオルトーラでカッシェに啖呵を切ってから冷静な思考が身に付いてる。
そうなると問題はライカなわけだが……。
まあ、よっぽどの事がない限りはユキヤ達がライカを制御するだろうな。
一番まずいのはユキヤまでもが空気に呑まれてしまう事だが、まずあり得ない。ユキヤが生きてきた二百五十年の歳月は、簡単な挑発に乗ったりするようなものではなかったはずだ。
ああでも、オレの事を悪く言う奴がいたらユキヤもどうするかわからないな。
良くも悪くもオレに忠実だからな、あいつ。
うーむ、そう考えると急に心配になってきた。ユキヤやロゼが他の三人の先輩として上手く立ち回ってくれる事を願おう。
「注意する事と言えばそれくらいですね。他に何か気になる事はありますか?」
「いや、十分だ。助かったよ、ありがとう」
「いえいえ。いつでもご利用くださいね。……えっと」
「……ああ、悪い。セツカだ。セツカ・ホオズキ」
「セツカ……ホオズキ!? オルトーラの英雄、セツカ・ホオズキ男爵!?」
『嘘でしょ!?』とでも言いたげに、受付嬢がオレを見つめる。
ギルドでたむろしている他の冒険者達も、受付嬢の驚愕の叫びを聞いてざわざわし始めた。
なんだ、オルトーラの英雄? オレって、そんな風に噂されてるのか?
「あ、あの、セツカ……様は、オルトーラで発生した魔物のスタンピードを単独で殲滅した、という人で間違いありません……よね!?」
「いや、まあ、うん。確かに二週間くらい前にオルトーラでそんな事をしたが……別に英雄と呼ばれる程の事じゃ――」
「し、少々お待ち下さい! ギルドマスターに話をしてきますので!」
受付嬢は慌ててそう言うと、その勢いのまま二階へ続く階段を駆け上がって行った。
うーん、これは随分と面倒な事になってるな。
シグナート伯爵に話が行ってる事は想像に難くなかったが、まさかギルドで騒ぎになっているとは思わなかった。
実際、オルトーラではギルマスが出てくるような事はなかったし、多少視線を浴びたとは言え、受付嬢も今みたいに慌てる事もなかった。
だからまあ、『別に目立ってはないんだな』なんて考えていたんだが……。セツカ・ホオズキという男は、どうやらかなり目立ってしまっていたらしい。
やっぱり顔を隠しておくべきだったな。せっかくフードのあるローブを着ているんだから、フードを被っておくんだった。
恨むぞ、過去のオレよ。
「せ、セツカ様! ギルドマスターが話をしたいとの事で……」
「ああ、わかった。行くよ。うん。行くから」
何をそんなに恐縮しているのかわからないが、切羽詰まった様子の受付嬢の案内で階段を上がる。
ここのギルマスに話が来てるって事は、王都のウォルダー爺さんやシャルナ女史も聞いてるかも知れないな。
まあ、これ以上目立たないように立ち回るとしようか。無駄かもしれないが。




