四十四頁目 シグナート伯爵という男
マップを頼りにシグナート伯爵の邸宅に到着し、門番をしている男に名前を告げて手形を見せると、『こちらへ』と無愛想ながらに迅速な対応をしてくれた。
それは屋敷の中でも同じ事で、執事か、あるいは秘書かと見えた男が、応接間へと案内してくれる。
シグナート伯爵の屋敷は、伯爵という爵位故に金を相当量持っているのかセンスの良い調度品ばかりで、高価でありながら、しかし来訪者を変に萎縮させないような品だった。
窓から外を見れば、一部だけではあるが、ローザロッサで生を営む人々の往来を、その在り様を見る事が出来た。
そうしてローザロッサを観察していると、背後でドアの開く音が聞こえ、気配が三つ、部屋の中に入ってきた。
「如何かな、我がローザロッサは」
「活気に溢れ、笑顔の絶えない良い街ですね。領主の人柄や行いも、これを見れば察せようというものでしょう」
「ハハハ。そう手放しで褒められると、些かむず痒く感じてしまうな」
「それほどに、私はこの街を魅力的に感じているという事です」
「ありがたい話だな。……さて。ようこそ、我がローザロッサへ。貴殿の来訪を歓迎しよう、セツカ・ホオズキ男爵」
「こちらこそ。突然の来訪への対応に感謝します、シグナート伯爵」
振り返りながら言うと、白髪のダンディなナイスミドルがそこにいた。
その近くには、ついさっきここまでの案内をしてくれた男と、護衛と思しき鎧姿の男がいる。
「かけたまえ。……紅茶はお好きかな?」
「実はあまり飲んだ経験がないのです。シグナート伯爵のお好きな銘柄ですか?」
「ああ。私は紅茶と言えばこればかり飲んでいてね。きっとホオズキ男爵も気に入るだろう」
ソファに座り、シグナート伯爵が合図すると、案内してくれた男――仮に秘書と呼ぼう――が、紅茶の用意をして、シグナート伯爵とオレの前に紅茶を淹れたティーカップを置く。
「飲んで、是非感想を聞かせて欲しい」
「……では、いただきます」
昔に、ふと興味が湧いて調べた紅茶を飲む際のマナーを思い出しながら、出された紅茶をいただく。
「……美味しいですね。薫り高く、少し甘味もありますか? 紅茶には苦手意識があったのですが、これは好きになれそうです」
「おお、そうか! ホオズキ男爵のような若者にもこの味が解るか!」
シグナート伯爵は、同好の士を見つけたり、とばかりに心底嬉しそうに笑む。
そして自分も一口飲み、『ああ、やはりこの味だな』と、恍惚とした表情で溜め息を漏らした。
「ところで、ホオズキ男爵は何用でここに来たのかね?」
「いえ、特に何か用があった、というわけではないのです。私は若輩の、成り立ての一代貴族ですから、顔を覚えていただく為にも、また貴族としての挨拶をする為にも、ここに来るまでに仲良くなったエルティセル商会のトーリットに人を借りて、先触れを出し、やってきた次第です」
「……ほう? それはそれは、また殊勝な心掛けだと言えような」
「ありがとうございます。ただ、ローザロッサに到着した足のままで来てしまったので、失礼になっていないか不安ではありますが」
「はっはっは。他の貴族はどうだか知らないが、私はそんな事でとやかく言うつもりはない」
「お心遣い感謝致します」
「うむ。……そう言えば、先日のオルトーラでの一件。私の方にも話が来ている」
穏やかな空気を纏っていたシグナート伯爵が、一転して鋭い空気を纏い、刃物が如き視線をこちらに向ける。
「コルティア子爵は真面目な方ですから、自領での案件とは言え、周知は徹底するでしょう」
「ああ。聞けば、ホオズキ男爵は魔族を撃退したそうだな」
シグナート伯爵の言葉に、護衛の男が眼を見開いたのが見えた。
「撃退した、というよりは、向こうの都合で撤退した、と言う方が正しいですね」
「向こうの都合……?」
「はい。どうやら、魔族は魔物の延長ではなく、我々人間とそう変わらない種族のようで。オルトーラで出会った魔族は『用事があるから』と、さっさと帰っていきました」
「……その魔族の狙いは何だったのだ」
「曰く、今代の勇者が如何なる存在なのか見に来た、と」
「勇者か……。ともあれ、同じロガ王国貴族とその領地を守った事。私からも感謝する」
「いえ、私はその場に居合わせただけですから」
「フ……謙遜をしてくれるな、ホオズキ男爵。貴殿はあのコルティア子爵が心底惚れ込む英傑だと聞いているぞ?」
「確かに私は武人の端くれではありますが、コルティア子爵は私を買い被り過ぎているのでは」
「彼女は貴族としては甘いが、武人としての眼は私も信頼している。その彼女が貴殿に惚れたという事は、それほどの傑物だと認める他にない」
飽くまで確信を持った眼が、こちらを射抜いてくる。
ううん、どうもシグナート伯爵はなかなかに老獪な人物らしい。
お前がどれだけ言い逃れようと、こちらはその発言が嘘だと断ずる事が出来るのだぞ。
シグナート伯爵の眼は、纏う空気は、確実にそう言っている。
「……あまり苛めないでください、シグナート伯爵。私に何をさせようと言うんですか」
「話が早くて助かる、ホオズキ男爵。ところで、男爵はロガ十傑衆は知っているかな?」
「生憎と私は異郷の生まれでして、そのような言葉は耳にした事はありません」
「そうか……。ロガ十傑衆というのはな、我がロガ王国において最強の者を、十人選んだ組織なのだよ」
「最強、ですか」
「うむ。剣の最強、弓の最強、銃の最強など、その分野において確実に最強であると称される人間を集めた、文字通り最強の組織だ」
最強……最強ね。
シグナート伯爵的には、その最強の十人とオレを闘わせてみたいってところなのかね。
それならそれで楽しいかも知れないな。
オレだって武人の端くれだ。『最強』には興味があるし、武を究めんとする気持ちだって多少は持ち合わせている。
シグナート伯爵がそういう舞台を用意してくれるのなら、乗ってみてもいいかも知れない。
母さん以外に、本気のオレを下す奴もいるかも知れないしな。
「……シグナート伯爵は、その話を私にして、どうしたいので?」
「闘ってみたくはないか、ホオズキ男爵?」
「機会をいただけるのならば」
「そう言うと思っていた。実は今、十傑衆はローザロッサに来ていてね。闘技大会の特別ゲストとして招いているんだ」
「私に、闘技大会に出ろ、と?」
「もしも参加するのであれば、既定の日時までに闘技場に来て参加申請を済ませると良い。それに、男爵の事は私から十傑衆に話しておこう」
「ありがとうございます。……しかし、本当に良いのでしょうか」
「何がかな、ホオズキ男爵?」
「その十傑衆……『最強』の称号を返上する事になるのでは?」
「フハハハ! 大した自信だ、ホオズキ男爵!」
嫌味のない、愉しげな笑い声が部屋に響く。
自分から話を持ち掛けた割に、オレの方が負けると思っているのか……?
「く、ふふふ……。では、ホオズキ男爵が十傑衆全員に勝てたなら、望むものを与えよう」
「ふむ……魅力的な提案ですね」
望むものか、何がいいだろう?
捕らぬ狸の皮算用ではあるのだが、そういう話を持ち掛けられると想像せずにはいられない。
わかりやすく、金銭でも要求してみようか。
それとも、街から街への根無し草という現状を鑑みて、一等地の屋敷でも良いな。
錬金術や錬成術に使うための素材を要求してみても良いだろうし、あるいは他の貴族達と顔を繋いでもらったりしても良いだろう。
シグナート伯爵は『伯爵』なのだから、大抵の要求は叶えてもらえるのではないだろうか。
「どうかな、ホオズキ男爵?」
「望むのはどんな物、事でも構いませんか?」
「無論だ。だが、私の力が及ぶ範囲の物事に限定させてもらうがね」
「……わかりました。その話、受けましょう。十傑衆の方々には、『最強』の称号を返上する準備をしておくように言っておいてください」
「おや。本当に勝つつもりかな?」
「ははは。シグナート伯爵も異な事を仰る。負ける為に戦場に立つ戦士などいないでしょう」
「なるほど、確かにな。わかった。十傑衆には、ホオズキ男爵の言った事を一言一句違わずに伝えておこう」
「よろしくお願いします」
ロガ王国が誇る十人の最強か。
目立つ行動は避けたかったが、武人としてのオレには逆らえない。
何せ、母さんの指南を受けたんだからな。
オレの敗北は鬼灯流の、母さんの敗北と同義だ。異世界とはいえ、『最強』なんて呼ばれる相手には負けたくはないものだな。
「そういえば、ホオズキ男爵は今どこに身を置いているのだね?」
「エルティセル商会の別宅を利用させていただいています。何分、ハーフエルフを連れているもので」
「ほう、ハーフエルフか……。あれらも中々に難儀な種族だからな」
「シグナート伯爵はハーフエルフについては?」
「誰が咎められようか。ハーフエルフもまた、愛し合う男女の愛の結晶であろう」
「……おや。ハーフエルフを嫌う人は多いと聞いたのですが」
シグナート伯爵の痛々しい面持ちを見て、疑問が生じる。
ハーフエルフは人間からもエルフ族――ダークエルフを除いて――からも『半端者』と呼ばれ、嫌われる種族だと聞いたが。
シグナート伯爵の表情を見るに嘘はないし、本当は嫌う奴とそうじゃない奴で半々くらいじゃないんだろうか。
「私も若い頃は嫌いだった。今でも、大半の貴族や平民の殆どが嫌っているだろう」
「では何故……?」
「我々人間さえも、他人と他人の混血だからだよ、ホオズキ男爵。他人が他種族という言葉に置き換わっただけで、嫌う理由など本来は無いのだよ」
「……シグナート伯爵が私と同じ思想の持ち主で安心いたしました」
「ハハハ、そうか!」
「はい。……と、そろそろ私は失礼するとしましょう」
「そうか? もう少し居ても良いだろう?」
「お気持ちだけ受け取らせてください。旅の連れの事も気になりますし、あまり他人様の家に長居するのも良くありませんから」
「……ふむ。そう言われては仕方ないな。また時間のある時に、じっくり話すとしよう」
「はい、その時は是非」
ソファから立ち上がりシグナート伯爵と握手を交わして、執事の先導で屋敷の玄関に向かい、シグナート伯爵邸を後にする。
なかなか喰えない人だったな、シグナート伯爵。
無邪気な面もあれば老獪な面も持ち合わせている。見た目は五十代そこそこにしか見えなかったが、年齢以上の経験を積んでるんだろう。
精々、敵にしないように立ち回るとしよう。




