四十三頁目 エルティセルの別宅と魔物の精算
「――さあ、着きましたよ。ここがエルティセル商会の別宅です」
トリィが指し示した先には、ともすれば貴族の邸宅よりも立派なのではないかと思うほどの、荘厳な二階建ての屋敷だった。
商会の別宅なんて大した事はないだろう、なんて考えていたさっきまでのオレをぶん殴ってやりたい。
「トーリットお嬢様、お帰りなさいませ」
馬車を停めると、屋敷の門扉に立った男がトリィに向けて頭を下げた。
彼はきっと、この屋敷の門番をしているのだろう。レベルはそう高くないが、暴徒や妙な人間を制圧するには問題ないレベルだ。
「ただいま。連絡がいってると思うけど、こちらがセツカさん。色々都合してあげて」
「畏まりました。他の使用人達も中で待っております」
「わかったわ。セツカさん、馬車はこのままで良いので、ついてきてください」
「ああ。お前達、降りろ」
ユキヤ達に馬車から降りるよう指示を出してから、オレもトリィに続いて馬車から降り、全員が降りたのを確認してから屋敷へと入る。
屋敷の中では、この別宅で働いているらしい使用人達が待ち構えていて、トリィを出迎えると同時にオレ達の来訪も歓迎してくれた。
「セツカさん。ローザロッサにいる間は、この別宅を自分の家だと思って寛いでくださいね」
「……ああ、そうさせてもらおう」
「初めまして、セツカ・ホオズキ男爵様。私、この屋敷で使用人の統括をしております。執事のロベルトと申します。早速ではありますが、皆様に用意させていただいた部屋へご案内いたします」
五十代くらいの、バトラー服にオールバックの男性が恭しく礼をしてから、屋敷の中を先導して、用意してくれたという部屋に通してくれた。
外側から見た時はそうは感じなかったのだが、一部屋が結構な広さをしており、一部屋あたり三人までなら快適に過ごせるだろう広さだった。
まあ、ベッドは三つしかないのだが。
「これと同じ部屋をもう一つ用意してあります。ここの隣の部屋になりますので、不便はないかと思われます」
「ふむ……。ルキナとライカはオレが面倒を見よう。ユキヤはロゼとアナを頼めるか」
「もちろんです、主。このユキヤ、その期待に必ず応えてみせましょう」
「まあ、あまり気負うなよ。トリィ、早速だが買い取りを頼みたい。それから……あー、ロベルトさん、でいいのか?」
「ホオズキ様。私の事はロベルトと呼び捨てていただいて構いません」
「そうか。……ふぅ。じゃあ、ロベルト。シグナート伯爵のところに先触れを頼みたい。成り立ての貴族ではあるが、領主への挨拶は最低限の礼儀だろう」
「畏まりました。すぐに手配いたしましょう」
ロベルトは変わらず恭しい礼をして部屋から出ていく。
「セツカさん、もう魔物の買い取りですか?」
「ああ。すぐに金にしておきたい」
「わかりました。それじゃあ、商会の作業倉庫に行きましょうか」
「頼む。ユキヤ、オレがいない間の監督を頼むぞ。ロゼ達は、何かあればユキヤを通じて使用人に頼む事。亜人やハーフエルフの心象は、良いものだとは言い切れないからな」
「御意に」
「わかりました、マスター」
「それじゃ、早速行きましょうか」
念のために水筒を人数分と大量の干し肉をユキヤ達に渡しておいて、トリィについていく。
これまでの旅でわかったのは、ロゼとライカ、それとアナは食事量が結構多い事。
もしかしたら今渡した分の干し肉では足りないかも知れないが、晩飯まで我慢してもらう他ないだろう。
◆
エルティセル商会の別宅からしばらく歩くと、商会保有の作業倉庫に到着する。
この倉庫はエルティセル商会で扱っている商品の保管はもちろんの事、魔物の解体作業や錬金術、錬成術の作業にも使えるという。
それだけ聞くと『エルティセル商会って凄いんだな』という感想に落ち着くのだが、大手の商会ではスタンダードなものらしい。逆に、これが無いと大手商会とは、とてもではないが言えないのだとか。
「結構な規模だな。冒険者ギルドのより大きいんじゃないのか?」
「どうでしょう? 比べてみた事はないですけど、言われてみれば確かに少し大きいかもですね」
「よく土地があったもんだな」
「そこはそれ、大商会ですから。さあ、早速始めましょうか!」
「ああ。適当に出していくが、構わないか?」
「そうですねぇ……。ここから、サイズの小さい順に左に行きながら出してもらえると」
「わかった」
インベントリからトリィの指し示した場所に、サイズの小さい魔物から順番に吐き出していく。
リッパーラビット、ソルジャーウルフ、アサルトボア、アーマードグリズリー、レイザーマンティス、ソードビートル、ヴァイススタッグ、ミラージュバタフライ、シックネスヴァイパーなどなど。
オルトーラの例の一件で回収した魔物を次から次へと積み上げていく。
あの魔族……シャグネイアが先導していただけあって、種類も数も多い。
「……これで終わりだな」
最後に、エンシェントヒュドラを五体積み上げて、オルトーラで稼いだ魔物はインベントリの中から綺麗さっぱりなくなった。
我ながら、よくもこれだけ大量の魔物を撃ち殺したと思う。あの当時は数えるのが面倒だったから数えなかったが、四百を優に超える数の魔物が積み上がり、並んでいる。
おぞましくも、壮観でもある。
この数の魔物を自分一人で殺したのかと思うと、妙な達成感がわき上がってくる。
「……あの、セツカさん」
「なんだ?」
「これだけの魔物、どうしたんですか?」
「殺した……?」
「そうですけど、そうじゃなくて! どこにこんな数の魔物がいたんですか、って事です!」
「どこって言われてもな……。逆算して、あの当時エルティセルの商隊はオルトーラにいたはずだと思うんだが」
オレ達の乗る馬車がエルティセルの商隊に追い付いた事を考えれば、オレがシャグネイア率いる魔物の軍勢を相手していた当時、商隊はオルトーラにいて交易をしていたはずだ。
冒険者や傭兵を中心に魔物の軍勢が迫っているという話はオルトーラに広まっていただろうし、実際にオルトーラにいたエルティセルの商隊がそれを知らないというのはあり得ないだろう。
「……まさか、迫り来る魔物の軍勢を単独で殲滅した人がいるっていうあの噂は」
「へえ、そんな噂になってたのか」
「やっぱりあれは、セツカさんの事なんですね?」
「子爵の屋敷にいたから噂がどういうものかは知らないが、多分そうだな。誰かが嘘を吐いてなければだが」
まあ、顔も姿も隠さなかったし、まず間違いなくオレの話だろう。
「ちなみに、その魔物の軍勢を殲滅した人間は、どういう容姿の人間だって話なんだ?」
「白と黒の片手魔導銃を手にした銀髪黒衣の男って話でしたね」
オレだな。
いや、違うんだ。本当はもっと、こう、仮面とか被って登場する予定だったんだ。
それをど忘れしていただけで、決して目立とうとしていたわけではないんだ。
親父譲りの銀髪じゃなくて、母さん譲りの黒髪だったら、もう少し地味な感じで済んだんじゃないだろうか。
「……どうしました、セツカさん?」
「いや、うん……なんでもない。それより、これの査定額はどうなるんだ?」
「うーん、全部検分しなきゃならないですけど、パッと見では傷もないですし、明日には買い取り金額をお伝え出来ると思いますよ」
「……そうか」
「牙や爪、毛皮や毒袋みたいな特殊な器官なんかは買い取りになるんですが、何か戻して欲しい素材はありますか?」
「じゃあ、肉を頼む。喰えそうな肉は全部戻してくれ。あとは……稀少な素材があったら、要相談という事で」
「わっかりました! じゃあ、早速検分を始めますね。セツカさんはこの後は……」
「シグナート伯爵のところに顔を出しに行く。ローザロッサにはしばらく滞在する事になるだろうからな」
「ダンジョンに潜るんですもんね」
「ああ。そういえば、六十五層まで行ったSクラスパーティは、どれくらいダンジョンに潜ってたんだ?」
「んー……と、それでも二週間強、三週間弱なので……大体二十日くらいでしたね」
「六十五層まで行って帰るのに二十日か。ありがとう、参考になった」
「いえいえ。潜るのはいつからになりそうですか?」
「……どうかな。まあ、ローザロッサには来たばかりだし、しばらく観光を楽しむさ」
「ふふふ。是非そうしてください! ローザロッサは楽しい街ですから!」
「期待しておくよ。し過ぎない程度に」
トリィに別れを告げて、早速マップでシグナート伯爵の邸宅を確認し、歩を進める。
シグナート伯爵の邸宅はエルティセルの別宅とは少し離れているだけだが、あの有能そうな執事の事だ。もう先触れを出して、先触れは帰路についている事だろう。
シグナート伯爵……か。
はてさて、どんな人物なんだろうな。




