四十二頁目 新たなる街
しばらくしてトリィが二枚の紙を片手に戻ってきた。
どうやらさっきの契約の書類を早速書いて来たようで、エルティセル商会とオレの間で交わされる契約の内容が事細かに書いてあった。
「えぇと、専属買い取り権利とトリィの専属窓口化に、売上金の三割を還元?」
「はい! 我がエルティセル商会だけに卸して戴くんですから、それくらいはしませんと!」
「そりゃありがたいな。それから……買い取り金額の割増とエルティセル商会における売買の金額の割引と。……お?」
契約書の最後の一文に眼が止まる。
『セツカ・ホオズキはトーリット・エルティセルを伴侶とする』?
「……おい、トリィ」
「なんですか、セツカさん?」
「なんですかじゃないだろ。なんだ、この最後の一文は」
「……ちっ」
「おい」
「ちょっとふざけただけですよ! あわよくば、とか思ってませんってば」
ぶー、と口を尖らせながら最後の一文に線を引くトリィ。
まったく、これだから商人って奴は。
日本でもそうだが、契約書は頭から尻までしっかり読み込んでからサインしないと、気が付けば大変な事を契約していた、なんて事になりかねないからな。
商魂逞しく強かなのは評価出来るが、迂闊に近付くと痛い目を見るな。
「……ふむ」
訂正された契約書にもう一度眼を通して、不備や妙な契約事項がない事を確認し、サインと血判を押す。
血判なんて日本じゃやらなかったが、先日の叙爵の一件でやったからな。一遍やれば慣れるもんだ。
まあ、オレの場合は、日本にいても日常的に血を流していたのが原因だろうが。
「でもセツカさん。私じゃセツカさんの妻には相応しくないですか?」
オレと同じように二つの契約書にサインと血判を済ませたトリィが訊いてくる。
「初対面の相手は娶れないだろう」
「セツカさんって、貴族っぽくありませんね。大抵の貴族は『気に入った、嫁にする!』みたいな感じですけど」
「そこらの貴族と一緒にしてくれるな。愛の無い結婚に、果たして何の意味がある? 男は単なる種馬や稼ぎ頭ではないし、女はただ子を産み育てるだけの生き物じゃない。オレの故郷じゃ、どんな身分だろうが恋愛結婚が普通だしな。オレだってそれに倣うさ」
「……素敵ですね」
「だろう? まあ、政略結婚も無いとは言えないんだが……絶対数は少ない方だろうな」
「セツカさんの生まれ故郷は、なかなか良い環境なんですね。身分の違いとかないんですか?」
「王族や皇族と呼ばれる人種は存在してるが、平民とそう変わらんな。家が裕福かそうでないかという違いはあるが」
天皇にしてみても、各国の王族にしてみても、その国の象徴的な存在というだけで、政治を引っ張るわけでもないしな。
結局のところ、『その血に生まれただけの、ただの人』でしかない。
だからと言うか、オレは、天皇や王子みたいな存在を敬う事の意味が全く理解出来ないのだが。
まあ、老人共が舵を取ってる日本じゃ、オレの思想こそ理解されないだろうけどな。
「ある意味、平らな身分って事ですか」
「まあ、そうだな」
「聞く感じでは王政ではないんですね?」
「ああ。王政じゃなく、民主制だな。国民が自分たちの代表者を複数人選んで、その代表者が、国民の意見を纏めて議論して決定を下す。まあ、実際は多数決だが」
「多数決、ですか?」
「ああ。賛成の多い意見と少ない意見なら、多い方を選ぶ。少数派には意見する権利さえ認められないな」
「言ってはなんですが、クソみたいな国ですね」
「オレもそう思うよ。お陰で、本来解決すべき国の問題が全然解決しないんだ。足を引っ張る連中もいたりしてな」
「私だったら、そんな国には生まれたくはないですね」
トリィがげんなりした表情で言う。
生まれる場所を選べたなら、オレだってもうちょっと政治面がマシな国に生まれたかったさ。
「まあ、今はこの大陸の人間だ。置いてきた母親を想う事はあっても、郷愁に駆られる事なんてない」
「なかなかドライですねぇ、セツカさん。……さて、じゃあ私はこの契約書を保管してきますね。こっちの一枚はセツカさんが持っていてください」
「わかった」
二枚あるうちの一枚をこちらに手渡して、トリィは再び商隊の馬車に戻っていく。
ローザロッサに着いて一旦落ち着いたら、インベントリに保管してある魔物をエルティセル商会で買い取ってもらうとするか。
オルトーラでは変に目立ちたくなかったから、冒険者ギルドに売らなかったんだよな。
あんな大量の魔物を『買い取ってくれ』なんて言って持っていったら、間違いなく騒ぎになるだろうしな。
まあ、ローザロッサでも変わらないかも知れないけども。
◆
エルティセル商会の商隊を窮地から救いだしてから幾日。
あの後、トリィが『セツカさん達を護衛として雇いたいんですが』なんて話を持ってきたのには驚いたが、旅は道連れ世は情けという事で承諾しておいて良かった。
コルティア子爵領ならいざ知らず、このシグナート伯爵領では、セツカ・ホオズキ名誉男爵なんて知らない奴の方が多いだろうしな。
そう思ってみれば案の定。エルティセル商会の名前が大きくて助かった事が多かったわけで。
まあ、シグナート伯爵はオレの事を知っているかも知れないのだが、領民への周知を強制するわけにもいかないから仕方ない。
「さあ、セツカさん。見えてきましたよ。あれが、我らがダンジョン都市。ローザロッサです」
オレ達の幌馬車に同乗したトリィが、御者台のオレの隣で前方に見える大きな門を指差して言う。
「へえ……あれが」
「はい。冒険者や商人が多く足を運ぶので、王都よりも人口が多いんですよ。たまにですけど、他国からやってくる人もいますね」
「そりゃ随分と盛況だな。……しかし、それだけの冒険者が集まっても、ダンジョンの踏破は叶わないんだな」
「そうですねぇ……。聞くところによれば、随分と厄介な魔物がいるそうですが」
「厄介ね……。どの魔物も、大概厄介だと思うんだけどな」
「ま、そうですね」
日本じゃ雑魚扱いされてるスライムだって、不定形で、斬撃も打撃も効力の薄い厄介な存在であるはずなんだ。
厄介じゃない魔物の方が珍しいんだよな。
「身分を証明出来るものの提示をお願いしたい」
「ああ。……これでいいか?」
門番にホオズキ家の紋章が刻まれた証明手形を見せると、ハッと眼を見開いてから敬礼し
「ローザロッサへようこそお出でくださいました、ホオズキ男爵様。どうぞごゆっくり滞在ください」
と言ってくれた。
どうやら警備隊にはオレとホオズキ家の紋章は知れているらしい。
「ところで、その荷台には何が……?」
「オレは商人ではないから、交易品のようなものはない。旅の仲間がいるだけだ」
「確認させていただいても構わないでしょうか?」
「構わないが、何がいても騒ぐなよ」
「……では、失礼します」
門番の彼はそう言って荷台を確認し、恐らくルキナの正体に気付いたのか、沈痛な面持ちになっている。
「ホオズキ男爵様……その……」
「言うな。あれを買ったのはオレだ。面倒も全て背負う覚悟は出来ている」
「そう……ですか」
「貴殿の心遣いに感謝する。良ければ、名を」
「はっ! 私はヨランと申します!」
「ありがとう、ヨラン警備兵。その心配りを忘れず、今後も励んで欲しい。機会があればシグナート伯爵に君の事を話しておこう」
「ありがとうございます。ダンジョンでの武運をお祈りしております」
「……踏破してみせよう」
礼をしたヨランが驚きに顔を上げるのを尻目に、エルティセル商会の馬車の後に続いて門の中に入る。
「自信たっぷりですね、セツカさん」
「自信が無ければ、ここには来てないさ」
「ふふふ。やはり、私の眼に狂いはなかったみたいですね」
「……どうかな。ところで、どこか良い宿を紹介してくれ」
「もちろん。条件はどうします?」
「ハーフエルフや亜人奴隷でも部屋で寝かせてくれる宿がいいな。メシが美味いなら尚良い。馬車の管理も問題なくしてくれるなら万々歳だな」
「ありますよ。その条件にピッタリの場所が」
「へえ。どこなんだ?」
「エルティセル商会の別宅です」
「恩を売っておこうって腹積もりか?」
「いえいえ。ご飯も美味しくて馬車の面倒も見てくれる宿は沢山あるんですが、ロゼちゃん達も部屋で一緒にとなると難しいんですよ」
申し訳ない話なんですけど、と顔で語るトリィの言葉は、一応納得は出来る。
ただでさえ亜人や獣人に対する風当たりが強いのだし、そこにハーフエルフなんか連れて行った暁には、局地的な大型の竜巻を発生させるようなものだろう。
それを考えると、大なり小なり打算があるとはいえ、トリィの提案を受け入れるのが頭の良いやり方だと言える。
「……何か企んでないだろうな?」
「嫌ですね、セツカさん。良い女に秘密は付き物なんですよ?」
「抜かせ。……まあ、他に選択肢もないし、仕方ないか。世話になる」
「承りました。じゃあ、早速商会の方に話を通しておきますね。すぐに手配出来ると思うので、商会の馬車と一緒に待っていてください」
「わかった。ありがとう、トリィ」
「どういたしまして!」
トリィは、馬車から降りてこちらに向かってパチンとウインクをすると、見た目からは想像出来ないスピードで街道を駆けていった。
思えば……オレって、こっちの世界に来てから、他人の家にばっかり泊まってるな。
オルトーラからここに来るまでに宿を利用した事もあったにはあったが、他人の家に泊まるのは、これで三回目だ。
……なんだかな。




