四十一頁目 エルティセル商会のトーリット
ラビット共に教われていた三輌の馬車と護衛の冒険者は、ダンジョン都市ローザロッサを拠点にするエルティセル商会の商隊と、その護衛の依頼を受けた冒険者達だった。
エルティセルの商隊はオルトーラや他の町、村での交易を終えてローザロッサに帰るところだったらしく、馬車に乗っていた商会メンバーの一人一人に両手で手を包まれ『ありがとうございます!』と感謝されてしまった。
オレ達もローザロッサに行きたかったのだし、結果として助けた事になっただけなのだが、手放しに喜ばれては受け入れないわけにはいかない。
とりあえず安全の確保は出来たが、商会メンバーや冒険者、馬達の緊張を解すために。
オレ達はムスペルヘイムの行使で魔力がゼロになりかけているルキナの回復を待つついでに、休憩という事で適当な草原に馬車を止める。
「お兄さんお兄さん!」
「ん?」
道中で狩ったメルティバードの羽毛で作った枕を使ってルキナを寝かせていると、商会の馬車の方からやってきた二十三歳くらいの女性が話し掛けてきた。
さっき感謝の言葉を告げられるついでに自己紹介を受けたのだが、彼女はトーリット・エルティセル。愛称はトリィというらしい。
さらさらとしたダークブラウンのショートヘアと暗い蒼の瞳を持ち、身長は同年代の女性の平均よりは低めだが胸は大きく、商売の武器にするためなのか胸元が大きく開いた服を着ている。
「トーリットか、なんだ?」
「やだなぁ、お兄さん。トリィで良いですよ」
「……じゃあ、トリィ。何の用だ?」
「いえ、そちらの……ルキナさん、でしたか? 随分と魔力を消費されているようですから、魔力ポーションでも如何かな、と」
ははん? なるほど。つまり、自分のところの商品と恩を売っておいて、ローザロッサで優先的に利用して貰えるように顔を繋いでおきたいというわけだ。
だが、生憎だったな、トリィ。
「悪いな。魔力ポーションなら持ってる」
「おや、そうですか? 粗悪品だったりするんじゃないですかぁ?」
「んー……どうだろうな? 店で売ってるのと比較した事は無いからなあ……」
ユキヤ達の持っている体力ポーションや魔力ポーションはオレの手製だ。
幸いと言うべきか、コルティア子爵領の森や草原はユキヤ達ダークエルフの庭とも言うべき場所で、ポーション作成のための材料がどこにあるかとか、どの材料を使えばより効果が高まるのかといった事もユキヤが知っていたために、効果の高いポーションには困っていない。
ポーション等の即効性の薬品には、上から最上級、上級、普通、下級、粗悪と、効果の大小やオプション的な副次効果によって区別されており、ユキヤ達が持っているのは大半が普通ポーションで、たまに上級が混じる程度だ。
店や冒険者ギルドなんかで扱っているのは粗悪~普通が精々で、高級店に行くか、冒険者ランクを上げるかをしないと上級、最上級は手に入らないらしい。
「どんなものか見せて戴いて大丈夫ですか?」
「ああ、いいぞ」
ローブの袖口から手を突っ込んで、インベントリから普通ポーションを取り出してトリィに見せてやる。
「これだな」
「……見た目は、普通のポーションですね」
まじまじと観察するように普通魔力ポーションを見定めているトリィだが、少し落胆したような声で言う。
まあ、普通は普通でも副次効果があるのだが。
【普通の魔力ポーションα】
見た目は店売りの普通の魔力ポーションと変わらないが、魔力即時回復(中)に魔力継続回復効果(微小)が付いている。
作成者:セツカ・ホオズキ
鑑定系のスキルで見ると作成した人間の名前が出るあたりは少し憎い。
平穏な旅を願うオレとしては、もしこの普通ポーションや持ち合わせの上級ポーションが鑑定系スキルで見られた場合に、どう足掻いても注文が殺到する。
それこそ、このトーリットみたいな商魂逞しい奴にバレでもしたらと思うと――
「セツカさん!」
金の匂いでも嗅ぎ付けたのか、トリィが眼を爛々と輝かせてこちらに詰め寄る。
そーれ見た事か。
だがな、トーリット・エルティセル。オレはお前の思い通りにはならないと知るが良い。
「嫌だ」
「まだ何も言ってませんよぉ……」
「どうせ『我がエルティセル商会と専属契約を交わしてポーションを卸してもらえませんか?』とか言うんだろう」
「流石です、セツカさん。私の言いたい事を、よくぞ! よくぞ言い当ててくださいました!」
「だから嫌だって言ってるだろう。……ルキナ、これを飲め」
ローブの袖から、今度は上級ポーションを取り出してルキナに飲ませてやる。
魔力切れは吐き気や倦怠感などはあるものの、本人的には健康そのものなので、飲食は普通に出来るのである。
「ありがとうございます、主様。しかし、良かったのですか……?」
「出し渋っても仕方ないだろう。材料があれば作れるんだから、遠慮するな」
「……はい」
嬉しそうな顔で微笑むルキナに闇魔法の一つである睡眠魔法をかけて眠らせておく。
生き物はただ起きているだけでもエネルギーを消費していく。もちろん、何かをしているよりは何もしていない方が消費度合いは少ないのだが、どちらにせよ身体が疲労するのは確かだ。
だが、眠っている間はエネルギーを補充する事が出来る。とは言え、しっかりと食事を摂っている事が前提ではあるが。
つまり何が言いたいのかと言えば、ポーションを飲ませて眠らせたので、起きる頃にはルキナの体調は元通りになっているというわけだ。
「セツカさん」
「なんだ、トリィ」
「今の、上級ポーションじゃなかったですか?」
「さてな。鑑定系スキルで見たわけじゃないし、上級だか普通だかの判別なんか出来ないぞ」
「……本当ですかぁ?」
「信じるか信じないかは、お前次第だ。それよりポーション返せよ」
「嫌です」
「トリィ……」
「セツカさん。これと同じもの、あと何本ありますか?」
獲物を見つけた猛禽類が如き眼で、トリィがこちらを見つめてくる。
何本あるかと訊かれれば、ざっと五十本以上は在庫がある。ユキヤ達に分配した分を合わせれば百本以上ある計算になるだろうな。
「それを訊いてどうする?」
「売ってください」
「エルティセル商会には普通ポーションの在庫や、卸してくれる錬成術師もいないのか? ローザロッサが本拠地だって事はそうじゃないよな。というわけで売る理由がない」
「でも、作成者のセツカさんなら、この普通ポーションが、ただの普通ポーションじゃない事くらい知ってますよね?」
「……それで?」
「売ってください。とりあえず五十本」
「とりあえずじゃダメだな。オレは別に、エルティセル商会と商売がしたいわけじゃない」
「そこをなんとかお願いします!」
「普通ポーションならあるんだから、別に構いやしないだろう?」
そうだ。普通の魔力ポーションαじゃなくても、普通の魔力ポーションは在庫なりなんなりがあるはずだ。
だのに、何故オレが手ずから作成したポーションをエルティセル商会に卸さなきゃならないんだ。
「儲けたいんです!」
「お前……」
どこの世界に、必死に『儲けたいんです!』なんて訴えてくる女性がいるだろうか。
「なんだよ。ローザロッサには冒険者も多く集まるんだから、儲かってるはずだろ?」
「もっと! 儲けたい!」
「守銭奴じゃねえか!」
「いえ、儲けたいのはもちろんなんですけど。こんなものを作れる人を埋もれさせておきたく無いんですよ!」
「……そう言われてもな」
トリィが褒めてくれている、というのは理解出来るのだが、こちらにも事情というものがある。
もっと錬金術と錬成術でやれる事が増えて金も十分に貯まってから、親父の苗字を使って商会を立ち上げようと計画しているんだ。
奴隷を確保して従業員や役員にして、技術を伝授して軌道に乗せれば、不労所得で生活が出来る……はずだ。
それまでは、オレの名が知れるのは武勇方面だけにしておきたい。
ステータスウインドウで自分以外に見せる名前や称号を弄れたような気がするが、そういう問題ではないんだ。
言ってみればこれは、オレの異世界人生計画の一部。ダンジョン都市ローザロッサに居を置く商会の人間だろうが、一国の主だろうが、オレの計画を邪魔する奴は許さん。
「とにかく、そのポーションは返してもらうからな」
無限倉庫を利用して、未だにトリィに握られている魔力ポーションαを回収する。
「あぁっ、ポーションが!?」
「さて……話は終わりだ。オレはエルティセルにポーションを卸さない。これが答えだ」
「そんなぁ……」
「商魂逞しいのは褒めてやるがな」
「……じゃあ、ちょっとした契約はどうですか?」
「契約? 何を契約させようって言うんだ?」
「セツカさんもローザロッサでダンジョンに潜る予定なんですよね?」
「ああ。そういえば、ローザロッサのダンジョンは踏破者みたいなのはいるのか?」
「Sランクの冒険者ですら踏破には至らないみたいですよ。ローザロッサのダンジョンは全百層からなる巨大ダンジョンですけど、Sランク冒険者のトップにいるパーティでも六十五層までしか行けないみたいですね」
「へぇ……六割半か」
「……そんな事より!」
「ああ、はいはい。契約ね、契約」
「はい。実はですね――」
トリィが言うには、ローザロッサのダンジョンに潜った際の戦利品――この場合は、魔物の素材とダンジョンの宝箱の品等が該当――を、エルティセル商会に買い取らせて欲しいらしい。
そういうのはギルドの仕事じゃないのか? と思ったのだが、ダンジョンに挑む冒険者が多過ぎて冒険者ギルドや商人ギルドだけでは間に合わないんだとか。
そこで、両ギルドが実績も信用も人手もあるエルティセル商会に頼んで、両ギルドがやっている買い取りをエルティセル商会でもしてもらうようにしたらしい。
ちなみに、両ギルドはエルティセル商会に依頼した側なので、エルティセルが買い取った素材や宝飾品などを、必要に応じて買っているとか。
「ふむ……。冒険者ギルドや商人ギルドに買い取ってもらうのは無しって事か?」
「はい。もちろん、普通なら両ギルドで買い取りをするところを私のところでやるので、買い取りの値段には多少色を付けさせてもらいますし、我が商会でのお買い物の際には何割か割引した金額での提供をお約束しますよ」
「……そういえば、トリィ。歳は?」
「はい?」
「いや、だから、年齢」
「……ああ、歳ですか。今年で二十三になります。まだ二十二ですが。それが何か?」
今年で二十三歳か。
まあ、商会長はトリィの親父さんか祖父さんがやってるんだろうが……むさいオッサンよりは若い女性の接待の方がいいわな。
「……わかった。オレの専属窓口をトリィがしてくれるなら、契約しよう」
「ありがとうございます! 私、自慢じゃないですけど人を見る眼はありまして、セツカさん達ならきっと良い関係になれると思ってたんです!」
「そりゃ慧眼だな」
そういえば、いつの間にかトリィのオレの呼び方がお兄さんからセツカさんになってるな。
自己紹介はしてなかったから……ポーションを鑑定した時に名前を知ったから呼んでるだけだろうな。
「ふふふ! 良い人と――あ。すみません、興奮してしまって。ルキナちゃん、起こしちゃってませんか……?」
「魔法で眠らせているからな。そう簡単には起きないだろうよ」
「そうですか。いやぁ、良かったです。起こしちゃったら、私達を救ってくれた人に申し訳ないですからね!」
「義理堅いな、トリィ」
「信用は欲しいですからね。もちろん本心から言っていますけど」
取り繕うような言葉ではあるが、『真偽看破』スキルに反応がないため、本心である事は間違いない。
発言や物事の真偽がこのスキル一つで判るんだから便利なもんだよな。
嘘とか偽物の時にだけ反応があるあたりも非常に使い勝手が良い。
「じゃあ、私ちょっと書類を書いておきますね」
「ああ、よろしく頼む」
ブンブンと元気よく手を振りながら商隊の馬車に戻っていくトリィを見送って、ようやく過ぎた台風に溜め息を吐きながら草原に身体を投げ出す。
気持ちの良い草原と風だ。
これはやっぱり、機械の文明が発達していなくて、化石燃料なんかを利用していないからこその気持ちよさなんだろうな。
母さんも連れてきてやりたいところだ。




