四十頁目 成長の証と意識改革
少し問題はあったものの無事にオルトーラから出立して数日。
途中で小さな町や村に寄って、そこで起きた問題を解決したり、逆に、ルキナや他の奴隷組の子がトリガーになって引き起こされた問題を解決したりして、旅の道中としては賑やかしくも穏やかなものであった。
ただ、ずっと馬車を走らせているわけにもいかないので、メシを喰うとか昼寝をするとかのついでに馬を休めて、更にそのついでにユキヤ達を鍛えてやる、なんて事もした。
もちろん、出くわした魔物を倒したり、むしろ自分達から出向いて魔物を倒したりもした。
そのおかげか、ユキヤ達のレベルはメキメキと上がっていき、レベル28だったユキヤは63へ、12だったロゼは50へ、10だったライカは48、11だったアナは44、15だったルキナは53まで成長した。
斯く言うオレも、121だったレベルが140まで上がっていた。
このレベルがどれほどのものなのかはイマイチわからなかったのだが、ユキヤが言うにはレベル100前後で大体冒険者ランクCくらいなんだとか。
そこから考えれば、レベル140のオレは、冒険者ランクBくらいという事になる。
RPGでレベル100と言えばレベル上限で、そこまで育てると眼を見張るものがあるが、この世界でのレベル100は割と普通の通過点らしい。
「……お? なんだあれ?」
レベルアップによって得た『視力強化』スキルの恩恵を受けた眼で、少し遠くの人集りを発見する。
よく見てみると、何輌かの幌馬車が止まっており、それの護衛をしていると見られる冒険者集団が全方位を警戒している。
こういうのはこれまでの道中でも度々見掛ける事があったのだが、大抵は魔物達に襲われている。そうでない場合は、盗賊の襲撃を受けていた事があった。
問題は、このまま馬車を走らせると、まず間違いなくオレ達もそれに巻き込まれてしまうという事だ。
と言うより、最早手遅れだ。
もうその集団は目と鼻の先にいるのだから。
「止まれ! 止まってくれ!」
両手を大きく振って、戦士風の男が言う。
まあ、止まらないとその男を轢く事になるから止まらなきゃならないんだが。
「――ああ、ありがとう。悪いな、止めてしまって」
「構わん。こんなとこで立ち往生されてたんじゃ、通りたくても通れないしな」
「そうだな……すまない」
「それは良いが、一体何をしてるんだ? 馬を休めてるわけでもないだろうが……」
「……ちょっと厄介な魔物に襲われてな」
「厄介な魔物?」
「ラピッドラビットだ。知ってるか?」
ラピッドラビットとは、高速で移動する、千百ccのバイクと同じくらいの体躯の、白色紅眼の兎の魔物だ。
基本的に五~十体の群れで行動し、肉食で、主に馬を好んで食す。
討伐適正ランクは冒険者ランクDからで、それ以下の冒険者ランクだと、姿を捉える事さえ出来ないと言われている。
今の現在地はコルティア子爵領とシグナート伯爵領との領境あたりなのだが、ラピッドラビットはシグナート伯爵領に入ってからでないと出てこないと言われている魔物だ。
少なくとも、コルティア子爵領をメインに活動している冒険者では太刀打ち出来ない魔物だ、と途中立ち寄った町の冒険者から聞いた。
実際かなり厄介な魔物だが、倒せる冒険者からすれば、肉は美味いし毛皮は利用出来るしで、高速で動く事が面倒という以外は好まれている魔物である。
「お前達の中にランクDはいないのか?」
「生憎とEかFだけだ」
「……なるほど、それで立ち往生か。しかし、退いてもらわないと後続が困るし、お前達だって困るだろう」
「それはそうなんだが……。そうだ、あんたはどうだ? 腕に覚えがあるなら、手伝っちゃもらえないか」
「手伝いか……」
やれなくはないだろう。
いや、むしろ余裕であるとすら言える。
だが、ラピッドラビットがどれだけいるかもわからない現状で、『手伝う』と簡単には口に出せない。
「ラピッドラビットが何匹いるかは把握出来てるのか?」
「いや、正確な数字は掴めてない。だが、どうやら群れがいくつかいるらしい」
「ふむ……。ルキナ、おいで」
荷台に向かって話しかけると、御者台に続く布のカーテンを開けて、ルキナが顔を出した。
「お呼びですか、主様」
「ああ。話は聞いていたか?」
「はい、しっかりと」
「それは重畳。ラピッドラビットが何匹いるか、わかるか?」
「……少し、時間をいただきますね」
そう言って、精神統一でもするかのように、ルキナは眼を閉じる。
しばらく沈黙し、ゆっくりと眼を開けると、再びルキナが口を開く。
「七匹の群れが二つ、五匹の群れが二つ、十匹の群れが一つ。……それから」
「それから?」
「ゲイルラビットの群れが、一つ」
「ゲイルラビットだと!?」
ルキナの報告に、男が驚愕の声をあげる。
ゲイルラビットとは、ラピッドラビットと同じくらいの体躯を持ちながら、ラピッドラビットよりも速く移動する、黒色金眼のラピッドラビットの上位種である。
討伐適正ランクは冒険者ランクCからで、それ以下のランクの冒険者は、出会ったら死を覚悟して逃げろ、とまで言われている。
主食はラピッドラビットと同じく馬なのだが、一体どこで味を覚えたのか、商人が交易に利用している食品や、屍肉をも喰らう。
とは言え、最も厄介なのは、このゲイルラビットが最上位種ではないという事だろう。
「ゲイルラビットは何匹だ?」
「十……十五……もっといます……」
「多いな。総数、わかるか?」
再び眼を閉じてルキナが静かになる。
「……わかりました、主様。ゲイルラビット、総数三十匹です」
眼を閉じたままでルキナが告げる。
ルキナがレベルアップによって得た『敵意感知』スキルによる識別能力は、自分で使っていてもわかるが、かなり精密な情報が取得出来る。
もっとも、個体の識別にはまた別のスキルが必要になるのだが。
今では、ルキナはユキヤよりも高い索敵能力を持っている。
「ゲイルラビットが三十匹……だと……」
「そんな絶望した顔するなよ」
「無茶言うな! ランクD以下は死を覚悟しろって言われてる魔物だぞ!」
「そりゃ面と向かって対峙した時の話だろう。見たところ、この森に囲まれた場所だと、連中は奇襲作戦を執るようだしな。別に死ぬと思わなくてもいいんじゃないか?」
「あんた! あんたは高ランクの冒険者だから、そんな高が言えるんだろうが!」
「いや? オレも、オレの連れも、まだEやFが精々だが?」
「……は?」
半狂乱になっていた男が、『こいつは何を言ってるんだ?』という顔をしてこちらを見る。
「そんな『何言ってんだこいつ?』みたいなツラするなよ。聞こえてただろう?」
「いや……聞こえていた、が……」
「まあ、オレ達も先を急ぎたいからな。手伝おうか?」
「あ、ああ……頼めるか……?」
「おう、頼まれた。ユキヤ、馬車の守りを全員でやってくれ。ルキナはオレとおいで」
「御意に、主」
「はい、主様」
いつも通りの返事を返してくる二人。
ロゼ、アナ、ライカも臨戦状態に入った雰囲気が漂ってくる。
鍛えた甲斐があったと言うべきか。
こういう時に何を疑う事もなく守りを任せられるというのは、やはり良いものだ。
「……あんた、その子は……!」
「ああ、そうだ。お察しの通り、うちのルキナはハーフエルフだ」
ルキナの正体に気付いた男に答えを与えてやる。
それにしても……こう言ってはなんだが、よくもルキナの実力を大々的に示すのに良い状況が舞い込んできてくれたものだ。
結局、無駄に煩いのを黙らせるには、他者を貶めてやろうとする気概ごと心を折り砕くしかないんだからな。
「は、ハーフエルフみたいな半端者に、一体何が出来る!」
「……吠えたな? では、もしこのルキナがラビット共を全滅させられたら……どうする?」
「ふん! その時は土下座でもなんでもしてやるさ!」
「土下座だってよ、ルキナ。謝られてばっかりだな、お前」
「からかわないでください、主様。謝られる側って、あんまり面白くないんですよ?」
「悪い悪い。さて、行くか。あんたも証人として来てくれよな」
「ああ、行ってやるよ」
ルキナと男を連れて、立ち往生する馬車の更に先にいる前衛職達のいる場所に向かう。
もちろんルキナはハーフエルフだと看破されてしまったのだが、これからラビット共をルキナが殲滅する事と、それが成ったらルキナに土下座してもらう事、そして『ホオズキ男爵の配下のハーフエルフが自分達を助けた事』を話のタネにしてもらう事を約束してもらった。
「始めるか。ルキナ、準備は?」
「大丈夫です、主様。いつでもお願いします」
「よろしい。『さあ、兎共。隠れてないで、さっさと出てきたらどうだ?』」
言葉に『挑発』スキルの効果を乗せて、風魔法も併用して、ラビット共に効果が行き渡るようにする。
この『挑発』のスキル、実は最近手に入れたものなのだが、簡単に説明するなら『敵意を自分に集めるスキル』である。
ゲームで言えば、騎士などのタンク職と呼ばれるキャラクターには必須のスキル。
一見すると『デメリットなのでは?』と思える効果ではあるが、味方を生存させたい場合には、これ以上のものはないだろうと思えるほど適切なスキルだろう。
「――来たぞ!」
森の木々の間から、白と黒のふさふさした物体が次々と飛び出してくる。
白はラピッドラビット、黒はゲイルラビット。
どちらも敵意と殺意と食欲を剥き出しにして、他のものには眼も呉れず、真っ直ぐにオレとルキナのいる場所目掛けて駆けてくる。
「ルキナ」
「はい、主様」
呼び掛けに短く返事をするや否や、ルキナを中心に魔力が渦を巻く。
少し熱を持ったその魔力は、次第にその渦をラビット共がやってくる方へと向けて、発動者であるルキナの合図を待っている。
そして、兎の集団がすぐそこまで近付いた頃。
「刧焔の地獄を此処に……『ムスペルヘイム』」
ルキナの静かな宣告をトリガーにして、渦巻く魔力の中心から、閃光、火炎、熱波が爆発し、広がり、兎共を灼き尽くす。
『ムスペルヘイム』。それは、火魔法の中でも最上位に位置する魔法であり、北欧神話における灼熱の国『ムスペルヘイム』の、その一端を再現せしめんとする破壊力を有する。
曰く、ムスペルヘイムで生まれたものはムスペルヘイム以外では生きられない。
逆説的に言えば、ムスペルヘイム以外で生まれた生物は、ムスペルヘイムでは生きられないという事。
波打ち、その範囲を拡げる焔は、あるいはその危険性を察知して逃亡せんとしたラビットさえも呑み込み、その超高温の身体を以てして、骨すら、灰塵すら残さず、灼き尽くし、燃やし尽くしていく。
かつて、一度は世界を滅ぼした巨人スルトの守護した国の一端は、そこに呑まれた生命の存在を赦さなかった。
「上出来だ、ルキナ。だが、少し火力が強過ぎたんじゃないか?」
「ごめんなさい、主様。ただ、私達の事を印象付けるには十分だったかと」
「ルキナの背格好なら、上位魔法でも十分だったと思うがな。環境破壊はいただけない」
魔力によってその姿を保っていた焔はルキナからの魔力供給を絶たれた事で、一気に鎮火し、後には灼けた大地と一部が燃えた森が残った。
「……ごめんなさい、主様……」
「……仕方のない子だ」
先ほどとは違い、後悔の念が詰まった『ごめんなさい』がルキナの口から吐き出される。
印象付けるには十分だったとは言え、このままではさすがに拙いので、地魔法で大地を元の形に戻し、道中のレベルアップで習得した『自然魔法』スキルで灼けた草木を元に戻しておく。
この自然魔法は本来ならハイエルフしか習得出来ないらしく、習得して最初に使った時はユキヤが驚いていた。
「ルキナ、流石に魔力の使い過ぎだ。今、かなり気持ち悪いだろう?」
「……はい。主様に、は……隠し事、出来ません……ね」
「人を見る事には慣れているからな」
ルキナを抱き抱えて、休ませてやる。
魔力というヤツは魔法を発動する時に媒体となるものなのだが、一度に使い過ぎると吐き気や倦怠感に襲われてしまう。
では少量ずつなら良いのかという話だが、実はそれも不正解で、短時間で一定以上の魔力を消費すると、動悸、息切れ、疲労、倦怠感といった症状に見舞われ、最悪の場合気絶する。
消費した魔力の回復速度には個人差があるが、基本的に魔力の扱いが上手い人ほど回復が早いという話だ。
「さて、灼けたものも元通りにしたし、馬車に戻るとするか」
そう言ってくるりと振り返ると、馬車の護衛をしていた冒険者達が揃って土下座をしており
「「「ハーフエルフが半端者だってバカにしててすみませんでしたァ!!」」」
と、気合いの入った体育会系が如き声で謝罪をしてくれた。
謝罪を受けた当のルキナは困ったような恥ずかしいような顔をしていたが、彼らがハーフエルフへの意識改善の魁になってくれる事を祈ろう。
途中に外伝を二つ挟みましたが、四十話までやって参りました。
ここまでモチベーションを保って書き続けていられたのは、読んで戴いている皆様のお陰でございます。
良ければ感想、レビュー等いただけますと更なるモチベーションアップになります。
今後とも『鬼と刀と見聞録(仮題)』を宜しくお願い致します。




