三十九頁目 ルキナの決意 そして、さらばオルトーラ
「――ところで、アルシャという人物に用があるんだが」
冒険者ギルドと商人ギルドでの登録情報の更新を終えて、商人ギルドの受付嬢に訊いてみると、少ししてアルシャらしき人物が出てきた。
スクエアフレームの眼鏡をかけ、髪をアップに纏めた、キャリアウーマンといった感じのその女性は、初対面のオレに何故呼ばれたのか、わかりかねている様子だった。
「初めまして。この商人ギルドで宝飾品の査定を主に行っている、アルシャと言います」
「こちらこそ初めまして。オレはセツカと言います」
「セツカ……。ああ、新しく男爵になられたセツカ・ホオズキ様ですね」
「おや。流石は商人。耳が早いですね」
「ええ、まあ。とはいえ、ここ数日は貴方の話題で持ちきりですが。……それはそうと、何故私をご指名に? 宝飾品の買取りですか?」
「いえ、そういうわけではなく。実は先ほど、旅の仲間も増えたという事で、門の近くの馬車屋に行ってきまして」
「ああ、あそこですか。良い馬と馬車だったでしょう?」
明らかに歳上に見えるアルシャさんが、自信ありという表情になる。
さて、ここからだ。
相手は商人。少しでも油断すれば、己の損害をここぞとばかりに削ってくるから気を付けないとな。
「それはもう。……しかし、少し困った事が発生してしまいまして」
「と言うと……?」
「カッシェ、という十八歳の少年はご存じですか?」
「ええ、存じております」
「オレがアルテという少女と厩で馬の買い付けをしていた時だったのですが、うちのルキナを見て、カッシェくんが激昂したようで」
「ルキナさん、というのは……?」
「そちらの、色の薄い金髪の子なのですが、彼女はハーフエルフでして」
「ハーフエルフ……ですか」
ハーフエルフと聞いてアルシャさんの表情が苦いものになる。
「もちろん、ハーフエルフが忌み嫌われている事は知っているのですが、しかし彼女は旅の仲間なのですよ」
「……それで、カッシェは何を?」
「特に危害を加えられたとかではないのです。ただ、ハーフエルフに売るものなど無いと。ハーフエルフの主人もロクな人間じゃないから、オレにも売らない。そう言われてしまいまして」
「チッ……あのバカ……」
苛立ちを含んだ顔で、舌打ちをして、アルシャさんが悪態を吐く。
胃の痛くなるような思いをしているかも知れないが、これは至って普通の事。
従業員の態度の是非を上司に問うのは、どこでだって当たり前だ。
「まあ、カッシェくんにも譲れないものはあるでしょうから、それ自体は別にいいんです。いや、謝罪が要らないわけではないですが
「ええ、はい……」
「問題は幌馬車一輌と馬二頭の方で。実はもうアルテちゃんに支払ってあるんですよ、金を」
「アルテというと、カッシェの妹ですね。彼女が店の番を?」
「オレがあの店に行った時はそうでしたね。カッシェくんは後からやってきました」
「……話はわかりました。この度はうちの店の者が申し訳ありません」
深々と頭を下げるアルシャさん。
「いえいえ。アルシャさんが謝る事ではないですから」
「しかし、今回の事は私の責任でもあります。ホオズキ男爵様には、平にご容赦を……」
「いやいや、別に首を飛ばしたりはしませんよ。今回の事は、責任者に話を通すべきだ、と思ったので、そうしたまでです」
「それは……ありがとうございます。ルキナさんも、カッシェが申し訳ありません」
「いえ……私は、大丈夫ですから……」
「まあ、見ての通り被害はありませんし。そもそも、買ったものをきちんと渡していただけたら、それで十分ですから」
「……そう、ですね。では、早速行きましょうか」
「ええ、行きましょう」
怒り心頭の様子のアルシャさんの先導で、再び馬車屋に向かう。
馬車屋に着くと、アルシャさんの姿を見るなり顔を青ざめさせたカッシェと、呆れた表情のアルテちゃんが。
「カッシェ! 話は全てホオズキ男爵様から聞きました。貴方はなんという事をしてくれたのですか……!」
「あ、アルシャさん……」
カッシェにアルシャさんの雷が落とされる。
聞けば、商人ギルドはそもそも、誰が相手でも平等な商売をするように呼び掛けていたらしい。
アルシャさんは特にそれを厳しく取り締まる人で、今回、アルシャさんが管理しているこの馬車屋で人種差別の問題が起きたもので、いつも以上に怒っているらしい。
普段は子供好きの優しいお姉さん。とは、アルテちゃんの言である。
「――さあ、謝りなさいカッシェ。これは貴方の起こした問題ですから」
「はい……。この度は申し訳――」
「何を勘違いしている、カッシェ。お前が謝るべきはオレじゃないだろう」
「……え?」
頭を下げかけていたカッシェがバッと頭を上げ、『じゃあ誰に謝るんだ?』とでも言うようにキョロキョロと辺りを見回す。
「戯け。どこを見てるんだ、お前は」
「いや、でも……」
「別にオレはお前と争っていたわけではないし、馬車や馬はこの後受け取るだけだ。まあ、ハーフエルフの主人もロクな人間じゃない、と言われた事に関しては、名誉を汚されたとして警備隊に突き出してもいいんだが……それはどうでもいい」
「じゃあ――」
「まだわからないのか。今回の件、一番の被害者はルキナだ。他の誰でもない。彼女に謝ってもらおうか」
ルキナの背中を少し押して、カッシェの目の前に行かせてやる。
ハーフエルフだから、という意識がルキナにもあるのだろうが、忌避される明確な理由が無い以上は、オレは差別なんぞは赦さん。
言葉を交わせて、感情を持ち、知性を有するなら、それは間違いなく『ヒト』だ。
亜人だの獣人だのハーフエルフだのと、嫌われ、迫害される理由など無い。
「あの……主様。私は……」
「ルキナ。お前が納得しているかどうかは、この際問題じゃない。加害者がいて、被害者がいる。それなら、どこかでケジメをつけなきゃならないんだ」
「ケジメ……ですか?」
「そうだ。被害者側が納得しているとかは、もう理由にならない。そういう所まで来ている。だから、これで手打ちにしよう、という場所が必要なんだ。それが今。ケジメをつける時だ」
「……ケジメ……」
「カッシェがどうしても謝れない、謝りたくないという場合は、もう別の場所に任せるしかないけどな」
そう。オレが責任者であるアルシャさんに話を通した時点で、被害者と加害者だけで解決出来る問題ではなくなっているんだ。
ここからはカッシェ次第になる。
ハーフエルフだからと心無い言葉を浴びせた事を素直に謝るのか、はたまた、ハーフエルフなんかに頭を下げられるかと突っぱねるのか。
オレもガキの頃は、自分が悪いんだって理解してても、謝るって行動が妙に屈辱的で、嫌いだった。
だが、それでは問題を引きずったままになる。
だからこそ、『ごめんなさい』と謝って、それを受け入れる。そういう、ある種の儀式が必要になるわけだ。
まあ、受け入れるかどうかは当事者次第ではあるのだが。
「……ハーフエルフだからって嫌な事言って、悪かった。すまん」
独白にも似た声ではあったが、カッシェは『すまん』と、きちんと頭を下げた。
「え、えっと、あの……?」
対して、ハーフエルフであるルキナは、恐らく今までになかった体験なのか、どうすればいいのかとオロオロしている。
「ルキナ」
「あ、主様……?」
「カッシェは自分に非がある事を認め、謝罪をした。あとはお前次第だ。赦すのか、赦さないのか。相手の誠意に、今度はこちらが誠意を示す番だ」
「で、ですが……主様……」
「わかってる。今まで、こういう経験はなかったんだろ?」
オレの言葉に、ルキナがこくりと頷く。
「だから、今経験するんだ。誰かの判断を仰ぐ必要はない。これはカッシェとルキナの問題だ。もう誰も、口を挟む事は出来ない」
「……赦さない、と言ったら、どうなるのでしょうか……?」
「その時は、カッシェに然るべき償いをしてもらう事になる。そうすると、貴族であるオレを侮辱したという罪が適用されて、犯罪奴隷にでもなるんだろう」
「それは……」
「逆に、お前がカッシェを赦しても構わないと思うなら、素直に言うんだ。今すぐにとは言わないが……慣れろ、ルキナ。恐らく、オレと旅をすると、こういう事は増える」
「……………」
「……堂々と生きられるようになると、決めたんじゃなかったか?」
「――っ!!」
浮かない顔だったルキナが、決意したように表情を強張らせる。
そして、こちらに向けていた顔を、頭を下げたままのカッシェに向けると、口を開いた。
「……私は、確かにハーフエルフです。今まで、心無い言葉も、容赦のない暴力も、この身に受けてきました」
「……………」
「ですが、私は言葉を話せます。感情もあります。痛みだって感じます。……そういう意味では、貴方とも、亜人とも獣人とも、変わらないと思います」
「……ああ」
「本当は、赦せません。赦したくありません。だって、今赦して、また貴方が同じ事をしないという保証はない! 私と同じハーフエルフが貴方の前に現れた時、また貴方は、ハーフエルフだからと、追い出そうとするかも知れない!」
「…………ああ」
「……でも、それじゃあ私は主様に顔向け出来ないのです。主様は自分の血を誇れと。誰だって、誰かと誰かの混血なんだから気にしなくていいと、言ってくれたのです。だから、私は貴方を赦します。いつか私が、誰にも臆する事なく、胸を張って生きていく為の糧になるように。この経験を糧とする為に。私は貴方を赦します」
それは、力強い言葉だった。
ユキヤも、ロゼも、ライカも、アナも、アルシャさんも、アルテちゃんも、そしてカッシェも。
その場にいた誰もが驚愕に眼を見開き、誰もがルキナから眼を離さなかった。
そこには、きちんと立っていたからだ。
ハーフエルフだからと心無い言葉を浴びせられ、容赦のない暴力を振るわれ、怯え竦むハーフエルフではなく、凜とした姿で、誰に臆する事なく胸を張って立つハーフエルフが、そこにいたからだ。
「……これで、良かったでしょうか、主様……?」
「上出来だ。そのまま育てよ、ルキナ。誰にも、自分の生まれを恥じる必要なんて無いんだからな」
「……はい!」
晴れやかに見える表情でルキナが頷く。
「さて。今回の件はこれで終わりだ。アルテちゃん。馬車と馬は用意してくれた?」
「えっ、あっ、はい! 準備出来てます。すぐに出発出来ますよ、お兄さん」
「ありがとう。……アルシャさん。わざわざ貴女の方に話を持っていって、事を大きくしてしまって申し訳ない」
「いえ、そもそもの非はこちらにありますから。むしろ、警備隊に持っていかなかった事、感謝致します。ありがとうございました、ホオズキ男爵様」
「そう堅苦しくなくていい。『セツカさん』くらいで勘弁してください」
「貴方は……変な人ですね。またオルトーラに来る事があれば、是非、我が商人ギルドをご利用ください。ある程度、勉強させていただきます」
「その時は、是非」
アルシャさんと笑いあって握手を交わす。
こっちの世界の商売人は、今のところ気持ちの良い人ばかりで好きだな。
いつか宝飾品を手に入れる事があったら、オルトーラで買い取ってもらうとしよう。
「そうだ、アルシャさん。オルトーラの次の街は、なんて名前の街ですか?」
「ええと……街というのは、都市という認識で大丈夫ですか?」
「はい。それで構いませんよ」
「オルトーラの次の都市は、王都の方から来たとしたら、ダンジョン都市ローザロッサですね」
「ダンジョン都市……?」
「はい。都市の中に大型のダンジョンがあって、それで経済を回している都市です。腕に覚えのある冒険者や、腕試しをしたい冒険者。そういうのを相手に商売をする商人などが集まる都市です」
「なるほど、面白そうですね」
「ええ。それから、闘技場もあります。冒険者が多く集まるので、血の気の多いのはそちらにも参加するようです。こちらは賭けで経済の一端を担ってますね」
「闘技大会ってヤツですか。いつも開催してるんですか?」
「一週間に一度開催されているそうですよ。タイミングが良ければ、セツカさんも参加出来るかも知れませんね」
ダンジョン都市ローザロッサのダンジョンと、闘技場での闘技大会……か。
楽しみになってきたなあ。
「馬車で行くとどのくらいかかります?」
「そうですね……大体、一週間前後でしょうか。ダンジョン都市でなくとも道中には小さな町もあるので、そこに寄り道しながらだと、十日前後くらいでしょうね」
「なるほど。いやはや、情報ありがとうございました」
「いえいえ。いつでもどうぞ」
「――では、我々はこれにて。お前達、荷台に乗れ。出発だ」
ユキヤ達が用意された幌馬車の荷台に乗ったのを確認して、御者台に乗り、早速出発する。
さらばオルトーラ。
またそのうち、来る事もあるだろうさ。




